紫の魔物を収穫しよう!
3名の冒険家を見送った晴輝はプレハブに向かった。
扉を開けると、酷い熱気があふれ出した。
暑い。
異様に暑い!
朱音のお店はただのプレハブ。
断熱効果も冷房もない。
そのため真夏の直射日光により熱され、中がサウナのようになってしまっていた。
しかしそれでも、朱音の表情には気合いが満ちていた。
が次の瞬間、
表情から魂が抜け、彼女は窓の外に目をやった。
扉を開いた相手が晴輝だったから、分厚い化けの皮を脱ぎ捨てたのか。
対応の変りようが酷い。
「おい」
「なによ。用事がないならさっさと外に出てくんない? このプレハブ、ただでさえ暑いんだから。意味もなく中に入ると無駄に気温が上がってヤバイんですけどー」
「客として来た俺に、まず言う言葉があるだろ?」
晴輝は不満を押し殺す。
「……心配してたのよ」
「は?」
「存在感が本当に空気になったかと思ってね! あ、ゴメーン! もう存在感、空気だったわね。クスクスぅ!」
「…………そうかそうか。よぉし。心配してくれたなら、お礼をしないとなあ」
晴輝は火蓮からマジックバッグを受け取り、乱暴に中身を取り出していく。
――10分後。
「アハーッハハハーン! なんでよ。なんで空気はアタシにそんなに厳しいのよぉ!!」
プレハブを埋め尽くさんばかりに並べられた素材を前に、朱音がジャブジャブと涙を流す。
取り出した素材は8階で狩り続けたシルバーウルフ。
(一緒に飼い主も倒したが、あちらは売れる素材がない)
「何体分あるのよぉ!」
「全部で5000体分くらいか」
「アハーッハハハーン! 空気にアタシのお店が潰されるぅ」
「ははは、喜んでくれてなによりだ」
「泣いてるのよ!」
ぐぎぎ、と奥歯を鳴らしながら、それでも朱音は鑑定を進めて行く。
とはいえ、さすがの朱音でも約5000体分の鑑定には時間がかかる。
晴輝は一度、プレハブを出た。
衣類などの荷物を家に置き、札幌土産を木寅さんに渡す。
戻ってくると、鑑定は終盤にさしかかっていた。
「早いな」
「早くやってんのよ!」
朱音は素早く素材を手にして、状態別に積み重ねていく。
本当に鑑定出来ているのか? と思うほど早い。
さすが豪腕。
泣いても鼻水を垂らしても、仕事のクオリティは下がらない。
「っていうか、なんでこんだけ素材があるのよ? 札幌では売らなかったの?」
「お得意様がいるからな」
朱音の店で売りたかった。
暗に臭わせるように言うと、朱音の作業の速度が上がった。
「1ヶ月間素材を集めてまとめて売ったら、どんな泣き顔を見せるか気になってな」
「ぐしゅ……」
朱音の作業の速度が少し落ちた。
鑑定が終わると、朱音が青白い顔をしてレジスターの画面を睨んだ。
「こ、これに5%上乗せ……ぜ……全部で……ごにょごにょ」
「なんだはっきり言え」
「全部で3,055,500円よ!! 持ってけドロボー!アッハーッハハハーン!!」
また、ジョバジョバと泣き出した。
思いも寄らぬ数値に、晴輝は青ざめる。
隣にいる火蓮に至っては目眩を熾したみたいにふらついていた。
「さんびゃく……。二百の間違いじゃ?」
「間違いであって欲しいわよ!」
ほら、これを見なさいよ! と叫ぶように朱音が店内を指さした。
店内は、朱音が傷アリと傷ナシで纏めた毛皮約5000枚。
それがまるで立山室堂平の雪壁のように積み重なっている。
牙に至ってはもう総数が判らない。
足の踏み場も、体の置き場もない。
全力で睨みを利かせる朱音を無視し、晴輝はICカードをかざす。
火蓮と分配しても152万だ。
「一人152万……」
ボーナスでも見たことないぞ!
これで強い武具が買える!
あ、いや、装備出来ないか……。
ああでもどうしよう。
レベルアップの目標として1つ、ハイエンドの‘壹’シリーズでも買っちゃおうかな?!
あまりの大金に、晴輝は浮き足だった。
「そうだ、朱音」
「なによぅ」
これから始まる毛皮との生活を想像しているのだろう。
朱音の目が白い。
「防具を揃えてくれ」
四釜らとのいざこざで、火蓮の防具が逝ってしまった。
現在火蓮は、ただの皮の胸当てで凌いでいる。
火蓮専用の防具は是非とも欲しい。
それに、これから晴輝らは中層を目指す。
晴輝の防具もバージョンアップ出来るところはしておきたい。
「要望は?」
「年内には中層に出たいからな。俺は胸当て以外を“壱”にしたい。火蓮は全身を見繕ってくれ」
それでいいか? と晴輝は火蓮に目で尋ねる。
勝手に話を進めてしまったが、火蓮は気にした様子もなく神妙な顔つきで頷いた。
中層という言葉を聞いて、やる気が満ちてきたようだ。
ふんふんと鼻を鳴らしながら、朱音が指揮者のように宙に指を滑らせる。
彼女は晴輝らが、『ちかほ』の8階で狩りが出来ることを知っている。
そこから強さを推測し、必要な武具を想像しているのか。
「……いいわ。アンタに払った金、全力で取り返すから!」
「いいだろう、かかってこい。ただ、中途半端な防具ならはね除けてやるからな?」
「っふ。それをこのアタシに言う? ……目に物見せてやるわ!」
「せいぜい頑張ってくれ」
ひらひらと手を振ってプレハブを後にする。
晴輝が挑発すれば、朱音は全力で良い防具を取りそろえる。
今日稼いだお金のほとんどがむしり取られるかもしれない。
だが晴輝はそれでも良かった。
大金を手にしていたって、ケチって使わずに死んだらすべてがパァなのだから。
*
一日ゆっくり体を休めた翌日。
晴輝は車庫のダンジョンの探索を再開した。
ゲートで一気に5階まで降りて6階を目指す。
5階のボスは『ちかほ』でも見たことのある、大きなシルバーウルフだった。
それをさくっと討伐。
レベルアップしただけあって、かなり余裕を持って討伐出来た。
ボスを倒すと、初めてなのでダンジョンが発光した。
ドロップは大きな爪と赤黒い石。
爪はわかるが、石がなにかがわからない。
あとで朱音に鑑定させよう。
マジックバッグに収納する。
6階に降りて、すぐにゲートをアクティベート。
6階からは『ちかほ』と同じく、車庫のダンジョンにも罠があった。
ただ『ちかほ』とは違い、草は生えていない。
おかげで罠を見逃す心配はない。
「ここの魔物もシルバーウルフなんでしょうか」
「どうだろう?」
このダンジョンは『ちかほ』とは違う。
『ちかほ』は徐々に魔物が強くなる。
対してここは1階ごとに強いと弱いを繰り返す。
これまでの流れでいけば、次は弱い魔物だ。
「弱い……?」
晴輝の憶測に、火蓮が疑問の声を上げた。
「タマネギとかジャガイモとか、弱かっただろ?」
ジャガイモが弱い、というところに背中のレアが反応。
晴輝の頭をペシペシと葉っぱで叩く。
ごめんごめん。
「……空星さんの感覚は、やっぱり変ですね」
「え?」
「まずタマネギですけど」
火蓮が教師みたいに指を立てる。
火蓮が教師……。
ドキドキする。
あ、睨まれた。
「攻撃すると刺激物がガスになって飛散します。これは回避不能。少しでもガスを浴びれば涙が止まらなくなります。つまり、視界を奪われるんです。空星さんは視界を奪われて戦えますか?」
「戦えないけど」
タマネギを切って涙が出るのは、飛散する成分の刺激が強いから。
目の粘膜に触れれば、当然涙が出る。
だがタマネギは鼻の粘膜を通じても目を刺激する。
ゴーグルを付けても防げないのは、だからだ。
とはいえ対処方法はいくつかあるのだが、
「次にジャガイモですけど――」
火蓮は、晴輝に言い訳の余地を与えてくれなかった。
「かなり近づかないと目視出来ません。ジャガイモの存在に気づけなければ、弾丸に打ち抜かれて終わりです」
「うーん」
それは確かに、晴輝は火蓮と共に狩りをしたことで気がついていた。
「決して、弱いわけじゃありません。個体は弱いかもしれませんが、相性次第では手も足も出なくなるんです」
「……そうか」
火蓮が言いたいことが、朧気に見えてきた。
偶数階の魔物は、弱いわけじゃない。
特殊なのだ。
相性次第では手も足も出ない。
しかし相性が良かったり対策を取ったりすれば、雑魚モンスターに一変する。
「だから――」
絶対に油断はしないで。
火蓮が訴える。
「そうだな。悪かった」
晴輝は自らを戒める。
少し。
ほんの少しだけ油断していた。
『ちかほ』でレベリングをして、強くなった。
晴輝は、間違いなく以前より強い。
だが見知らぬ階層を油断して進めるほど強くはない。
もしかしたらここには、晴輝と相性の悪い魔物が出てくるかもしれないのだから。
また、失敗するところだった。
気合いを入れ直し、晴輝は探索を再開する。
少し進むと、晴輝が姿勢を低くした。
「……しっ」
背後の火蓮をサインで止める。
油断なく、前方を注視。
現われたのは、紫色の塊。
緑の葉に紫の葉脈。
大きくぼってりとした果実。
根を巧みに操り地面を歩く。
その姿は、
「――なすびだぁぁぁぁ!!」
瞬間、
晴輝の目には炎が宿った。
収穫期の、農家の炎が。
臀部に軽い衝撃を受けて、晴輝は我に返る。
目の前には収穫された立派なナスが1本と、バラバラになった茎。
「一体、誰がこんなことをっ!」
「空星さんですよ?」
晴輝は火蓮に、ジトリとした視線を向けられた。
いやいや。
まったく記憶にないが?
「そんなになすびが嬉しいんですか?」
「野菜だぞ? 貴重なポリフェノールだぞ?」
しかもスタンピード前でさえ、北海道のナス生産量は全国最下位。
スタンピード後となると超稀少食材だ。
「嬉しいに決まってるじゃないか!」
興味のなさそうな火蓮の態度に、晴輝は憮然とする。
浅漬け、煮浸し、鉄板焼き。
素揚げ、天ぷら、はさみ揚げ。
なにをしたって美味いのがナスだ。
この美味い野菜を冒涜することは、何人たりとも赦すまじ!
「もう、わかりましたから。次進みましょう?」
「しっかり狩って進むぞ!」
「ア、ハイ」
「待った!」
マジックバッグに収納しようと火蓮がナスに手を伸ばす。
その手首を、晴輝は素早く掴んで止める。
「え……ひゃふ!?」
「不用意にナスに触れるな」
ナスのヘタにはトゲがある。
このトゲは、恐ろしく鋭利。
触れれば簡単に刺さる。
そして刺さると痛い。
トゲの見た目からは想像出来ない痛みをもたらす。
胡乱な記憶にあるナスの魔物は、ナスを盾にして晴輝に突っ込んできた。
シールドバッシュで戦うようだ。
シールドバッシュを受ければ、きっとトゲが刺さる。
「トゲには激痛を与える能力が備わってるかも知れない」
「は、はひ。気をつけましゅ」
頬を赤く染めた火蓮。
滑舌が壊滅的だ。
少し威圧的にすぎたか?
何故かレアがペチペチと晴輝の頭を何度も叩いている。
そろそろ止めてくれ。
後頭部がへこむ。
ナス狩りをしながら7階を目指す。
途中、夢中になりすぎて何度か火蓮の魔法が臀部に直撃。
……痛い。
「狩るのは食べる分だけにしてください」
「……はい、すみません」
しかし、火蓮のおかげで無事にボス部屋に到着できた。
もし晴輝だけで進んだら1日中ナス狩りに興じていたことだろう。
6階のボスは大きなナス。
ナスの盾が3枚になり、各方向への防御力がアップしている。
動きもそこそこ素早い。
足を止めたらあっさりシールドバッシュを受けるだろう。
隙を見て、晴輝はナスに斬りかかる。
もう少しでツタに当たる。
その前に、
「――っ!」
短剣がナスの盾に阻まれた。
早い。
盾のカバー力が高い。
短剣がナスに接触。
瞬間、
「――な!?」
ナスのヘタからトゲが飛び出した。
円錐状のトゲが晴輝に迫る。
ナスを叩くと飛び出す仕組みだったか!
即座に晴輝は待避。
同時にレアがジャガイモ石を発射してトゲを折った。
刹那に判断して迎撃しているのだから、凄まじいの一言だ。
レアは『ちかほ』で共に狩りをしたため、レベルがかなり上がっている。
益々、固定砲台としての性能が向上していた。
「――せい!」
待避した晴輝の眼前を巨大な塊が通過。
それがナスの盾に直撃した。
――火蓮の魔法だ。
ボスが盾で魔法を押し返す。
だが、途中でパキッと音がして、ナスの盾が吹き飛んだ。
火蓮の魔法の威力に、ツタが耐えきれなかった。
「っし!」
ここぞとばかりに、晴輝は距離を詰める。
両手の短剣で斬る、突く、裂く。
ボスが葉を失い素っ裸になるのは、あっという間だった。
残った幹を、ざっくり切りつける。
瞬間、
明滅。
ダンジョンの発光が終わるまでに、ボスはダンジョンに吸収され、代わりに素材が2つ浮かび上がった。
「ナス?」
ナスっぽい石。
乳白色の石の中に、紫色が混じっている。
まるで故宮博物館にある翠玉白菜のようだ。
その美麗さに、晴輝は心を奪われる。
「これは宝石? ――あ!」
眺めていると、後ろからレアが石を奪い取った。
レアはそれを、即座に土中にしまい込む。
どうやら宝物庫に入れたくなるほど、お気に召したらしい。
「……レア、ちゃんと頂戴って言わないとだめだよ?」
「(ツーン)」
私しらなーい。
体が勝手に動いたんだもーん。
言い訳するように動き、ぷいっと横を向く。
晴輝は根気強くレアを睨む。
しばらくして根負けしたレアが軽く頭を下げた。
「よし」
晴輝とレアだけなら良い。
綺麗な石が奪われても、晴輝はなんとも思わない。
だがここには火蓮もいる。
親しき仲にも礼儀あり。
みんなで戦ったボスなんだから、欲しいものがあったらみんなに聞くべきだ。
「ごめんな火蓮。なすび石だけど、貰っても良かったか?」
「はい、問題ありません」
火蓮に許可を取った晴輝は、少しいじけたようなレアの葉を撫でながら、もう片方のドロップを手に取る。
「……ツタ?」
「ツタですね」
それは、グルグル巻きにされたツタだった。
見た目はツタより、麻縄に近い。
しかし麻縄よりかなり細い。
そして表面がツルツルしている。
なにに使えるかはさっぱり。
これも、あとで朱音に鑑定してもらおう。
「このナスの魔物ですけど、遠距離攻撃と相性がいいみたいですね」
「たしかに。前衛だと厳しいな」
晴輝の攻撃に反応して、盾からトゲが飛び出した。
未確認だが、シールドバッシュでも飛び出すことが予想出来る。
ナスは自らを守りながら攻撃出来る。厄介な相手だった。
前衛では相性が悪い。
しかし、
「遠距離攻撃で倒すのも相当だぞ?」
「そうですか?」
「火蓮は魔法だから楽に思うかもしれないが、他の冒険家の遠距離攻撃の手段は弓だ」
茎に矢を当てるのは、至難の業である。
おまけにナスの茎はジャガイモよりも硬い。
ど真ん中に矢が命中しないとあっさり弾かれる。
遠距離武器だからといって、有利になるわけじゃない。
もしかするとここは、魔法使いにとって相性の良い狩り場だったのか?
それだと極端に攻略し易い人が限られるが……。
「なにか良い攻略方法があるのかもしれないな」
「……そうですね」
晴輝にとって嫌らしい相手は、盾を3つ持ったボスだけだ。
これから狩るとしても雑魚だけ。
わざわざボスの攻略法を考えなくても良いだろう。
翠玉白菜:台湾で最も有名な美術品。
拙作をお読み下さいまして、有難うございました。
次回、晴輝く……仮面さん用の装備がドロップします。
お楽しみに。