遭難者を地上に送り届けよう!
「……なあ火蓮、なんで大井素は気絶したんだ?」
いきなり悲鳴を上げて気絶した大井素の様子に、晴輝はただただ困惑した。
「空星さんが原因だと思います」
「お、俺!?」
目を剥くが、しかし考えて見れば確かに、とも晴輝は思う。
これまでずっとダンジョンの中で張り詰めていたのだ。
救助のためとはいえ、声もかけずにいきなり姿を現したせいで、反射的にビックリしてしまったのだろう。
「ま、いいや。火蓮、飲み薬を出してくれ」
見た所致命的な怪我はない。
だが左の足首が奇妙な方向を向いている。
酷い骨折だ。
これでは歩けない。
晴輝は火蓮から高価な飲み薬を受け取り、大井素の口にゆっくりと含ませていく。
よほど喉が渇いていたのか。
大井素は無意識ながらも、ごくごくと薬を飲み下していく。
薬のすべてを飲ませたあと、晴輝はすぐに足首に手を当てる。
「よいしょっと」
「ぐ――う……ぐぐ!」
折れた足首を捻ったことで、気絶していた大井素が大きく呻いた。
「ちょ、空星さんなにをしてるんですか!?」
「折れた状態で接骨したらまともに歩けなくなるだろ? 強力な回復薬っていっても、自然な状態に戻すわけじゃないからな」
晴輝が手を下さなければ、足首が捻れた状態で繋がってしまう。
もしそうなったら、怪我が治っても歩けない。
再び骨を折って繋ぎ直さなければいけなくなるのだ。
足首を正しい方向で押さえる晴輝の手に、むくむくと内部が蠢く感触と熱が伝わってきた。
治癒が、急速に進んでいる。
「さすがは高級回復薬……」
怪我が素早く治るのは良いが、副作用で危険な症状が出なければ良いのだが……。
しばらくすると足からむくむく動いていた感触がなくなり、徐々に熱が治まっていった。
そこからさらに20分ほどして、ようやっと大井素が目を覚ました。
「ひっ!」
また気絶した。
「おい……」
「うぐ!?」
晴輝がビンタで無理矢理大井素の目を覚ます。
「空星さん、酷い……」
「いや、気絶されたら動けないだろ」
晴輝らは戦力的にギリギリだ。
気絶した大井素を背負って運ぶ事も出来るが、魔物の襲撃を受ければひとたまりもない。
「……う、く」
「目を覚ましたか?」
「ひうっ?!」
「だから気絶するな!」
チョップを食らわし、ギリギリのところで気絶を妨げる。
「お前が大井素だな?」
「そ、そうですけど……一体私になにを――まさか悪魔のくせにあんなことやこんなことを!? ……っく! 殺せ!!」
「盛り上がってるところ悪いが、さっさと帰るぞ」
飲み薬が体力も回復させたからか、彼女のテンションが奇妙な方向に振り切ってしまっている。
……まさかこれが副作用か?
「俺は晴輝。こっちは火蓮だ。依頼を受けてお前を助けに来た」
「……依頼?」
「ああ。一菱の社員が、お前の帰りを待ってるぞ」
「――ッ!」
晴輝の言葉で、誰が依頼人かが判ったのだろう。
大井素が呼吸を止めた。じわじわと、目に涙がたまっていく。
「立てるか?」
「足が……あれ? 治ってる?」
「治ったはずだが、どうだ立てそうか?」
「は、はい……うん、うん! 行けそうです」
大井素は恐る恐る立ち上がり、体重をかけても痛みがないことがわかったのだろう。
目を丸くしながら何度も頷いた。
「足を治していただけるなんて。なんとお礼していいやら……」
「礼なら会社にしてくれ。俺は依頼人の金で薬を購入しただけだ」
「そうでしたか。でも、用意していただいてありがとうございました」
「…………いくぞ」
丁寧な感謝の言葉に、晴輝はどんどんむずがゆくなっていく。
ふい、と踵を返し8階のゲートに向けて歩き出した。
大井素の怪我は治ったが、体力は低下したままだ。
二人の時よりも移動速度が明らかに低下した。
ヌメヌメウナギがあるから大丈夫だ。
それでも晴輝は気が気でない。
人命救助は人を捜索している時よりも、こうして救出した後のほうが危険が高まる。
ダンジョンでは特に、だ。
晴輝は慎重に慎重を期し、探知能力をフルに発動する。
晴輝の緊張感とは裏腹に、魔物たちはウナギを見た途端に瞬く間に逃げ出していく。
よほどこのウナギが嫌いなのか。
まるでウナギに対してトラウマを抱えているのではと思えるほどだ。
晴輝がウナギを両手でヒュンヒュン振り回したおかげか、ゲート付近に至るまで魔物は1匹も晴輝らに襲いかかることはなかった。
「……ふぅ。あとはゲートで上るだけだな」
ゲートのある小部屋を確認し、魔物の姿が見えないことで晴輝は僅かに気を緩めた。
その瞬間、
「――カハッ!」
「なっ!?」
火蓮の吐息と、大井素の切羽詰まった声が響き渡る。
即座に晴輝は後方を振り返る。
そこには――、
「よぉ、久しぶりだな」
かつて火蓮を見捨てた盾のチームの姿があった。
ラルスが大剣を振り下ろした体勢で制止。
その目の前には、ローブの背中に赤い色を滲ませる火蓮。
四釜が憎悪をたっぷり浮かべた目で火蓮を見下ろしている。
「やあっと来てくれたな。こうして待ってた甲斐があったぜ」
彼の挨拶を無視して晴輝は短剣に手を伸ばす。
「――おっと動くなよ?」
四釜が親指を立てながら唇を歪める。
親指の先には既に矢をつがえたハリアの姿があった。
いま動けば、確実に矢が飛んでくる。
目標が晴輝ならば、避けられる。
だが矢の先端は火蓮を向いていた。
くそっ!
晴輝は動きを中断せざるを得なかった。
「そこの大井素は実に良い働きをしてくれた。まさか自分で素材を採りに行くとは思わなかったが、結果オーライだ」
「……え?」
「あそこの素材買取店は使うな、ってな。マサツグの名前を出したら、みんな俺の言うこと聞くんだからよぉ。俺らを近くにおいてくれたマサツグさまさまだぜ!」
「…………まさか、最近素材の買取数が激減したのはッ!?」
「気づくのおそすぎぃ!」
ギャハハ、と四釜とラルスが隙だらけで汚い笑い声を上げた。
対してハリアは口元を歪ませただけで、一切油断をしていない。
隙が、見つからない。
「あなた、マサツグさんの名前を使ってなんてことを――ッ!!」
大剣を向けられているというのに、大井素はつい激高してしまった。
それは自分の店に素材を卸さないよう画策したからではない。
最も有名なマサツグのネームバリュを、彼らが悪用したからだ。
『なろう』でトップランカーのマサツグは冒険家だけではない。いまや日本の期待を一身に背負っている存在である。
そのマサツグの顔に泥を塗る行為が、大井素は許せなかった。
マサツグをスポンサードしているのは川前だが、一菱にも彼のファンは居る。
多くの者が、彼が日本からダンジョンを消し去ってくれると信じている。
それほどの男の名を、冒険家に圧力をかけるためだけに用いるとは!!
「威勢がいいなあ。だが手負いにしたシルバーウルフと飼い主をけしかけただけで、あっさり遭難した雑魚は黙ってろよ」
「――ッ!」
「本当なら素材の収集をしてくれって依頼が空気んとこに行くと思って待ってたんだがなあ。8階で狩り出来る奴らは限られてっから、全員に大井素んとこの依頼は受けるなって伝えといた。品薄になったらいつかは空気に依頼が行く。なんせ空気の近くにはあの夕月が居るからな」
たしかに、と大井素は内心で頷いた。
夕月は大井素よりも年下で会社での経歴も短い。
だが成績は社内でダントツだ。
冒険家の覚えも良い社員である。
態度は横柄で大雑把なのに、仕事の事になると細かいところにも目を向ける。
当然のように、大井素がシルバーウルフの素材を欲していることは、夕月も知っていた。
だから何度も彼女は大井素に、K町で採取されたシルバーウルフ素材を商品移動させようとした。
だがその善意を、大井素はちっぽけなプライドを守るために断り続けていた。
それくらい自分でなんとかなる! と……。
もちろんそのことについて、大井素は深く反省している。
プライドを優先させなければ、彼女は遭難することはなかったのだ。
おまけに商品移動を受けていれば、彼らの下らない画策を未然に防げたかもしれない。
それが判ったいま、大井素は悔しくて情けなくて、体の震えが止まらなかった。
「……あなたたち、こんなことをして赦されると思っているの?」
「誰が赦すんだ? オレらはなにも悪いことをしてねえんだぜ?」
「なにを馬鹿なことを! 魔物をわざと手負いにして、他の冒険家にけしかけたことがバレたら、冒険家資格の剥奪だけでは済みませんよ!」
「は? なんでお前、ダンジョンから出られるって思ってんだ?」
「……ッ!」
この人、どうかしてる!
盾の男が浮かべた殺意と狂気に、大井素はあっさり呑まれた。
「おい四釜。折角だからこの二人ヤっちまわね?」
「ラルスはそればっかだな。ま、いいけどな。あ! 大井素はババアだけどいいのか?」
「……好みだ」
「んじゃババアはハリアだな。俺は火蓮ちゃん18歳としっぽり子作りするぜ! ああ、火蓮ちゃん処女かな? 処女だよな? 早く男を味わわせて、もう俺の大剣なしじゃ生きられないようにしてあげたい!」
「てめえのは短剣だろ巫山戯んな!」
「黙れ鞘付ナイフ!」
ケタケタ、ケタケタ。
男たちが、汚い言葉で笑い合う。
気持ち悪い。
最低だ。
怒りを通り越して、吐き気しかしない。
日本の土地を、民を、未来を救う冒険家が、ここまで下劣だとは……。
大井素は未だに、彼らの言葉が信じられなかった。
冗談だと思いたかった。
だが大井素の勘違いでもなければ、冗談でもない。
彼らの瞳は本気だった。
冒険家は魔物を倒して力を得る。
その力は言論や政治、金などと同じ。
強制力をもつ力――権力に他ならない。
大きな権力を簡単に手に入れると、人は簡単に歪む。
会社の先輩が後輩を指導するように、歪んだ冒険家を矯正するのもまた、冒険家の勤めである。
ランカーのマサツグのように。
大抵の冒険家は痛い目を見、先達の冒険家の背中を見、少しずつ権力の魔力を制御していく。
だが希に四釜らのように、魔力に取憑かれたままとなる冒険家も、存在する。
力に取憑かれた冒険家というものを、大井素は始めて目の当たりにした。
彼らの狂気に、大井素は震え上がった。
カタカタ、カタカタ。
「……?」
自らの震えではない、奇妙な音を感じ取り大井素が眉をひそめた。
「んじゃま、リアル短剣君はサクッと殺します――かっ!」
「な――ッ!?」
大剣の攻撃を受けて気絶していた火蓮が、意識を取り戻した。
変化に気づいた大剣の男が、さも当然のように火蓮の顎を思い切り蹴り上げた。
その衝撃で、火蓮の瞳が瞼の裏に消えた。
酷い!
その様子に、大井素は言葉を失った。
だがすぐに我を取り戻す。
現状出来る最善の行動を取るのだ!
こんな奴らの思い通りには、絶対にさせてなるものか!!
「晴輝さん今すぐ逃げて特殊警察を――あれ?」
声を上げて振り返るが、しかし大井素の目に晴輝の姿は見当たらなかった。
彼はゲートのある部屋に最も近かった。
もしかしたらもう、上に逃げてしまったのか?
チームメンバーを見捨てて逃げるなんてッ!
冒険家は、こんな奴らしかいないのか!!
一瞬、大井素の頭に怒りがこみ上げる。
しかし、その行動は間違いじゃない。
彼はきっと特殊警察を呼びに行ったのだ。
この話が外に伝われば、絶対に誰かが助けにやってくる。
大勢の善良な冒険家が、彼らの愚行を止めに入る。
だからそれまで、信じて待てば良い。
「お、おい空気がいねえぞ!?」
「一体いつの間に!」
冷静に努める大井素とは対象的に、盾のチームが一斉にざわめいた。
それもそうだ。
少し目を離しただけで晴輝の姿がかき消えてしまったのだから。
もし地上に助けを求めにいかれたら。
おそらく事の次第では、ダンジョンで鍛え抜いた特殊警察が四釜らを捕縛しにくるだろう。
「くそっ! いつもいつもっ! おい、この女どもを魔物に食わせるぞ!」
「おいセックスはどうすんだよ? 俺の大剣、もう臨戦態勢なんだけど?」
「巫山戯ろ! 警察が来る前に証拠隠滅すんだよ! で、アイツが嘘ついたことにする」
「……おーけぃ、しかたねえ。俺の大剣はススキノで振るうことにすっかあ」
何気なくラルスが大剣を持ち上げる。
だが彼に油断はない。
四釜らは8・9階を主軸に活動している。
もうすぐ中層に到達すると囁かれているチームである。
晴輝や火蓮、それに大井素とは経験が違うのだ。
命を奪う瞬間に油断など、初心者が侵すミスをするはずがない。
1撃がクリティカルに決まれば、飼い主の胴だって真っ二つにする。
その刃の矛先が、大井素に向かう。
「さらば俺のラブホールよ!」
大剣が振り下ろされた。
そのとき、
「――なっ!?」
「――えっ!?」
ぐら、と地面が一際大きく揺れた。
ラルスが大剣に込めた力が僅かに緩んだ。
瞬間。
――ィィイイイン!!
甲高い音と共に、大剣が見えないなにかによって阻まれた。
「っくぅ! 大井素。火蓮を連れて走れ!!」
「――誰!?」
「早く走れッ!」
声はすれども姿は見えず。
だが大井素にはそれが誰だか判る。
きっと晴輝だ。
彼が助けてくれたのだ!
大井素は即座に体を動かし、火蓮の腕を肩にかけてゲートに向かった。
「させるか!!」
慌てた四釜が二人の背中から長剣で斬りかかる。
しかし、
「動くな。死ぬぞ」
四釜が喉に触れた冷たい殺意に足を止めた。
それでも一切怯まない。
「ハリア殺れ!!」
四釜が声を上げると同時に、ハリアが矢を放った。
だがその矢は横から飛来したなにかによって砕け散った。
「なん、だと……?」
3人の連携がことごとく防がれた。
そのことに呆然とする四釜らを置いて、大井素と火蓮の姿がゲートに消えた。
仮面さんがバージョンアップしました。
晴輝くんは…………うん。
いつも応援有難うございます。
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