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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
6章 ダンジョンの悪意を倒しても、影の薄さは変わらない
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転移の罠に立ち向かおう!

 晴輝が忽然と姿を消した。


「……え、え? ええ!?」


 一体なにが起ったのか、火蓮は理解が追いつかなかった。


(まさか仮面を外した?)


 そんな考えが火蓮の頭をよぎったが、晴輝は仮面を外す素振りを見せていない。

 それに強敵に出会った時以外、彼がダンジョン内で仮面を外すことはほとんどない。


 というのも、仮面を外せば魔物が晴輝を見失い、憎悪が火蓮に向いてしまうから。

 戦闘を安定させるために、晴輝は仮面を付けたまま戦っている。


 さらに晴輝が存在感を気にしていることも理由としてあげられる。

 無闇に存在感皆無な姿を晒しはしない。


 では何故、彼は消えてしまったのか?


「……罠だな。クソッ」


 火蓮の疑問に答えたのは、ヴァンだった。

 ヴァンは憎らしげに顔を歪めながら、晴輝が立っていた場所を睨み付けていた。


「罠、ですか?」

「……ん。レアな罠だ。ヨシもなかなか見つけられなかった」


 ヴァンが言ったヨシとは、エアリアルのメンバーで、斥候を務める人物である。

 北海道トップチームの一員である斥候でさえなかなか見つけられないのだ。

 その罠が、どれほど厄介かが判る。


「……引っかかると、転移する」

「転移ッ!? もしかして、ずっと下の階に飛んだとか――」

「それは、ない。……たぶん、この階のどこかだと、思うが」

「どこに行ったかは判りますか?」

「……」


 火蓮の問いに、ヴァンは無言で首を振った。

 晴輝がどこに飛ばされたのかはわからない。

 だが19階のどこかに居るならば、まだ希望はある。


(空星さんはこの階で安定して戦えてましたし……きっと、大丈夫)


 火蓮はブラッディオウルと戦う晴輝の姿を思い返す。

 何度記憶を繰り返しても、ブラッディオウルに晴輝が負ける姿は思い浮かばなかった。


 晴輝には、一人でモンパレを乗り越えられる継続戦闘能力がある。

 さらに遙か格上の魔物を相手にしても隙をうかがいながら、一発逆転を狙い続ける胆力もある。


 大丈夫だ。

 大丈夫だとは思うが、


「空星さん、どうか、無事でいてください……」


 それでも火蓮は祈らずにはいられなかった。


          *


 ゲート部屋から出た晴輝は、瞬きした瞬間まったく見たことのない部屋の中に佇んでいた。


「…………ん?」


 あまりに唐突な風景の変化に、晴輝は幻でも見ているのかと思った。

 だが何度瞬きをしても、目をこすっても、晴輝を囲んだ壁は消えてなくならない。


「なんだこれ?」


 理解が追いつかなかった。


 晴輝はさきほどまで19階――森林ステージにいた。

 だが現在、晴輝がいる場所は洞窟のような作りだった。


 フロアはかなり広いが、19階のステージほどではない。

 床や壁、天井は黒に近い灰色の岩で、その表面の半分ほどが水晶で被われている。


 ダンジョンの淡い光が水晶を通って拡散する。

 強い光や弱い光が、歩く度にキラキラ輝く。


「もしかして、隠し部屋か?」


 一度15階で入ったものとは見た目がまるで違うが、隠し部屋である可能性はある。

 とはいえ何故自分が突然隠し部屋に出たのか、晴輝にはさっぱりわからなかった。


「しっかし、綺麗だな……」


 地上ではまずお目に出来ない幻想的な光景に、晴輝は言葉を忘れた。

 これが自然の洞窟であれば、晴輝は時間を忘れてこの光景を楽しんだだろう。


 しかしここはダンジョンだ。

 目を奪われても、油断は一切許されない。


 おまけに先ほどから、晴輝のうなじがチリチリと魔物の気配を感じ取っていた。

 それも普通の魔物じゃない。

 かなり強い固体だ。


 晴輝は何故自分がここにいるのか、いまだに理解していない。

 今後どうすべきか考えたいのはやまやまだったが、それより今は脅威への対処である。


 晴輝は武具を素早くチェックして、レアとエスタにも警戒を促した。


 晴輝の探知には、洞窟の奥から魔物の気配を感じ取っている。

 おそらくそれが、このうなじの嫌な痺れの原因だ。


(…………ヤバイな)


 気配の強さは、『車庫のダンジョン』19階までの、どの魔物よりも強い。

 もしかすると『神居古潭』で戦った騎士の魔物ほどの戦闘力があるかもしれない。


 あるいは、それ以上か……。


(逃げるか?)


 逃亡の選択肢が頭をよぎるが、どこに向かえば逃げられるかがわからない。

 あるいはこれは、逃亡出来ないタイプの“イベント”なのか……。


 15階の隠し部屋みたいに、どこか気力の薄い壁があるかもしれない。

 そう思い、晴輝は見える範囲でフロアの壁を目でなぞる。


 だが、


「……クソッ!」


 水晶を通って乱反射する光が邪魔で、壁を被う気力の多寡を捉えることが困難だった。

 この部屋が全体的にクリスタルで被われているのは、逃げ道を隠すためか。

 まったく、用意周到なことだ。


 ダンジョンの悪意に、晴輝は大きく舌打ちをした。


 対策に手をこまねいているあいだに、強い気配は既に晴輝が目視出来る場所まで近づいてきていた。


「……岩?」


 強い気配は、大きな岩から感じられた。

 なにかの間違いかと思ったが、違う。

 岩が動き、晴輝に近づいてきていた。


 それも二足歩行で、だ。

 ズン、ズン――と音が響く。


「ゴーレムか!」


 初めて見るタイプの魔物に、晴輝は目を輝かせる。

 だがそれも一瞬。


 晴輝はすぐに表情を引き締め、武器を抜いた。


 強い気配。初めて見る手合い。

 油断出来る要素など、どこにもない。


 晴輝はじっと、体表を水晶に被われたゴーレムの動きを観察する。

 せめて接触前に少しでも多く、ゴーレムの動作を記憶しておきたかった。


 1歩、2歩。

 ゆっくり歩いていたゴーレムがほんの僅かに腰を屈めた。


 次の瞬間。

 ゴーレムが跳躍。


「――なっ!?」


 ゴーレムが恐るべき速度で晴輝に接近する。

 まるでカタパルトで射出されたかのような速度だ。


 驚きながらも、実戦経験で身についた動きは無意識に、晴輝の体を防御態勢へと導いた。


 晴輝の視線の先。

 ゴーレムが右腕を動かした。


 瞬間、

 衝撃。

 視界が、回る。


 ゴーレムの攻撃が、晴輝の短剣に接触した。

 防御の態勢を取ったが、膨大な質量を持つゴーレムの攻撃に耐えられずはずもなく、晴輝は盛大に吹き飛ばされた。


 空中でバランスを取り、着地。

 足を滑らせ、勢いを殺す。


 ゴーレムの攻撃を受け止めた2本の腕が、ビリビリと痺れる。

 骨や筋肉に問題はないが、すぐに通常通りの攻撃は出来そうにない。


「なんて馬鹿力だ!」


 たった1発で腕が痺れるなど、晴輝にとって初めての経験である。

 時雨もマサツグも、力任せな攻撃は仕掛けてこなかった。


 それは晴輝にとって、初めての経験。

 故に、反応が遅れた。


「――ガハッ!!」


 晴輝はゴーレムの体当たりを、モロに食らってしまった。


 空中で2回転し、落下。

 ゴロゴロと地面を転がり停止。


 晴輝は痛みを堪えて即座に体を起こす。

 追撃は――来ない。


 コーレムは様子を窺うように、じっとその場に佇み晴輝に顔を向けている。


「……様子見、か」


 晴輝は乾いて笑った。

 いまのタイミングで、追撃しようと思えば出来たはずだ。

 なのにしなかった。


 ……いや、やる必要もないのだ。

 ゴーレムはわざわざ決定的な隙を突かずとも、ねじ伏せられるのだから。


 いまの攻撃で、晴輝は体のあちこちが鈍く痛んでいる。

 防御力の高いエスタはさして変化はないが、レアは悲惨だ。葉の所々が切れ、枝が折れている部分もある。


 晴輝の視線に、レアが「なんてことないわよ」と葉を揺らした。

 だが、その揺れは酷く弱々しかった。


「…………」


 晴輝は逡巡した。

 だが意を決してエスタを引き離し地面へ。

 その上に、レアが入ったままの鞄を固定する。


「(……?)」

「……ごめん。エスタ、なるべくこの場から離れて」

「(――ッ!?)」


 晴輝の意図に気付いたのだろう、頭を傾げていたレアが葉を跳ね上げ、晴輝の手をペンペン叩きだした。


 私は大丈夫、まだ出来る!

 そんな意思の籠もった葉の打擲に、晴輝の心がズキリと痛んだ。

 だが、晴輝がレアを背負って戦えば、晴輝が動けなくなる前に、レアが命を落としてしまいかねない。


 それだけレアの装甲は弱い。

 19階の魔物と対等に戦えるレベルなのに、一度地面を転がっただけで、その枝葉が深く傷ついてしまうほどに。


 弱いからこそ、晴輝はレアを守るように前で、敵の攻撃を防いできた。

 レアを痛めないように、攻撃をいなしたり、回避したりしてきた。


 だが、今回の敵は、晴輝が培ってきた技術は一切通じない。

 晴輝の技を、軽く吹き飛ばせるだけの力があった。


 共に戦えば間違いなく、晴輝はレアを巻き込んで、殺してしまう。


「……行け」

「(もにゅ?)」

「早く行け!!」


 怒鳴りつけると、エスタが慌てて晴輝から離れていった。

 その上で、レアがトゲトゲした葉でエスタを叩く。

 けれど、レアの抗議はあまりに弱々しくて、エスタに通じなかった。


(……これで良い)


 離れていくエスタとレアを見送り、晴輝は内心ほっと息を吐いた。


 もし相手が、暗黒騎士と同程度の相手ならば、晴輝は最後までレアを背負ったまま戦った。

 だが今回は、相手が悪すぎた。


 ゴーレムと晴輝の実力の開きは、暗黒騎士の比ではない。

 それが1度の接触で、晴輝は理解出来てしまった。


 このまま戦えば、おそらく自分は死ぬ。

 そう思ったからこそ、晴輝は心を鬼にしてエスタとレアを送り出した。


 レアもエスタも、テイムしたとはいえ晴輝が連れてきた魔物だ。

 晴輝が死ぬとき、2人が死なねばならぬ道理はない。


(死ぬのは、自分一人だけで良い)


 晴輝はコッコの羽根輪をまさぐり、中からマートを優しく掴んで取り出した。

 手を広げ、「さあ行け」と念じるが、マートが飛び立つ様子はない。


「……行け!」


 晴輝は感情を殺してマートを放る。

 けれどマートはピチチと羽ばたき、コッコの羽根輪の中に戻っていった。


「……っく」


 何度マートを放っても、結果は同じだろう。

 晴輝ではマートを力尽くで引き離すことが出来ない。


「~~~ッ……はあ。仕方ない」


 晴輝はスキルボードでマートのスキルを底上げしている。

 被損軽減をかなり上げているので、晴輝ほどダメージは受けないだろう。

 自らが死んだ後でも、被損軽減により生きながらえることを、晴輝は切に祈る。


 本当なら、晴輝はいますぐここから逃げ出したかった。

 逃げて、生き延びたかった。

 生き延びて再び火蓮と共に、ダンジョン攻略に励みたかった。

 冒険を、続けたかった。


 だが、晴輝は『神居古潭』で嫌というほど理解した。

 圧倒的な強者からは、決して逃げられないと。


 晴輝の前に現われたゴーレムがいかほどの相手か。

 その存在が強大すぎて、晴輝には推し量ることが出来なかった。


 ただ一つだけ、判ることがある。

 どれほど凝視しても、ゴーレムの体に弱点看破の光が灯らない。


 つまり晴輝では、どれだけ足掻いてもゴーレムの弱点に手が届かないのだ。

 その現実に、晴輝は頭がクラクラする。


 しかし、ならば晴輝は命をかけて、殿を務める他ない。

 レアとエスタの命を守るために。


 それが、冒険家として正しい命の使い方。


『冒険家とは、死ぬこととと見つけたり』

 生きるべきときに生きる判断をし、死ぬべきときに迷わず死ぬ判断を下す。


 たとえ犬死にになろうとも、誰かを助けるために命を賭けることこそが、正しい冒険家のあり方なのだ。


 本当ならばマートも逃がしてあげたかったのだが、


「ピッ!」


 マートが羽根の中で、やる気に満ちた声を上げた。

 逃げる気はさらさらない様子である。


 そうこうしているあいだに、ゴーレムが晴輝との距離を10メートルにまで縮めていた。

 あと少し動けば、晴輝はゴーレムの間合いに入る。


「…………」


 息を深く吸い込んで、止める。

 晴輝は意を決して、ゴーレムの懐に飛び込んだ。


 晴輝の動きにゴーレムが即応。

 体を回して、拳を振う。

 それを屈んでやり過ごし、

 晴輝は連続攻撃を繰り出した。


「うおぉぉぉ!!」


 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

 打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ。


 斬って打って蹴って突いて。

 ありとあらゆるタイプの攻撃を、ゴーレムの体は受け流した。


 晴輝の刃は、ゴーレムの体を1ミリも削れない。

 多くの魔物を倒して成長した、魔剣でさえダメだった。


 ならばと晴輝は魔剣に気を込める。

 全力で込めれば、あの暗黒騎士でさえ切り裂けた攻撃だ。


(これならどうだッ!!)


 晴輝がゴーレムの腕に、気力攻撃を繰り出した。

 そのとき、

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