仮面の化物に立ち向かおう!
ダンジョンに生じたゴーレムは、か弱い生き物と対峙していた。
触れればすぐに消し飛ぶほどの、文字通り木っ端のような生物だった。
あまりに貧弱すぎて、あまりに脆弱すぎて、戦う気力さえ削がれてしまう。
なのにゴーレムは、この生物に執着していた。
何故か?
もしゴーレムに高い知能があれば、そう疑問に思ったに違いない。
『試セ、試セ、試セ、試セ』
『ソノ者ノ実力ヲ、試スンダ!』
多少原始的な知能を有してはいたが、ゴーレムの存在意義は相手を試すことにある。
故にゴーレムは、目の前の生物を殴るのを辞めなかった。
殴り殴り殴り殴り殴り殴り……。
何度も何度も、ゴーレムは生物を殴り続ける。
弱い。
あまりに惰弱である。
妙に意識が惹かれる仮面を装備し、首には羽根。体は鱗のその生物は、殴られても殴られても殴られても殴られても、ゴーレムに立ち向かってくる。
殴られても殴られても殴られても殴られても。
その仮面は以前と全く同じ所作で、ゴーレムに立ち向かってきた。
(…………オカシイ)
ゴーレムはようやく、異変に気がついた。
ゴーレムはこれまで、何度もその仮面を殴りつけている。
時々打点をズラされることはあったが、数え切れないほど直撃していた。
(ナノニ、何故動キニ変化ガナイ?)
通常の生物は、攻撃が当たれば当たるほど、体にダメージが蓄積して動きが緩慢になる。
それは体が破壊されるためだ。
痛みによって動きが減衰することもあるが、痛みを感じなくともダメージを受ければ動きは鈍くなる。
それはゴーレムであっても同じだ。
ゴーレムは痛みを感じない。
だから痛みによって動きが減衰することはない。
しかし体の部位が破壊されれば、ゴーレムの動きは必ず衰える。
(……ナゼ)
ゴーレムの胸に、奇妙な感覚が生まれた。
だがそれを無視して、ゴーレムは攻撃を続ける。
相手の攻撃を受け止め、カウンター。
これは、外れた。
しかし、ゴーレムは慌てない。
相手がどれほど攻撃したところで、こちらには一切のダメージはないのだ。
相手の攻撃に、怖れる必要がない。
こちらはただ、当てることだけに集中すれば良い。
ゴーレムの攻撃を躱したことで、仮面には僅かな隙が生まれていた。
その隙に、ゴーレムは冷徹に合せた。
――ドゥッ!!
「ガハッ――!!」
ゴーレムの拳が、仮面の腹部に直撃した。
10メートル吹き飛び、5メートル転がってようやっと仮面は停止した。
今の攻撃、内臓を破壊するほどのものだった。
実際に、内臓を破壊する感覚をゴーレムは捉えていた。
これでもう、奴は立ち上がれまい。
そう思い、僅かに――そう、ほんの僅かに気を緩めた。
その時、
(――――ッ!?)
ゴーレムは初めて、背筋が凍った。
そもそもゴーレムの体にはほとんど感覚はないので、背筋が凍るという表現が正しいかどうか……。
しかしゴーレムは、背筋が凍ったとしか思えぬほどの衝撃を感じていた。
確実に、内臓を破裂させた。
腹部はぐちゃぐちゃで、肺も損傷していたに違いない。
それほどの攻撃を受けて、仮面はこれまでと全く同じ所作で、すくっと立ち上がったのだ。
(アリエナイ……)
あり得なかった。
それは、生物としては決してあってはならなかった。
ほんの少しだけ、ゴーレムは焦りを覚えた。
この生物を、生かしておくのは危険だと思った。
ゴーレムが、地面を踏み込み跳躍。
地面とほぼ平行に飛翔。
その勢いを以て、再び仮面に攻撃を仕掛けた。
しかし、
「それはもう“見た”」
「――ッ!?」
仮面がゴーレムの攻撃を回避した。
それも、以前とは違う。
全く隙を生じさせない、綺麗な躱し方だった。
(コレハ……イヤ、気ノセイダ)
ふと、脳裡になにかが浮かびかけたが、ゴーレムは無視をした。
無視をして、攻撃に集中する。
足で地面を蹴って急停止。
体を捻って旋回。攻撃。
その攻撃が、仮面を呑み込んだ。
……いや、呑み込んだかに思えた仮面だったが、紙一重でゴーレムの攻撃を回避した。
次の瞬間、
仮面が旋回。
――パリッ!
ゴーレムの体表面のごくごく一部が、僅かに削れた。
「――ナッ!?」
その衝撃に、ゴーレムは思わず動きを停止させた。
アリエナイ、と何度も胸の中で現実を否定する。
仮面の攻撃は、決してこちらの体に傷を付けられるものではなかった。
気力を用いた攻撃でも、こちらの気力で防御可能であった。
なのに、仮面が旋回しただけで、肘の表面が僅かに削り取られてしまった。
「……ハハ、やっと、掴めてきた」
ゴーレムの懐で、仮面が掠れた声を漏らした。
その仮面に、ゴーレムは素早く足蹴りを入れた。
「――ガハッ!!」
再び仮面が吹き飛び、転がる。
その仮面を追い、ゴーレムが接近。
蹴って潰して、飛ばして砕く。
もう二度と立ち上がれぬように、
何度も何度も、執拗に責め立てる。
足の裏で仮面を踏み潰す。
その瞬間、仮面が怪しげに“光った”。
ゾクっとゴーレムの精神が震えた。
ゴーレムはより力を込めて、仮面を足の裏で踏みつける。
そうせねば、大いなるなにかが姿を現わすような気がした。
それも、邪神が司る絶対的ななにかが……。
――ズゥゥゥン!!
ゴーレムの渾身のスタンプにより、ダンジョンの床が僅かに揺れた。
ゴーレムの攻撃は、それほどの威力だった。
これを受けては、仮面も二度と起き上がれまい。
だが、
「あっぶなかったぁ……」
「――ッ!?」
ゴーレムの足の僅か先に、仮面がいた。
仮面がゴーレムの足を眺めながら、目の奥を点滅させていた。
(一体……イツ!?)
確実に踏み潰したと思っていた。
だが、仮面を踏み潰し損ねてしまった。
原因は、光だ。
仮面の怪しげな光に惑わされ、ゴーレムは力みすぎてしまった。
力みにより、仮面への接触まで、コンマ1秒のズレが生じた。
そのズレのせいで、ゴーレムは仮面を逃してしまったのだ。
(ナントイウ……)
もはや、言葉にならなかった。
思考さえ、停止してしまいそうだった。
ゴーレムは散々仮面を攻撃して弱らせてきた。
たったコンマ1秒のズレといえど、避けられぬほどに追い詰めていたはずだった。
にも拘わらず、仮面は攻撃を避けた。
あたかも、ゴーレムの攻撃の一切が、仮面に通じていないかのように。
もしや、仮面は不死身か。
生命を刈り取る、手応えが感じられない。
ゴーレムはまるで、“空気”と戦っている気分だった。
ゴーレムの目の前で、仮面がすくっと俊敏に立ち上がった。
ゾゾゾ、とゴーレムの背筋が震えた。
(アレダケノ攻撃ヲ食ラッテ、ナゼ普通ニ動ケル!!)
ゴーレムの思考回路が、乱れに乱れた。
辛うじて戦闘状態を保ってはいるが、それもギリギリだった。
「ハハ……さあ、寄こせ」
ズッ、と仮面が光を宿しながら一歩前に出た。
その一歩に、ゴーレムは思わず一歩、引いた。
「俺に……強い存在感を寄こせ!!」
カッ! と仮面の目に光が集中。
咄嗟にゴーレムがその場を離脱。
瞬間、
――ガギィッ!!
ゴーレムの腕が、鳴いた。
ゴーレムはすぐに何が起ったのか理解出来なかった。
仮面の光を見て反射的に離脱したが、仮面は動いていないように見えた。
なのに、現在仮面は左手の短剣を振った体勢で残心していた。
右のものとは違う。
仮面が持つ、左の短剣――あれは、先ほど砕いたはず。
(予備武器……カ)
質は以前のものと同じだが、やや刀身が幅広だ。
(アレデ、攻撃シタ? シカシ……)
前の刃に比べて鋭さはない。
ゴーレムの体の硬さを思えば、その武器にさしたる脅威はない。
なのに、ゴーレムは必要以上に仮面の攻撃を警戒した。
以前の攻撃と、何かが違う、と……。
その警戒心が、結果としてゴーレムを救った。
――ピシッ!
洞窟に乾いた音が響いた。
その音に、仮面が肩で嗤った。
音の出所は、腕だ。
先ほど仮面の攻撃が軽く当たった腕に、僅かな亀裂が走っていた。
(ソンナ!!)
混乱しているところに、更なる衝撃。
鋭利ではない武器による攻撃で、ゴーレムの硬い装甲が打ち砕かれた。
さしたるダメージはまだない。
しかし、ゴーレムに与えた衝撃は、混乱状態の最中ということもあり、甚大だった。
混乱は衝撃にて恐慌へ変化。
一瞬でゴーレムを蝕んだ。
(ウ、オ……オオォォォ!!)
威圧するように、畏怖させるように、
強く激しく輝く仮面。
危険だ。
この仮面は危険である。
断定したゴーレムが、遮二無二攻撃を繰り出した。
コレを、この仮面を一刻も早く破壊せねば!!
焦燥にせき立てられるまま、ゴーレムは次々と攻撃を繰り出した。
だが、これまでとは違い、ゴーレムの攻撃が直撃しない。
(何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ?!)
先ほどまでは確実に直撃していた拳が、蹴りが、体当たりが、ことごとく打点をズラされる。
それでも仮面に衝撃は伝わる。
質量を生かしたゴーレムの攻撃により、仮面の体のいたる箇所から血液が噴き出した。
それでもなお、仮面は立っていた。
立って、肩を振わせていた。
クツクツクツクツ。
仮面の嗤いが響く。
仮面の光が鋭く収束し、変質。
仮面の光に、神の如き強大な威圧感が突如として宿った。
全ての色を保持し、全ての色を呑み込む透明な光に、ゴーレムの精神がついに屈した。
(ア……アア……)
何度殴っても死なず、ましてやダメージさえ受けた様子も見られない。
もしかすると自分は、とんでもない化物を呼び覚ましてしまったのではないか……。
「俺の存在感を、もっと見ろぉぉぉ!!」
一際強く仮面が光った。
神の気配を宿した仮面を見て、ゴーレムのどこかで、何かがプツンと千切れ飛ぶ音が響いた。
(アァァァァァァァァ!!)
瞬間、ゴーレムは逃げた。
目の前の仮面から。
仮面を被った化物から。
――それが悪魔か、あるいは邪神か?
いずれかは知らぬし、知りたくもない。
とにかく、ゴーレムは全力で逃げた。
この先にある、隠し部屋と通常フロアを繋ぐ壁に向けて……。
『【飛ぶ】仮面さんの出現を報告する書1【消える】』
68 名前:仮面さんを見守る名無し
仮面さんの伝説に新たなる1頁が!
・宙に浮かぶ仮面
・首から羽が生えている
・蠢く植物を背負っている
・身体は鱗で出来ている
・背中に白い顔がある
・腰の辺りに触手がある
・腹部に多足虫が寄生している
・分神体が出せる
・仮面が光る
・空を飛ぶ
・函館を支配している
・不死身←NEW
69 名前:仮面さんを見守る名無し
さすが仮面さん……尊い……
※このスレッドは本編に一切関係ありません。




