ヴァンとともに階を下ろう!
一つは牛の角。
手に取るとずしりと重い。
「これは、武器素材かな」
軽く叩くと、ビーンと振動が伝わった。
かなりの堅さがありそうである。
もう片方は斧。
ボスが使っていたものと同じタイプのバトルアクスだった。
「こっちは…………うん、持てないな」
手にしたが、まったく持ち上がる気配がなかった。
どうやら一定の斧スキルを要求する武器であるようだ。
「魔武器でしょうか?」
「一応、魔武器かな」
ダンジョンで手に入れた武器を、広義の意味で魔武器と呼ぶ。
ダンジョンで手に入る武器といっても、深層まで使える高品質なものから、鋳溶かすしか使い道のないものまで様々だ。
なので、最低限使える武器を魔武器と呼ぶ者もいる。
今回入手した武器は、多少刃に曇りは見られるものの、サビなどは浮かんでいない。晴輝が見た限りでは、十分実践に使えそうである。
「持ち帰って朱音に見て貰うか」
「そうですね」
適性外の武器は、基本的に装備不可能だ。装備資格がなければ、持ち上げることさえ叶わない。
だが、『装備しなければ』持ち上げることは出来る。
たとえば鍛冶職人。
ダンジョン素材の武具を直接手で持てない彼らだが、巨大なペンチのような“はし”を用いることで、武具が持ち上がるようになる。
他にも、武具販売店の店員。
彼らはマジックハンドのような会社独自のツールを使い、武具を持ち上げている。
このように、『適性外の武具は装備出来ない』という条件は、イコール『装備さえしなければどうにでもなる』ということである。
――さておき、晴輝は武器に装備したと認定されないよう、引きずるようにしてマジックバッグの口に運ぶ。(残念ながら現状の晴輝らは、適性外武具を運ぶツールは入手していなかった)
柄から押し込み、刃の部分にさしかかったところで、
「――あ」
「……あー」
刃がマジックバッグの口にひっかかった。
バッグは口径が最大20センチだが、形が変わるので頑張れば25センチくらいまでのものなら出し入れ可能である。
だが斧の幅が50センチほどとかなりの広刃である。
このサイズだと、さすがに入らない。
マジックバッグに入らなければ、装備出来ない武具を持ち帰れない。
持ち帰る方法はいくつかあるのだが、晴輝は現在まで「マジックバッグに入れればいいや」と準備してこなかった。
「参ったな……」
どうしようか、頭を悩ませる二人の元に、
「……おう」
「あれ、ヴァンさん!?」
ヴァンが現われた。
突然声をかけられた晴輝はビクッと肩を振わせた。
なんでここに? と思うが、彼はダンジョンで鍛えに来ているのだ。ここを通らぬ道理はない。
しかしタイミングが良すぎる。
晴輝の胸中に不安がせり上がる。
前の冒険家にボスを倒させて、ボスがいない間に次の階へ――という方法は、ダンジョン攻略において一般的である。
寄生ではなく、ドロップを奪いもしないなら、目くじらを立てる必要もない。
晴輝が不安に思っているのは、ヴァンが晴輝らの戦闘を見ていたかどうかだ。
(火蓮が魔法を使ってるところを見られたか?)
カゲミツは知っているが、ヴァンはまだ火蓮が魔法を使えることを知らないはずだ。
もし魔法を見ていたら、口外しないようお願いしなければならないが……。
「ヴァンさんは、いつからそこに?」
「……いま。ダンジョンが光ったあと」
「そうでしたか」
晴輝は内心、ほっと安堵の息を吐いた。
現時点ではまだ火蓮の魔法が見られてはいなかった。
だが今後は違うはずだ。
ヴァンが先に進むなら良いが、同じ狩り場にいれば必ず魔法に気付かれる。
(うーん……)
考えてはみたが、すぐには決められない。
晴輝は一旦保留にした。
「ところでヴァンさん。この斧、持てますか?」
「ん……」
軽く顎を引いたヴァンが、斧に歩み寄る。
柄に手を掛けて、ヴァンは一気に斧を持ち上げた。
「おおー!」
「すごい」
斧を持ち上げられなかった二人は、あたかもヴァンがとてつもない怪力の持ち主であるかのように思えて、驚愕に目を見開いた。
「……そ、そんなに驚かれても……」
「いやいや。俺たちは斧が重たくて持てなかったんで」
「ふむ。……これ、どうする?」
「朱音の店で売ろうかと。あの、大変申し訳ないんですが、一緒に地上に戻っていただけますか?」
「ん。……いや」
頷き掛けたヴァンが、なにやら考え込むように眉間に皺を寄せた。
斧を握り、軽く上下に振る。
「……これ、使わせて貰えるか?」
「ええと……ご購入?」
「いや、金が……」
「ああ」
ヴァンは家を購入したため、現在は金欠である。
それに斧の魔武器は、短剣と違ってかなり値が張る。
潤沢な資金のある冒険家でなければ、即決で購入など出来はしまい。
ヴァンは名の通った冒険家で、カゲミツとも繋がりがある。
なので貸与もやぶさかではないが、彼はハイエンドのメイン武器を持っている。
一体斧をどうするつもりなのだろう?
晴輝は首を傾げつつ、
「メイン武器を大剣から斧に変更されるんですか?」
「木を……切る」
「ああ!」
晴輝は思わずポンと手を打った。
ヴァンは家を修繕する際に、晴輝の木材を使い込んでしまった。
そのため現在彼は、ダンジョンで木を伐採して晴輝に同数を返却しなければいけない。
木を伐採するのに、大剣よりも斧の方が確かに勝手が良い。
おまけに魔武器なので、刃溢れする心配もない。
「いいか?」
「もちろん。俺らは斧を使えないので、じゃんじゃん使って頂いて構いません」
やはり武器は、使われてナンボである。
晴輝はヴァンの申し出を快諾したのだった。
先ほど保留にしていた問題をどうするか。
ヴァンと共に19階への階段を降りながら、晴輝は思考を巡らせる。
魔法が使えることをヴァンに伝えても問題ない。
彼は上級冒険家で、エアリアルのメンバーだ。
冒険家の秘密を喧伝することはないだろう。もし秘密を漏らせば、その行為はいつか必ず自らに跳ね返ってくるのだから。
他者の秘密の暴露には、それ相応のリスクが付いてくるのだ。
言っても良いとは、晴輝は思う。
だが、晴輝らはこれから行動を共にするわけでもない。わざわざ言うのもどうかとも思っていた。
「ヴァンさん。念のために伝えておきたいことがありまして」
「……ん?」
考えを整理し、晴輝は言葉をチョイスする。
「これからもし、俺らが戦っているところを見ても――どんな戦い方をしていても、誰にも言わないで頂きたいんですが」
「…………ん、わかった」
「あ、ありがとうございます」
ヴァンがあっさり了承したことに、晴輝はやや拍子抜けした。
てっきり理由くらいは聞かれると予想していたのだが。
(案外、上級冒険家ってそういうものなのかもな……)
下層は勿論のこと、深層についての情報がほとんど出回らないのは、上級冒険家の間で『ダンジョンで見たことは沈黙すべし』という暗黙のルールがあるからかもしれない。
晴輝が一人納得している横で、ヴァンは背筋に冷や汗を浮かべていた。
どんな戦い方をしていても、誰にも言わないで――。
(空気は一体、どんな戦い方をしてるんだ……?)
ヴァンは彼の戦い方を、先日マサツグとの練習試合で目にしている。
だがもしあれが、“対人間用”の戦い方だったら?
ヴァンは一度、中級冒険家になったばかりの空気が戦うところを目撃している。
その時ですら、彼は通常の冒険家と全く違う戦い方をしていたのだ。
その時と、今の空気は違う。
首の羽はサイズが変わり、体には鱗が付いた。
背中には白い仮面が現われ、鞄からは触手が垂れ下がっている。
おまけに腹部に赤い多足虫。
(空気は一体……どんな戦い方をしてるんだ!?)
彼が戦う姿が、ヴァンは非常に気になった。
気にはなったが、しかし深入りしてはいけない気もする。
もし空気が本気で戦っている姿を見ても、ヴァンのメンタルが正常で居られるかどうか……。
頭の中で、怪物化した空気が魔物を千切っては投げする姿が浮かび、ブルリ。ヴァンの背筋が大きく震えた。
(……大丈夫。大丈夫だ)
空気は「見るな」とは言ってない。
もし万が一目撃してしまっても、見逃してくれるだろう。
――見逃してくれるはずだ!
祈るように、ヴァンは階段を降りる。
その膝が震えるのを、必死に堪えながら。
何故か顔を青くして黙り込んでしまったヴァンを気遣いながら、晴輝は19階のゲートをアクティベートした。
ついに19階――上級冒険家への試練の階である。
9階と10階のあいだに壁があったように、19階と20階のあいだにも壁があるといわれている。
9階の壁を突破した冒険家は全体の1割。
19階の壁を突破した冒険家は、全体の1割のさらに1割。
冒険家の1%しかいない。
それだけ上級冒険家の壁は厚い。
とはいえ中級冒険家の全員が全員、上級冒険家を目指しているかといえばそうでもない。
それは初級冒険家が必ず中級冒険家を目指すわけではないのと一緒である。
中級冒険家になれば、狩りでの収入が初級よりも安定する。
そのため、下手をすれば命を落とす上級を目指さず、中級のまま冒険を続ける冒険家が増えるのだ。
さておき、19階のフロアに出た晴輝は注意深く辺りを見回した。
この階も森林ステージで、以前と同じようにフロア全体を木々がびっしり被っている。
空は依然として高く青い。
ダンジョン壁も、手を伸ばせば超えられそうで、超えられぬほど高くそびえ立っている。
18階までと同じ。
なのに、雰囲気が違った。
遠くから感じる魔物の雰囲気。
ねっとりとして絡みつき、縛られれば切断されそうなほど鋭い。
(…………これは。この雰囲気はッ!?)
それは、まごうことなき魔物の視線。
晴輝は19階に降り立ったその瞬間から、多くの魔物に注目されていた!
「クソッ! なんということだ。この階は天国じゃないか!!」
ひゃっほう!
まるで太陽の光を求める植物のように、晴輝は大きく腕を広げ、視線を一身に浴びる。
やはりダンジョンに来て正解だったな!
「……は? 空気、どうした?」
「ヴァンさん気にしないでください。いつもの発作ですから」
興奮する晴輝の後ろで、火蓮とヴァンがなにやら囁き合っているが、気にしてはいけない。
小さな成功の積み重ねこそが、大きな成果をもたらすものなのだから!
ぬふふと喜ぶ晴輝を、ヴァンが戦斧を構えながら追い越し木の根元へ。
戦斧を持ち上げ、ヴァンは一気に幹へと振り下ろした。
サクッと小気味よい音を立てて、戦斧が幹に滑り込んだ。
「おおー!」
晴輝には、ヴァンがさして大きな力を加えたように見えなかった。
だが戦斧はその刃を半分ほどまで幹に入り込んでいる。
それだけで戦斧の品質が如何に高いかが伺える。
「……これなら、数日中で木材、返却出来る」
「そうですか。それは良かった」
木材返却に上級冒険家ヴァンの貴重な修行時間を奪い続けるのは心苦しい。
素早く終わりそうな気配に、晴輝は胸をなで下ろす。
そのとき、
「……む?」
ヴァンが上を見上げ、
素早く戦斧を縦に振った。
「――ッ!?」
ヴァンの攻撃は、まるで戦斧の重みを感じていないかのように素早いものだった。
ある程度腕力スキルが育っている晴輝でも、(もし戦斧を手に出来ても)あそこまで軽々と戦斧を扱えはしないだろう。
さすが上級冒険家。
恐るべき膂力である。
だが晴輝が驚いたのは、ヴァンの攻撃ではない。
彼が攻撃した先に、魔物がいた。