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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
2章 冒険家レベルが上がっても、影の薄さは治らない
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ジャガイモを栽培しよう!

 その日の夜。

 0時になると同時に、晴輝は仮面を付けずにひっそりとダンジョンに潜り込んだ。


 これから行うことは、不法行為ではないが褒められたものではない。

 なので――出来るだけ使いたくはなかったが、隠密を発動させる。


 防犯カメラさえ見逃すほどの薄い気配で、晴輝はダンジョン4階に降り立ち魔物を捜索する。


 するとすぐに、晴輝はお目当ての魔物を発見した。


「……っふ」


 にやり、と晴輝は悪い笑みを浮かべる。

 ゆっくりと、忍び足で近づいていく。


 気配があまりに薄すぎるため、魔物は晴輝の存在に気づかない。

 相手が気づく前に、右手で魔物――ジャガイモの茎を引っこ抜いた。


 地面から抜けると、それまでシャンとしていたジャガイモの茎は途端にしおらしくなった。

 まだ使用されてないジャガイモが根にくっついている。

 その根に守られるように、中央で親芋が鼓動を打つ。


 念のために武具を装備してきたが、必要無かったかもしれないな……。


 晴輝は隠密技術を駆使して、次々とジャガイモを引っこ抜き拉致――いや、ダンジョンの外へと持ち帰っていった。


 空き部屋にずらっと用意したプランターに、晴輝はダンジョンから持ち帰ったジャガイモの茎を、一つ一つ丁寧に植えていく。


 プランターは狩りが終わったあと、最寄りのホームセンターで買ってきたものだ。

 その中に入れる土と肥料も勿論、一緒に購入した。


 晴輝は火蓮の『家庭菜園』という言葉を聞いて、魔物を使ったジャガイモの量産を思いついた。


 ダンジョンから生きた魔物を持ち帰ることは、法律では禁止されていない。

 法律で禁止しようとすると、生きた魔物と死んだ魔物の分別をどこでどう付けるか? という問題が発生する。


 特に中層に出てくる骨の魔物は厄介だ。なんせ骨だけしかないのだから、現在の人類ではどうやったって生死を定義出来ない。


 それに生きた魔物を研究する学者が困ってしまう。

 法律で禁止すると、研究分野の発展を阻害してしまうのだ。


 ただ、民衆の不安を煽る行為には違いない。


 だからこそこうして、晴輝は誰にも見つからないように気配を殺し、こっそり魔物を連れてきてた。


 鞄を部屋の隅に置き、中から大量のジャガイモの茎を取り出す。

 ジャガイモを撃って暴れても大丈夫なように重ねたネットで回りを囲んでいる。その中に入り、一つ一つ丁寧にプランターに植えていく。


 拉致――いや、丁重にお連れした魔物は全部で10体。

 その全ての茎が、力任せに引き抜いたせいかクタっとしている。

 水をやるが、効果がない。


「うーん……」


 いつまでも元気を取り戻さない魔物を見て、晴輝は自室に戻りパソコンを起動した。


 ジャガイモの生育に必要な肥料は、主に『草木灰(そうもくばい)』と『ボカシ肥』と書かれている。それらは事前に検索して購入し、既に土に混ぜている。


「土は問題なさそうだよなあ」


 ジャガイモの生育方法が書かれたホームページをいくつもチェックするが、土作りに手違いはなかった。


「……とりあえず、日光を当てて様子を見るか」


 もしかしたら日光が彼らを助けてくれるかもしれない。

 そう信じて、晴輝は眠りについた。




 翌日、いつもよりも早くに晴輝は目を覚ました。

 昨晩植え替えをしたジャガイモのことが気になって仕方が無かった。


 念のために寝間着姿の上から武具を装着して、晴輝はプランターのある部屋に向かう。


 そこには、昨晩の姿からは想像出来ないほど萎れたジャガイモたちの姿があった。


 茎はしわしわになり、体を持ち上げるほどのハリがない。

 葉先は茶色くなり、触れただけで崩れ落ちそうなほどカサカサしている。


「ああ……」


 晴輝は愕然として、床に膝を付けた。

 まるで我が子を失ったときのような気分だった。

 涙が滲む。


 晴輝は干からびた茎を、一つ一つ検分していく。


 土の中から取りだしてみると、たわわに実っていたはずのジャガイモがしわしわになっていた。

 彼らは土ではなく、ジャガイモから栄養を吸収していたのだ。


「やっぱり、ダンジョンの土じゃないと生きられないのかな……ん?」


 検分していく中で、かろうじてまだ息がありそうな個体を発見した。

 即座に晴輝は近づいて、葉の様子を手で調べてみる。


 脈動は、当然のように感じない。だが茎に水分がまだ残っている。


「生きてる!」


 だからといって晴輝にはどうすることもできない。

 晴輝では、彼らになにが必要なのかさっぱり判らないのだから……。


「ごめんな。俺、お前のことを助けられないんだ……」


 目を潤ませ、鼻をぐずぐずさせる晴輝。

 いままで散々ジャガイモを奪い尽くして、弾切れしたら容赦なく切り裂いてきた相手だということは、彼の頭からすっぽり抜け落ちていた。


「…………!?」


 そのとき、晴輝の手の中でジャガイモの葉が動いた。

 咄嗟に晴輝は短剣の束に手をやる。


 だがジャガイモは、攻撃しない。

 当然だ。それはもう、衰弱しきっていて死を待つばかりなのだから。


 魔物はなにかを訴えかけるように葉を動かした。

 その先端が指し示す方には、晴輝の鞄。


「……鞄?」


 疑問はあるが、晴輝は僅かな手がかりに必死に食らいつく。

 部屋の隅にある鞄を運び込み、中身を開いて見せる。


 その中には、運ぶ途中で根から溢れ落ちたジャガイモが3つと、ジャガイモ石の入った壺が1つだけ。

 魔物を生存させる手がかりがあるようには思えない。


「気のせいか……」


 諦めかけたそのとき、最後の力を振り絞らんばかりに魔物が葉を伸ばし、鞄の中からジャガイモ石を1つ取り出した。


 魔物はあっという間にその石を地中に埋めた。


「え? ……え?」


 意味がわからない。

 一体魔物はなにがしたいんだ?


 謎の行動に混乱する晴輝を余所に、魔物の茎があれよあれよとみずみずしさを取り戻していった。


「……えぇえ、なんでぇ?」


 たかだかジャガイモ石ひとつで……。


 そこまで考えて、晴輝はその石の持ち主を思い出した。


 ジャガイモ石はボスが趣味で作ったと思われる投擲用のアイテムだ。

 だがもしかしたら、この石にはボスの力の一部が込められていたのでは?


「さすがに無理筋だな……」


 思考が少し飛躍しすぎた。


 考えられる可能性は、これがダンジョン産のアイテムだということ。

 ダンジョンで作られたもの――つまり、ダンジョンの土と似た性質があるのではないか?


 そう考えると、ダンジョンの土壌で生育するこの魔物が、石を手にした途端に元気を取り戻したことに説明が付けられる。

 先ほどの仮定よりも、無理筋っぽさもない。


「つまり、ダンジョンの養分が欲しかったのか」


 己の仮定を結論づけるただの呟き。

 だがそれに、魔物が反応した。


 まるで、「そうそう」と言うように、コクコクと葉っぱを揺らした。


 おおう!?


「もしかして話が通じるのか?」


 それに魔物はやはり、コクコクと頷いた。


 魔物が話せることは、特別珍しいものではない。亜人タイプの魔物は、その種で通じる言語を使う。

 またシルバーウルフは、遠吠えのパターンで仲間に情報を伝える。


 ワーウルフに至っては、言語を用いていてもおかしくない知性を感じさせる目をしていた。


 だから、魔物が人間の言語を理解したとて驚くほどのことでもない。


 とはいえ相手は植物系の魔物だ。

 まさか植物が人間の言葉を理解するなんて……。


「いや、そういうこともあるのか?」


 植物に愛してると言い続けると綺麗な花を咲かせ、大嫌いと言い続けると萎れてしまうという実験結果がある。

 そこから『植物は人間の言葉を理解する』と繋げてしまうのは早計だが、『人間の言語に反応するなにかしらの器官がある』とは言える。


 地球上の植物でそうなのだから、ダンジョンで脅威の変化を遂げた植物が人言を理解しても、おかしい話ではない。


「……悪かったな。いきなりこんな所に無理矢理連れてきて」

 まったくよ、と言うようにそれはてっぺんの葉を横に揺らした。


「君は……ああ、名前はあるか?」


 ふるふる、とそれは葉を横に振る。


「じゃあ折角だし名前を付けよう。どんな名前がいい?」


 あなたに任せるわ。ただし、最高の名前以外認めないわよ。

 そう思っているかは判らないが、葉っぱが縦に揺れた。


「んー。ジャガイモの茎だから……ジャッキ――ぶへ!」


 名前を口にしたところで、茎がしなり晴輝の顔に叩きつけられた。

 どうやら気に入らなかったらしい。


 晴輝は鼻をさすりながら次の名前を考える。


「ええと。ジャガイモ、茎、葉、魔物、ダンジョ――ぶっ!」


 また叩かれた。


 その連想は止めなさいよ! と言うみたいに、それはツタをにゅるにゅると動かす。

 実に器用な動きだ。


 ……ふむ。

 晴輝は腕を組み、しばし黙考する。


「…………じゃあ、レアはどう? クレタ島の地母神で、豊穣を司る女神レアーから取ってレア」


 それは晴輝の数少ない趣味である神話蒐集から引っ張り出してきた知識だった。

 その名に、ジャガイモの葉がピクリと揺れた。


 ふ、ふん。なかなか良い名前ね! 仕方ないからその名前で呼びなさい。

 などと言うみたいに、レアが腕を組むように葉を絡めた。


 レアのボディランゲージが巧みで、まるで言葉が聞こえてくるようだ。

 だが実際にはなにも言っていない。

 聞こえてきているように感じるのは、晴輝の錯覚だ。


 人形との会話と同じか? などと思うと根暗すぎて笑えない。


「実は俺がレアをここに連れてきたのは他でもない。ジャガイモを量産してほしいん――どゎッ!?」


 晴輝が頼み事を言い切る前に、レアがジャガイモを発射した。

 晴輝はそれを避けようとして、しかしあまりに射出速度が遅かったので手で捕らえることにした。


 ビタン、と手の平に伝わった感触に、晴輝は眉を潜める。

 視線を落とすと手の中には、しわしわになったジャガイモが収まっていた。


「…………これは」


 さらにレアは、下の方の葉で土を叩く。

 そこには土から根が露出していた。


 根と共に、しわしわになったジャガイモが……。


「ええと……? 俺のせいでジャガイモが出来ない体になっちゃった? ふんふん。だから……責任とってよ!?」


 レアはぶんぶんと茎を振るう。

 まるで怒った女性が、男性の胸板を叩くように。


 晴輝は愕然とし、呆然とした。

 女性にさえ言われたことのないリア充御用達の致命的な言葉を、まさか一番最初に植物に言われるとは!!


 がく、と晴輝は床に両手を付けてうなだれた。


 どうやら彼が初めて責任を取る相手は、人間ではなく魔物になりそうだ。

前話で更新をミスりました。

お詫びに、次回更新は明日とさせていただきます。


ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

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