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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
6章 ダンジョンの悪意を倒しても、影の薄さは変わらない
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ゴーレムの恐怖に打ち勝とう!

「――な!?」


 攻撃が接触する寸前に、晴輝が狙いを定めた腕部に、ゴーレムの気力が集中した。

 瞬間、


 ――ィィィイイイン!!


 甲高い音が辺りに響き渡った。


 晴輝の攻撃は――、

 かの、暗黒騎士を切り裂いた攻撃は――、


 ゴーレムの分厚い気力に、防がれた。

 防がれ、受け止められた。


 ダメージはゼロ。

 削った感触さえない。


 ダメージはあるだろうと予測していた晴輝は、完璧に攻撃を防がれ、呆然とした。


(まさか……そんな……)


 その間に、ゴーレムが軽く体を捻った。

 晴輝の側頭部に気配。


「――ッ!!」


 刹那。

 意識が、飛ぶ。

 千切れ、ばらばらになり、消えた。


 はっ、として晴輝は即座に起き上がる。

 一瞬だけ、意識が途切れてしまっていた。


 瞼を開くと、目になにかが入り込んだ。

 視界が、赤黒く染まる。


 暖かく、ドロっとしているそれがなんなのか。

 仮面を脱いで目をこすりたい衝動に駆られるが、いまは、仮面を外せない。

 もし外してしまえば、ゴーレムが晴輝を見失い、レアとエスタを探しに行ってしまうかもしれないから。


 晴輝は意識が途切れる前になにがあったかを、覚えている。

 攻撃失敗により隙を見せた晴輝は、ゴーレムからカウンターを食らってしまったのだ。


 晴輝はゴーレムから15メートルほどの位置まで吹き飛ばされた。


(咄嗟に左腕を上げて短剣でガードしたけど……)


 目だけで左手を見る。幸い、どこかが千切れ飛ぶような大けがはない。

 だが、感覚が一切ない。


 ぐっと握りしめようとするも、指が動かない。

 どうやら短剣は、晴輝の指に引っかかっているだけらしい。


 さらに、肘も曲がらなかった。

 肩は、辛うじて僅かに上がるのみ。

 左腕のどこかが折れているのか、あるいは粉砕か。


 いずれにせよ左腕は、もうダメだ。使えない。


 手の中のワーウルフの短剣は、刃が根元から消失していた。

 ゴーレムの攻撃に耐えきれなかったのだ。


 もしガードが間に合わなければ、晴輝の頭はワーウルフの短剣と同じように、粉砕されていたに違いない。


 ゴーレムは、相も変わらず泰然としていた。

 自若として晴輝を見定めている。


「は……はは……」


 ゴーレムを眺めながら、晴輝は乾いて笑った。

 それはいつもとは違う。

 諦めの嗤い。


「これは、ダメだ」


 こんな敵に、勝てるはずがない。


 あるいはマサツグなら、時雨なら、ベーコンなら、カゲミツなら……。

 ランカーで、かつ上級冒険家達ならば、勝てるかもしれない。


 しかし晴輝はマサツグでも、時雨でも、ベーコンでも、カゲミツでもない。

 ただの中級冒険家だ。


 このような魔物と出会った時点で不幸。

 殿を務めることさえ不遜。


 希望は最後まで捨ててはいけない。

 だから晴輝はどこかで、もしかしたら……と考えていた。


 しかし、実力差を目の当たりにして、晴輝の希望は木っ端微塵に打ち砕かれた。

 もう、嗤うしかない。


「ははは……は、は――ッ」


 恐怖に侵食されそうになるのを、晴輝は奥歯を噛みしめぐっと堪えた。


 ただ無抵抗でやられるわけにはいかない。

 晴輝はなんとしても、時間を稼がなければいけない。


 時間を稼いで、レアとエスタを安全な場所まで逃がさなければいけないのだ。


 そのためには、恐怖で目を曇らせるわけにはいかなかった。


(覚悟を、決めろ……)

(死ぬ覚悟を)


 息を吸い込み、晴輝は現世につなぎ止めるもの。


 過去にあった出来事――。

 晴輝が救おうとして救えなかった、友人達の顔。

 奔走している間に、失われていた家族の思い出。


 必死に手を伸ばして、けれど救えず、その他の大切なものまでボロボロと手の平からこぼれ落ちていった記憶を殺す。


 様々な感情を、褪せずに残る映像を、

 ため息とともに、吐き出し殺す。


『いまを生きる大切な仲間』を守る盾として在るために……。


「うおおおおお!!」


 晴輝は腹の底から咆哮を上げた。

 獣の雄叫びのような声だった。


 それがビリビリとダンジョンの空気を震わせる。


 生存の意志が溶け出していくように。

 晴輝の瞳から、みるみる希望の光が欠落していく。


 晴輝は仮面の裏で、獰猛な表情を浮かべながら、魔剣を目の前に持ち上げた。


(この命、仲間のために……)


 命を捨てる決心は、ついた。

 その時、


 ――ガコン!


 晴輝の後頭部に衝撃。


「うごっ!?」


 攻撃としては軽いが、決して優しくないそれに、晴輝は思わずうめき声を漏らした。


 一体なんだっていうんだ?

 憤然としながら、晴輝はゴーレムを意識しつつ、頭に当たったものに目をやった。


 それは、


「…………レアの奴」


 丸く細長く、凹凸のある石――ジャガイモ弾だった。


 これはレアが投擲したのだろう。

 一体どこから飛ばしたのか。

 既に晴輝の目で、レアとエスタの姿は捉えられない。

 2人はもう暗がりの中に消えてしまっている。


 レアの攻撃範囲からはかなり外れている。

 晴輝に当てるには、大きな放物線を描かなければいけないし、命中させるには想像を絶する練度が必要である。


 だが、レアはこの石を、晴輝に届けた。

 その(おもい)はいかほどか……。


 まるで「死ぬな、諦めるな、最後まで抗え」と、そう言われている気がして、晴輝は思わず胸を熱くした。


 強敵を前に忘れていたことを、レアが思い出させてくれた。


 そうだ。

 そうなのだ!


 希望は最後まで、捨ててはいけないんだ!!


 何度殴られようと、何度踏みつけられようと、

 最後の最後。

 意識が死により遮られるその瞬間まで、

 決して諦めてはいけない。


 晴輝の瞳に、消えかけていた希望の光が舞い戻る。


「……ふぅぅぅ」


 息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 己の内を意識して、集中力を高めていく。


 集中力のレベルが、みるみる上昇。

 体の内側と外側を、探知が隅々まで捉えていく。


 色、呼吸、動作、音。

 すべての粒を、粒の揺らぎを、晴輝は認識する。


 1分が、1秒が、永遠に引き延ばされる。

 刹那、


 ――ィィィイイイン!!


 晴輝がゴーレムの攻撃を短剣でいなした。

 だが、甘い。


 音が鳴ったということは、刃にぶつかったということ。

 成功すれば、音は鳴らない。

 晴輝の攻撃を何度もいなした時雨のように。


 攻撃の衝撃が晴輝の体を蹂躙する。

 衝撃は筋肉を、骨を伝い全身を巡る。


 咄嗟に晴輝は体を浮かせた。

 体を浮かせて、衝撃を宙に逃がす。


「まだだっ!!」


 脳を揺さぶられるほどの衝撃だった。

 気持ちが前向きになったところで、力量差は埋めようがない。


 それでも晴輝は、集中力を一切乱さなかった。


 力量差があることは、既にわかりきっているのだ。

 だから、晴輝がやることは冷静に、見極めること。


 集中し、集約し、想像し、想定する。

 ゴーレムの、1つ1つの動きを見逃さない。


 攻撃のすべてが致命的。

 触れれば命を落としかねないその中を、

 紙一重。死を躱しながら進んで行く。


 ゴーレムの攻撃に、晴輝は体を浮かせ、魔剣を掲げる。

 瞬間、衝撃。

 晴輝の体が、トラックに跳ね飛ばされる小石のように吹き飛んだ。


 ゴーレムの攻撃で晴輝が飛べば飛ぶほど、衝撃は体に残らない。

 それでも徐々に、ダメージが蓄積されていく。

 体が、動かなくなってくる。


(それでも――ッ!!)


 晴輝は顔を上げる。


 もう諦めない。

 もう振り向かない。

 もう迷わない。


 衝撃をものともせず、晴輝は再び体勢を立て直す。

 その時、


「……セ」

「――ッ!?」


 ゴーレムが、言葉を発した。


 それは地響きのようで、晴輝ははじめ幻聴かと思った。

 しかし、


「……ヲ示セ」


 間違いない。

 ゴーレムが、言葉を発している。


(まさか喋るなんて……)


 そう思うがしかし、九官鳥だって喋るのだ。

 魔物が喋れないはずがない。


 おまけにここはダンジョン。

 なにが起きても、不思議はない。


 晴輝はじっと、ゴーレムの出方を窺う。


 ゴーレムは歩きながら、依然として言葉を発している。


(狙いは、なんだ?)


 ここでゴーレムが言語を用いる、晴輝には意味が理解出来なかった。

 晴輝のこめかみを、冷たい汗が伝う。


「示セ。

 力ヲ示セ。

 汝ノ力ヲ示セ。

 存在ノ力ヲ示セ!!」


「なん……だと……ッ!?」


 ゴーレムの言葉を、しかと聞き取った晴輝は、あたかも雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「お、おお……うおおおお!!」


 キタキタキタキタキタキタキタキタァ!

 ――来た。

 ついに来た!!


(ダンジョンから、“存在感を見せつけろ”と言われたァ!!)


 ここで存在の強さを見せつければ、あるいは晴輝は新たな力を手に入れられるかもしれない。

 そう思うと、晴輝の心が一気に沸き立った。


「はぁ……はぁ……」


 沸騰しすぎて、爆発寸前だった。


“汝ノ力ヲ示セ”


 つまりこのゴーレムは、冒険家にとっての試練なのだ。


“存在ノ力ヲ示セ”


 ――強い存在感を手に入れるためのォ!!


 晴輝は、真剣だった。

 先ほどとは真逆の意味で、命を投げ捨てても良いと思えるほどに……。


 体の芯が過熱する。

 思考が、未だかつて無いほどの速度で回転を始めた。


 まずは存在感を示す、そのために。

 晴輝は、ゴーレムに全力で斬り掛かっていった。


「ハ、ハハ……!」


 斬る突く殴る蹴る。

 回避、跳躍、カウンター。


 心から湧き上がる激しい衝動に身を任せ、晴輝はなりふり構わずゴーレムを攻撃する。


 体はダメージが蓄積し、疲弊し、ボロボロだ。

 それでも晴輝の意志に、従順に従う。


 状態は最悪だった。

 本来であれば動くことさえ出来ぬほど、晴輝は満身創痍だった。


 しかし、晴輝は動いた。

 動かずにはいられなかった。


 動くために、体が無意識に力加減を最適化。

 あらゆる動作が、一斉に最善のルートを目指す。

 最小の力で、最大の成果を発揮するように……。


《片手剣5→6》


「強い、存在感を、俺に、よこせぇぇぇ――ギャボゥァ!?」


 斬り掛かり、カウンターを食らった。

 ゴーレムの拳が直撃し、晴輝はもんどりを打って地面に激突。


「ギャブッ!!」


 ゴロゴロと転がって、ようやく停止した。


 先ほどとは違い、ガードをしていない。

 完全なる直撃だった。


《スタミナ4→5》


 だが、晴輝は痛みを無視し、疲労を無視し、衝動のまま素早く起き上がる。


「はは……ははは、ハーッハッハッハァ!!」


 笑いながら、再び魔剣を構えた。

 攻撃が直撃したが、晴輝は素直に眠ってなどいられなかった。


 人生のほとんどを費やして、願い続けた強い存在感が、いま、手に入るかもしれないという時なのだ。


 黙ってなんていられない。

 手に入れられるまでは、決して死ねない。


「死んでも動いて、ゴーレムを、ぶっ壊す!!」


 気合が入ると、これまで底を突いていたかに思えた体力が、みるみる胸の奥底から湧き上がってきた。

 転がった拍子にねじ曲がった左腕を元の位置に戻し、晴輝は笑いながら掛けていく。


「汝ノ力ヲ示セ。

 存在ノ力ヲ示セ」


 晴輝が攻撃を繰り出す度に、ゴーレムが「示セ」と声を響かせる。

 その声に、晴輝は何度も頷いた。


「いいぞ。いま、示してやる。だから、強い存在感をよこ――ック!!」


 再び攻撃を受けて、晴輝は吹き飛ばされた。

 しかし今度は、ギリギリガードが間に合った。


 それもそのはず。

 いまの攻撃を、晴輝は既に、1度見ていたのだから。


《模倣4→5》


 ガードは出来たが、完璧に受け流せなかった。

 ダメージが晴輝の体を蹂躙する。

 それでも晴輝は、体勢だけは崩されぬよう必死に体を操作する。


《身体操作0 NEW》


「……っくっくっく。まだまだァ……」


 切れた頬の裏から血液が滴る。

 晴輝は口に溜まった血を吐いて、呼吸を整える。


 吸って、吐いて、吸い込んで、止める。

 極限まで、集中力を高める。


 集中力が極限を突破。

 途端に世界がより、色鮮やかに輝き始めた。


 あらゆる動きが鈍化する。

 1秒が永遠に、引き延ばされる。


 そんな極限の世界で、

 晴輝はゴーレムの、一挙手一投足を見逃さず、

 記憶し、動きに反映する。

 そして、


「ハハハハハッ!」


 晴輝は、笑った。

 相手の力を超えた先に、晴輝が追い求めた力が――存在感が手に入る。

 強く求めて望んで祈って、けれど手に入らなかった強い存在感が……。


 それを晴輝は、

 悦ばずにいられない。

 笑わずにはいられない。

 いても立ってもいられない。


 冒険せずには、いられない。


『示セ……力ヲ、示セ……』

「ああ、いくらでも見せてやる。だから――」


 晴輝は嗤い、短剣を構えた。


「俺の存在感(チカラ)をその目に刻めッ!!」

レアこそ真のヒロインってわかんだね!



晴輝「俺の存在感を、その目に刻めッ!!」


ゴーレム「見エマセン」

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