はぐれた空気を探し出そう!
失礼、Kindle108円セール終わってました(´・ω・`)
「…………あれぇ?」
逃げ出したゴーレムを見送りながら、晴輝は首を大きく傾げた。
晴輝はこれまで、散々ゴーレムの攻撃を食らった。
ゴーレムの攻撃はほとんど命に関わるほどの強烈なものだった。
体はボロボロになり、防具だって、ミドルクラスの胸当てが千切れ飛んでしまった。
にも拘わらず、晴輝は現在ほとんど怪我を負っていなかった。
怪我を負ったが、負った怪我がたちまち治癒されていったのだ。
治癒したのは、羽根輪に潜んでいたマァトだ。
晴輝が怪我をするたびに、マァトが晴輝を治癒魔法で治癒していった。
『自動回復システム、だと!?』
歓喜した晴輝だったが、頻繁に使えるシステムではなさそうである。
というのも治癒魔法は火蓮の攻撃魔法に比べて、かなり気を消費するらしい。
現在、晴輝を治癒したマァトは、羽根輪の中でぐったりしていた。
体がふらふらするマァトを支えながら、晴輝はその頭を指先で撫でた。
マァトに治癒されながら、晴輝は全力でゴーレムの動きの把握に努めた。
1度食らった攻撃は、もう二度と食らわないと決意し、実際に同じ攻撃は二度とヒットを許さなかった。
晴輝に圧倒的に足りていなかった戦闘経験が、みるみる蓄積されていった。
紙一重で即死という度を超えた荒行ではあったが、その甲斐あって晴輝は新たな動きを会得していた。
最小の力で、最大の力を発揮する。
それは、時雨の剣術と、マサツグの体術の融合。
全身の筋肉と骨格を、目的とする結果に向けて連動させたものだ。
それはタンスの角に無意識に小指をぶつけると、意識して角を蹴るよりダメージを受ける原理と同じ。
筋肉と骨格の動きが連動すると、同じ動きでもより強い力が働くのだ。
時雨もマサツグも、この動きを行っていた。
しかし時雨は対人剣術に特化しており、マサツグは対魔物体術に特化していた。
晴輝はそれを組み合わせ、短剣戦闘術を生み出した。
時雨の剣術に、マサツグの体術のいいとこ取りである。
とはいえ、晴輝が掴んだのは、両者の動きの基礎的な部分のみである。
完璧にものにするにはまだまだ時間がかかる。
それでも、ゴーレムとの戦力差はゼロに限りなく近づいた。
やっと、掴めた。
これで、強い存在感が手に入る!
そう思った矢先だった。
「……なんで逃げるの? あれ、強い存在感を手に入れるための試練じゃなかったの!?」
試練が逃げるなど前代未聞である。
とはいえ、そういう試練なのかもしれない……と晴輝は考え直した。
(逃げる相手を捕まえて、イヤという程存在感を見せつければ……あるいは!)
ゴーレムから、存在感を強くする魔道具か魔武具かが貰えるのではないか。
「……むふっ」
晴輝は自らが想像した、己が存在感の春に笑みを零す。
「待ってろォ、ゴーレムぅ! いま、強い存在感を見せつけてやるからなァ!!」
晴輝は気を全身に巡らせ、走り出した。
以前よりも、走る速度が上がっている。
それはゴーレムとの戦いよって、晴輝が自らの動きを最適化したためだ。
さらに、急速なレベルアップによる体感覚のズレも、ほとんど解消されていた。
いま、晴輝は自らの体がどの程度力を出せるのか、手に取るように理解出来た。
晴輝は最高速度を保ったまま、スキルボードを取り出した。
空星晴輝(27) 性別:男
スキルポイント:13
評価:隠倣剣王
加護:打倒神〈メジェド〉
-生命力〈-〉
├スタミナ4→5
└自然回復3
-筋力〈-〉
├筋力5
└身体操作0→1 NEW
-気力〈-〉
├気力2→3
├気量5
├気力操作2
└脱力耐性MAX
-敏捷力〈+2〉
├瞬発力6
└器用さ5
-技術〈-〉
├武具習熟
│├片手剣5→6
││└短剣0→1 NEW
│├投擲2
│└軽装5
├蹴術4
├隠密5
└模倣4→5
-直感〈-〉
├探知5
└弱点看破 MAX
-特殊
├成長加速 MAX
├テイム2
├加護 MAX
└神気 MAX
「うお! 凄いことになってる……」
晴輝はゴーレムとの戦闘で動きを大きく変化させた。
それがツリーに如実に現われていた。
ゴーレムの攻撃を耐え抜いたことでスタミナと気力があがり、時雨やマサツグの動きをより高いレベルで再現出来るようになったことで、模倣も上昇した。
マサツグの動きの模倣により、マサツグが保有していた身体操作も習得出来た。
片手剣の上昇は模倣の成果だ。
そして、高いレベルで模倣した動きを短剣用に変化させたことで、短剣スキルを習得した。
僅かながら停滞し、伸び盛りの火蓮に嫉妬して内心焦っていた晴輝だったが、こうして数値が上昇し、あらたなスキルも会得した。
これは一つ一つ、地道に積み重ねてきた結果である。
毎日積み重ねて、結果が出なくても腐らず積み重ね続けた。
晴輝の努力は、決して無駄ではなかったのだ。
結果が出ないからと諦めなくてよかった。
晴輝はほっと胸をなで下ろした。
ここまでスキルアップしたが、現時点ではゴーレムと互角に渡り合えるだけでしかない。
晴輝にあの硬い装甲を、致命的に貫くことは出来ない。
ならばと、晴輝はスキルボードを凝視する。
現時点のポイントで、ゴーレムを倒す力を手に入れるために。
スキルポイント:13→0
-生命力〈-〉
├スタミナ5
└自然回復3
-筋力〈-〉
├筋力5
└身体操作1
-気力〈-〉
├気力3
├気量5
├気力操作2
└脱力耐性MAX
-敏捷力〈+2〉
├瞬発力6
└器用さ5
-技術〈-〉
├武具習熟
│├片手剣6
││└短剣1→MAX
│├投擲2
│└軽装5
├蹴術4
├隠密5
└模倣5
-直感〈-〉→〈+3〉
├探知5
└弱点看破 MAX
-特殊
├成長加速 MAX
├テイム2
├加護 MAX
└神気 MAX
まず、剣術の練度を高めるために、派生スキルである短剣を4つ振ってカンストさせた。
はじめのうちは一切のダメージが通らなかったが、途中からほんの僅かにゴーレムの体表面に傷を入れることが出来るようになった。
これは短剣スキルを習得したからに他ならない。
そのため、短剣を4つ振りカンストさせることで、より鋭い攻撃が出来るようにした。
次に直感ツリーを、9ポイント振って+3にした。
これは弱点看破の精度をさらに高めるためのものである。
晴輝は最後まで、ゴーレムの弱点を捉えられなかった。
もしかしたらゴーレムに肉体的弱点はないのかもしれない。
だが、物質はいずれ壊れる。
ゴーレムに弱点がないのではなく、読み取りにくいのではないかと考えた。
そのためツリー強化を3つ上昇させて、弱点看破の底上げを図った。
この判断はほとんど賭けであったが、もし弱点看破で弱点が見えなくとも、時間はかかるが基本スキルで倒せば良い。
「そろそろ隠し部屋の終わりか……お?」
薄暗がりの中から壁が見えてきたとき、晴輝の瞳が動く物体を捉えた。
それはカサカサと動き、こちらに気がついたかのようにピクンと小さく跳ね上がった。
その物体は、
「レア、エスタ!」
正体に気付いた晴輝は、大きな声を上げた。
死ぬと思っていた晴輝はせめて、レアとエスタを生かすために逃がしていた。
その2人が、まさかここに居るとは思いも寄らなかった。
晴輝はてっきり既に、火蓮の元に向かっているものだと考えていた。
(ゴーレムがこっちに走ってきたけど……無事でよかった)
晴輝はほっと胸をなで下ろす。
下手をすればゴーレムと戦闘に入っていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
おそらく2人は気配を薄くする魔道具を持っていたため、ゴーレムに気付かれなかったのだ。
晴輝の姿に気がついたレアが、鞄を抱えながら下の葉を器用に使って走り寄ってきた。
レアは体の前に鞄を抱えている。
鞄には、白い仮面――存在感を薄める魔道具がついている。
レアは鞄と仮面を落とさぬように、ツタをグルグルと絡みつけていた。
体が少し透けて見えるため、草が繁茂した白い仮面がコテン、コテンと体を右に左に揺らしながら動いているように見える。
そしてそれが、ヒタヒタヒタヒタという音を立てながら晴輝に接近してくるではないか。
その姿はさながら、ホラー映画のワンシーン。
(おおぅ……)
相手がレアであることは判っていたが、晴輝は思わず身構えてしまった。
そのレアを追い越して、エスタがシャカシャカ駆け寄ってきた。
鞄を抱え、さらに葉で体を動かすことしか出来ぬレアより、エスタが早いのは道理である。
しかし、
――スコーン!
追い抜いたエスタを、レアが狙撃。
ジャガイモ石がヒットしたエスタが、大きく吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたエスタが、『そりゃないっすよ……』と哀愁を漂わせ、とぼとぼと歩き出す。
……怪我はしてないようだ。
投擲を終えたレアは、何事も無かったかのように晴輝に飛び込んだ。
ペチペチペチペチ。
レアがいつもより強く晴輝の太ももを打擲する。
その痛みに顔をしかめつつ、晴輝はレアの葉を指先で優しく撫でた。
遅れてエスタが、晴輝の背中に張り付いた。
ワチャワチャ、とエスタが確かめるように晴輝の体を触角で探る。
「あはは……エスタ、こちょばしいって」
二人の仲間に、晴輝はしばしの間もみくちゃにされた。
二人には、一切の手加減がなかった。
それだけ二人は、晴輝のことを心配していたのだ。
2人の気持ちを、晴輝は痛いほど理解出来た。
自分だってもし、大切な人に同じことをされたら、後悔し続けるだろうから。
(済まなかった……)
晴輝は2人を撫でながら、心の中で謝った。
それだけ大切にされていることを、誇りに思いながら……。
「よし!」
しばしもみくちゃにされ、2人の気が済んだところで、晴輝はレアを鞄に収めて背負い、エスタを腹部に装着した。
装着される二人は、晴輝がこれからなにをするつもりなのか、既に気がついているらしい。
これまでの晴輝を責め立てよう! というものではない、真剣な雰囲気を漂わせている。
「それじゃ、行こうか」
目指すはゴーレム、その命!
「(パパッ!)」
「(しゅぴ!)」
晴輝のかけ声とともに、2人の小さな仲間が一斉に、葉と触角を元気よく持ち上げるのだった。
*
空気が消えてから、ヴァンと火蓮は捜索を開始した。
ヴァンは空気に限っては大丈夫だと思ったが、ここはダンジョン。
万が一がある。
それに空気が消えてから、火蓮が酷く取り乱していた。
このまま放置していけば、火蓮が一人でダンジョンを突破しそうなほどに。
火蓮はまだ18歳の少女である。
それも、見るからに弱そうな少女だ。
そんな少女を他チームだからと見捨てることは、ヴァンには出来なかった。
19階の森の中を、ヴァンが先導しながら進んで行く。
時々襲いかかるブラッディオウルは、ヴァンが一刀両断の下に斬って捨てた。
戦いぶりに火蓮が目を丸くしていたが、ヴァンはまかりなりにも上級冒険家だ。
それも、エアリアルの元メンバーであり、『ちかほ』の27階まで潜っていたのだ。
いくら実力不足に悩んでいたとしても、19階の敵に遅れを取るほどヴァンは弱くはない。
ヴァンらは19階の外側から順に、空気の捜索を行った。
だが、見つからない。
1時間、2時間。
無情にも時間が過ぎていく。
なんの音沙汰もない。
気配も感じられない。
(いや、空気は気配をハッキリ感じ取れるような人物ではないのだが……)
さておき、時間は刻一刻と過ぎ去っていった。
(もしかしたら空気はもう……)
そう思い始めた頃、遠くの方から地響きが聞こえてきた。
「……ん?」
「なんの音でしょうか?」
空気を見つけようと神経を尖らせていた二人は、その大きな物音に敏感に反応した。
ヴァンは魔戦斧を構え、火蓮は杖を両手で握りしめた。
「はぅわ!? い、嫌な予感がしますわ……」
手のりサイズの鮭が、しゅるると火蓮のポケットの奥に引っ込んだ。
「……」
「……」
その鮭に、2人の冷たい視線が降り注ぐ。
(これ、役に立ってるのか?)
(……一応は)
ヴァンが目で問いかけると、火蓮ががくり肩を下げた。
なるほど、ほとんど役に立たないらしい。
それでも持っているということは、なにか強い力があるか。
あるいは魔道具にかけられた呪いの類いか……。
空気チームの性質を考えると、おそらく後者だろうとヴァンは半ば確信する。
何故鮭が生み出されているのか非常に気になったが、武具や個人の能力を尋ねるのはマナー違反だ。
疑問を解消したいが、ヴァンはその衝動をぐっと堪える。
それよりもいまは、音だ。
ずんずんと、腹の底が揺れるほどの音が19階全体に響き渡っている。
19階の面積は1階のおおよそ6倍だ。
たとえば1階が八景島シーパラダイス程度の広さならば、19階ではディズニーランドほどまで拡大する。
ディズニーランド全体に音を響かせようとすれば、いったいどれほどの音量になるか。
それが尋常ならざる音だということだけは理解できよう。
ヴァンは油断なく戦斧を構える。
(……やばいな)
その音は、間違いなくヴァンらの方に向かってきていた。
このままだと、いずれ接触するだろう。
逃げるか、立ち向かうか。
迷っているあいだに、その音の原因が2人の前に姿を現わした。
「……ゴーレム!?」
ヴァン「これ、役に立ってるのか?」
火蓮「(保存食として)一応は」
ヴァン「なるほど」
自称姫「はうわっ!?」




