勇者のお誘いに答えよう
マサツグが手にした枝を半ばから斬った晴輝は、痛みと疲労によりその場に膝を付いた。
武器を失った程度で練習試合は終わらない。
だが、そこから追撃出来るほどの体力が、晴輝には残されていなかった。
マサツグの戦闘力は、晴輝が想像していた以上に凄まじいものだった。
なにをしても対処され、反撃を食らう。
晴輝が隙と思ってない行動でも、間隙を縫ってカウンターを放ってくる。
人間業とは思えない動きばかりだった。
当初は目でギリギリ捉えられていたマサツグの動きも、終盤には何をしているのかまるで見えなくなっていた。
晴輝はスタンピードのボス戦で行ったように、それまでのマサツグの動きをインプットして、僅かな動きから挙動を推測し、あとは直感で回避した。
肝を潰すような判断の連続だった。
もう二度と戦いたくないと思う。
(これで、二度と戦いたくないと思った相手は何人目だろう……)
マサツグから攻撃を受けた際に折れていたのだろう、肋骨と指が数本、それに鎖骨から激痛が突き上げ、ガンガンと脳を揺らす。
さらに何度も殴られたことでの打撲や切り傷。無理な動きを続けたことによる靱帯の傷みも酷い。
晴輝は完全に、満身創痍だった。
「お疲れ様です空星さん。これ、回復薬です」
「あ、あり、がとう……」
火蓮から回復ドリンクを貰って、一気に飲み干した。
骨折や筋肉の痛みが、みるみる和らいでいく。
「マサツグさんと戦ってみて、どうでした?」
「……凄かったよ。さすがは最強の冒険家だ」
体だけでなく心からも疲れる練習試合だったが、得るものは膨大だった。
まず、マサツグは晴輝の体勢を崩すのが非常に巧みだった。
武器による攻撃だけでなく、踏み込み位置や力加減、さらには肩や足を巧みに使って、マサツグは晴輝の体勢を崩していった。
剣術に特化した時雨が、『マサツグは魔物専門』と言っていた意味が、晴輝は少しだけ理解出来た気がした。
マサツグのそれは魔物を殺すために特化した戦闘技術なのだ。
次に力だ。
晴輝は、マサツグの腕力の高さをスキルボードで知っていた。
だが実際に戦ってみると、腕力の強さだけではない不可解な力が何度も加わった。
おそらく、合気のようなものだろう。そう晴輝はマサツグの筋肉の動きから見当を付けた。
不可解な力が加わるとき、マサツグの筋肉が決まって全体的に流れるように動くのだ。
まるで縄で波を作るように。マサツグの筋肉は徐々に増幅し、より強大な力に変化した。
さらにはマサツグは骨格も巧みに利用していた。
骨を繋ぐ関節のテコの原理。そこに働く力の過多を、使い分けて緩急を付けていた。
一番晴輝の目を惹いたのは、なんといっても気である。
マサツグは気で動作の補助を行っていた。
例えば足の裏に気を纏わせると、踏み込みが鋭くなる。
例えば腰に気を纏わせると、体のひねりが滑らかになる。
それらが逐一増幅減少を繰り返して、1つの動きとしてかみ合っていたのだ。
晴輝も早速模倣したが、習得には至らなかった。
これは時雨の流れるような動作と同じ。
技術が高等すぎて、晴輝の練度では模倣するにも時間がかかるのだ。
ともあれ、マサツグとの模擬戦はかなりの収穫があった。
これで最近感じていた行き詰まりを打破出来るだろう。
「ねえ空気ィ。勇者マサツグにフルボッコにされてどんな気持ち? ねえいまどんな気持ちィィィ!?」
満面の笑みで近づいてきた朱音が晴輝を挑発。
(こいつ……)
晴輝はこめかみをひくつかせる。
そこに、柔和な笑みを浮かべたマサツグが歩み寄ってきた。
「本当なら僕が真っ先に仮面くんに渡すべきだったんだけど……」
そう申し訳なさそうに眉を下げながら、彼はずっしりとした紙箱を手渡した。
「こ、これは!!」
その紙箱には『ポーション』の文字。
ポーションは数ある薬の中で最も有名なブランドで、最も値段の高い回復薬だ。
ダンジョンが生まれてから、真っ先にポーションの名で商品を販売。
名前が名前だけに、ポーションは売れに売れた。
売り上げた資金を湯水のように使い、ポーションはその品質を向上させた。
発売当初から変わらぬ味のポーション。
品質を向上させたミドルポーション。
完全回復を謳うハイポーション。
現在はその3種類が定番品として販売されている。
値段は通常ポーションで、一般的な回復薬の5割増し。
ハイポーションともなると一千万円を超える。
値段は高いが、冒険家の信頼度は最も高い。
薬を飲んだのにあるところは治り、あるところは治らないという『回復漏れ』が、回復薬の中で唯一ポーションにだけないのだ。
資金が潤沢にある上級冒険家はポーションを使うらしいが、中級冒険家で資金が潤沢にない晴輝は、気軽に手を出せる代物ではなかった。
その回復薬が全部で6本。
通常ポーション3本、ミドルが2本、そして最も高価なハイポーションが1本あるではないか!
「ここ、こんなに! さ、さすがに頂けるわけじゃないですよね? いずれか1点限りの格安販売とかですよね?」
「まさか。これすべてを仮面くんにプレゼントするつもりだよ」
「そげなっ!」
全部で一体いくらになることか。
晴輝はポーションを持つ手が震えた。
「練習試合で負った怪我の回復用もそうだけど、僕は以前に、あの件で君に迷惑を掛けたからね。そのお詫びだよ」
「迷惑なんて……」
マサツグが口にした『あの件』とはもちろん、四釜らが襲撃してきたものである。
あれは四釜らが悪いのであって、マサツグには一切非はない。
「あれは――」
マサツグが謝ることではない。
そう言おうとした晴輝だったが、手を軽く挙げやんわり首を振たマサツグの表情に言葉を失った。
これ以上、彼の善意を拒絶するのは失礼だ。
言葉を呑み込むと、マサツグが晴輝に向けて手を差し出した。
「……ひとまず、お疲れ様。仮面くん」
「お疲れ様です」
晴輝はマサツグに差し出された手に己の手を重ねた。
「最後の方はかなり良い動きをしてたね」
「そんな。マサツグさんに食らいつくので精一杯でした」
「けど、仮面くんは中級冒険家だよね? それで僕に食らいつくなんて凄いことだよ? 誇っても良い」
「いえ。マサツグさんには手加減してもらいましたから」
晴輝はマサツグがいまだ手にしている枝に目をやった。
最後の最後で枝に弱点看破の光が灯ったので上手く切り払うことが出来たが、晴輝はそれだけで精一杯だったのだ。
マサツグの武器が枝でなければ、晴輝は善戦など出来なかった。
「……あっ。マサツグさん実は、俺の名前なんですけど仮面じゃなくて――」
「そうだ、仮面くんにしておきたい話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「え、あ、はい……」
名前の訂正を見事にスルーされて、晴輝はしょんぼりしながらマサツグの後を追う。
火蓮や朱音らと少し離れた場所で足を止めたマサツグが晴輝に振り向いた。
その表情は先ほどの柔和なものとは違い、真剣なものに変化していた。
「仮面くんは、ブレイバーに興味はないかい?」
「興味、ですか?」
「ああ。僕は是非、仮面くんをブレイバーの一員として迎え入れたいと考えている」
「…………え!?」
マサツグから切り出された言葉に、晴輝は思わず呆然とした。
彼は晴輝を、ブレイバーに勧誘している。
まさか、この自分を!? でも、どうして……。
晴輝は混乱した。
ブレイバーは日本最強のチームである。
その規模こそ50人ほどと、人数だけを比べれば中堅の部類である。
しかし所属する約50人は、すべて日本を代表する冒険家ばかり。
各地域で活動していた強い冒険家が、日本を救うために集まって結成されたのがブレイバーなのだ。
そのチームに何故自分が誘われているのか、晴輝は首を傾げる。
「俺なんかよりももっと強い人は一杯いると思いますけど。たとえば、カゲミツさんとか」
「カゲミツはね、北海道で活動したいんだって。あと、東京が怖いって言ってたかな。ずっと前に一度誘ったんだけど、断られたんだ」
マサツグの勧誘に『東京に行ったら視線で死ぬ!』と、怯えるカゲミツの様子が目に浮ぶ。
(しかし、やはり一度は誘われてたんだなあ。さすがカゲミツさんだ!)
「現時点で、仮面くんは中級冒険家の上くらい。もうすぐ上級冒険家に足を踏み入れるレベルだと僕は考えている。けど、もしブレイバーに来たら、いまよりもっと素早く、そしてもっと強くなれる。
僕らブレイバーには、君を最強の短剣使いに成長させられる環境がある。ブレイバーに来れば、君は間違いなく最強の短剣使いになれるだろう。僕はそれだけの力と才能が、仮面くんに備わっていると考えている。実際に戦ってみて、その考えが間違いじゃなかったと確信した。僕らと力を合わせて、ダンジョンから日本を救ってくれないかな?」
凄い口説き文句である。
冒険家ならば誰しも憧れる最強の男マサツグから、冒険家ならば誰しも憧れる最強のチームに勧誘されたのだ。
それも、実績はまだなく、名前も売れていない。
おまけに存在感も極小の晴輝が、だ!
(これは存在感が増してきたってことかな!?)
存在感アップの可能性に、晴輝は静かに興奮した。
しかしすぐに冷静になって背後を伺う。
後ろでは火蓮と朱音が――いったいいつ用意したのだろう、スプーンでメロンを食しはじめていた。
完全にピクニックモードである。
「彼女なら、東京に連れてきても良い。ただし、ブレイバーとして加入させられるかは確約出来ないけれど。ダンジョンに一緒に潜っても問題ないよ。ブレイバーでも別チームの冒険家とパーティを組んで、一緒にダンジョンに潜ってるメンバーもいるからね」
「そう、ですか……」
火蓮を北海道に残して上京しなければならない、というわけではないらしい。
少なくとも、晴輝がブレイバーに所属しても、火蓮とパーティを組んでダンジョンに潜ることが出来る。
晴輝は、仮面に手を当て考える。
東京に行けば、様々な人がいて、様々な技術を目に出来る。
北海道にはないアイテムも手に入りやすい。
最高峰の冒険家達に揉まれることで、いままで以上に強くなれるだろう。
(よし、決めた!)
晴輝は仮面から手を離して、マサツグを正視した。
「大変有り難いお話ですが、すみません。お断りさせていただきます」
腰を折って、晴輝は深々と頭を下げた。
「……理由を聞いてもいいかな?」
「め……目立たないから」
「へ?」
「俺がブレイバーに入ったら、ますます目立たなくなるじゃないですか!」
ブレイバーは強豪揃い。
誰も彼もみな、一流の存在感を纏っている。
木でさえ森に入ると目立たなくなるのだ。
ブレイバーに晴輝が踏み入れば、間違いなく周りの強すぎる気配に存在がかき消されてしまう!
「えーと……」
『自分の存在感がますます希薄になるのが怖いから!』
晴輝は傷口に塩を塗るような発言をしたのだが、マサツグには理解出来なかったようで、困惑するように顔を引きつらせていた。
「さすがに、そこまで目立たないこともないと思うよ。僕のチームは、いるだけで目立つから!」
「……これでも、目立てますか?」
そう言って、晴輝は仮面を取った。
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