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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
6章 ダンジョンの悪意を倒しても、影の薄さは変わらない
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かの勇者にご挨拶しよう!

「……ダレてるな」


 朱音の店に赴いた晴輝の第一声。朱音のとろけ具合を目にして、思わず心の声が漏れてしまった。


 真夏の日差しに熱せられたプレハブは、その場にいるだけで滝のような汗が出てくるほどの温度にまで上昇している。

 そんな中、あたかも熱によって体が溶けたかのように、カウンターに突っ伏している朱音。

 その瞳が、ここではないどこかに向いている。

 きっとあの世に違いない。


「おーい朱音。戻ってこーい」

「…………あづい、じぬ」

「…………」


 これは朝一の、涼しい時間帯に出直した方が良いか。

 朱音のあまりのバテっぷりに、晴輝はため息を吐いた。


「17階のボス素材を見て欲しかったんだが……仕方ない。出直して――」

「ボス素材!? はいはい、鑑定しますよ! さっさとアイテムを出しなさい!」


 突然シャキっと朱音の背筋が伸びた。

 これまでのとろけようが嘘みたいである。


 ボス素材と聞いて活力が沸いたか。

 肌も瞳も、明らかに先ほどよりも瑞々しい。


「……」


 なんとまあ現金なことか。


 わかりやすくて良いのだが、晴輝はこれでも朱音の客である。

 シャキっと出来るならば、店に入ってきた時からしてほしいものだ。


「……と思ったんだが、店員の態度が悪いな。火蓮、ここの店は辞めて、札幌に行くぞ」

「ちょああぁぁぁ! 待って、札幌に行くのだけは待ってよ!」

「そうですね。久しぶりに札幌に行きましょう」

「っちょ! 火蓮、アンタなんで同意してんのよ!? 師匠を裏切るつもり!? 空気を引き留めてよ! アタシの弟子なら空気を一緒に引き留めてよ!!」


 バンバンバン。

 朱音が目を怒らせて火蓮に抗議の声を上げた。


「「…………」」


 ダメだこいつ。早くなんとかしないと。

 いや、もう、手遅れか。

 晴輝と火蓮の眼から、みるみる色が消えていく。


「……はあ。とりあえず、今日の成果を買い取ってくれ」

「了解! んふーん♪」


 札幌に行かれないのがよほど嬉しかったのか。

 晴輝が諦めると朱音の顔がパァっと輝いた。


 その顔を見て、晴輝はますますげんなりしてしまった。


「んーと、まずは鹿の角ね。これはボスの角? かなり大きいわね。これなら1本で大剣が作れそうね。傷もないし……そうね、1本10万円で買い取るわ」

「おお……」


 素材1カ所で10万円はかなりのものだ。

 魔鉄や熱石など重量によって値段が増減する素材を除けば、この角が晴輝の冒険家史上、最高金額だった。


「次に銀の塊だけど、これがいわゆるミスリルっていう奴よ」

「おおっ、ついに来たか!」


 ミスリルという言葉を聞いて、晴輝の体が熱くなった。


 ミスリルは日本ではかなり有名な架空の鉱石だった。

『だった』と過去形なのは、第一次スタンピード以降、ダンジョンからこのミスリルが産出されるようになったためである。


 ファンタジィ作品のミスリルの特徴としては、銀に似ていて。通常の鉄よりも強靱であること。そして魔法を通しやすい性質があることなどが挙げられる。


 ダンジョンで採れるようになったミスリルが、実際に魔法を通しやすいかどうかは判然としていない。

 しかし銀に似ていて、鉄よりも強靱であることから、ミスリルという名称が付けられた。


 一菱でもミスリル製の武具を扱っているが、ミスリルが使用されている武具はミドルクラスの上位から。

 お値段も高級外車を購入出来る価格が最低ラインと、中級冒険家ではおいそれと手が出せない高級装備である。


「重さは……2,431グラムね。ウチは1グラム千円単価で買い取ってるから、これ一つで243万1千円ね」

「ぬぁっ!?」

「げほっげほっ!!」


 朱音の口から飛び出した値段のあまりの大きさに、晴輝は喉の奥が捻れるような声を漏らし、火蓮は咳き込んだ。


「243万!?」

「――1千円ね。そう驚くほどのものじゃないでしょ? ミスリルは現時点で、ミドルクラス最強の武具に用いられる素材だもの。これが1キロあれば――ミドルクラスならミスリル製の武器が2つは仕上がるのよ。

 魔物の素材と違って取得出来る場所は限られてるし、ごく少量しか採取出来ない。1グラム千円で買い取ってもおつりが来るのよ」

「……な、なるほど」


 晴輝は動揺を抑えながら、朱音の言葉をかみ砕く。


 ミスリル製の武器2本分の値段となると、ド田舎にある中古の一軒家が購入出来てしまうほどである。

 なるほど、1グラム千円で買い取れるわけだ。


「しかし驚いたな。まさか17階のボスを倒してここまで高価なミスリルが出るなんて……」

「ミスリルはどこでも出る可能性があるわよ。ただし、ドロップ率は極小だけど」

「上層でもこんなに高い素材が落ちるのか」

「ええ。ってかアンタ、上層でマジックバッグを出したじゃない。あれ、店頭買取価格最低でも1億よ? ミスリル程度でなんで驚いてんのよ……」

「……そういえばそうだったな」


 晴輝はミスリルの価格に驚いてすっかり忘れていたが、火蓮に持たせているマジックバッグは超が何個もつく高レア商品である。


 朱音の言う通り、1億もするアイテムが地下1階で出たことを思えば、確かに200万円のアイテムが17階でドロップしても驚くようなことではないのだ。


 その他、通常種の素材なども含めて朱音に売却。

 本日の成果は一人当たり約150万円となった。


 これでしばらくはまた、お金を気にせず活動出来る。

 晴輝はほくほく顔で店を出た。


 その晴輝に、


「やあ、久しぶり」


 見覚えのある人物が声をかけてきた。


 軍服に似たデザインの制服に身を包んだ、鋭さと柔和さを兼ね備えた顔。

 腰に差した長剣は、多くの冒険家にエクスカリバーと称えられている。


 その人物は――、


「マサツグさん!?」


 驚く晴輝の様子を見て、笑うように眼を細めた。


          *


 家具製作が一段落したヴァンは、食糧の買い出しにでも行こうと家を出た。

 しかし道路を挟んだ向かい側に広がる休耕地を見るや、ヴァンは買い出しのことなどすっかり忘却の彼方に吹き飛んでしまった。


「……は?」


 武具を装備した勇者マサツグが、休耕地に佇んでいた。


(……錯覚か?)


 頭を振って瞬きをするも、休耕地に佇む男の姿がマサツグから別人に変わることはなかった。


(いや、しかし、東京で活動する勇者マサツグが、何故北海道のK町に?)


 マサツグの前には、こちらも武装した空気がいた。

 最近中級冒険家になったばかりの男だ。


 空気は普段とは違い、草と虫を体に寄生させていなかった。


 顔なじみなのか、彼らは軽く言葉を交わしながら装備のチェックを行っている。

 和やかといって良い雰囲気があるが、ヴァンがこれから彼らがなにをしようとしているのか、予想がついていた。


「……試合。けど、なして……」

「こんにちは。ヴァンさんも気になってマサツグと空気の試合を見に来たんですか?」

「――ッ!? い、いや……」


 突然声をかけられて、ヴァンは内心酷く驚いた。


 気がつくとヴァンのすぐ横で、一菱の店員――夕月朱音がいた。

 彼女は10人中8・9人はうっとり見とれてしまうような笑みを浮かべていた。


 一体いつの間に間合いに入ったのか、まったく気づかなかった。

 ヴァンはその驚きを面に出すことなく首を振る。

 これは偶然だ、と。


「……やっぱり、あの人はマサツグさんで合ってるのか?」

「ええ、そうですよ。正真正銘本物の勇者マサツグさんです」

「……なして、マサツグさんと空気が?」

「ちょっとあって、知り合いみたいです。今日は暑くて辛い日でしたが、案外悪くない一日になりそうですね」

「……んん?」

「だってマサツグと空気が戦うところを見られるんですよ? 普段冒険家が戦ってるとこなんて見られないですから。この戦いを見れば、それぞれにどんな武具が必要かがわかって、とても参考になります」

「……なるほど」


 エアリアルのリーダー・カゲミツが一菱と契約しているため、ヴァンはこの女とも何度か顔を合せたことがあった。


 人によって対応が丁寧だったり雑だったり、顔色がコロコロ変化する女である。

 現在彼女は分厚い皮を被っているが、カゲミツにはその皮を脱いで醜態をさらしていた。


 どちらが本物の朱音であるか、人付き合いの下手なヴァンにはわからない。

 だが、彼女の芯にあるものはわかる。


 彼女は武具の取り扱いに関して、誰よりも強い探究心を持っている。


 この女は、いろいろな冒険家と仲良くなり、様々な情報を得ることで、どんな武具を取り扱えば良いか、また冒険家にどんな武具を薦めれば良いかを常日頃考え続けている。


 その証拠に、この女が見繕った武具には、ほとんどハズレがない。

 たとえ彼女が買い手の意図しない武具を薦めたとしても、ダンジョンに潜ると“何故この武具を薦めたのか?”が一発で判ってしまうのだ。


 それほどまでに、女のチョイスは研ぎ澄まされている。

 人格とは裏腹に、ヴァンはこの女の手腕は心底信頼していた。


「観戦って……すぐ終わるべ」

「さて、それはどうでしょうか?」


 ウフフ、と朱音が意味深な笑みを浮かべた。

 その意味が分からずヴァンは首を傾げる。


 マサツグは日本人冒険家で最強と謳われる人物である。

 事実、彼は自らのチームメンバーと共に日本最難関ダンジョン『新宿駅』で、最高到達階層を更新し続けている。

 到達した階層は、どのダンジョンよりも深い。


 そんな人物と、模擬とはいえ試合うのだ。

 たかだか中級冒険家程度が、最上級冒険家と渡り合えるとは、ヴァンにはとても思えなかった。


「あっ、始まるみたいですね」

「ん……」


 朱音に促されて、ヴァンはマサツグと空気の立ち会いに集中した。

 己の想像通り、マサツグの攻撃に膝を屈する空気を想像しながら……。


          *


 なんでこうなった……。


 何度もその言葉を胸の中で呟きながら、晴輝は試合の準備を進めていた。


 事の発端はマサツグの出現である。

 なんとあの勇者マサツグが、K町に姿を現わしたのだ。


 有名人だひゃっほう! と体を熱くした晴輝だったが、彼の「練習試合をしよう」という言葉で一気に体が冷えた。


 いやいや。俺があなたに求めているのは、そういうものじゃないんですよ? と……。

 やーだー。一撃でノックアウトする未来しか見えないじゃないですかー。と……。


 マサツグとの試合を拒否しようとした晴輝だったが、気がつくと火蓮が遠くに離れて観戦モード。

 レアはそそくさと鞄から降りて、エスタにまたがって火蓮の元へ。


「ちょ、待った! なんで離れるの!?」

「(ふりふり)」


 バイバイ、とレアに葉を振られ、晴輝は呆然と立ち尽くす。


 彼女たちの(私たちを巻き込まないでくださいねー)という無言の声が聞こえてくる。

 仮面の裏で、晴輝は涙をにじませた。


 仲間だと思ってたのに!

 この薄情者め!!


「さあ、やろう!」


 勇者マサツグが爽やかな笑みを浮かべる。

 そのような顔をしても、晴輝の耳には「やろう」が「殺ろう」にしか聞こえない。


「どうして俺なんかと……。もっと強い人はいっぱいいるのに」

「後続を引っ張り上げるのも僕の仕事だからだよ。時雨から聞いたけど、かなり良い動きをしたらしいじゃないか」


 彼が晴輝と戦いたがっているのか、だからか。


 確かに晴輝は時雨と戦った。

 だが、晴輝は決して良い動きをしたとは思っていない。


 対人戦で無敗と言われる時雨が相手だったのだ。

 彼女にとって晴輝は、木っ端程度の実力しかなかったはず。


 なのに良い動きをしたと。彼女は本当にそんなことを言ったのだろうか?

 晴輝は首を捻る。


「俺は全然ですけどね」

「まあ、そう言わずに。冒険家との手合わせも、良い経験だよ」

「そう、ですね」


 確かにその通りだ。

 時雨と戦った時のように、マサツグと戦い動きを模倣すれば、また一段階高みへと至れるかもしれない。


 特に現在、晴輝は自らの体が思うように動かない。

 また火蓮よりもスキルの伸びが悪いこともあって、多少の行き詰まりを感じていた。


 マサツグとの対戦は、その状況を打破するきっかけになるかもしれない。

 そう、晴輝は気持ちを切り替えた。


 木寅さんより休耕地を借り、装備のチェックを行う。

 晴輝から離れて、マサツグもかなり大きなマジックバッグから次々と装備を取り出していた。


 蒼穹の軽鎧に小盾。いつか見た彼と、同じ防具である。

 違うのは武器だけ。


 彼が手にしているのはエクスカリバーではなく、黒い木の棒だった。


「あのぅ」

「ん?}

「もしかして木の棒で戦うんですか?」

「ああ、うん、僕はね。仮面くんは自前の武器を使って構わないよ」

「え? いや、危なくないですか?」

「大丈夫だよ。この木なら、きっと折れないから」


 彼が手にしているのは、『神居古潭』のダンジョン主の素材の枝だ。

 太いものはすべてヴァンが持って行ってしまったが、小枝だけは残っていた。


 小枝とはいっても、振ってもしならない程度の太さはある。


 長さは1メートルほど。

 彼のメイン武器とほぼ同じ長さである。


 たしかにダンジョン主の素材ならば、多少切り結んでも簡単には折れない。

 だが、それだけではない。


 マサツグが手にする暗黒巨木の枝が、うっすらと気を纏っているのに晴輝は気がついた。

 彼は真剣と切り結んでも折れないように、枝を気で補強しているのだ。


 通常の素材であれば、まず気力が通らない。

 彼が暗黒巨木の枝を選んだのは、間違いない。気力が通るからだ。


 気の流れはとても自然で、高い練度を感じさせる。


(やっぱり、マサツグさんは普通に気が使えるか……)


 晴輝はマサツグが気を扱えることに、驚くことはなかった。

 まだ中級冒険家の晴輝が使いはじめているのだ。

 冒険家でトップの実力を持つマサツグなら使えて当然である。


 あるいは気力は、上級冒険家として活動するのに必須の力なのかもしれない。


 暗黒巨木の枝を気力で強化した。

 それを武器として本気で使うつもりであることを、晴輝は理解した。


 同時に、マサツグが考える、2人の実力差についても……。


 晴輝は、以前『ちかほ』で見た彼のスキルツリーを思い出す。


 九重正次(23) 性別:男

 スキルポイント:72

 評価:長剣盾聖武勇帝級

 加護:武神〈マールス〉


-生命力

 ├スタミナ12

 └自然回復7


-筋力

 ├筋力11

 └身体操作9


-敏捷力

 ├瞬発力13

 └器用さ9


-技術

 └武具習熟

  ├片手剣8

  │└聖剣3

  ├盾8

  └軽装MAX

   └軽重装3


-直感

 ├直感3

 ├探知3

 └判断力5


-特殊

 └加護MAX



 あらゆる面で、マサツグは晴輝を凌駕している。

 スキルポイントを自由に振り分けられる晴輝でさえ、ポイントを振り分けられないマサツグの足下にも及んでいない。


(さて、どう戦うか……)


 そこまで考えて、


「……っくっくっく」


 晴輝は己の考えの方向性に気がつき、笑った。


(どうして俺は、マサツグさんに勝つ方法を考えてるんだ?)


 晴輝は中級冒険家だ。

 対してマサツグは上級の、一番上。

 勝てるなどおこがましい。

 胸を借りるつもりで、ぼろ負けする前提で、臨むのが妥当である。


 それに気がつくと、肩の力が一気に抜けた。

 やはり少し気負っていたようだ。


 力が抜けると、晴輝の集中力が自然と高まっていった。


 夕日をめいっぱい浴びる雑草。

 草に跡を遺して遊ぶ風。

 森の濃緑が、空に接する水平線。

 立ち上る入道雲。


 山の青。

 空の茜。

 雲の影。


 1コマ1コマを、晴輝の意識がなぞっていく。


 視線の先。

 マサツグが構えた。

2週間後、いよいよ冒険家になろう!3巻が発売となります。

3巻の詳細については、活動報告に掲載しておりますので、そちらをご覧くださいませ。


毎度のことですが、売れなければ本当に終わります。

どうか、続巻へのご協力をお願いいたしますm(_ _)m

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