修繕された家に殴り込みに行こう!
そこから3日間。晴輝らは17階のマッピングを行いながら、鹿の討伐を続けた。
3日目の狩りを終えて地上に戻った晴輝は、いつもの風景に違和感を覚えた。
訝しく思い周囲を見渡すと、すぐにその違和感の正体に気がついた。
「ん、あの家ってあんなに綺麗だっけ?」
「ええと、もう少しボロボロだったような?」
晴輝の家のお隣さんは、木寅さんともう一件、平屋がある。
平屋の主は、五年前のスタンピード時に喪われた。
そこから誰も暮らしていない。そのせいか、家はみるみるボロボロになっていった。
人が暮らさない家は、まるで生命を失ったかのように経年劣化が早くなるのだ。
その平屋が、現在は綺麗に(さすがに新築とまではいかないが)修繕されていた。
家の所々の壁には、修復用の黒い木材が使用されている。
晴輝は、目にした小さな変化は見逃さない。
にも拘わらず、晴輝はここまでその平屋が修繕されていたことにまったく気がつかなかった。
晴輝が気づけなかったのは、家が建っている位置のせいだ。
平屋は丁度ダンジョンの車庫やバリケードに隠れるような位置にあった。
建物の死角にすっぽり治まっていたため、晴輝でも気がつけなかったというわけだ。
「誰か越してきたんですかね?」
「空き家だったから、まあ可能性はあるけど……」
可能性はあるが、極めて低い。
少なくとも現在、他町村からK町に一般人が移住するメリットは皆無である。
移住する人がいるとすれば、それは冒険家くらいなものだろう。
たとえ冒険家がダンジョン目当てでK町に本拠地を移したとしても、修繕せずとも入居出来る物件もある。
修繕してまで家を手に入れる物好きはいまい。
「所々黒い材木っていうのも、なんだか変だし……」
いくら北国とはいえ、30度以上の猛暑日が続くこともある。
さらには本州に比べて夏場は日照時間も長い。
そんな土地で、家の壁に黒い材木を使おうものなら、真夏は家に熱が籠もって大変なことになってしまう。
「……って、あれ!?」
隣の平屋を眺めていた晴輝は、驚きの声を上げた。
晴輝らは旭川で、マジックバッグがパンパンになるまでボス素材の木材を集めてきた。
非常に強い木材であるため、いつか使い道が出てきた時にでも使おうと、敷地の隅に積み上げていた。
その木材が、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
「俺達が集めた木材が!」
「な、無くなってますね」
晴輝と火蓮が、がくっと肩を落とした。
いくら高く販売出来ない、現時点で使い道もない、産廃じみた素材とはいっても、二人が初めて倒したダンジョン主の素材だった。
それが失われては、落胆せずにはいられない。
「犯人は……あの家の住人、だよな」
「ですね」
二人が座った目で家を眺める。
なるほど。平屋がところどころ黒いのは、暗黒巨木の素材を使って建てたからか。
材木の量も、丁度平屋を修繕出来る程度だった。
「なるほどなるほどぉ……」
ダンジョン主の素材を外に放置していた晴輝にも責任はあるが、だからといって勝手に使った人間に責任がないわけではない。
まるで、食事の最後まで大切に取っておいた好物を、横からかっ掠われた気分である。
晴輝は――多少の憤りを持って、平屋の扉をノックした。
「……ん?」
「えっ!?」
扉からのっそり顔を出した人物を見て、晴輝は怒りなど忘れて呆然と立ち尽くした。
晴輝よりも高い背丈に、筋肉質の体。
無表情だが、瞳の奥に感情の色が見える。
その人物は、カゲミツが率いるエアリアルのメンバー。
大剣使いのヴァンだった。
「どうしてヴァンさんがここに!?」
「……修行」
「えっと、お一人で?」
「ん」
「他の方はどうしたんですか?」
「…………」
相変わらずヴァンは無表情だが、瞳の奥が痛むのように揺れた。
なにかが、あったのだろう。
でなければ彼が一人で、こんな場所に家を構えるはずがない。
しかし一体なにが……。
気にはなるが、聞き出しにくい雰囲気がある。
なにより彼はあまり喋らない。
聞いたところで答えてくれるかどうか。
「空星さん、空星さん」
火蓮が晴輝に近づき耳元で囁いた。
「木材のことは、いいんですか?」
「……あっ」
火蓮に言われて、晴輝は当初の目的を思い出した。
ただ、相手がヴァンとあっては強く出られない。
おまけに彼が目の前に現われたことで、晴輝の中にあった強い感情が、綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。
カゲミツとは気兼ねなくため口で話をしているが、本来晴輝は口調をわきまえなければいけない目上の相手だ。
カゲミツと同じく、ヴァンも上級冒険家だ。
小市民たる晴輝が、目上の冒険家相手にストレートに文句を言うなど出来るはずがなかった。
「あの、ヴァンさん。あそこにあった木材なんですが……」
「ん?」
格上冒険家の反応が怖い。
若干体を丸めて、晴輝は猫を撫でるように声を発した。
「実は、俺が旭川で取ってきた木材だったんですが……そのぉ……」
「……あ?」
(しまった。お、怒ってる!)
ギロリとヴァンに見下ろされ、晴輝は言葉に詰まってしまった。
目上の冒険家相手に失礼な態度だっただろうか。
晴輝は額に玉のような脂汗を浮かべながら、どう繕うか必死に頭を悩ませる。
その晴輝を眺めながら、ヴァンは背中に大量の冷たい汗を流していた。
(家を修繕するのに使った木材は、空気の持ち物だったのか!)
木々を伐採はしたが輸送費が莫大で、販売しても大幅に赤字になってしまうために、投棄された木材の山が、北海道にはいくつも存在する。
おそらくここにあったのは、そういった投棄された木材なのだろうとヴァンは勝手に思い込んでいた。。
(まずい……まずいぞ)
背中を丸めて、あたかも戦闘時のような姿勢になった空気に、ヴァンは背筋が凍り付いた。
おまけに何故か、仮面の目がチカチカと点滅しているではないか!
(空気、なまら怒ってる!?)
元来ヴァンは感情を面に出せない性格であるため、表情だけは平静そのものだが、内心は右往左往。
あわあわと激しく動揺していた。
ヴァンが使ったのは、空気らがダンジョン主から得たアイテムである。
一体どのようにして謝罪すれば許して貰えるか……。
「……すまん」
「あ、いえ。元々販売する予定のない素材で――」
「これで手打ちに……」
「え? は!? ちょっとヴァンさんなんでナイフを!」
突如ヴァンがその場に座り、取り出したナイフを腹に当てた。
その姿を見て晴輝は顔を真っ青にした。
(一体なんでこうなったんだ!?)
「ストップストーップ!!」
慌てて止めに入ったことで、ヴァンの割腹はなんとか未然に防ぐ事が出来た。
だが何故ヴァンがこのような突飛もない行動に出たのか。
言葉は少なく表情の変化もあまりない。
そんなヴァンとのやりとりに、晴輝は不安を覚えずには居られなかった。
ヴァンの家の内部は、木の香りで充満していた。
できたてほやほやの、ログハウスのような香りだ。
ダンジョン主の黒い素材を用いたのだから、内部も黒なのかと晴輝は想像していたが、そんなことはなかった。
壁は漆喰で塗られて白く、床は明るい色の木材が使用されている。
住み心地の良さそうな家だ。
元は朽ちた平屋だったとは思えないほどである。
現在、室内にあるのは大きなバッグ1つと、木製の長椅子のみだった。
「良い家ですね」
「ん」
「この家はいつくらいから修復されてたんですか?」
「3日前」
「えっ?」
ヴァンの答えに、晴輝は目を丸くする。
いくら小さな家とはいえ、たった3日で修繕出来るとは考え難い。
「ずいぶん早いですね。何人で修繕されたんですか?」
「一人」
「へ?」
「俺だけ」
「ヴァンさんが作ったんですか!?」
ヴァンの言葉に、晴輝は腰を浮かせた。
たった一人で家を作ったことも驚きだが、その作った人がヴァンということも驚きだった。
まさか冒険家の彼に、そのような才能があったとは……。
「もしかしてこの椅子も、ヴァンさんが作られたんですか?」
「……ああ」
晴輝は部屋にある唯一と言って良いだろう、家具をマジマジと眺めた。
その長椅子は、背もたれと両サイドに手すりがある。
黒い材木で製作されているからか、高級感が漂っている。
手で触れてみると、個人が製作したとは思えないほど、材木ががっちりかみ合っており、また手触りがすこぶる良い。
この長椅子を隈無く観察しても、釘やネジの類いが一つも見つからない。
恐るべき事にこの長椅子は、継手のみで組まれているようだ。
趣味にしては、高度な技術が注がれている。
これを販売すれば、商売になりそうなクオリティは間違いなくあった。
「……値段」
「えっと」
「木。……いくらだ」
「あ、あー」
どうやらヴァンは、晴輝に弁済を申し出ているようだ。
いくら顔も知りだからといって、ここを適当にしては後々問題につながりかねない。
お金の問題は、きっちり解決しなければいけない。
なので晴輝は正直に、木材の販売想定価格を口にした。
「全部で100万円です」
その値段は、朱音が査定したものだ。
晴輝はその価格で販売しても問題なかったのだが、残念ながらK町の買取店では材木の買取を行っていなかったため、販売出来なかった。
(適正価格で買い取ると、輸送費で赤字になってしまうのだ)
朱音に査定した値段であれば問題ないだろう。
なんなら多少値引きしても良い。
そう思い口にしたのだが……。
「…………」
ヴァンは深刻そうな色を瞳に浮かべて、すちゃっとナイフを手に取った。
「詫びを――」
「待った待った! 割腹は無しですって!!」
この男、何故こんなにも割腹したがるのか。
晴輝はなんとか力尽くでナイフを奪い取り、それを火蓮に手渡した。
もうこれ以上目の前で腹をかっさばかれそうになるなどごめんである。
火蓮にナイフを渡して、晴輝はヴァンと膝をつき合わせる。
「つまり、ヴァンさんは現在お金がないんですね?」
「……すまん」
「いえ。謝らなくても良いですよ」
ヴァンが木材を勝手に使ってしまったのは、不幸な事故である。
そもそも、大事なダンジョン素材を家の外に放置していた晴輝にも非があるのだ。
木材を使われてことに対して、晴輝はなにも思うところはない。
さておき、晴輝はヴァンの懐具合が気になって仕方が無かった。
彼は北海道を代表する上級冒険家だ。
その冒険家が100万円も持っていないことに、晴輝は驚いていた。
超有名企業に努める社員の貯金がゼロだった、というくらいの衝撃がある。
まさか、そんな……と思ってしまう。
「失礼ですけど、ヴァンさんはどうして貯金が少ないんですか? 勝手なイメージですけど、エアリアルのメンバーなら、稼ぎがよさそうに思えるんですが……」
「……いや、金は、あった。家を買うのに、な」
「あー」
持ち主が消えた家は、自治体の与りとなる。
もちろん、権利がクリア出来た物件に限られるが。
自治体の所有物となった物件は、条件つきで格安販売される。
この平屋も、その手の物件だったのだ。
そして、ヴァンはこの家を購入した。
札幌にはエアリアルのチームハウスがある。
札幌とK町はかなり距離はあるが、大金をはたいてK町に居を構えるほどでもない。そう、晴輝は考える。
だがあくまでそれは晴輝の考えだ。
ヴァンにはなにか、深遠な理由があるに違いない。
「……わかりました。お支払いについては、安心してください。このダンジョンなら自由に探索出来ますし、人が少ないので狩り放題です! お金ならすぐに貯まるでしょう」
「お、……おう」
当然だが、ヴァンのミスを無かったことにするつもりは晴輝にはない。
ここでうやむやにしてしまえば、いずれ問題が再燃しかねない。
ならば多少ギクシャクしようと、後顧の憂いを断つために早い段階で解決しておく方が良いのだ。
「あ、そうだ。返して頂くのはお金じゃなくて、現物でもいいですよ」
「現、物……?」
「はい。『車庫のダンジョン』ですが、16階からは森林ステージなんです。おそらくそこの樹木は伐採出来るはずですから、木材で返して戴いても構いません」
「ふむ」
ヴァンは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
一見すると、まるで怒っているかのような表情である。
実際――ヴァンが怒ったと思ったのだろう、晴輝の隣に座っている火蓮の様子が少し硬くなった。
だが晴輝は怯えなかった。
ヴァンの表情の機微について、晴輝はこの数分である程度パターンを把握した。
製版で鍛え抜かれた晴輝の観察力は、彼の微細な表情の変化を余すことなく捉えていた。
現在怖い顔をしているヴァンだが、その実、彼は怒っているわけではなくて、じっくりと考えを巡らせているだけなのだと晴輝は理解出来た。
(勘違いされやすい人なんだろうなあ)
彼は怖い顔つきのせいで皆が怯えるから、怯えられたくなくて、どんどん言葉を話せなくなっていったのかもしれない。
話をすれば、悪い人じゃないとすぐに気がついて貰えるのに。
しかしヴァンは、かなり不器用だ。僅かな付き合いだが、恐ろしく不器用であると晴輝は感じていた。
不器用だから、上手な会話で場を和ませることが出来ない。
場を和ませようとギャグを口にしても、気づかれずに引かれたり、怯えられることもあっただろう。
打つ手を失った彼は、黙ることしかできなかったのだ。
「判った。なんとかする」
「では、宜しくお願いします」
「任せろ」
こうして使われた木材の分だけ、晴輝はヴァンに木材で帰して貰えることとなった。
このような形でなければ、晴輝は彼に教えを請う立場である。
まさか自分がヴァンに、金を取り立てる立場になるとは夢にも思わなかった。
(いずれ落ち着いたら、彼に色々教わるのも良いかもしれない)
ヴァンと握手をした晴輝は、意を決して最も切り出しにくい疑問を尋ねることにした。
「ところでヴァンさんは、どうして『車庫のダンジョン』に?」
「……エアリアルを、辞めた」
「…………」
「――えぇ!?」
晴輝は、なんとなくそうでは無いかと思っていた。とはいえ、あくまで考えられる可能性の一つではあったが……。
可能性を微塵も考えていなかったのだろう、火蓮が驚きの声と共に口に手を当てた。
ヴァンはK町に来て、平屋を購入した。
それは、これから『車庫のダンジョン』を拠点に活動する者の動きである。
現在一人である。荷物も一人分しかない。
つまり、彼はエアリアルではなく一人で活動するつもりであろうと想像出来る。
「理由を伺っても?」
「……鍛え直し」
鍛え直し。
つまり、いちから修行をし直すと言う意味だろう。
しかし晴輝は腑に落ちない。
ヴァンは本当に、一人でいちから鍛え治さなければならない人材なのだろうかと。
周りに同程度の実力者がいる環境の方が、晴輝にはなにかと都合がよさそうに感じられた。
少なくとも晴輝は、火蓮に強い影響を受けている。
数日前だって火蓮の成長速度に悔しさを感じたばかりである。
悔しいから、もっと努力しなければと決意を新たにしたばかりだ。
おかげで多少寝不足になってしまったけれど……。
闘争心に火を付ける存在はとても重要で、貴重だ。
特に上に行けば行くほど、その存在は非常に得がたくなる。
それを手放すとなると、並大抵のことではない。
「何があったか聞いても?」
「…………」
ヴァンが再び眉間に皺を寄せて口を固く結んだ。
これは、あまり言いたくないという表情である。
深く立ち入りすぎたか。
晴輝は反省して、話題を変えようとした。
しかし、晴輝が話題を変えるより早く、ヴァンが口を開いた。
「……弱いからな」
「え?」
「俺は、弱い」
「いやいや、俺からするとすごく強いですよ!?」
「エアリアルとして……だ」
「エアリアルに釣り合ってるように思いましたけど……」
「……ッ」
ヴァンがキッと晴輝を睨んだ。
何も知らないくせに、と言うような目つきである。
確かに晴輝は何も知らない。
ヴァンがなにを悩んでいるのか、何も知らないのだから、安易なフォローなどすべきでは無かった。
(迂闊だった……)
晴輝は内心ため息を吐き出した。
場の空気が、みるみる温度を下げていく。
体を動かすことさえためらわれるほどの空気の中、
「――ンホォォォォ!!」
ポフン! と音を立てて、火蓮の腕輪からチェプが飛び出した。
チェプ「お ま た せ !」
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