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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
1章 スキルツリーを駆使しても、影の薄さは治らない
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新しい武具を購入しよう!

「明日あたりにアタシが発注した武具が来るから見に来なさいよ。今日払ったお金は全部取り返してやるわ!」


 とかなんとか。

 左遷された朱音の台詞は、まるで博打で大負けした奴の捨て台詞だ。

 まったく店員のそれではない。


 だが、だからこそ面白い。

 打てば響くし個性的。

 一体どんな商品でこちらの度肝を抜こうとしているのか。

 そんな彼女だからこそ興味が惹かれる。


 ただ、企業では彼女のような存在が疎まれるのも無理はない。

 企業はいつだって、均一な人材しか愛せないのだから。



 翌日、火蓮を伴ってプレハブの扉を開くと、店内にはお隣さん(徒歩10分)の木寅さんの姿があった。

 どうやら談笑していたらしい。二人でケタケタと笑い合っている。


 おい待て。一体いつ仲良くなった?


 晴輝と火蓮が声をかけられずにいると、ようやっとこちらの姿に気がついたのか、朱音が口を開いたまま横目で入り口を見た。


「あー。ごめんねおじいちゃん。お客さんが来たからこの辺で」

「あいよ。なにか判らんことがあったら何でも言ってくれ」

「ありがとう」


 お隣さんが居なくなると、それまで機嫌がよさそうだった朱音の表情がいきなりぶすっとしたものに変った。


「なんでアンタだけなのよ。空気は居ないの?」

「……目の前だ」


 このところずっと仮面を付けていたから、もしかしたら存在感が増したのではないかと思っていたが……。

 やはり仮面を付けていないときは存在感が希薄らしい。


 しかし以前は晴輝の姿に気がついたはずなのだが……。

 どうやら、想像以上に気が緩んでいるらしい。


「やだあ、そんなに存在感を消して、まるで空気じゃなぁい」


 くすくすぅ! と朱音が笑った。

 まるで恋人との逢瀬を楽しむ乙女のような笑い方だ。


 だが彼女が対話しているのは晴輝ではなく財布だ。

 あくまでも……。


「それじゃ早速、有り金全部置いて――じゃない、ここにあるものすべて買っていきなさい!」

「……いや、ええと」


 店の中には、昨日は無かった蜜柑箱2つと、その上にいくつかの武具が並んでいた。

 威圧的に買え! と言われても、箱に載っている武具の数は7点だけ。


 ……反応に困ってしまう。


 じと、という目を向けると、朱音が慌てるように手を動かした。


「だ、だって仕方ないじゃない! 売れるかどうか判らないものを発注するわけにはいかないんだし。輸送費だって馬鹿にならないのよ? 在庫になっても腐らないけど、売れなきゃ輸送費で赤字なんだから!」


 聞いてもいないのに言い訳を始めてしまった。

 だが、彼女の真剣度は目の前の武具を見れば判る。


 おそらく朱音は売れるものだけを真剣に考えて発注したのだろう。

 防具の種類は靴と手袋がそれぞれ2種類。女性物の胸当てが1つとかなり絞られている。

 完全に晴輝と火蓮を意識してのものだ。


 靴は一菱のエントリーモデル‘一’。

 おそらく魔物の素材なのだろう、革で出来ている。

 安全靴仕様になっていて、所々金属板が入っているようだ。

 それでいて、非常に軽い。


 早速履いてみると、足はぴったり靴に填まった。

 ……一体いつ足のサイズを測った?


 晴輝の疑いの視線に気づいたのだろう。

 朱音が得意げに口角を上げた。


「アンタ達が入ってきたときの足跡を計測したのよ」


 なるほど。

 頭良いなこいつ。

 態度からは想像も出来ない。


 手袋――いわゆるガントレットと呼ぶのだろうか。同じく‘一’だ。

 手の甲の部分はかなり堅い革が張られ、指の部分は柔らかいものが使用されている。

 動きも感覚も阻害されない、良い作りだ。


 試しに短剣の束を握ってみると、まるで張り付くように「ぎゅ!」と革が鳴った。

 滑り難さも問題なさそうだ。


 軽く歩くと、晴輝は試着している靴の凄さに気が付いた。

 グリップがものすごく効くのだ。

 おまけに足音もあまり立たない。


「……すごいな」


 手袋と靴はいつか買い換えようと思っていただけに、実に有り難い提案だった。

 しかしまさか晴輝が欲しいと思っているものをピンポイントで攻めてくるとは。


 やはり朱音はかなり実力があるのだろう。

 こんなところに飛ばされてるのが不思議でならないほどに。


 火蓮も試着したが、どうやら晴輝と同じ感想を抱いたようだ。

 軽く体を動かしながら、目を丸くしている。


「あとは短剣と……棒?」


 45センチほどの短剣と、その横に棒があった。

 棒の見た目は丁度、お遍路用の杖のようである。


「これはなんだ?」

「さあ? ダンジョン産の、杖ってことになるのかしらね?」


 何故俺に聞く……。

 俺に聞かれても判らんぞ、と晴輝は眉根を寄せた。


「で、なんでこんなものを?」

「押しつけられたのよ。売れないからって」


 朱音が憎らしげに呟いた。

 なるほど。売れないから体良く倉庫扱いされたのか。


 杖を持とうと手を伸ばす。

 だが杖は晴輝を拒否して動かない。

 いつだかの高級短剣のように、全く持ち上がる気配が感じられなかった。


「強い武器なんだな」

「それが判らないのよ。ダンジョンに入ったことのない社員でも持てる人が居たり、なのにアタシよりも強い人が持てなかったり。鑑定士の詳細鑑定でも不明だったわ」

「鑑定士でもダメなのか」

「ええ。きっとうちの鑑定士じゃレベルが足りないのね」

「なるほどな」


 鑑定スキルは鑑定士の能力により詳細が変化すると噂されている。

 おそらく鑑定出来ないのは、アイテムに対してスキルレベル不足という線が濃厚だろう。


 魔導具かどうかはわからないが、杖はレベルではなく適正が関係しているらしい。

 きっと晴輝にはいつまで経っても装備出来ないだろう。


 となると……。

 晴輝は火蓮に目を向けた。


 彼女は新装備のおかげか、どこか浮き足立っているように見える。

 晴輝がいなければこのままダンジョンにまっすぐ走っていってしまいそうだ。


 雰囲気はまるで綱を咥えながら「いこー!」と飼い主に散歩をねだる子犬である。


「火蓮も持ってみたらどうだ?」

「私も、ですか……」

「ああ。もしかしたら装備出来るかもしれないぞ」

「そうね。ただ、装備出来たら買い取って貰いたいんだけど」

「それは値段次第だな」

「勉強しとくわ」


 晴輝と朱音が軽口を叩いている横で、火蓮が杖に手を伸ばした。

 すると、晴輝が持てなかったのが嘘のように火蓮はすい、と杖を持ち上げてしまった。


「おお……」


 自分が持てないものをあっさりと……。

 晴輝は感嘆の息に、嫉妬が混じるのを感じた。


 装備し難い武器をあっさり装備してしまうシチュエーション。

 羨ましいです!


「……これ、いいですね」

「だってさ。いくらだ?」

「100万」

「火蓮杖を置け。そんなもんを買う余裕はないだろ?」

「ちょっと待ってよ!」


 即決した晴輝に、朱音が涙を浮かべて抗議する。


「装備出来たんだから買ってくれたっていいじゃない! ね? アタシを助けるためだと思って」


 不思議だ。

 彼女を助けたいとは微塵も思えない。


「仕入れ値はいくらだ?」

「……」


 尋ねると、ススィーっと朱音の瞳が泳いだ。


「さて……靴も手袋も武器も、札幌で買うとしよう」

「アハーッハハァーン! 言うから! 値段言うから札幌でだけは買わないでぇ!」


 朱音が涙をジョバジョバ流しながら晴輝に飛びついた。

 強気に出た途端にこれである。


 客がほとんどいないこの地では売り手よりも買い手が強い。

 折角なので地の利を有効に使わせて貰う。


「で、いくらだったんだ?」

「ただの杖だからね。1万円よ」

「なら2万円で売ってくれ」

「これは『ちかほ』30階でドロップしたのよ? おまけに輸送費だって掛かってるんだから! せめて5万円!」


 100万から5万にあっさり値が下がった。

 いいのかそれで……。


「じゃあ3万だな」


 ――と思いつつも、さらに攻める晴輝。

 朱音がぐぎぎと奥歯を鳴らした。


「4万円!」

「オーケィ、3万5千円だな」

「っく……」


 充分利益が出るじゃないか。

 他の武具も買うのだから諦めてくれ。


「ありがとうございます。なんだか、負けて貰ったみたいで」

「ええ、負けたわ。負けてしまったわ……ふふふ」


 朱音の目が逝っている、

 少々無理に値下げを要求しすぎたか。


 晴輝は頭を掻きながら、残る1つ――短剣に手を伸ばす。


 短剣は少し重いくらいだろうか?

 装備出来ないこともなさそうだ。


 刀身はつやを消した銀色。光の角度によっては暗い灰色になる。

 先端にそっと触れてみる。


 指が切れても良いように軽めに触れたのだが、一切切れる気配がない。


「……ゴミか?」

「ゴミじゃないわよ!」


 慌てた朱音が肩を怒らせた。


「それ、魔剣よ」

「いやゴミだろ?」

「違うってば!」

「じゃあなんでこんなに切れ味が悪いんだ?」


 以前朱音の店から購入したシルバーウルフの短剣ならば、刃に触れただけで薄皮が切られてしまう。

 晴輝程度が装備出来る、低級の武器でもそれほど切れ味が良いのだ。


 もしこれが魔剣ならば、刃に指を当てて皮が切れないなんてことはないはずである。


「魔物を斬れば斬るほど切れ味が増す魔剣よ」

「……神か?」


 晴輝はつい呆けてしまった。

 朱音の説明だけを聞けば、どうあっても神武器だ。


「その神武器がなんでここにある?」

「売れなかったからよ」

「いや、売れるだろ」


 使えば使うほど強くなるのだ。

 買い手は腐るほどいるはずである。


「そう思うでしょ? けどね、これ短剣なのよ」

「……それがどうした?」

「短剣をメイン武器にしている冒険家ってどれくらいいると思う?」

「少ないな」


 かなり少ない。

 おそらく冒険家人口の1%以下。

 下手をすれば、中級冒険家以上はゼロかもしれない。


「凄い武器だって、みんな一度は購入するのよ。けどね、まず装備出来ない」

「え?」

「だから育てられない」

「……俺より強い冒険家はゴロゴロいるのにか?」

「アンタ、判らないの?」


 朱音に尋ねられるが、言いたいことが判らない。

 晴輝は首を傾げた。


「短剣って魔物を倒す武器じゃないのよ? せいぜいがサブ武器。しかも投擲用とか」


 魔剣は、使えるようになるまで育てなければいけない。

 この切れ味なら、上層から育成スタートだろう。


 中級冒険家がわざわざ適正階層を下げて、どこまで成長するかも判らないサブ武器を育成するだろうか?

 ――いや、しない。


 武器を育成する時間があれば、中層狩りで稼いだお金で高い武器を買う。

 そちらの方がコスパが良い。


 そしてなにより、ほとんど短剣を使わないから、いずれ強い短剣が持てなくなる。

 強い冒険家であればあるほど、装備適性を外れてしまう。


 弱い冒険家ならば有用かもしれない。

 だがサブ武器に高価な魔剣を選ぶ冒険家など皆無だ。


 だから、売れ残った。


 そう朱音は説明する。


 だが晴輝は納得がいかない。


「短剣をメインで使う冒険家なんて、少しは居るだろ? 本当に売れなかったのか?」

「アンタほんとなにも判ってないのね……」


 朱音がじと目で頬杖を突いた。


「アンタが思ってるほど、短剣がメイン武器って、命知らずで酔狂な冒険家はいないのよ」

「……そうなのか」

「で、買うの? 買わないの?」

「買わなくていいのか?」

「ごめんなさい買ってください」


 態度がコロリと変化。

 朱音の目にキラキラと光が灯る。


「いくらだ?」

「100万円」

「巫山戯ろ」

「アハーッハハァーン! 安くする、安くするから帰らないでー!!」


 短剣を放り投げて帰ろうとすると、すぐさま泣きながら引き留める朱音。

 チョロいなこいつ……。


 魔剣は刃こぼれしない。

 そのため普通の切れ味でも、魔剣なら1000万は下らない。


 切れ味がいまいちで、使用者人口の少ない短剣とはいえ、魔剣が100万円は格安だ。

 それくらい、この短剣は売れなかったようだ。


「30万なら買ってやるぞ」

「いいの!?」


 途端にパァッと朱音の瞳が輝いた。

 ……あれ? もしかしてもっと値切れたか?


 少々残念だが、魔剣を30万円で購入出来るのだ。

 落胆するほどのことでもない。


 晴輝は短剣を鞄に詰め込み装備の代金を支払う。

 カードの残金は10万円を割り込んだが、素材をかき集めて販売すればすぐに元が取れるだろう。


 今日失ったお金を短期間で、全額むしり取ってやる。

 そのときの朱音の顔が、今から楽しみだ。


「そうだ。この店では武具やアイテムの注文は受け付けてるか?」

「基本受注方式にするつもりよ。じゃないとすぐ在庫になっちゃうから」

「なるほどな」


 今回は特別なんだから!

 どうよ? アタシの観察眼は!?

 全部欲しかったんでしょ? ぴったりだったでしょ!?


 と言うみたいに腕を組みながら、ふふんと鼻を鳴らす朱音に晴輝はつい苦笑してしまう。

 ほんとこいつ、素敵な性格してるな。

 悪い意味ではなく、良い意味で。


 おかげで、彼女をぎゃふんと言わせるために奮起したくなる。

 なにもかもがスローに動く田舎にあって、こういう起爆剤的存在は非常に有り難い。


「解体用の良いナイフが欲しい」


 ムカデの解体に手間取った経験から、晴輝はもうワンランク上の解体用ナイフが欲しいと思っていた。


 もちろん、手間取ったのは晴輝の腕の問題が大きい。

 だが良いナイフはいずれ必要になる。

 いまから発注しておいても、早すぎるということはないだろう。


「いいわよ。ナイフのランクはどうする?」

「任せる」

「了解」


 任せる。

 ただ一言で全てが伝わるなんて、実に素晴らしい。


 もちろん何もかもを任せようと思えるのは、相手が朱音だからだ。

 彼女ならばこちらが提案するよりも、もっと現状にジャストフィットしたものを用意してくれるに違いない。


「大体制作に1ヶ月。金額は最高で50万を見といてね」

「そんなにか?」

「アタシに任せるんでしょ? なら黙って頷きなさい。ふひひ!」


 あれ。なんだかちょっと不安になってきたぞ?

 ……ま、いいか。

 きっと彼女ならば、制作料が高く付いても、それだけの性能にしてくるはずだ。


「あと薬品類も欲しいな」

「この町に薬局はないの?」

「冒険家用のものはない」


 ダンジョンで採取される素材を使った薬品の効果は劇的だ。

 通常の医薬品は効果が高いものから1・2と番号が付けられる。

 だがダンジョン産素材で作った医薬品は『別類』。


 ただし、効果や副作用の科学的根拠(エビデンス)が取れていないため販売はICカードを持った冒険家に限定される。

 ほぼ人柱扱いだが、急速に回復する手段は冒険家にとって不可欠だ。文句はない。


 危険な副作用が出るとか、儲けしか考えない輩が現われない限りは、法改正は行われないだろう。


「冒険家用の薬品を揃えてくれ」

「ええー、嫌よ」

「おい。お前はそれでも店員か?」


 彼女の言葉に晴輝のこめかみがピクリと動いた。

 左遷されてからほんとやる気ないなこいつ。


「だって薬は保存が利かないんだもん。必要な時に必要な分だけ発注して欲しいんだけど?」

「ああ、なるほどな。発注して商品が届くまでにどれくらいかかるかによる」

「3日くらいかしら」


 割と致命的な日数だ。

 軽い怪我なら良いが、重傷だとその3日が命取りになりかねない。


「今後、もっと深い場所に潜るから出来れば備蓄しておいてくれると有り難いんだが」

「うーん」


 そう言って、チラチラとこちらを見る。

 どうやら日切れしそうな商品の処理を引き受けて欲しいようだ。


「品数が多いと棚卸しも面倒なのよねぇ。チラッチラッ」


 客の事情を考慮してほしいのだが!?


 しかしまあ、見切り品を引き取る程度ならば問題ないだろう。

 命が救われるなら、いくらだって出資して良い。


 もちろん、懐事情によるのだが。


「ちなみに薬の保存期限はどれくらいだ?」

「ものによるけど、平均して1年かしらね」

「そうか、わかった。ダメになりそうなものは俺が引き取る。ひとまず軟膏タイプのものを10ケース用意しておいてくれ」

「まいどありー!」


 それまで渋っていたのが嘘のような笑顔。湿度ゼロの晴天だ。


「他にも欲しいものがあれば随時受け付けるから言ってね♪」

「あ、ああ」

「言ってね?」

「…………」

「言え」

「あ、はい」


 迫真の笑みに圧され、晴輝は頷いてしまった。


 はじめはなにも無かった朱音の店を繁盛させるようで気は進まないが、安全には代えられない。

 晴輝は客注用紙に必要事項を書き込んで、ほくほく顔の朱音のいる店を後にした。

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