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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
2章 冒険家レベルが上がっても、影の薄さは治らない
32/166

みんなでおいしい料理を食べよう!

 朝に井戸から水を汲み、レアの桶になみなみ注ぐ。

 ぺしぺし頭を叩かれながらも土の状態を確認し、部屋が暑くなりすぎないように窓も開けた。


「なにか他にあるか?」


 念のために尋ねてみるが、レアは地平線の向こうから上った朝日に身を任せたまま動かない。

 なにも言ってこないということは、おそらくは大丈夫だろう。

 これで家に戻ってきたときに、レアが瀕死になっている、などという悲惨な状況には陥らないはずだ。


「じゃ、行ってきます」


 レアに告げて晴輝は家を出た。


 ダンジョンの前で装備を確かめながら、ふと思う。

 そういえば『行ってきます』なんて、何年ぶりに口にしただろう?

 久しぶりに、ぽろっと出た言葉だった。


 かつてはどうということもない挨拶だった。

 だが久しぶりに口にしてわかる。

 良いものだったのだな、と。


 その後火蓮が合流し、晴輝らは5階へと向かった。



 シルバーウルフの討伐数が300を越えて、晴輝は意気揚々と朱音の店を訪れる。

 しかし、


「…………」


 今日の朱音は少し機嫌が悪い。

 いつもはノヘーとしている顔が、今日は眉間に皺が寄っている。


 なにか悪いものでも食べたのだろうか?


 朱音に鑑定を依頼しても、いつものように挑発しようという気は起らなかった。

 そんな雰囲気じゃ全然ない。


 ……つまらない。


「そうだ。この店では武具の手入れはやってるか?」

「え? アンタ手入れ出来ないの?」

「初心者だからな」

「あー、そうだったわね」


 地上の素材であればすぐに損耗してしまう。

 だが晴輝の武具はダンジョン産のものだ。耐久力はかなりある。


 とはいえ、絶対にダメにならないわけではない。

 魔剣以外は、使い続ければ切れ味が落ち、また防御力が低下する。


 1年2年とダンジョンに潜っている冒険家であれば、自分で調整したり、技術のあるチームメンバーに任せたりする。


 だが晴輝は初心者だ。

 武具を手入れする技術は心得ていない。


「今後武具の調整が出来るように備品を発注しとくわね」

「朱音がやるのか?」

「出来るわよそれくらい。一応アタシは武具販売店の店員だもん」

「……そういえばそうだったな。てっきり素材屋かと思ってた」

「違うわよ」


 店に品物がないので勘違いしそうになるが、彼女は元々武具販売店の店員だ。

 調整技術があっても不思議ではない。


「喫緊で修復してほしい武具はある?」

「おそらく大丈夫だと思うが、一応見て貰っていいか?」


 朱音に武具を確認してもらいながら、晴輝は内心で呻く。


 うーん。

 どうにも調子が狂うな。


 今日の朱音はあまりに普通だ。

 普通の店員として普通に仕事をしている。


 おかしい。

 あまりにおかしい!

 天変地異の前触れか!?


 店員が普通に仕事をすることは決しておかしなものではない。

 だが朱音は違う。

 頭も態度も軽くなければ、朱音じゃない。


 素材屋かと思ってたなど言おうものなら、


『アタシのメインは武具販売! おまけに素材鑑定だって出来るんだから、これってもうパーフェクトじゃない!? そんなアタシが接客してやってんのよ? ほらアタシのことをもっとあがめなさいよぉー!』 


 とかなんとか。

 いつもの調子だったら叩けば三倍くらいに響くはずだ。


 だが今日は一言。

『違うわよ』


 これでは調子が狂ってしまう。


「見た所、防具は問題なさそうよ。……というかいくらエントリーモデルだとしても、販売してからものの数週間でダメにされたら、一菱の品質保証的な意味で困るんだけど。シルバーウルフの短剣は、刃がちょっと丸くなってるわね。まずは砥石を優先的して仕入れるわ」

「お、おう……」


 どうしよう、真面目だ。

 朱音が真面目だ!

 あまりに真面目すぎて寒気がしてきた!


 これはひょっとすると、本当に雷か槍かが空から振ってくるのではないだろうか?


 そう訴える晴輝の視線を受けても、朱音はいっさい反応しない。

 そも、晴輝を見ているのにどこか上の空だ。


 ……これは、重傷かもしれないな。



 シルバーウルフの肉をお隣(徒歩10分)の木寅さんに差し入れをする。

 スタンピードで防衛戦に交わった木寅さんは、タンクトップから覗く筋肉をテラテラさせながら、シルバーウルフの肉を喜んだ。


「こんなに美味い肉を、いつも悪いのぅ。もう少ししたら畑の作物が取れるから、楽しみに待っててくれ」

「いえ、とんでもない」


 防衛戦で魔物を倒して身体能力が向上したのか。

 畑の面積が去年よりも大幅に増えていた。


 畑にはレタスに大根菜、それとカブが、収穫をいまかいまかと待っている。

 他にもピーマン、ナス、キュウリ、トウキビなどが、まだ若い葉を精一杯広げて日光を浴びている。


「そうだ。これを持ってけ。今朝取れたアスパラだ。たぶんこれで今年最後だぞ」

「おお、ありがとうございます!」


 手渡された太いアスパラに晴輝は目を輝かせる。

 晴輝の親指よりも太い。


 アスパラは地下茎が外側に出てきたものだ。

 茎は寿命が長いので何年か植えていてもアスパラが収穫出来る。


 夏になると収穫せず、枝を広げたアスパラに養分を蓄えさせる。

 そうやって上手く育てれば、年を追う毎に根も茎も太くなっていく。


 スーパーに売っている細いアスパラは2・3年もの。

 太いアスパラは、収穫までに最低5年はかかる。


「一体何年ものですか?」

「去年植えたもんじゃ」

「え!?」

「驚いたじゃろ? 実はお前さんから貰った魔物の肉で、堆肥を作ってみたんじゃよ。そうしたらなかなか上手く行ってのぅ」


 魔物の肉は不老長寿、とまではいかないが疲労回復などに効果があると噂されている。

 ただ、どの成分がどのように効くかエビデンスが取れていない。


 それでも噂は強かに広がり、いまでは『すっぽんを食べると精が付くよ』程度の知識として誰しもが知っている。


 しかしまさか、普通ならもったいないと思うだろう食しておいしい肉を堆肥にしようと思うとは。 

 ……やるな爺さん。


「その堆肥、まだ残ってますか?」

「おう、あるぞ。持ってくか?」

「はい。少し分けていただけますか?」

「ええぞ。ちょっと待ってな」


 木寅さんは一度家の中に戻り、膨らんだ麻袋を持って戻ってきた。

 彼が近づくと、ほんのり堆肥のすえた臭いが漂ってきた。


「もう少し発酵させると臭いが消えるんじゃが、どうする?」

「いえ、そのままでいいです。ありがとうございます」

「なあにこれくらい。時間が経てばもう少しまともな堆肥が出来る。そんときはまた分けてやるわ」

「ありがとうございます」


 お礼を言って家を出ようとしたとき、


「おおそうじゃ。これを持ってけ」

「……これは?」


 木寅さんが晴輝に、綺麗な小石を渡してきた。

 それは無形成の、白く透明な石だった。


 水晶に似ているが、水晶のように節理は無く、濁ってもいない。

 全体的に白い色の付いている。


 おそらくそれは魔石と呼ばれる石だろう。

 魔物の体内からごく希に発見される。


 とはいえ使い道はまだ不明だ。

 破壊しても中から魔力が湧き上がるとか、暴発するとか、そういった現象は起らないし、武器に組み込んでも魔剣になるということもない。


「お前さんから貰った肉から出てきたんじゃ。儂にはなにかわからんが、冒険家のお前さんなら使い道がわかるじゃろ?」

「……はい、ありがとうございます」


 使い方はさっぱりだ。

 だが晴輝は有り難く魔石を頂戴し、木寅さんの家を後にした。


 畑の様子を眺めながら、晴輝は自宅に戻る。

 すると自宅の前に佇む火蓮を発見した。


「どうした火蓮。忘れ物か?」

「今日こそは、狼肉を一緒に食べてもらいます!」

「お、おう……」


 火蓮の剣幕に圧され晴輝はたじろいだ。

 確かに彼女は2日前ほどから一緒に食事を取ろうと晴輝を誘っていたのだが、晴輝が一方的に断り続けてきたのだ。


 晴輝は以前より火蓮にはなにかお礼をしようと考えていた。

 おまけにレアの一件もある。


 ちょうど木寅さんにアスパラを頂いたばかりだ。

 今日は腕によりをかけて、豪勢な食事を振る舞うとしよう


「判った。じゃあ家に入ってくれ」

「ありがとうございます!」


 シルバーウルフの肉を2センチに切り、包丁の裏で潰す。

 塩こしょうを終えると、冷凍庫で保存していた食パンを取り出して削っていく。


 卵を割り、肉に小麦粉をまぶして卵にくぐらせ、先ほど削ったパン粉をまぶす。


 揚げ物用の鍋に油を注いで温める。


 菜種は、K町ではよく栽培されている。

 採取すれば油が取れるし、土にすき込めば来年の肥料になる。手間もかからない。

 実に優れた品種だ。


 その菜種から絞った油が温まった頃、パン粉をまぶした狼肉を中にそっと入れる。

 コロコロコロ、と小気味よい音を立てて狼肉が揚がっていく。


 その間に、晴輝はアスパラを切り鍋に入れる。

 塩胡椒で軽く味を付けて、終了。


 食卓に料理を運び込むと、火蓮がわぁっと目を輝かせた。


「これはカツレツですか?」

「ああ。ソースも醤油もなくて申し訳ない。この梅塩で食べてくれ」

「うめじお?」


 晴輝が差し出した小さな壺に火蓮が目を丸くする。


「春になると梅干しを仕込んでいるんだが、そのときに出てくる梅酢を乾燥させると梅塩が出来るんだ」

「……空星さんって、何でも出来るんですね」

「ネットがあるからな」


 昔ではおばあちゃんの知恵袋などと言われていた知識も、いまはネットがあればすぐに検索出来る時代だ。


 スタンピードが発生してから、いくつかの大規模サーバーが運営を終了したことで、ネットにある知識の多くが消失してしまったが、生活に必要なものはまだまだ残っている。


「こっちはなんですか?」

「アスパラのスープだ」

「ええ!?」


 晴輝は特に奇をてらったつもりはなかったが、火蓮は驚きの声を上げた。


「アスパラってスープに出来るんですか? 普通焼いたり揚げたりして食べるものだと思ってましたけど」

「あ、そうなんだ? アスパラの産地ではこれが普通だぞ」


 まあ飲んでみろ、と勧めると、火蓮は恐る恐るスープをすする。

 一口含むと、途端に彼女は丸くした目に涙を浮かべた。


「……甘いっ!」


 そうなのだ。

 採れたてのアスパラは甘みが凝縮している。

 焼いても美味いが、このようにスープにすると甘みが溶け出す。

 それがまた美味い。


 本当なら味噌汁にしたかったのだが、味噌は貴重。残り僅かだ。

 だから今日はその素材を活かして塩スープにした。

 火蓮が喜んでくれてなによりである。


 カツレツにソースも醤油もなくて残念だと思っていたが、シルバーウルフの濃厚なジビエ感に、梅塩の酸味が非常によくマッチしていた。


 これはこれでアリだな。


 晴輝も火蓮も、そこから無言で食を進めた。

 よほどおいしかったのだろう。火蓮は泣いていた。

 晴輝も少し、目が潤んでしまった。




 食事が終わり火蓮が帰宅すると、晴輝はレアのいる部屋に向かった。


「ただいま。今日はいいものを持ってきたぞ」


 ご主人が帰ったというのに、レアは一切反応せずツーンとしている。

 すぐにこの部屋に来なかったのでいじけているのだろうか?


「これ、魔物を混ぜて作った堆肥なんだって。入れてもいいか?」


 ふぅん。いれれば? みたいにチラチラと反応を示した。


 堆肥は植物によって相性がある。へたに入れると枯れてしまったり、病気になったりする。

 なんでも入れれば良いというわけではない。


 ほら早く、とレアがぽんぽん土を叩く。

 そんな態度を取っているということは、少なくとも魔物の堆肥はレアに悪い影響を与えるものではなさそうだ。


 少しずつ堆肥をかけてやると、レアはまるで温泉に浸かったかのように葉をくたぁっとさせた。

 どうやら堆肥の感触はすこぶる良いようだ。


「ん?」


 気持ちよさそうにくたっとするレアの頭部(?)が、なにかを感知したように晴輝を見た。


 レアはじぃ、と晴輝の胸を見つめている。

 一体そこになにが?


 少し考えて思い出す。


「もしかして、これが欲しいの――あっ」


 胸ポケットに入れていた、木寅さんからいただいた魔石を取り出す。

 するとレアは素早く動いて、晴輝の手から魔石を奪い取り、土の中に埋め込んでしまった。


 なるほど。レアが欲しがっているのはこういう“レア”な品だったようだ。

 ギャグではなく。


 女神(レアー)の名を授けたのに、豊穣をもたらすのではなく、希少品(レア)を奪い取る奴になるとは……。


 このままいけば、土の下はレアの宝物庫になるだろう。

 いくらレア品とはいえ、人間にとってはガラクタばかりだろうけど。


「レア、ありがとうは?」

「(ツーン)」


 貴方がここに連れてきたのが悪いんだもんね!

 レアが葉っぱをとげとげさせる。


 もちろん言い逃れは出来ないが、それはそれ、これはこれだ。


「レア……ありがとうは?」

「(…………)」


 じっと見つめ続けると、やがて根負けしたレアがぶーたれるように、葉っぱを上下に揺らした。


「よしよし」


 葉っぱを撫でると、鬱陶しいと言わんばかりに晴輝の手の甲を別の葉がぺしぺし叩くのだった。


          *


【ガチ勢】ダンジョンを全力で踏破しろ! 156階目【御用達】


290 名前:それ行け名無しの最前線君

 そろそろマサツグさん現地に到着したか?


291 名前:それ行け名無しの最前線君

 さあ続報ないからわからんな

 足こぎスワンで移動だしまだ少しかかるかもしれん


 ただチームハウスの動きが活発化してるみたいだな

 近々戻るのかもしれん


292 名前:それ行け名無しの最前線君

 奪還作戦の希望者は集ったのか?

 マサツグさんと一緒に戦えるなら俺も参加したいんだが


293 名前:それ行け名無しの最前線君

 わからん

 そもそもあそこは全員ガチ勢だからなー

 内部情報を漏らさんがために一緒に行動できんかもしれんぞ


294 名前:それ行け名無しの最前線君

 まじか

 情報をバラしたくないからって単独チームで行動してるような場合か?


295 名前:それ行け名無しの最前線君

 魔道具とか開眼能力とか

 漏れたらやばい情報があるかもしれねえだろ


296 名前:それ行け名無しの最前線君

 どのみち新宿で戦うなら誰かに見られるだろ?


297 名前:それ行け名無しの最前線君

 雑魚放置してボスに直通かもしれん


298 名前:それ行け名無しの最前線君

 あーなる

 その可能性はあるなあ


299 名前:それ行け名無しの最前線君

 ま新宿駅奪還するなら他チームもいるし

 雑魚を無視して特攻しても問題ないわな


300 名前:それ行け名無しの最前線君

 そういやダンジョンで遭難したって情報あるんだが

 誰か助けにいかんか?


301 名前:それ行け名無しの最前線君

 新宿か?

 だったらマサツグさんにでも任せとけ

 どうせ骨も残ってないだろうけどな

 運が良ければ生存したまま会えるかもしれんが


302 名前:それ行け名無しの最前線君

 いやどうやらちかほらしい


303 名前:それ行け名無しの最前線君

 ふぅん

 でっていう


304 名前:それ行け名無しの最前線君

 おいおい冷たいな

 誰か助けようって奴はいないのか?

 日本を救うとか誰かを助けるとか言ってるけど

 冒険家って威勢ばっか口ばっかかよ


305 名前:それ行け名無しの最前線君

 馬鹿じゃねえの?


 冒険家はみんな命を捨てる覚悟持ってダンジョン潜ってんだよ!

 自分で中に入ったんだったらそいつの自己責任

 オレらに文句言うのは筋違いだ!


 助けたい奴がいるからって他人に命を賭けさせて救えだ?

 甘えてんじゃねえ!

 誰かを助けるために活動してんのに誰かに救いを求めるとか本末転倒だろ!


 他人に迷惑かけるくらいなら黙って死ね!

 それが冒険家の責任ってもんだ!


306 名前:それ行け名無しの最前線君

 >>305 サムライだな

 ただまあ少し言い過ぎだ

 もし助けたいなら自分で潜れ

 それが出来ないなら依頼出せばいいんじゃないか?


307 名前:それ行け名無しの最前線君

 >>305 ごめん

 >>306 そうかわかった

アスパラといえば会津が有名ですが、生産量は北海道が一番だったりします。


次回更新は金曜日です。

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