高い壁を乗り越えよう!
本日「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」漫画版2巻の発売日です!
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下がった仮面を見て、ゴーレムはチャンスだと思った。
まさか軟弱なる人間種にここまで一方的にやられるとは、ゴーレムは考えもしていなかった。
相手に攻撃されて、死ぬ。
運命そのものに、恐怖はない。
ゴーレムは所詮、ダンジョンに生み出された偽の命なのだから。
しかし、ゴーレムはいま、恐怖のどん底にいた。
(怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ!!)
ゴーレムは、仮面を酷く怖れていた。
――何故首の羽根がみるみる外側に広がっていくのか。
――何故仮面がチカチカ壊れたように光の点滅を繰り返すのか。
――何故仮面は植物と虫を操り、宙を自由に飛び回れるのか。
――何故、仮面は常に嗤っているのか!?
仮面のあらゆる行動が、奇行が、ゴーレムの精神をガリガリと音を立てて削って行った。
もう、ゴーレムにまともな戦意は残っていなかった。
そもそも追いつかれた時点で心は挫けていた。
いまはただ、仮面の目の届かない所まで逃げ出したかった。
故に、ゴーレムは吠えた。
仮面から逃げるための、僅かな隙を作るために。
大声を上げるだけで隙が生まれるかは、賭けだった。
かなり分の悪い賭けだ。
しかし、ゴーレムは賭けに勝利した。
(早ク、逃ゲナクテハ!!)
下がる仮面を見て、ゴーレムは急ぎ体を返した。
もう二度と、仮面は見たくない。
仮面をチカチカ光らせ、羽根を広げ、空を飛び回り、植物を纏わせ、ジャガイモを発射し、虫を操りながら、笑い声を上げて斬り掛かってくる。
――あんな、正真正銘の化物とは、二度と対峙したくなかった。
化け物から一刻も早く遠ざかるために、ゴーレムは全力でその場から逃げ出したのだった。
*
どこからか、聞きたかった声が聞こえてくる。
火蓮の意識に、薄らと大切な人――空星晴輝の声が届いた。
その声は、笑っていた。
心の底から楽しんでいる声だ。
彼が消えてからささくれ立った火蓮の心に、その笑い声が染み渡っていく。
命を賭けた戦場でも、まるで泥遊びを楽しむ子供みたいに笑う。
そんな彼の笑い声には、強い力があった。
たとえ彼がどんな無茶をしても、笑って全てを許してしまえるほどに……。
晴輝の声を聞いて、火蓮の胸に安堵が広がった。
すると、その奥から猛烈な勢いをもって、自己嫌悪が湧き上がってきた。
自分は一体、何故眠っているのか? と……。
立て。
立ち上がって、晴輝を助けるんだ。
冒険を、心の底から楽しんでいる、彼の背中を押すために……。
――立て、立ち上がれ!!
回る景色、ふらつく頭。
杖を支えにして体を持ち上げると、全身が軋んだ。
ともすればまた、地面に倒れ込みそうになるのを、火蓮はぐっと奥歯を噛みしめて堪える。
火蓮は手にした杖に、全力で気力を込めていく。
気力が失われることで、目眩が悪化する。
しかし、それでも火蓮は杖に更なる気力を込めていく。
前にいる、晴輝の背中をじっと見つめながら……。
気力が飽和したか。
杖が徐々に熱を帯びていく。
(まだ……もっとッ!!)
火蓮には、ゴーレムが纏う気が見えている。
並大抵の魔法では通じないことは、既に暗黒騎士戦で体験していた。
だから限界まで、壊れる寸前まで……。
いや、あのゴーレムを倒せるならば自分など壊れても良いと、火蓮は杖に気を込めた。
(守るんだ……)
晴輝の行く手を、夢を、希望を、
阻む全ての魔の手から。
(今度は私が、守るんだッ――!!)
このちっぽけな手の平で、
自らの恩人の、
大好きな晴輝の征く道を、
邪魔する敵が排除出来るというならば――!
(命だって、惜しくない!!)
そうして火蓮は、いまだかつて放ったことが無い、最大級の魔法を発動した。
*
「……はぁ!?」
逃げたゴーレムの姿を見て、晴輝は声を上げた。
ゴーレムが晴輝に背を向け、這々の体で走り去っていく。
まさか逃げるとは思っていなかった晴輝は、つい素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
だが、ここでゴーレムを逃がすわけにはいかない。
(お前には、俺の存在感が掛かっているんだ!!)
晴輝は全力で、仮面に気を込めた。
――神気開放。
それはゴーレム戦で、やっとまともに使えるようになった威嚇スキル。
初めのうちは憎悪を仮面に向けるので精一杯だった。
だがいまは、違う。
「――ッ!!」
晴輝の神気をもろに浴びたゴーレムが、ギクッと体を強ばらせた。
神気――神の気配を当てられた相手は、僅かな間硬直する。
体を強ばらせたゴーレムが、ギチ、ギチ、とまるで錆びた鉄のように、ぎこちない動きで振り返る。
「……あれ? なんか、想像してたのと違う」
神気というくらいなのだから、畏怖を与えるのだろうと考えていた。
だが、ゴーレムの反応はどう見ても、畏怖ではなく恐怖を感じている。
それも、戦闘における恐怖ではない。
幽霊に感じる類いの恐怖だ。
(あれぇ……?)
オカシイ……。
そう思うが、チャンスはチャンスだ。
晴輝は疑問をぽいっと放り投げ、ゴーレムに向かって突っ込んだ。
ゴーレムの全身には、これまでの攻撃により無数のひび割れが生じていた。
そのひび割れに沿うように、弱点看破の光が灯る。
まだ、ゴーレムを完全破壊するには弱々しい光。
だが攻撃を続ければ、いつかは倒せるだろう。
そう、晴輝は確信した。
そのとき、
「――おっ?」
うなじがピリリと痺れた。
それは、何千、何万と感じてきた感覚。
晴輝は条件反射的にサイドステップ。
うなじが感じた“射線”から逃れた。
次の瞬間、
停電した瞬間のような僅かな空白。
後に、
――ッパァァァァァン!!
鼓膜を劈く破裂音と共に、晴輝の背後から猛烈な音を立てて、ゴーレムに魔法が襲いかかった。
「うおっ!?」
ゴーレムを襲った風刃魔法が、次々とその体表を削り取っていく。
その威力は、離れた位置にいる晴輝が余波に吹き飛ばされてしまいかねないほどだった。
削り取られた水晶が、キラキラと空高く舞い上がる。
魔法を放ったのは、火蓮だった。
火蓮が晴輝の後ろから、ゴーレムに向けて最大火力で尋常ならざる威力の魔法を放っていた。
なんら合図なく魔法を避けられたのは、晴輝の探知レベルが高いこと。
それと、これまでの連携の蓄積のおかげだった。
いまの魔法は晴輝が見たなかで、最大火力の魔法の数倍はあろうかというものだった。
まさかこれほどの魔法を放つとは……。
いいね。
実にいい!!
負けてられない。
晴輝は心に火を灯し、いまだ魔法の衝撃から立ち直れていないゴーレム目がけて、全力で接近した。
動作は時雨の縮地。
ゴーレムに動きを気付かせず、気付かれぬままに間を詰める。
狙いは既に、出来ている。
火蓮の魔法。
強大な力で破壊されたその胸に、強い光が灯っている。
晴輝は予備動作なく、その胸目がけて魔剣を走らせる。
命を刈り取る攻撃と気付いたか。
魔剣が喜びに震えるように、晴輝の気力を貪りだした。
気付いたのは魔剣だけじゃない。
ゴーレムもまた、晴輝の殺気に気づいたか。
攻撃を阻害するように腕を持ち上げる。
その前に、
「――ハッ!」
晴輝は左の短剣を、ゴーレムの腕の亀裂に差し込んだ。
短剣が差し込まれたせいで、ゴーレムは腕が固まった。
晴輝はにやりと笑い、
気力が満タンになった魔剣を、
一気に振り抜いた。
魔剣がゴーレムの装甲をバターのように切り裂いていく。
やがてその中央――心臓部に先端が届いた。
カツン、と魔剣の先端に硬いものが当たった。
――ピシッ!
乾いた音が響いた。
次の瞬間、
明滅。
光が辺りを白く染めた。
《等級の上昇を行います――上昇完了》
《寵護拡張機能が解放されました》
晴輝は左腕で光を遮りながら、慌ててバックステップ。
ゴーレムから10メートルほど距離を取った。
光は10秒ほどで減衰し、消滅した。
その光の中から、ボロボロになったゴーレムが姿を現わした。
ゴーレムはまだ、二本の足で立っていた。
だが、晴輝は残心を解いて魔剣を鞘に収めた。
パチン、と魔剣が鞘に収まると、ゴーレムが徐々に傾ぎ、地面に倒れ込んだ。
――ズゥウウウウン!!
激しい音と地響き。
森全体が揺れた。
森のどこかでブラッディオウルが騒いでいる。
攻撃時、魔剣の先端が触れた最も硬い何かは、おそらくゴーレムの心臓部だったのだろう。
コアを傷つけられたゴーレムは、その機能を完全に停止させた。
ゴーレムの腕からサブ短剣を抜き取って、晴輝はヴァンと火蓮に目をやった。
まず火蓮は――恐ろしく強力な魔法を用いた弊害だろう、杖を抱えたまま地面に倒れていた。
外傷はほとんどないが、気力を著しく損耗しているはずなので、しばらくは起き上がれまい。
次に酷い怪我を負っていたヴァンだが、見える範囲の傷はほとんど消えていた。
残るは体内のダメージだが、晴輝が用いたのはハイポーションである。致命的なものはほとんど治癒されたとみて間違いないだろう。
マァトはぐったりしながらも、火蓮の頭の上に乗って周囲を警戒している。
「あれ、チェプは……」
チェプの名を口にしたその時。
火蓮のポケットから、ジィ……と晴輝を伺う視線が――。
「……うん」
奴のことは心配するだけ無駄だった。
晴輝は無視するように視線をはずした。
かなり危険な戦いだった。
それでも晴輝らは、生き残った。
「ふぅ……がッ!?」
気を緩めたその瞬間、晴輝は激しいレベルアップ酔いに襲われた。
あまりの激痛に堪えきれず、晴輝は地面に膝を突く。
レベルアップ酔いを感じているのは、晴輝だけではない。
魔法を放ったことで気を失っていた火蓮と、同じく酷いダメージで気絶していたヴァンが、同時に顔を歪ませてうめき声を上げた。
さらには晴輝の腹部に張り付いていたエスタが、足を痙攣させながらポタリと地面に落下した。
レアはクタっと晴輝の背中に体を預けている。
マートは火蓮の頭で小刻みに震えながら蹲っている。
もう一人――。
「――ぎょえぇぇぇぇぇ!!」
酷い叫び声がポケットから聞こえてきた。
経験値を分配していても、皆が酷いレベルアップ酔いに罹ってしまった。
おまけに、晴輝らよりも八階は先を行く上級冒険家のヴァンでさえ、レベルアップ酔いに苛まれているのだ。
それだけ、ゴーレムは尋常ではない量の経験値を保有していたのだろう。
(っく……ここで、気を、失うわけには……)
ここはまだダンジョンの中。
以前の『神居古潭』とは違い、周りには魔物が潜んでいる。
全員が一気に気絶しては、ブラッディオウルに攻撃され、全滅してしまう。
折角酷い戦いを生き延びたのだ。
このまま気絶してすべてを台無しにする訳にはいかない。
晴輝は血が出るほど唇を強く噛み、意識の消失に抵抗する。
晴輝らが弱っていることを本能で察知したか。
晴輝の探知が、近づいてくるブラッディオウルの気配を次々と捉える。
このままでは魔物に囲まれる。
最悪、集った魔物が一定数を超え、モンパレ化してしまいかねない。
晴輝は咄嗟に、仮面に気力を充填した。
新たに習得した力――神気を用いれば、ゴーレムが威圧されたように、ブラッディオウルもまた威喝出来るかもしれない。
仮面に気を注入し、圧縮。
神気を開放。
すると――、
「「「「ビャァァァァァ!!」」」」
轢き殺される猫のような声が森の中に羽音が響き渡った。
間違いない、ブラッディオウルの絶叫だ。
ブラッディオウルは悲鳴を上げ、一斉に晴輝の探知範囲から離れていく。
晴輝の周りから魔物の気配がすべて消失するのに、そう時間はかからなかった。
「……あれぇ?」
激痛を堪えながら、晴輝はコトンと首を傾げた。
晴輝は魔物を、これ以上近づかせないつもりで神気で威圧をした。
結果は狙い通り魔物を遠ざけた。
しかし、効果は予想を遥かに超えている。
何故、一斉に――それも脱兎の如く逃げ出すのか。
まるで森さえも怯えているかのように、木々の音さえよそよそしい。
「……ま、いっか」
少し考えて、けれど訳が分からないので、晴輝はぽいっと思考を放り投げるのだった。
レベルアップ酔いの激痛に耐える晴輝の視界で、ズズ……とゴーレムが蠢いた。




