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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
6章 ダンジョンの悪意を倒しても、影の薄さは変わらない
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地道に肉体を改善しよう!

 夕食を終えて火蓮がホテルに戻った後、晴輝は再び武具を装備して、一人ダンジョンに向かった。


 レアとエスタが連れて行けと抗議したが、2日連続で徹夜をさせるわけにはいかない。

 自分のことなど棚に上げて、晴輝は強引に家を出てきたのだった。


 晴輝をそうさせているのは、やはり火蓮だ。

 彼女の成長の早さに、晴輝のやる気の導火線に火が付いていた。


 晴輝は決して負けず嫌いなわけではない。

 一足先に、次のステップに進んだ火蓮が羨ましいだけだ。


 晴輝と火蓮に違いが生まれたのは、基礎に差があったからだ。

 火蓮はずっと自らの基礎を固め続けた。


 晴輝も基礎をおろそかにしたつもりは無かったが、我慢強く、強かに経験を積み重ねていく火蓮には敵わなかった。


 結果、基礎をしっかり固めた火蓮は、易々次のステップに登っていった。

 対して晴輝は、動きの確認で手一杯だった。


 晴輝は現時点においても、上がりすぎた身体能力を生かし切れずにいるのだ。

 ここまで自分の体に馴染まないなど、初めての経験である。


 だが考えて見れば、当然ともいえる。

 成長加速をカンストさせてから、晴輝の体の中で消化しきれないほどの大量のエネルギィが凝り固まっていたのだ。


 その固まったエネルギィが晴輝が本来引き出せるはずの力を、大きく引き下げていた。


 それはある種、ブリキのおもちゃの間接部に発生したサビに近い。

 サビを落とせば関節はスムーズに可動するが、スムーズすぎてそれまでの感覚ではコントロールが利かなくなるのだ。


 早くこの体に慣れるためには、体を動かし続けるしかない。


 さらに、晴輝は神気も使いこなせていなかった。

 当然といえば当然だ。


 スキルはレベルをいきなり2・3上げると、途端にコントロールが利かなくなるほどなのだ。

 にも拘わらず、晴輝は神気を一気に5まで上げてしまったのだ。


 コントロール出来なくても仕方がない。


 晴輝は火蓮と同じように、早く次のステップに移りたかった。

 だがまずは、それら2つを自分のものにしなくてはならない。


 ゲートを使って、晴輝は15階に降り立った。

 本当ならゲジゲジと戯れたいのだが、全力で体を動かすにはさすがに1階の魔物は柔らかすぎる。


 なので、晴輝はワーウルフを相手に修行することにした。

 ここならば複数の魔物に襲われる心配はないし、晴輝は大きくレベルアップしているので、過剰に経験値を取得してしまうこともない。


「――よしっ!!」


 二度、強く頬を張って、晴輝は魔剣をするりと抜いた。


 まずはワーウルフと戦いながら、自分の体がどこまで出来るのかを探る。

 その上で、神気の使い方も学ばなければいけない。


 課題は山積している。

 だが、やることは、決まってる。


 ただひたすらに、戦うだけだ。


「――ッ!」


 晴輝は仮面に気力を籠めて、全力で神気を発動。

 草むらの向川から、神気におびき寄せられたワーウルフが1体近づいてきた。


 神気を全力で籠めれば、魔物をおびき寄せられる。

 ――気付いてもらえるほどの、強い存在感を放てるのだ!


「これは、絶対にモノにしなくては!!」


 晴輝の中で、やる気の炎が燃え上がった。


 30メートルの間合いで、ワーウルフが停止。

 姿勢を低くして、爪を大地に突き立てた。


 晴輝は意識を、深いところまで潜らせる。

 意識を集約し、集中力を高めていく。


 探知を己に向けて、体の隅々まで認識する。

 筋繊維の、1本1本を意識する。


「――ッシ!」


 一瞬でワーウルフとの距離をゼロにする。

 ワーウルフが反応。

 即座に回避。

 だが、晴輝はそれを、許さない。


 回避する先に回り込み、一閃。

 ワーウルフの頭部が、くるくると回りながら宙を舞った。


 晴輝はワーウルフを1撃で倒した。

 以前の晴輝では考えられないほど、鋭い攻撃だった。


 それでも、


「……くそっ!」


 晴輝は悔しさを滲ませる。

 今の攻撃は、かなり強引だった。


 体勢が崩れても、相手が回避しても、

 攻撃は、流れるように行える。


 それを晴輝は、時雨に教わった。

 時雨との戦闘で、理解した。


(目指すはあの、極限まで無駄のない動きだ!)


 いまの戦闘を反省し、晴輝は即座に神気を用いてワーウルフをおびき出した。

 そこから晴輝は黙々とワーウルフと戦った。

 戦の中で、トライ&エラーを繰り返した。


 高く積み重なったワーウルフの死体が1つ、ダンジョンに取り込まれた頃。

 晴輝は深く潜らせていた意識を浮上させた。


 一番初めのワーウルフがダンジョンに取り込まれたことから、晴輝が戦い始めてから3時間程が経過したのだろう。


 晴輝は仮面を外して、額に溜まった汗を拭った。


「動きは、大分良くなってきたけど……」


 晴輝の表情は暗いままだ。

 というのも、想定していた以上に体の感覚がズレていることがわかったからだ。


 この調子だと、意識と感覚を完璧にすりあわせるには1・2週間は掛かるかもしれない。

 その間に、強いレベルアップ酔いに罹れば最初からやり直しになる可能性が高い。


「……うーん。しこりが残るけど、今日はこの辺にしておくか」


 本当ならば満足がいくまでワーウルフ狩りを行いたかったが、それをしてしまえば2徹になってしまう。


 2日も徹夜をして、さらに16階で狩りをするのは、さすがの晴輝でも危険である。


 以前の仕事では、ミスをしてもリカバリできた。

 だがダンジョンは、ミスをしたら一発で終了だ。


 ミスが出来ないのだから、無理は厳禁。

 強く後ろ髪を引かれながらも、晴輝はワーウルフを解体してから、地上に戻っていくのだった。


          *


 翌日、晴輝らは16階で肩慣らしをしてから、17階を目指して森の中に進んで行った。


 先日に大量に狩っただけあって、晴輝の山わさび対策は既に完璧だった。

 武器を持つ山わさびの間合いも掴んでいる。

 ワーウルフと身体能力で大差ない山わさびに、晴輝らが後れを取るはずがなかった。


 問題になりそうな森林ステージだが、これは晴輝が木登りをして現在位置を掴むことで解消した。


「私が知ってる木登りと違う……」


 晴輝が三角蹴りで木を登る姿に、火蓮が呆然としていた。

 それは以前、旭川に行った時に覚えた登り方である。


(一体なにが違うというのか……)


「木を登るから、木登りだろ?」

「ソ、ソウデスネ」


 木に登って眺めると、森の中に居る時よりもより広範囲に探知の感覚を伸ばすことが出来た。


 目視と探知でボスが居ると思われる箇所を探す。


「……向こうに開けた場所があるな」

「そこにボスがいるんですか?」

「かもしれない」


 晴輝はその場所への方角を頭にインプットして、木の上から森の中に戻っていった。


 晴輝が見つけた、開けた場所までそう時間はかからなかった。

 森の中に突如ぽっかりと、20メートル四方程の広場が現われた。


 広場の中心に、通常種よりも大きな魔物が鎮座していた。

 おそらくボスだ。


 晴輝と火蓮は互いに頷きあい、武具のチェックを行い、ボス戦に臨んだ。


 ボスの能力はさして高くはなかった。

 しいて恐ろしい点を上げれば、通常種よりも催涙攻撃が強かったことだ。


 倒れたボスがズプズプとダンジョンに飲まれていく。

 ダンジョン全体が淡く発光し、ボスが飲まれていった場所からアイテムが2つ現われた。


 1つは山わさびと同じ見栄えの根。

 手に取ると、晴輝はすぐその異様な堅さに気がついた。


「これは武器に使えるかもしれないな」

「こっちはどうですか?」


 火蓮が手にしているのは、ボスドロップの2つめ。

 白と緑色の、綺麗な石だ。

 手の平サイズの石は、まるで山わさびを模したような形をしていた。


「また食玩か」

「またですか」


 晴輝と火蓮が、がくっと肩を落とした。


 もしかすると、ダンジョンの魔物が作った食玩は、マニアが高く買い取ってくれるかもしれないが、残念なことにマニアな人達とのコネクションが晴輝にはない。


 おそらく朱音にも、ない。

 あれば、彼女が真っ先に買い取っている。


 だから、残念ながらこの石は晴輝らにとってゴミドロップだった。

 晴輝らにとっては……。


「(ペンペン!)」


 レアの葉が晴輝の肩を叩く。

「仕方ないわね、私が貰ってあげるわ」という叩き方なのに、その胸に秘めた情熱が隠し切れていない。


「レアに上げてもいいか?」

「もちろん」


 火蓮に断りを入れ、晴輝は山わさびの食玩をレアに手渡した。

 レアはふにゃふにゃと茎を動かしながら、大切そうにその食玩を土の中に埋め込んだのだった。



 17階に降りて、ゲートをアクティベートする。

 ゲート部屋を出て、晴輝らは17階を確認した。


「ここも16階と同じ感じですね」

「ああ」


 17階は16階と同様に、森林ステージだった。

(まさか、また山わさびじゃないよな?)

 晴輝は探知を拡大しながら森の中に足を踏み入れた。


 森の中に入ると、すぐに探知が反応。

 数体の魔物の気配を捉えた。


「……」


 晴輝は無言で手を上げて、火蓮に警戒を促した。

 火蓮が真剣な顔つきになって、杖をぎゅっと握りしめる。


 捉えた気配は迷うことなく、晴輝らに向けて近づいてきた。

 相手も探知の練度が高いのか。あるいはチャチャのように、匂いで気配を捉えるタイプか。


 緊張感を高めながらじっと待っていると、ついにそれが木々の向こうから姿を現わした。


 2本の長い角に、茶色い毛並み。

 スマートな体つきだが、太ももが異様に発達している。


 その魔物は以前に晴輝らが倒した稀少種に似た、鹿の魔物だった。


「特殊能力はあるのか?」


 以前に戦った鹿は、口から黒紫色の球を吐き出した。

 当たれば操られてしまうだろう、特殊な球だ。


 それが放つ魔物であれば、非常に厄介である。

 晴輝は気を引き締めて、鹿の動きに軽快する。


 するとすぐに晴輝は気がついた。


「……これは、別の個体だな」


 以前の鹿よりも色が濃く、体が大きい。

 そしてなにより、気配から感じられる強さが全く違っていた。


 以前の鹿は、かなりの気合を入れなければ威圧で身動きが取れなくなってしまうほど、恐ろしく強い気配を纏っていた。

 だが現在目の前に居る鹿からは、そこまでの強さを感じない。


「一応、安全第一で戦ってみるか」

「はい」


 火蓮と軽くアイコンタクトを交わし、晴輝は前に飛び出した。


 軽い一撃で牽制し、鹿のヘイトを稼ぐ。

 すると鹿はすぐに晴輝に反応し、頭に付いた角を振り回した。


 そこに、


 ――ッタァァァン!!


 火蓮の雷撃が直撃。

 鹿の体から白い煙が舞い上がる。


 筋肉が大きく痙攣している。

 すぐに治まる気配が感じられない。


(チャンスか?)


 晴輝は即座に逃げられるよう注意しつつも、鹿に斬り掛かった。

 1撃が角をへし折り、1撃が鹿の首に深い切り傷を生む。


 レアの投擲が、鹿の体をみるみるへこませた。


 鹿の瞳が激しい憎悪を灯す。

 反撃の兆しを感じた瞬間に、エスタが跳躍。

 体当たりをして鹿の体勢を大きく崩した。

 そこに、


 ――ッタァァァン!!


 再度雷撃が直撃。

 僅かに遅れて晴輝が、弱点看破。

 魔剣で鹿の首を刈り取った。


「……やっぱり、普通の鹿だったみたいだな」

「そうですね。前と同じでしたら、この程度じゃ倒せないでしょうから」

「だな」


 以前のものと同じでなくて良かった。

 ほっと晴輝は胸をなで下ろす。


 晴輝は解体を行い、手早く素材を剥ぎ取っていく。


「さすがにスパイスにはならないか」


 手にした角に鼻を近づけるが、獣の臭いしかしなかった。

 これがスパイスなら最高だったのに。ガッカリだ。

 別種の鹿だから当然なのだが、晴輝はガクっと肩を落とした。


 角はかなりの硬度がある。

 軽く叩くと、まるで金属のように硬質な音が聞こえた。

 この角は良い武器の素材になりそうだ。


 毛皮は手触りが良い。

 皮防具の素材に使えるだろうが、この毛を生かした家具にも使えそうだ。

 その場合、かなり値の張る家具になりそうだが……。


 それぞれ得た素材をマジックバッグに収納し、晴輝らは探索を再開した。


 通常種の鹿は、稀少種に比べてかなり弱い。

 とはいえ17階相当の実力はある。

 油断は禁物である。


 17階の三分の一ほどをマッピングし終える頃、夕方ということもあって晴輝らは地上に戻っていった。


 今回、討伐した鹿の数は45頭。

 晴輝にとってはかなり少ない討伐数である。

 だが素材の販売価格は70万円を超えた。


「『冒険家になろう』を見ましたァァァ!!」

「ギヤァァァ!!」


 新たな素材に、朱音は涙を流して大層喜んでくれた。


 ワーウルフに比べて大きく価格が上昇したのは、依頼掲示板に掲載されている商品だったこともある。

 だが、一番は鹿の素材の品質が高かったからだ。


 あと3階も下がれば下層。上級冒険家の領域である。

 そんな場所の魔物の素材なのだから、高額買い取りされるのも当然である。


「もうすぐ私たちも、上級冒険家の仲間入りですね!」

「……ああ、そうか。そうだな」


 火蓮の言葉で、晴輝は実感する。

 もう少しで自分は、憧れたランカーと同じ場所に立てるのだと。


 実感すると、ぶるっと体が震えた。

 そんな高みに、まだ冒険家を始めたばかりの自分が立って良いものなのかと……。


 思い上がるな。先人に比べれば実力不足だ。

 そう自らを戒めるが、顔はどうしても緩んでしまう。


「……まあ、無理に進行しても、命を落とすだけだろうな」


 実際、無理を通せば20階に到達出来る可能性を、晴輝は見いだしている。

 だが急ぎ上級になったからといって、すぐに何かが変わるわけじゃない。


 変わるのは肩書きだけで、それでレベルも技術も上がるわけではない。

 命を賭けても見返りが少なすぎるのだから、無理をする意味はない。


「焦らずじっくり進んでいこう」

「はい!」

平成よ、ありがとう……。

令和でまたお会いしましょう。

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