喋る魚をすり潰そう!
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現われたのは、二足歩行をする岩――ゴーレムだった。
3メートル近い大岩が、申し訳程度に人の形をしている。
ゴーレムは『ちかほ』でも出現するが、『ちかほ』の魔物はもっと小型で、さらにこの魔物のように体表が水晶で被われてもいない。
それは、ヴァンが初めて見る魔物だった。
『ちかほ』や『神居古潭』、『函館山』や『中札内』などのダンジョンを回った経験のあるヴァンが知らないのだ。
それだけで、ヴァンの警戒心が数段階上昇した。
「稀少種でしょうか」
「……唯一種かもしれん」
いずれにせよ、油断出来る相手ではない。
ヴァンは戦斧を持つ両手にぐっと力を込めた。
しかし、ヴァンは戦おうとせず、真っ先に逃走を図るべきだった。
「……ぁ」
気付いたときには、ヴァンの目の前に大きな拳があった。
巨大な体躯からは想像出来ぬほど俊敏に動いたゴーレムが、ヴァン目がけてその拳を振り抜いていた。
ほぼ反射的にヴァンは目の前に戦斧を翳した。
次の瞬間、
「――ック!!」
拳が戦斧に接触。
体中を、激しい衝撃が襲った。
その衝撃に耐えきれず、ヴァンは後方に吹き飛ばされた。
ヴァンはすぐに足裏を地面に突き出した。
ガガガ、と土を削りながら、ヴァンは勢いを削いでいく。
(クソッ!)
ヴァンは油断したつもりはなかったが、どうせ19階に出てくる魔物だから――そんな心のどこかに隙があった。
その結果が、これだ。
ヴァンは悔しさに臍を噛む。
とはいえ、油断せずとも受け切れたかは怪しい。
ゴーレムの質量は尋常ではない。
トラックに跳ねられる子鹿のように、いくらガードしたところで吹き飛ばされてしまうだろう。
衝撃を堪えきったヴァンは、すぐさま前に出ようと足を持ち上げた。
しかし、
「……うぅ!」
ダメージではない、攻撃がもたらした痺れが足の筋肉を僅かに痙攣させていた。
(早く、前に!)
よろけながらも、ヴァンは気合で足を動かす。
前衛が吹き飛ばされれば、次に狙われるのは後衛――火蓮だ。
ヴァンの仕事は後衛を守る盾となることだ。
決して後ろに下がってはいけない。
しかしリザードマン戦のとき、ヴァンは攻撃を食らって後方に下がらざるをえなかった。
そして現在も、ヴァンは攻撃に吹き飛ばされて下がってしまった。
(一体俺は、なにを学んできたんだ!!)
体の中を焼けるような感情が駆け巡る。
その時、ヴァンを攻撃したゴーレムが、火蓮に顔を向けた。
「――ッ!!」
瞬間。
総毛立ったヴァンは、走った。
よろけながらも、全力で足を動かした。
「おぉぉぉ!!」
声を上げ、火蓮とゴーレムの間に滑り込む。
しかし、その前に――、
「キッ――!!」
ゴーレムの、悲鳴さえ寸断するほどの攻撃。
刹那。
火蓮は逃げるではなく、
防御するでもなく、
杖を振った。
――ピシッ!!
辺りに卵の殻が割れるような、乾いた音が響いた。
次の瞬間、火蓮の体が木の葉のように吹き飛んだ。
恐ろしい速度で吹き飛んだ火蓮が、後方に生えていた木の幹に激突。
ズル、ズル……と頭から血を流しながら、火蓮がゆっくりと幹からずり落ちていく。
その火蓮に追撃しようと、ゴーレムが一歩踏み出した。
「ぅぐ……う、おおおお!!」
まずい、とヴァンの体が反射的に動いていた。
戦斧を持ち上げ、ゴーレムに力一杯叩きつける。
だが、
――ガギィッ!!
「ぐっ……」
攻撃が、通じなかった。
防御したゴーレムの腕を、戦斧の刃は切り裂くことなく滑った。
(馬鹿な……)
まさか自分の攻撃が通じないとは考えてもみなかったヴァンは、攻撃が通じないことで体を硬直させてしまった。
そこを、ゴーレムが見逃してくれるはずが無かった。
ゴーレムの拳がヴァンを襲う。
「ガハッ――!!」
拳が左肩に直撃し、ヴァンは大きく吹き飛ばされた。
あまりの強烈な力に、堪えることさえ出来なかった。
「う……ぐぅ……」
5メートルほど吹き飛ばされたヴァンは、すぐさま上体を起こす。
ゴーレムからの更なる追撃に備えるためだ。
しかし、ゴーレムはヴァンに見向きもしなかった。
ヴァンを吹き飛ばしたあと、ゴーレムは火蓮に向かった。
(そんな……何故だ……!?)
吹き飛ばされる直前、火蓮は杖を振った。
火蓮の杖はゴーレムの腕に直撃した。
だがそれがゴーレムにダメージを与えられるものように、ヴァンには見えなかった。
対してヴァンは、さしてダメージを与えられなかったが、ゴーレムの腕に戦斧を叩きつけた。
同じノーダメージなら、より質量の勝る戦斧の方が憎悪が稼げたはずである。
なのに、ゴーレムはヴァンではなく火蓮を狙っている。
(……助けないと……いや、しかし……)
ヴァンは奥歯を強く噛みしめた。
ヴァンにはゴーレムを倒せる算段が思い浮かばない。
攻撃力は相手が圧倒的に優位。
ガードの上からもダメージを与えてくるほどだ。
対してヴァンは、ゴーレムにダメージを与えられない。
おまけにいまの攻撃で、左肩が動かない。
最悪の状況である。
冒険家として判断するなら、ここは戦うべきではない。
戦えば、犬死にするだけだ。
だが、空気のチームメンバーである火蓮を見捨ててもいけない。
ここで火蓮を見捨ててしまえば、ヴァンは生き延びられるだろう。
だが、生涯にわたり生き恥をさらし続けることになる。
そもそもヴァンは、強くなるためにここに来たのだ。
リザードマンとの一戦で、ふがいなく後ろに下がってしまった自らをたたき直すために。
(血まみれになったカゲミツを救えず、後ろで悔し涙を堪えた経験を、俺は……もう一度繰り返すつもりか!?)
ここで下がれば、またあのときと一緒だ。
あるいはこれで引けば、もう二度と前に向かうことが出来なくなるかもしれない。
勝機はない。
命だって、きっとない。
それでもヴァンは立ち上がった。
ヴァンにとってこの一戦、このタイミング、この状況。
誰かを守るこの瞬間こそが、冒険家としての分岐点のように感じられた。
もし引いてしまえば、自分にとって最も大切ななにかが、あっさり失われてしまう気がした。
もちろんそれは単なる思い込みかもしれない。
だが、ヴァンはこれが運命だと信じた。
ここが、運命なのだと。
「うおおぉぉぉ!」
野獣のような雄叫びを上げ、ヴァンがゴーレムと火蓮の間に割ってはいった。
そこに、まるでヴァンが割って入ることを知っていたかのように、ゴーレムが拳を突き出した。
「うぐッ――!」
その攻撃を、ヴァンは踏ん張り堪える。
しかし堪えきれず、吹き飛ばされてしまう。
「ぐ、……お、おおお!!」
攻撃された腹部が裏返ったかのように痙攣する。
絶えず脳を揺さぶる激痛が喧しい。
それでも即座にヴァンは動いた。
決して火蓮に指一本触れさせぬために。
ゴーレムの前に立ち塞がっては吹き飛ばされ、またゴーレムの前に立ち塞がる。
十発、二十発とゴーレムの攻撃を食らった。
それでもヴァンは、ゴーレムの前に立つ。
体中の関節が軋む。
骨が、何本か折れている。
攻撃を受けた際に、割れた皮膚から血がしたたり落ちる。
立ち上がるのにも悲鳴を上げるほどのダメージだった。
だがヴァンは、奥歯を噛みしめすべてを堪える。
激痛に襲われているというのに、時々ヴァンは笑みを浮かべていた。
これがあの時、カゲミツが感じていた痛みなのかと思うと、カゲミツと同じ場所に立てた喜びを、ヴァンは場違いにも感じてしまうのだ。
ヴァンは必死にゴーレムの前に立ち塞がった。
だが、吹き飛ばされる度に一歩、また一歩とゴーレムが火蓮に近づいていく。
いつしか、両者の間の距離はほとんどなくなった。
ほんの一息で、ゴーレムは火蓮を攻撃出来てしまう。
「ちくしょぉぉぉ!!」
ヴァンは火蓮をかばうように、ゴーレムに背を向けた。
次の攻撃で吹き飛ばされれば、確実にゴーレムは火蓮を攻撃する。
だから、なんとしてでもこの場から動いてはいけない。
たとえ命を落とそうとも……。
ヴァンは必死の形相で四肢に力を込めた。
そのヴァンに、ゴーレムが攻撃を開始。
「ガハッ……ウグッ……!!」
一撃、二撃、三撃……。
次から次へと、ゴーレムがヴァンに攻撃を行う。
それは、酷く重い攻撃だった。
肉体だけでなく決意ごと粉砕しかねないほどのダメージが、ヴァンの魂を急速に蝕んでいく。
苛烈な攻撃を、しかしヴァンは必死になって堪える。
(守るんだ……)
(今度は俺が、守るんだッ!!)
ぼた、ぼた。
眼下で意識を失っている火蓮の頬に、赤い雫が落ちていく。
頭部から流れ落ちたヴァンの血液が、汗と涙と交わって、ボタボタ、ボタボタ、落ちていく。
何度も、何度も、何度も……。
森の中に、肉を打つ湿った音が響き渡る。
したたり落ちる雫を薄ぼんやりと眺めながら、ヴァンは不思議な感覚を覚えた。
体の奥底から激しい力が湧き上がってくるような。
もしかしたらこのまま、ゴーレムの攻撃に耐えられるのではないか。
振り返ってゴーレムを殴りつければ、腕の一本くらいもぎ取れるのではないか。
そう錯覚させるような、力の奔流がヴァンの中で胎動していた。
(これが火事場の馬鹿力というやつか……)
しかし、力が湧き上がるのがあまりに遅すぎた。
もう少し早ければ、あるいはヴァンは反撃に打ってでたかも知れない。
だが、ヴァンの体はダメージを蓄積しすぎて、体を支えるので精一杯だった。
「……ッ」
ゴーレムの攻撃が、横腹を直撃。
骨の折れる鈍い音が複数響いた。
(肋骨がすべてイったか……)
顔をしかめながら、それでも耐えようとしたヴァンは――限界を超えた。
白目を向いて、背中から地面に倒れ込む。
(守るんだ……)
(今度は、俺が……守るんだ……)
それでもヴァンは戦意を一切失うことなく、
――そのまま意識を失った。
ゴーレムの攻撃を受けて男が倒れた。
これで邪魔者が消えた。
ゴーレムはこれでやっと女を消し去れると内心安堵した。
先ほど、1発殴ったきり動きがない女だが、ゴーレムはこの女に、強い危機感を覚えていた。
それはこの女から、強い気力の波動――魔法を感じたためだ。
普通の攻撃であれば、ゴーレムは傷つかない。
だが気力を圧縮して放つ魔法は、ゴーレムの気の守りを突破する可能性がある。
ゴーレムは、自らの存在を脅かす者は、何人たりとも捨て置けなかった。
自らを守るために……。
それは、試練として生み出されたゴーレムには不似合いな感情だった。
試練とは、突破される存在なのだから。
死してその価値を全う出来るのだ。
だがゴーレムは、死の恐怖を知った。
かの仮面が、あの悍ましい空気が、死の恐怖を植え付けたのだ。
自らを破壊しかねない存在の殲滅は、ゴーレムにとって心の安寧を取り戻すための手段だった。
(ハヤク、殺サネバ)
ゴーレムが拳を振り上げる。
女に狙いを定めた、その時。
「んにょほぉぉぉ!!」
女のポケットから、小さな魚が飛び出した。
「……」
「だだ、だめですわ、いけません! わたくしは美味しくありません――」
「――ッ!」
「――のぉぉぉぅ!! いぃやぁぁぁですわぁぁぁ!!」
ドスン、ドスン。
魚はゴーレムの攻撃をひょいひょいと奇跡的に避けながら、森の中に逃げていく。
その魚を、ゴーレムは一心不乱に追いかけた。
何故かわからないが、ゴーレムはこの魚を捨て置くことが出来なかった。
見ているだけで、背筋が逆撫でされるような気分がするのだ。
(一刻モ早ク、世界カラ消シ去ラネバ!!)
ドスン、ドスン。
ゴーレムの拳が地面を打つ。
振動、衝撃。
ゴーレムが徐々に、魚を追い詰めていく。
「にょほぉぉぉ!!」
パタパタとヒレを動かしながら、涙を流して逃げ惑う。
その魚を、ゴーレムの拳がついに捉えた。
――ッポン!
捉えたはずだった。
だが接触した瞬間に、ゴーレムの拳の先には魚の感触がなかった。
ゴーレムは、地面に振り下ろした拳をゆっくり持ち上げる。
そこに魚の死体はなく、すり潰された草だけしかなかった。
「んにょほぉぉぉ!!」
ポンッという音とともに、ゴーレムの横に魚が姿を現わした。
(一体、イツノ間ニ!?)
驚愕を覚えつつ、ゴーレムはその魚をすり身にしようと再び拳を振り上げた。
攻撃してくるわけではない雑魚を相手に、躍起になる必要はない。
だがゴーレムは、どうしてもその魚をすり潰さねばならない衝動に駆られた。
「んほぉぉぉ!!」
「いやぁぁですのぉぉぉ!!」
「にょぉぉぉ!!」
「ぶげらぼげらぼぐらっ!!」
何発も何発も、ゴーレムは魚に攻撃を仕掛けた。
だが、ゴーレムの攻撃はことごとく魚に躱された。
いや、躱されたのではなく、こちらから攻撃を外されたのか……。
とにかく、人間相手にはほぼ100%ヒットしていた攻撃が、魚には一切当たらなかった。
「コシャクナッ!」
「喋ったぁぁぁぁ!!」
ゴーレムが喋ったことに、喋る魚が驚いた。
ゴーレムは疑問1割、苛立ち9割で、魚目がけて拳を振った。
――ズンンンッ!!
拳が魚の頭上から地面目がけて叩きつけられた。
その威力に大地が上下に、木々が左右に揺れ動いた。
それは、ゴーレムの渾身の一撃だった。
しかし、
「……あら、やっとですのね」
ゴーレムの拳はまた、魚を捕らえることが出来なかった。
ギギギギギ。
ゴーレムの中で、何かがひび割れる音が響く。
それは、硬い肉体ではなく、ましてやゴーレムを構成するコアでもない。
――理性だ。
(コロス……)
ゴーレムの理性は、ただ逃げ惑うだけの魚に、木っ端微塵に破壊されようとしていた。
(コロスコロスコロスコロスコロスコロスゥァァァァァアアア!!)
頭を沸騰させ、ゴーレムは辺りを見回した。
あの尾ひれ、背びれ、細い手足、鱗。
すべてを見逃すまいと気配を探る。
しかし、魚の姿はどこにもない。
その代わり、声が聞こえた。
「――あとは任せましたわよ。おうじさま」
その一言で、ゴーレムが感じていた怒りが突如失われた。
同時に、小さな魚の気配さえ忽然とかき消えた。
(……ナンダッタンダ)
幻術、幻覚、幻聴の類いだったか。
まこと、摩訶不思議な生物である。
さておき。魚のことなどどうでも良い。
ゴーレムは我を取り戻す。
踵を返し、再び女が眠る木の根元に向かった。
(今度コソハ……)
その女の目の前で、ゴーレムが拳を振り上げる。
その時ゴーレムは、
「――見ぃつけた!」
二度と聞きたくなかった声を聞いた。
一応解説
シャケがヘイトを稼ぎつつも生き残れたのは、シャケのスキルのおかげです。
スキルが無かったらヘイトは……稼げたかもしれませんが、ゴーレムの攻撃は回避出来ませんでした。




