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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
6章 ダンジョンの悪意を倒しても、影の薄さは変わらない
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お肉の味で癒してあげよう!

 翌日。

 晴輝はミノタウロスの肉を木寅さんにお裾分けし、残ったものを朱音の店にすべて卸した。


 肉の値段はかなり安かったが、欲を張って腐らせては、頂いた命に失礼である。

 肉はこれからも好きなときに、好きな分だけ手に入れられる。

 すべて売り払っても問題はない。


 さらにこれは、朱音からの依頼でもあった。

 美味しい食材を独り占めにしていると、地元住民の目が厳しくなっていく。


『あいつばっかり良い思いをしやがって!』

『ずるい!』

『あんなに良い思いが出来てるのは、悪いことをしてるからに違いない!』


 もちろん、晴輝は一切悪いことなどしていない。だが、回りはそうは思ってくれないものである。


 無用な軋轢を防ぐために、朱音が肉を買い取り、奉仕価格で町に卸す。

 これは冒険家業が地元の理解を得るために、必要な『依頼』であった。


 売買を終えると、火蓮を伴い18階に向かう。

 ミノタウロスを倒しながら、晴輝は動きの確認を行った。


 マサツグの動きは、やはり難しかった。

 だが晴輝は慌てない。


 晴輝はいまでも時雨の動きを完璧にマスター出来ていないのだ。

 同格、あるいはそれ以上のマサツグの動きを、時雨より早く習得出来るはずがない。


 じっくり、焦らず、間違えず。

 時間をかけて正確に模倣していけば良い。


 晴輝らはマッピングをしながら、じっくり18階の探索を続けた。

 1週間が経過した頃、晴輝らは18階のボスの居場所にたどり着いた。


          *


 男は、ブレイバーのリーダー・マサツグより指示され、仮面の監視を行っていた。

 仮面はマサツグと練習試合を行った人物だ。


 マサツグが北海道の田舎くんだりまで出向き、自ら練習試合を申し入れるなど希有な出来事である。

 それだけで、マサツグが仮面をどれほど重要視しているかが伺い知れる。


 マサツグと戦った仮面を見て、男は首を傾げた。

 マサツグが特別な対応をするほどの者だろうか? と。


 しかしその評価は、すぐに変わった。

 戦っているあいだに、仮面の練度が急激に上昇していったのだ。


 その速度に、男は息を飲んだ。


(これほどまで、人は成長するものだろうか?)

(あれは本当に――)


 人間か?


 まるで砂漠に水を注ぐように、仮面はマサツグの戦闘をみるみる吸収していった。

 練習試合が終了する頃には、仮面への評価は180度変化し。


(――ナッ!?)


 仮面がその本体であろう仮面を外した瞬間に、評価が常識の天井を吹き飛ばした。


(消えただとッ!!)


 そんなこともあって、男は現在、仮面の家を監視していた。

 もしあの男がその力を、ダンジョン攻略以外に用いるような人物であれば、人類のために命を賭して止めなければいけない。


 それが『ブレイバー』に与えられた使命……。


 仮面があの隠密力を生かして戦えば、まさに、命がけの戦闘になるに違いない。

 マサツグが出張ってくるまで、男の力のみで留められるかどうか。


 そのような未来が来ないことを、男は切に願ってやまなかった。


「……しかし、仮面男が出てこないな」


 マサツグとの練習試合が終わってから、男はずっと仮面の家の前に張り付いていた。

 男には仮面ほどではないにせよ、開眼能力である隠密スキルがあった。

 彼の隠密を見抜けるのは、本気になったマサツグだけである。


 その力を用いて、誰にも見つからぬよう、男は仮面を監視していた。


 だが、家に入って以来、仮面は姿を現わしていない。

 彼のチームメンバーには動きはある。

 彼の家の前で、一菱の店員も混じってバーベキューを始めていた。


 他人の家の前で一体なにをやっているのか。

 仮面に怒られないのだろうか?


 疑問に思うが、バーベキューが終わるまで、仮面男は姿を現わさなかった。


 仮面を監視して1週間。


「……マサツグさんになんて報告しようか」


 あれ以来、男はいまだ仮面を見つけられていない。


          *


 ここ1週間。晴輝は毎朝、男の目の前で反復横跳びを行うのが日課になっていた。

 いつか気付かれるだろうと毎日行っているが、いまだに気付かれた様子はない。


 毎朝行い、毎朝心が折れている。


 心が折れているのに続けているのは、ほとんど意地である。

 ここで辞めたら、なにか負けた気がするのだ。


 だから気付かれるまで続けてやろう! と思ったのだが、そろそろ男が体力の限界を迎えそうだ。


 それもそのはず。

 男はかれこれ1週間以上、この場所から動いていないのだ。


 髭も伸び放題だし、衣服は黒ずんでしまっている。

 それに、極度の疲労が表情に表れていた。


 唯一男が気遣っているのは臭いだ。

 酷く汚れた風貌なのに、彼からはほとんど臭いがしなかった。

 ダンジョン素材で作られた消臭液を振りかけているのだ。


 一体なにが彼をそうさせているのか、晴輝にはわからない。

 だが男の姿を見ていると、昔印刷会社で働いていた頃の自分の姿とダブって、晴輝は目頭が熱くなる。


「……可哀想に。なにがあるのかは知らないけど、あんまり無理はするなよ」


 晴輝はミノタウロスの肉を焼き、食べやすいようにカットして男の横に置いた。

 この肉で、多少なりとも男の疲労が癒えることを願って……。


          *


 突然香ってきた食欲をそそる匂いに、男は訝しげに眉根を寄せた。

 この匂いは焼き肉のものである。


「こんな朝っぱらから、一体どこの誰が……。うらやま――けしからん」


 男は極端に疲弊していた。

 かれこれ1週間以上も監視していたのである。

 疲れぬはずがなかった。


 だが、マサツグに命じられた手前、なんの成果も上げずに帰ることが出来なかった。


 そこに来て、焼き肉の匂いだ。

 ここ1週間まともな食事を取っていない男は、匂いに胃袋を激しく刺激された。


 食べたいが、どうせ食べられない。

 そんな思いが、男をどうしようもなく苛立たせた。


「くそっ! 肉が喰いてぇ!!」


 たまらず、男は地面に拳を叩きつけた。

 その横に、


「……え?」


 いつの間にか、肉が盛り付けられた皿があった。

 肉は今し方焼かれたばかりなのだろう。白い湯気を上げていた。


「……一体、いつ」


 まったくわからない。

 もしかしたら、幻覚なのでは?

 そう思い、男は皿に手を伸ばす。


「うおッ!!」


 肉に触れた途端に、その熱が手に伝わった。

 さして高い温度ではなかったが、男は驚き手を引っ込め、半ば反射的に指先を口にくわえた。


「……ッ!」


 その瞬間、男は我を忘れた。

 我を忘れて皿に手を伸ばし、作法もへったくれもなく肉を手で口に運んだ。


「……うめぇ……うめぇよぉ」


 男は、泣きながら肉を食べた。

 それは北海道に配属されてから、初めて口にする牛肉だった。


 懐かしい味。

 脂の甘みとうま味が口の中に広がる。


 わさびや辛子を付けているわけではないのに、鼻の奥がツンとした。

 同時に、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。


「うめぇ……えぐっ……うめぇ……うぐっ」


 男はあっという間に、皿に盛り付けられた肉を完食した。

 完食してからも男は、しばらく涙を流し続けた。


 ドロドロになった頬を涙が通り、幾重もの筋を描いた。

 疲弊した心と体に、肉の味は染みすぎた。


 涙が止まった男は、すっきりした表情になって立ち上がった。


「……帰ろう」


          *


 気がつくと、1週間以上同じ場所に居た男の姿が消えていた。

 晴輝は男のいた場所に駆け寄り、辺りを見回す。

 だが、姿が見当たらない。


 どうやら、衰弱して倒れたわけではなさそうだ。

 そのことに、晴輝はほっと安堵の息を吐いた。


 とはいえ、自らの存在感を見せつける前に、毎日の日課が無くなってしまったのは残念でならない。

 もし次、彼がここに戻ってきたらその時こそは――ッ!

 そう、晴輝は決意を新たにした。


 火蓮が合流して、18階を目指す。

 今日はいよいよ、18階のボスに挑む。


 ミノタウロスを倒しながら進み、いよいよボスのいる場所までやってきた。

 そこは他のステージと同じように、森の開けた場所だった。


 開けた場所に、一際黒く、大きな個体が座っていた。

 それが、18階のボスだ。


 晴輝らは武具の最終チェックを行う。

 ここを超えれば19階。

 上級冒険家に王手がかかる。


 それを考えると、晴輝の気分はいやが上にも高まっていく。

 晴輝は一度深呼吸をして、体に気を循環させた。


 胸の奥を意識して、集中力を高めていく。

 集中力を、集約する。

 キィィンと耳鳴りがするほど、晴輝の感覚が研ぎ澄まされていく。


「……行こう」

「はいっ!」


 晴輝は短剣を抜いて前へ。

 茂みから姿を現わした途端に、ボスが構えた。

 自然体なのに、隙がない。


 いいね。

 実に良い。


 これからの激しい戦いを想像すると、背筋がゾクゾクっと震える。

 だが晴輝は、ニッと笑みを浮かべた。


 簡単に突破出来ては面白くない。

 難しいは、面白いのだ。


 晴輝は軽く足を踏み出し、一気に加速。

 1秒、2秒。

 急接近する晴輝に、ボスは反応しない。


 3秒経って、やっとボスが反応。

 けれど晴輝は、既に短剣を振っていた。


 晴輝がボスの体を切り裂くその前に、


 ――ィィィイン!!


 ボスが晴輝の攻撃を防いだ。

 武器を上げるだけの防御。

 単純だが、最短であり、最善。


 ニヤッ、と晴輝はますます笑顔を深くした。


 続けざまに、逆の手にある魔剣を切り払う。

 攻撃するは指の先。

 仮面を光らせ、指を払う。

 しかし、この攻撃もあっさり防がれた。


 それでも晴輝は焦らなかった。

 晴輝の狙いは、指じゃない。

 指にボスの意識を向けることだった。


「――ッシ!」

「ブオォォォ!?」


 ボスの声に困惑が混ざった。

 それもそのはず。

 晴輝がボスの死角から、側頭部を蹴り抜いたから。


 仮面の光と攻撃でボスの視線を誘導し、相手の呼吸を読んだ上で、一気に仮面から気力を抜く。

 さらに軽く隠密を用いて、晴輝は一気にボスの死角に入り込んだ。


 それは、この一週間のあいだに練習を重ねた戦法の一つである。


 見えるものに気を囚われすぎていたのだろう。ボスは晴輝の攻撃に反応さえしなかった。


 側頭部を蹴り抜かれたボスは、大きく体勢を崩した。

 そこに、


 ――ッタァァン!!

 ――ダダダダダ!!


 火蓮とレアのダブルアタック。

 集中砲火を受けて、ボスが地面に膝を突いた。


 二人が攻撃を仕掛けているあいだに、晴輝は集中力を高めながらボスの背後へ移動。

 ジッとボスの背中を凝視して、弱点看破の光を探す。


 ふっと灯った光。

 背中を袈裟斬りにするラインに、薄ら光が浮かび上がった。

 光の出現と同時に、晴輝は動いた。


 魔剣に気を込めながら、弱点看破のラインをなぞる。


「ッシィ!!」

「ブォォォ!!」


 ――ィィィン!!


 辺りに、金属が衝突する甲高い音が響いた。

 接触と同時にパチンと火花が飛び散った。


 晴輝の攻撃は、大斧の柄に遮られた。

 寸前のところで、ボスが防いだのだ。


(殺気に反応したのかな? ……素晴らしい)


 今の防衛行動に、晴輝は舌を巻いた。


 苛烈な攻撃を受けてもボスは冷静さを保ち、致命的なものを優先して対処した。


 なかなか、一筋縄ではいかない相手である。

 晴輝は気を引き締め、再びボスに斬り掛かっていった。



 弱点看破の光をなぞり、晴輝がボスの首を落としたのは、戦いが始まってから30分が経過した頃だった。


 ボスは最後の最後まで、なかなか致命的な隙を見せなかった。

 ガードが非常に硬く、無理にこじ開けようとするとボスが反撃に打ってでてくる。


 相手の攻撃の波に決して飲まれず、致命的な攻撃のみを避け、反撃の機会を窺い続ける。その戦いぶりは、非常に勉強になるものだった。


 ボスが死亡すると、晴輝はレベルアップ酔いを感じた。

 それと同時に、ダンジョン内が明滅する。


「……ふぅ。お疲れ様」

「お疲れ様でした。ミノタウロスのボスは、強かったですね」

「うん。体力もそうだけど、心も強かったな」


 晴輝がヘイトを稼ぐあいだに、火蓮とレアがボスをボコボコにした。

 それでもボスの瞳から闘争心の光は失われなかった。


 心を保持し続けることは、並大抵のことではない。


 冒険家になる前の晴輝は、肘を角にぶつけただけで意気消沈したものである。

 心とは、その程度の痛みであっさり折れる。


 攻撃され続けてなお、心を折らずに維持するのは、非常に難しいことなのだ。


 明滅が終わると、ボスが地面に沈んでいった場所に2つのアイテムが現われた。

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