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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
1章 スキルツリーを駆使しても、影の薄さは治らない
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狸狩りを楽しもう!

 残金が少々心許なくなってきた。

 今日は火蓮もいるし、ゲジゲジより素材単価の高い狸狩りと洒落込むとしよう。


「空星さん、ボスを討伐されたんですね」


 3階への道中で、火蓮が神妙な口調で尋ねてきた。

 まるで仲間はずれにされたことを責めるような声色だ。


「なんでそれを……」

「ブログです」

「ああ!」


 そういえば彼女は、晴輝のハンドルネームを知っているのだった。

 晴輝の背中に、じっとりとした汗が浮かんでくる。


 一緒に討伐した方が良かったか?


 ボスの討伐に関して、晴輝は特別ソロで狩りたいと思っていたわけではない。

 勿論、自分の力がどこまで通用するかは知りたかった。

 けれどそれは別に、ボスじゃなきゃいけないわけではない。


「私は……足手まといですか?」

「あ、いやそういう意味合いはない。ただなにも考えず冒険してただけだから」


 晴輝は慌てて火消しに走る。

 どうやら火蓮はボス討伐に誘われなかったことで、自分が必要ないと思われていると勘違いしてしまったようだ。


 必要とされていない。

 存在が、扱いが、空気と同じ。


 その立場の痛みを、晴輝は充分に理解している。

 仮面を付けるまでは、声を上げなければ誰にも認識されない存在感だったのだから。


 あれ、これ俺いなくてもいいんじゃね? と。


 俺がいなくてもいいなら、何故地球は回っているのだろう?

 そんなふうに哲学的に落ち込んだりもした。


「もっと、強くなりたい……」


 彼女の呟きは、だからこそ晴輝の胸に刺さった。

 晴輝もまた、強くなれば存在感が増すと、思っているから。


「そうだな。そのためにはまず、狸狩りからだ。今日は2人でとことん狩るぞ」

「はい!」


 少し機嫌を持ち直したのか、あるいは空元気か。

 火蓮は購入したての杖を高らかに掲げた。



 火蓮一人で狸の処理は、まだ早かったようだ。

 彼女は狸の速度についていけない。


 遠距離から魔法を放つが当たらず、近づかれると杖を振るうが当たらない。

 火蓮の戦法は填まれば強いのだが、いかんせん実力が足りていない。


 鈍器スキルを1つ上げるべきか?

 しかしそうなるとダメージを底上げする筋力と、速度を上げる敏捷力も欲しくなる。


 彼女のスキルポイント残りは2つだったか。


 晴輝はスキルボードを取り出して火蓮のポイントを確認する。


 以前、彼女のスキルをこっそり振ったときは、2ポイントを残しておいた。

 だが、


 スキルポイント:2→3


 あれ?

 3ポイントになっている。


「そうか、希少種か」


 増えた1ポイントは希少種討伐によるものだ。

 それが晴輝の頭からすっかり抜け落ちていた。


 しかし、目当てのスキルには振れるが、彼女の前衛能力を上げてしまっても良いのだろうか?


 彼女には魔法というかなりレアなアドバンテージがある。

 なのでそちらをメインに上げていった方が良い気もする。


 なにを上げるか相談したいが、この魔導具は諸刃の剣だ。

 情報が漏れたら、魔法なんて比ではない目に遭うに違いない。


 スキルを振ってくれ、という冒険家が現われるのは良い。

 だが、なんとしてでも晴輝を手に入れようとか、殺してでも魔導具を奪ってやろうとか、そういう輩が現われないとは限らない。


 実に面倒くさい。

 対応策を色々考えるのが面倒だった。


 対策を講じたって晴輝はまだまだ初心者だ。

 中級冒険家が現われれば、対策もへったくれもなく、力押しされて終わりだ。


 当面は、誰にも魔導具の話は出来ない。

 いつかはするかもしれない。

 だが今じゃない。


 ひとまずポイントには手を触れず、対策でどうにかしていこう。


「……うん」


 そちらの方が健全だ。


 自らの力の、100%以上を出すために対策を立てる。

 難所を乗り越えれば経験になるし、問題解決の底力になる。

 また、スキルが自然と上昇するかもしれない。


 それが攻略の醍醐味。

 スキルを振って、ゴリ押しなんてもったいない。


 晴輝はしばし考えて、自らが前衛を務めることにした。

 ゲジゲジのときと同じように捕まえて撲殺は、対応力が培われないので却下。


 素早い動きに火蓮が徐々に対応していけるよう、晴輝は前で狸の逃げ道を塞ぐ。

 逃げ場を削ると、火蓮の攻撃が徐々にヒットするようになってきた。


「……なるほど、これはこれで面白い」


 自分がどう相手の逃げ場を潰すか。

 火蓮の呼吸を読んで、どうタイミングを合わせるか。


 晴輝の動き如何で、狸が生きているか、それとも死んでいるか。

 結果が如実に表れる。


 前衛も技術なんだな。


 ソロでは決して味わえない立ち回り。

 脳の、使わなかった部分が活性化していく、心地良い疲労感。


 いい。

 実にいい!


 晴輝は夢中になって、狸を追い詰めていく。


 晴輝が攻撃をして狸の皮を傷つける。

 気を取られた狸が晴輝に意識を向ける。

 その瞬間に、魔法が飛来する。


 はじめこそ手間取ったが、コツを覚えるとその陣形はピタっと2人に填まり込んだ。


 ソロで戦っているときには、これほどの安定感は味わえなかっただろう。

 一人で狩りをするのも良いが、チームで挑むのも、面白いものだな。


 チームの醍醐味を見つけた晴輝は、集中力を益々高めて3階の狸を駆逐していった。



「あのですね」


 狩りが終わったあと、晴輝は火蓮の前で正座させられていた。

 火蓮の顔が怖い。

 仮面を付けているというのに、その中まで射貫かんとする視線に、晴輝は怯える。


「狩りに夢中になるのも良いですけど、倒れるまでやらないでください!」


 そう。

 狸を追いかけるのに夢中になった晴輝は、集中力が高まりすぎて自らの疲労感を意識出来なくなっていた。


 前衛として狸の逃げ道を塞ぐのは、ソロで戦うときよりも大きく動かねばならない。

 そのことが判らず、また気づけずに動いていたため、晴輝は途中で倒れてしまったのだ。


 かれこれ5時間ほど休みなしで狩りをしていたか。

 5時間も狸を追いかけ続けていたことになる。


 いくら身体能力が強化されているとはいえ、倒れても仕方がない。


「悪かった」

「ん?」


 やだ、火蓮の笑顔が怖い。


「……すみません。次は、気をつけます」

「本当ですよ? もし私がいなかったらどうしていたんですか」


 まったくもう、と火蓮は腕を組んで頬を膨らませた。

 だがその実、顔には僅かな安堵が浮かんでいた。


 きっと尻尾があれば、ぶんぶん振り回していることだろう。

 ふさふさ、と尻尾が自慢げに揺れる音が聞こえてくるようだ。


 それは晴輝が無事で良かった、というものもあるだろう。

 だが一番はおそらく、自分が誰かを助けられる存在なのだと実感出来たところが大きい。


 火蓮は今回、晴輝を助けた。


 晴輝の足手まといになるだけだと思っていた自分が、彼を助けられたのだ。

 決して表には出せないが、その事実が火蓮にはとても嬉しかった。


 とはいえ、状況はギリギリだった。

 倒れた晴輝を囓ろうとする狸を魔法で牽制。

 昨日までの火蓮であれば、それで終わりだった。


 だがここまで晴輝が――頭がおかしくなるのではないかというくらい猛烈に魔物を刈り続け、ある程度レベルアップしたおかげで一人で狸を退けることが出来た。


 プラスして、新しい杖のおかげもある。


 魔法は気を高めて一点に集中させ、圧力を高めて撃ち放つ。


 以前の棍棒だと、気の通りが悪くかなり集中しなければ発動出来なかった。

 だがこの杖だと、なんの抵抗もなく気が滑らかに先端に集まってくる。

 きっと威力も速度も、3割は増しているだろう。


 杖はおそらく、魔法使い専用の装備だ。


 こんな掘り出し物が3万5千円で購入出来たのは、誰あろう晴輝のおかげである。

 彼が値切ろうと思わなければ100万円だ!

 到底、火蓮では手が出せない。


『なろう』で集った冒険家に嵌められて、一度は人間不信に陥りそうになった。

 だが、そこを晴輝が助けてくれた。


『ちかほ』の9階で活動する冒険家が逃げ出した状況に、名も無き冒険家の彼が立ち向かったてくれたのだ。

 ただ、火蓮を救うためだけに!


 おまけに彼はブログで、火蓮の名前を一切出さなかった。

 人を救ったと、匂わせることもなかった。


 人を救ったと公言すれば、ブログの回転数が上がるかも知れないというのに。


 人を救う。

 それが冒険家の仕事だ。


 人を救ったことを誇る消防士がいないように。

 命を助けたことを誇る医者がいないように。

 それは、当然のことで、言いふらすものではない。


 けれどそういう冒険家は希である。

 日刊ランキングでポイントを稼ぐために事実を誇張する。

 ウケが良いように事実を改変してしまう。


 きっと彼がブログで、モンパレから人を助けたと公言していたら、火蓮はここまで付いてこなかっただろう。


 多少、気持ちの悪い仮面をかぶっていることは気になりはしたが、彼からは仮面のような気持ち悪い気配を一切感じなかった。


 あの盾のチームと同じような目で、火蓮を見なかった。


 また、彼の装備が短剣であることも気になった。


 奇妙な仮面を装備して、マイナーな武器を装備する。

 自らの命を顧みず知らない人間を助けて、なのにその偉業を誇らない冒険家。


 これだけで充分、火蓮は晴輝に惹きつけられた。


 ただ、不安もある。


 ときどき晴輝が目の前から消えてしまいそうに感じる。

 なんの前触れもなく……。


 彼は、とてもドライだ。


 感情はある。

 ゲジゲジと戦っているとき。

 マジックバッグを見つけたとき。

 ムカデと戦ったとき。

 彼は感情を高ぶらせていた。


 だが彼の感情は、どこかが抜けている。


 それは火蓮と同じ欠落。

 きっと彼の感情は、始まりのスタンピードのときに欠損してしまったのだ。


 もし要らないと少しでも思われたら……。

 そのときが来ないよう、火蓮は必至に自らの有用性を高めていくしかない。


 彼の背中を、決して見失わないように。




 狸狩りを終えゲートに向かったところで、晴輝は異変に気がついた。


「地震?」

「ッ!」


 レベルアップで鋭敏になった感覚が、地面の僅かな揺れを感知する。


 晴輝は眉根をよせて集中するが、これから大きくなりそうな気配はない。

 その横で、火蓮が顔を青くした。どうやら彼女は地震が苦手らしい。


 地震はすぐに収まった。

 おそらく震度1。中でも弱い揺れだった。


 まさかモンパレや希少種じゃないだろうなと辺りを警戒するが、不穏な気配は感じられない。


「地震、でしたね」

「ああ。ダンジョンも揺れるんだな」


 考えなくてもダンジョンだって揺れるに決まっている。


 だが、ダンジョンは既存の自然界とはかけ離れた存在だ。

 核弾頭を落としたって入り口が少し広がる程度の被害しか与えられない。

 地震とは無縁だと思い込んでしまうのも仕方が無い。


「まさか大地震だったりしないよな?」


 ダンジョンの揺れは軽微だが、上は被害甚大だった、なんて状況であれば笑えない。

 ゲートを通過して地上に降り立った晴輝は、辺りに地震の影響がまったくなかったことで安堵の息を漏らした。


 今日の討伐数は178匹。

 途中で倒れていなければ200匹は狩れただろう。

 倒れた自分が恨めしい。


 マジックバッグがあるおかげで、持ちきれない素材を地上に運び出す手間が大きく省けた。

 これがあるだけでも、効率がかなり上がる。


 もし自宅近くにダンジョンが無ければ、素材を運び出して販売するだけでも1時間はかかってしまうだろう。

 1時間あれば、上級冒険家クラスなら100万は稼げるはずだ。


 やはり数億の値がするだけはあるな。

 しみじみと、そう思う。


 そのマジックバッグは火蓮に持たせている。


 本人は遠慮していたが、奇妙な仮面を装備した男がポシェットを下げていたら――。

 その男のセンスがおかしいか、ポシェットが有用な装備か、いずれかが疑われる。


 値段が値段だ。

 後者を疑われれば、隙を見て奪われるかも知れない。


 なるべく見た目一発で、これがマジックバッグだと判らないようにした方が良い。


 なので、晴輝は火蓮に装備させた。

 女の子がポシェットを下げていても、使い方さえ間違えなければ、それがマジックバッグだと疑う人などいないだろう。




 狸の爪。手足合せて18本あるなかで、素材として使えるのがうち最も長い2本。

 傷なし1本500円。1体で最高1000円になる。


「ぐぎぎ……」


 全部で爪が356本。

 合計156,100円で販売すると、朱音が憎らしげに奥歯を鳴らした。


 今日武具を購入した代金の2割超え。

 あと3・4日同じ量を狩れば、全額取り戻せてしまう計算だ。


 対して武具は、1週間で新調しない。

 今回は、どう足掻いても朱音の負け戦だ。


「――っふ」

「キィィィ!!」


 こちらの勝ちは見えたな。

 口元にわざとらしく笑みを浮かべると、朱音が顔を真っ赤にしてカウンターをどんどん叩いた。


 今に見てろよ!

 そう言うように、ギリギリと睨まれる。


 かなり空気が殺伐としている。

 だが、おそらくはこういう関係であるほうが好ましい結果が生まれるだろう。


 彼女は必死に晴輝を出し抜こうとする。

 出し抜くためには、彼女は最高の装備を提供する他ないのだ。


 ま、せいぜい頑張ってくれたまえ。


「――と、そうだ。さっきの地震は大丈夫だったか?」

「地震? そんなもんあった?」


 もしかして規模が小さいから気づかなかったか?

 まあ、それならそれで良い。


 大地震が来たら、真っ先に被害を受けるのはプレハブだ。

 なんせプレハブの基礎は小さなコンクリートブロック。その上に載っているだけなのだ。簡単に倒れてしまうだろう。


 この店があるおかげで収入効率が格段に上昇している。

 何事もなくて良かったと安心するのも当然である。


 彼女からはあまり死にそうにない雰囲気を感じるので、心配は無用だろう。

 なんせ冒険家をボコボコにするような女だからな。


 晴輝はひらひらと手を振って店を後にした。


          *


【地震】地震が起きたら報告する書 50【怖い】


54 名前:地震感知レーダー名無し(蝦夷)

 地震きたー!


55 名前:地震感知レーダー名無し(江戸)

 こっちも来たー!!


56 名前:地震感知レーダー名無し(江戸)

 >>55 嘘つけ

 全然揺れてねーよ


57 名前:地震感知レーダー名無し(江戸)

 >>56 いやマジだから

 ダンジョンの中震度1くらい揺れたぞ


58 名前:地震感知レーダー名無し(江戸)

 えマジ?

 上は全然感じなかったなあ


59 名前:地震感知レーダー名無し(出羽)

 こっちも感じたな

 ダンジョンの中でかつ微震だったが


60 名前:地震感知レーダー名無し(長門)

 日本全体が揺れたんか?


61 名前:地震感知レーダー名無し(蝦夷)

 震度1くらいでか?


62 名前:地震感知レーダー名無し(土佐)

 外はなにも感じなかったぞ


63 名前:地震感知レーダー名無し(蝦夷)

 ってことはダンジョンの中だけ?


64 名前:地震感知レーダー名無し(陸奥)

 そんなことあるんか?


65 名前:地震感知レーダー名無し(蝦夷)

 ダンジョンっていわば地下世界だ

 あるいはダンジョンの中は地続きなのかもしれん


66 名前:地震感知レーダー名無し(播磨)

 >>65 ロマンだな

 別々の地からダンジョンに入った冒険家同士が

 地中奥深くで出会い愛を育む


67 名前:地震感知レーダー名無し(備前)

 >>66 アッー!


68 名前:地震感知レーダー名無し(播磨)

 ホモじゃねーよ!


69 名前:地震感知レーダー名無し(蝦夷)

 とりまわけワカメだけど

 気持ち悪いから最前線君達に伝えてくるわ


70 名前:地震感知レーダー名無し(江戸)

 >>69 よろー

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