涙を堪えて立ち上がろう!
「……これでも、目立てますか?」
そう言って、晴輝は仮面を取った。
その瞬間。
「な――消えた!?」
マサツグが晴輝を見失った。
「…………」
マサツグの反応を予測していた晴輝は、痛みに耐えるように唇を噛みしめる。
しかし耐えきれずに膝を折り、しくしくと涙を流した。
まさか本当に、勇者マサツグの目さえ誤魔化してしまうとは……。
酷いよ。
あんまりだよぉ……。
「こ、こういう体質の俺でも、ブレイバーに入れば目立てますか?」
「…………」
スイ、とマサツグが僅かに目をそらした。
――ック!!
晴輝は強烈な痛みを感じて胸を押さえた。
勧誘しにきているなら、嘘でもいいから『もちろん』と言って欲しいところであった。
(嘘もついてもらえないなんて……)
晴輝は立ち上がって空を眺める。
目の端で滲む夕日が綺麗だ。
仮面を被り直すと、マサツグがほっと息を吐いた。
その息の意味を深く考えないようにして、晴輝は口を開く。
「冗談はこれくらいにして――」
「冗談?」
「……いえ」
やめて!
深く突っ込まないで!
冗談だと受け入れて、そっとしておいてほしい。
晴輝は自らの存在感ゼロが、冗談だと思いたいのだから。
「ブレイバーに入ると、東京で活動しなくてはいけないんですよね?」
「まあ、そうだね。ホームは埼玉だけど、基本は『新宿駅』で活動してもらうことになる」
「俺は、出来れば北海道から離れたくないんです」
晴輝はかつて、より多くの者を救いに走った。
苦しんでいる人を、一人でも多く救いたかった。
だから、手を伸ばした。
手を伸ばして、伸ばしすぎて、
結果、失敗した。
晴輝がその場を離れたことで、本当に守りたかった者が失われてしまった。
無事を確認したはずの父や母や妹、それに友人たちはその後、魔物に襲われ殺された。
もちろん、彼ら彼女らが死んだのは、晴輝のせいではない。
晴輝がいたとしても、なにも出来なかったはずだ。
だが晴輝はいまでも『もしあのとき自分が傍に居たら』と後悔し続けている。
故に、晴輝は心に決めた。
人助けは、自分の手の届く範囲で……と。
マサツグの勧誘はとても甘美な響きをもって晴輝の胸を打った。
日本が救われるのなら、多くの人を救えるのなら、ブレイバーに加入したい。
だが、晴輝が手の届く範囲はとても狭い。
とても狭いことを、五年前の第一次スタンピードの時に、痛い程実感している。
東京に行けばまた、晴輝の大切にしているものが失われる。
失われてしまうのではないかと、晴輝は考えている。
家族と暮らしたこの町、この家、採れる野菜に、そして人……。
晴輝は自らの手で、地元を守り抜きたかった。
友人たちとの思い出が詰まった地元を。
家族が遺したこの家を。
だから、大切なものを残して、東京にはいけない。
残していけばまた、手の届かないところで失われてしまうから。
*
【気づかれる存在感への道】 管理人:空気
『ごめんなさい』
どうも空気です(^o^)
今日はとても良いお話を頂きました!
身に余るお話で、恐縮仕切りでございます(〉_〈)
本当に自分なんかが!? って興奮しました。
けど、そのお話はお断りさせていただきました(^_^;)
その話を引き受けると、この町に居られなくなるから。
僕は、この町が好きです。
本当になにもない町ですけど……。
前は、なにもなくて、つまらないと感じていた。
けれど、なにもないから、なんでも出来るんだって、
この歳で気付き始めたんです。
僕はここで、この町を守るために戦い続けます。
この存在感が、急上昇するその日までは!!
ブログを投稿した後、『イイネ』と共にコメントが付いた。
コメントは、火蓮からだった。
『これからもよろしくお願いします』
晴輝は火蓮に、コメントを返す。
『こちらこそ。宜しくお願いします』
*
仮面の勧誘に失敗したマサツグは、己の手に汗が滲んでいることに気がついた。
汗が浮いているのは、なにも勧誘が失敗したからではない。
マサツグが手に汗を握ったのは、仮面がその素顔を晒したからだ。
仮面を脱いだ途端に、仮面男がその場から姿を消したのだ!
「……これは、一本取られたな」
見送りしてくれた仮面男の姿が見えなくなった頃、マサツグはぽつりと零すように呟いた。
練習試合では間違いなくマサツグが優位に立っていた。
最後の最後で、武器にしていた枝が切られるアクシデントがあったが、それでもなおマサツグの圧勝だった。
長剣を握れば、7割の力を出さずに仮面を払いのけられるだろう。
だが、それは仮面を被っている時に限った話である。
もし彼がはじめから、その仮面を脱ぎ捨てて戦っていたら……。
ぞわ、とマサツグの背筋が震えた。
負けていたのは、自分だった。
確実に優位に立っていると思っていた。
だが、実は優位に立っていると、思わされていたのではないか?
彼が仮面を脱がなかったのは、彼が手を抜いていたからか。
あるいは、自らの力を秘匿するためか……。
練習試合で姿を隠蔽し、正々堂々戦わぬことに、卑劣さを感じたからかもしれない。
彼が仮面を脱がなかった理由は、マサツグにはわからない。
だが一つだけ言えることがある。
彼は近々その頭角を現わし、確実にトップランカーになる。
それだけの才能が、彼にはあった。
隠密能力ももちろんのこと、いまだ上級冒険家の一部しか習得出来ていない『気』を扱えている。
その証拠に、マサツグが自らの気で強化した枝が最後の最後に切り払われてしまった。
マサツグのレベルで気を籠めると、枝は鉄やミスリルよりも硬くなる。
どれほど切れ味の良い武器であろうと、力任せに切り払えるものではない。
切り払うには、自らの武器を気で『切れ味強化』せねばならない。
気は意志気。
意志によって様々に性質を変化させる。
仮面男はまだ、『切れ味強化』しか扱えていなかった。
だが、マサツグが強化した枝を払えるほど、切れ味を大幅に強化出来ていた。
今後彼が気をコントロール出来るようになれば、その隠密を用いて最強の冒険家にまで上りつめられるだろう。
「うかうかしてられないな……」
マサツグは気合を入れ直す。
日本最強。己を支援してくれている、多くの人、そして企業のために、易々とその看板を奪われるわけにはいかない。
彼が上りつめようとするならば、マサツグは彼を引き離すだけだ。
「……いるか?」
「ここに」
マサツグが尋ねると、なんの気配もない場所に一人の男性が姿を現わした。
彼はチーム・ブレイバーのメンバーで、各地の諜報を担当している。
以前ほど情報が取得出来なくなった現代において、鮮度の良い情報は重要である。
鮮度の高い情報をどれだけ多く取得出来るかによって、ダンジョン探索の速度が大きく変化するのだ。
ダンジョンに関する新たな情報を素早くキャッチするために、マサツグは諜報部を各地に派遣している。
彼はその一人で、諜報部のリーダーを務めている。
リーダーの彼には、隠密能力が備わっていた。
それこそ、マサツグでも油断をすると姿を見失ってしまうほどに、その能力の練度は高い。
「あの仮面男を監視してくれ」
「御意」
頷いて、彼は再び隠密を用いた。
視線を切ると、マサツグは彼の姿を見失った。
マサツグが仮面男に彼の監視を付けたのは、偏に仮面男が気を扱えるからだ。
気の情報は『なろう』や他類似情報サイトにも掲載されていない。
一般の冒険家が安直に技能を習得出来ないよう、企業のスポンサードを受けるランカーのあいだで秘匿しているのだ。
もし気の習得方法が露見してしまえば、かつての四釜のような冒険家が増長し、手に負えなくなってしまう。
扱い切れればまだ良いが、コントロールを失えば一般人にも被害を与えかねない。
冒険家が、守るべき相手を殺傷するなどあってはならない。
もしそうなれば、すべての冒険家の立場が危うくなるのだ。
気は、冒険家と一般人を分断・対立させかねない諸刃の剣。
とはいえ、気は確実にダンジョン攻略において必要な技能である。
故に、気の情報は企業のスポンサードを受ける――身元の確かなランカーのみで共有し、厳重に箝口令を敷いていた。
マサツグが戦った印象ではあるが、仮面男は冒険で手にした力を無闇に振うような人物ではないだろう。
だが、万が一がある。
そのため見張りを付けて、仮面男の素性をしっかりチェックする。
もし彼が、誤った力の使い方をするような人物であったなら……。
その時はマサツグが、責任を持って排除しなくてはならない。
その時は、ランカー・マサツグではなく、特別司法警察員として。
真剣で対峙し、一撃の下に斬って捨てる。
*
翌日、起床した晴輝は朝の日課である水くみに家を出た。
井戸から水をくみ上げて家に戻る途中、晴輝はふと違和感に気がついた。
「……これはっ!?」
それは晴輝が求めて止まない、人の視線の気配。
気付いた晴輝はバケツを置いて、気配のする方に急ぎ向かった。
気配を感じた先には、一人の男性がいた。
晴輝よりも若い男性だ。
その場に徹夜で居座っていたのだろう。
口周りに無精髭を蓄えていて、顔も薄汚れている。
もしこの人物を森の中で見かけたら、遭難しているのだと思うに違いない。
晴輝の家の近くに居座る人物として相応しい風体ではなかった。
間違いなく、不審者である。
しかし晴輝はその不審な人物に、不用心に近づいていく。
口角を緩め、鼻の穴を広げながら……。
「……んふ」
もしかして、見えてる?
見えちゃってるぅ?
素顔ではなかなか得られない視線を感じて、晴輝はウキウキで男の前に立った。
「おはようございます。今日も良い天気ですね!」
「…………」
話しかけるも、反応はない。
男は話しかけた晴輝を見るどころか、先ほどから視線を動かしていない。
じっと、ひたすらに晴輝の家を見つめている。
「……?」
眠ってるのかな?
晴輝は男の目の前で反復横跳びを行う。
しかし、
「うぐ……」
男の黒目が晴輝の姿に反応することはなかった。
このまま相手が気付くまで反復横跳びを続けても良いが、逆に気付かれた時に頭を心配されかねない。
気付かれて(頭が)手遅れだと思われれば、それはそれで心が盛大にダメージを受けてしまうだろう。
故に、晴輝は反復横跳びを辞めて、とぼとぼと家に戻った。
(うん、眠ってたんだ。あの人は目を開けたまま眠ってたんだ!)
そう思い込む晴輝は、
「……現在5時。まだ動きなし、と」
背後から聞こえてきた男の声に、現実を思い知らされる。
男は、眠っていなかった。
目を開いたまま眠っていたわけではなかったのだ。
なのに目の前に居る晴輝には一切――。
「……くぅ!!」
晴輝は空を見上げ、ズズっと鼻水をすする。
今日は始まったばかり。
まだダメだ。
まだ、折れちゃいけない。
いつかきっと、必ずや、強い存在感が得られる日は来るのだから!
そう強く念じながら、晴輝は僅かに塩分が混じってしまった水を、家の中に運び込むのだった。
空星くんの家族構成初公開。
みなさんは唐突に思われるでしょうけれど、実は1章の時点で構想がありました。
(その片鱗は、晴輝の現在の性格・行動の縛りに反映されてます)
2章で妹を出す予定だった(途中まで書いた)のですが、暗くなるので却下。全部削除して、別方向に舵を切りました。
ちなみに妹の名前は「空星初音」。
カラボシハツネ→カラボシハツ→カラボシパンツ(乾干しパンツ)と、名前で虐められていたけれど、負けん気が強く、逆に気が強くなってお兄ちゃんを尻に敷く子に育ってしまいました。
このあたりで、察しの良い方はお気づきになられたかと思います。
晴輝が火蓮を救った理由・手助けした理由は、火蓮に妹の成長した姿を重ねていたからなんですね。
つまり火蓮の恋路は……(ry
……頑張れ火蓮!