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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
2章 冒険家レベルが上がっても、影の薄さは治らない
44/166

紫の魔物を収穫しよう!

 3名の冒険家を見送った晴輝はプレハブに向かった。


 扉を開けると、酷い熱気があふれ出した。


 暑い。

 異様に暑い!


 朱音のお店はただのプレハブ。

 断熱効果も冷房もない。

 そのため真夏の直射日光により熱され、中がサウナのようになってしまっていた。


 しかしそれでも、朱音の表情には気合いが満ちていた。

 が次の瞬間、

 表情から魂が抜け、彼女は窓の外に目をやった。


 扉を開いた相手が晴輝だったから、分厚い化けの皮を脱ぎ捨てたのか。

 対応の変りようが酷い。


「おい」

「なによ。用事がないならさっさと外に出てくんない? このプレハブ、ただでさえ暑いんだから。意味もなく中に入ると無駄に気温が上がってヤバイんですけどー」

「客として来た俺に、まず言う言葉があるだろ?」


 晴輝は不満を押し殺す。


「……心配してたのよ」

「は?」

「存在感が本当に空気になったかと思ってね! あ、ゴメーン! もう存在感、空気だったわね。クスクスぅ!」

「…………そうかそうか。よぉし。心配してくれたなら、お礼をしないとなあ」


 晴輝は火蓮からマジックバッグを受け取り、乱暴に中身を取り出していく。


 ――10分後。


「アハーッハハハーン! なんでよ。なんで空気はアタシにそんなに厳しいのよぉ!!」


 プレハブを埋め尽くさんばかりに並べられた素材を前に、朱音がジャブジャブと涙を流す。


 取り出した素材は8階で狩り続けたシルバーウルフ。

(一緒に飼い主も倒したが、あちらは売れる素材がない)


「何体分あるのよぉ!」

「全部で5000体分くらいか」

「アハーッハハハーン! 空気にアタシのお店が潰されるぅ」

「ははは、喜んでくれてなによりだ」

「泣いてるのよ!」


 ぐぎぎ、と奥歯を鳴らしながら、それでも朱音は鑑定を進めて行く。

 とはいえ、さすがの朱音でも約5000体分の鑑定には時間がかかる。


 晴輝は一度、プレハブを出た。

 衣類などの荷物を家に置き、札幌土産を木寅さんに渡す。


 戻ってくると、鑑定は終盤にさしかかっていた。


「早いな」

「早くやってんのよ!」


 朱音は素早く素材を手にして、状態別に積み重ねていく。

 本当に鑑定出来ているのか? と思うほど早い。


 さすが豪腕。

 泣いても鼻水を垂らしても、仕事のクオリティは下がらない。


「っていうか、なんでこんだけ素材があるのよ? 札幌では売らなかったの?」

「お得意様がいるからな」


 朱音の店で売りたかった。

 暗に臭わせるように言うと、朱音の作業の速度が上がった。


「1ヶ月間素材を集めてまとめて売ったら、どんな泣き顔を見せるか気になってな」

「ぐしゅ……」


 朱音の作業の速度が少し落ちた。


 鑑定が終わると、朱音が青白い顔をしてレジスターの画面を睨んだ。


「こ、これに5%上乗せ……ぜ……全部で……ごにょごにょ」

「なんだはっきり言え」

「全部で3,055,500円よ!! 持ってけドロボー!アッハーッハハハーン!!」


 また、ジョバジョバと泣き出した。


 思いも寄らぬ数値に、晴輝は青ざめる。

 隣にいる火蓮に至っては目眩を熾したみたいにふらついていた。


「さんびゃく……。二百の間違いじゃ?」

「間違いであって欲しいわよ!」


 ほら、これを見なさいよ! と叫ぶように朱音が店内を指さした。


 店内は、朱音が傷アリと傷ナシで纏めた毛皮約5000枚。

 それがまるで立山室堂平たてやまむろどうだいらの雪壁のように積み重なっている。


 牙に至ってはもう総数が判らない。


 足の踏み場も、体の置き場もない。


 全力で睨みを利かせる朱音を無視し、晴輝はICカードをかざす。

 火蓮と分配しても152万だ。


「一人152万……」


 ボーナスでも見たことないぞ!


 これで強い武具が買える!

 あ、いや、装備出来ないか……。


 ああでもどうしよう。

 レベルアップの目標として1つ、ハイエンドの‘壹’シリーズでも買っちゃおうかな?!


 あまりの大金に、晴輝は浮き足だった。


「そうだ、朱音」

「なによぅ」


 これから始まる毛皮との生活を想像しているのだろう。

 朱音の目が白い。


「防具を揃えてくれ」


 四釜らとのいざこざで、火蓮の防具が逝ってしまった。

 現在火蓮は、ただの皮の胸当てで凌いでいる。


 火蓮専用の防具は是非とも欲しい。


 それに、これから晴輝らは中層を目指す。

 晴輝の防具もバージョンアップ出来るところはしておきたい。


「要望は?」

「年内には中層に出たいからな。俺は胸当て以外を“(ミドル)”にしたい。火蓮は全身を見繕ってくれ」


 それでいいか? と晴輝は火蓮に目で尋ねる。

 勝手に話を進めてしまったが、火蓮は気にした様子もなく神妙な顔つきで頷いた。

 中層という言葉を聞いて、やる気が満ちてきたようだ。


 ふんふんと鼻を鳴らしながら、朱音が指揮者のように宙に指を滑らせる。


 彼女は晴輝らが、『ちかほ』の8階で狩りが出来ることを知っている。

 そこから強さを推測し、必要な武具を想像しているのか。


「……いいわ。アンタに払った金、全力で取り返すから!」

「いいだろう、かかってこい。ただ、中途半端な防具ならはね除けてやるからな?」

「っふ。それをこのアタシに言う? ……目に物見せてやるわ!」

「せいぜい頑張ってくれ」


 ひらひらと手を振ってプレハブを後にする。


 晴輝が挑発すれば、朱音は全力で良い防具を取りそろえる。

 今日稼いだお金のほとんどがむしり取られるかもしれない。


 だが晴輝はそれでも良かった。

 大金を手にしていたって、ケチって使わずに死んだらすべてがパァなのだから。


          *


 一日ゆっくり体を休めた翌日。

 晴輝は車庫のダンジョンの探索を再開した。


 ゲートで一気に5階まで降りて6階を目指す。

 5階のボスは『ちかほ』でも見たことのある、大きなシルバーウルフだった。


 それをさくっと討伐。

 レベルアップしただけあって、かなり余裕を持って討伐出来た。


 ボスを倒すと、初めてなのでダンジョンが発光した。


 ドロップは大きな爪と赤黒い石。

 爪はわかるが、石がなにかがわからない。


 あとで朱音に鑑定させよう。

 マジックバッグに収納する。


 6階に降りて、すぐにゲートをアクティベート。


 6階からは『ちかほ』と同じく、車庫のダンジョンにも罠があった。

 ただ『ちかほ』とは違い、草は生えていない。


 おかげで罠を見逃す心配はない。


「ここの魔物もシルバーウルフなんでしょうか」

「どうだろう?」


 このダンジョンは『ちかほ』とは違う。


『ちかほ』は徐々に魔物が強くなる。

 対してここは1階ごとに強いと弱いを繰り返す。


 これまでの流れでいけば、次は弱い魔物だ。


「弱い……?」


 晴輝の憶測に、火蓮が疑問の声を上げた。


「タマネギとかジャガイモとか、弱かっただろ?」


 ジャガイモが弱い、というところに背中のレアが反応。

 晴輝の頭をペシペシと葉っぱで叩く。


 ごめんごめん。


「……空星さんの感覚は、やっぱり変ですね」

「え?」

「まずタマネギですけど」


 火蓮が教師みたいに指を立てる。


 火蓮が教師……。

 ドキドキする。


 あ、睨まれた。


「攻撃すると刺激物がガスになって飛散します。これは回避不能。少しでもガスを浴びれば涙が止まらなくなります。つまり、視界を奪われるんです。空星さんは視界を奪われて戦えますか?」

「戦えないけど」


 タマネギを切って涙が出るのは、飛散する成分の刺激が強いから。

 目の粘膜に触れれば、当然涙が出る。


 だがタマネギは鼻の粘膜を通じても目を刺激する。

 ゴーグルを付けても防げないのは、だからだ。


 とはいえ対処方法はいくつかあるのだが、


「次にジャガイモですけど――」


 火蓮は、晴輝に言い訳の余地を与えてくれなかった。


「かなり近づかないと目視出来ません。ジャガイモの存在に気づけなければ、弾丸に打ち抜かれて終わりです」

「うーん」


 それは確かに、晴輝は火蓮と共に狩りをしたことで気がついていた。


「決して、弱いわけじゃありません。個体は弱いかもしれませんが、相性次第では手も足も出なくなるんです」

「……そうか」


 火蓮が言いたいことが、朧気に見えてきた。


 偶数階の魔物は、弱いわけじゃない。

 特殊なのだ。


 相性次第では手も足も出ない。

 しかし相性が良かったり対策を取ったりすれば、雑魚モンスターに一変する。


「だから――」


 絶対に油断はしないで。

 火蓮が訴える。


「そうだな。悪かった」


 晴輝は自らを戒める。


 少し。

 ほんの少しだけ油断していた。


『ちかほ』でレベリングをして、強くなった。

 晴輝は、間違いなく以前より強い。


 だが見知らぬ階層を油断して進めるほど強くはない。

 もしかしたらここには、晴輝と相性の悪い魔物が出てくるかもしれないのだから。


 また、失敗するところだった。

 気合いを入れ直し、晴輝は探索を再開する。



 少し進むと、晴輝が姿勢を低くした。


「……しっ」


 背後の火蓮をサインで止める。

 油断なく、前方を注視。


 現われたのは、紫色の塊。


 緑の葉に紫の葉脈。

 大きくぼってりとした果実。

 根を巧みに操り地面を歩く。


 その姿は、


「――なすびだぁぁぁぁ!!」


 瞬間、

 晴輝の目には炎が宿った。


 収穫期の、農家の炎が。



 臀部に軽い衝撃を受けて、晴輝は我に返る。


 目の前には収穫された立派なナスが1本と、バラバラになった茎。


「一体、誰がこんなことをっ!」

「空星さんですよ?」


 晴輝は火蓮に、ジトリとした視線を向けられた。


 いやいや。

 まったく記憶にないが?


「そんなになすびが嬉しいんですか?」

「野菜だぞ? 貴重なポリフェノールだぞ?」


 しかもスタンピード前でさえ、北海道のナス生産量は全国最下位。

 スタンピード後となると超稀少食材だ。


「嬉しいに決まってるじゃないか!」


 興味のなさそうな火蓮の態度に、晴輝は憮然とする。


 浅漬け、煮浸し、鉄板焼き。

 素揚げ、天ぷら、はさみ揚げ。

 なにをしたって美味いのがナスだ。


 この美味い野菜を冒涜することは、何人たりとも赦すまじ!


「もう、わかりましたから。次進みましょう?」

「しっかり狩って進むぞ!」

「ア、ハイ」

「待った!」


 マジックバッグに収納しようと火蓮がナスに手を伸ばす。

 その手首を、晴輝は素早く掴んで止める。


「え……ひゃふ!?」

「不用意にナスに触れるな」


 ナスのヘタにはトゲがある。

 このトゲは、恐ろしく鋭利。

 触れれば簡単に刺さる。


 そして刺さると痛い。

 トゲの見た目からは想像出来ない痛みをもたらす。


 胡乱な記憶にあるナスの魔物は、ナスを盾にして晴輝に突っ込んできた。

 シールドバッシュで戦うようだ。


 シールドバッシュを受ければ、きっとトゲが刺さる。


「トゲには激痛を与える能力が備わってるかも知れない」

「は、はひ。気をつけましゅ」


 頬を赤く染めた火蓮。

 滑舌が壊滅的だ。

 少し威圧的にすぎたか?


 何故かレアがペチペチと晴輝の頭を何度も叩いている。

 そろそろ止めてくれ。

 後頭部がへこむ。


 ナス狩りをしながら7階を目指す。

 途中、夢中になりすぎて何度か火蓮の魔法が臀部に直撃。


 ……痛い。


「狩るのは食べる分だけにしてください」

「……はい、すみません」


 しかし、火蓮のおかげで無事にボス部屋に到着できた。

 もし晴輝だけで進んだら1日中ナス狩りに興じていたことだろう。


 6階のボスは大きなナス。


 ナスの盾が3枚になり、各方向への防御力がアップしている。


 動きもそこそこ素早い。

 足を止めたらあっさりシールドバッシュを受けるだろう。


 隙を見て、晴輝はナスに斬りかかる。


 もう少しでツタに当たる。

 その前に、


「――っ!」


 短剣がナスの盾に阻まれた。


 早い。

 盾のカバー力が高い。


 短剣がナスに接触。

 瞬間、


「――な!?」


 ナスのヘタからトゲが飛び出した。

 円錐状のトゲが晴輝に迫る。


 ナスを叩くと飛び出す仕組みだったか!


 即座に晴輝は待避。

 同時にレアがジャガイモ石を発射してトゲを折った。


 刹那に判断して迎撃しているのだから、凄まじいの一言だ。


 レアは『ちかほ』で共に狩りをしたため、レベルがかなり上がっている。

 益々、固定砲台としての性能が向上していた。


「――せい!」


 待避した晴輝の眼前を巨大な塊が通過。

 それがナスの盾に直撃した。


 ――火蓮の魔法だ。


 ボスが盾で魔法を押し返す。

 だが、途中でパキッと音がして、ナスの盾が吹き飛んだ。


 火蓮の魔法の威力に、ツタが耐えきれなかった。


「っし!」


 ここぞとばかりに、晴輝は距離を詰める。


 両手の短剣で斬る、突く、裂く。

 ボスが葉を失い素っ裸になるのは、あっという間だった。


 残った幹を、ざっくり切りつける。


 瞬間、

 明滅。


 ダンジョンの発光が終わるまでに、ボスはダンジョンに吸収され、代わりに素材が2つ浮かび上がった。


「ナス?」


 ナスっぽい石。

 乳白色の石の中に、紫色が混じっている。


 まるで故宮博物館にある翠玉白菜のようだ。

 その美麗さに、晴輝は心を奪われる。


「これは宝石? ――あ!」


 眺めていると、後ろからレアが石を奪い取った。


 レアはそれを、即座に土中にしまい込む。

 どうやら宝物庫に入れたくなるほど、お気に召したらしい。


「……レア、ちゃんと頂戴って言わないとだめだよ?」

「(ツーン)」


 私しらなーい。

 体が勝手に動いたんだもーん。


 言い訳するように動き、ぷいっと横を向く。


 晴輝は根気強くレアを睨む。

 しばらくして根負けしたレアが軽く頭を下げた。


「よし」


 晴輝とレアだけなら良い。

 綺麗な石が奪われても、晴輝はなんとも思わない。

 だがここには火蓮もいる。


 親しき仲にも礼儀あり。

 みんなで戦ったボスなんだから、欲しいものがあったらみんなに聞くべきだ。


「ごめんな火蓮。なすび石だけど、貰っても良かったか?」

「はい、問題ありません」


 火蓮に許可を取った晴輝は、少しいじけたようなレアの葉を撫でながら、もう片方のドロップを手に取る。


「……ツタ?」

「ツタですね」


 それは、グルグル巻きにされたツタだった。


 見た目はツタより、麻縄に近い。

 しかし麻縄よりかなり細い。


 そして表面がツルツルしている。


 なにに使えるかはさっぱり。

 これも、あとで朱音に鑑定してもらおう。


「このナスの魔物ですけど、遠距離攻撃と相性がいいみたいですね」

「たしかに。前衛だと厳しいな」


 晴輝の攻撃に反応して、盾からトゲが飛び出した。

 未確認だが、シールドバッシュでも飛び出すことが予想出来る。


 ナスは自らを守りながら攻撃出来る。厄介な相手だった。

 前衛では相性が悪い。


 しかし、


「遠距離攻撃で倒すのも相当だぞ?」

「そうですか?」

「火蓮は魔法だから楽に思うかもしれないが、他の冒険家の遠距離攻撃の手段は弓だ」


 茎に矢を当てるのは、至難の業である。


 おまけにナスの茎はジャガイモよりも硬い。

 ど真ん中に矢が命中しないとあっさり弾かれる。


 遠距離武器だからといって、有利になるわけじゃない。


 もしかするとここは、魔法使いにとって相性の良い狩り場だったのか?

 それだと極端に攻略し易い人が限られるが……。


「なにか良い攻略方法があるのかもしれないな」

「……そうですね」


 晴輝にとって嫌らしい相手は、盾を3つ持ったボスだけだ。

 これから狩るとしても雑魚だけ。

 わざわざボスの攻略法を考えなくても良いだろう。

翠玉白菜:台湾で最も有名な美術品。


拙作をお読み下さいまして、有難うございました。


次回、晴輝く……仮面さん用の装備がドロップします。

お楽しみに。

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