山の幸を収穫しよう!
「石の切断?」
「ええ」
頷くと、朱音は炉端にあるような小石を取り出し、短剣の先端に軽く当てた。
するり。朱音が手を返すと、小石には深々と切り傷が付いていた。
「これを使えば、採石作業が楽になるわよ!」
「おおー。で、通常の切れ味はどうなんだ?」
「うぐ……ほ、他の試作品だと、『獣系の魔物に対して切れ味が上がる棍棒』とか、『大型の魔物に対して内部破壊力が上がる槍』とか、色々出来たみたい」
朱音は晴輝の視線から逃れ、早口にまくし立てた。
どうやら、通常の攻撃力はさほど高くないらしい。
「……ん、ちょっと待て」
切れ味の上がる棍棒に、内部破壊力の上がる槍。
いずれも、有用とはまったく思えない能力である。
せめてこれが逆だったら、素晴らしい能力である。
「武器と能力を間違えてないか?」
「残念ながら間違いじゃないのよ。色々製作して、出来上がったものを詳細鑑定したら、あべこべな結果が出たのよ。どうも、加工の方法によって出現する能力に違いがあるらしいわね。
現時点で狙った能力を発現させることは出来てないわ。けど、そのうち剣には切れ味を、槌には破壊力を付与出来るかもしれない」
「おお!」
特殊能力を狙って付与出来るようになれば、間違いなく冒険家界に革命が起る。
店頭に並べられた武具には、製作会社とクラス・名前・値段の他に、特殊性能が書かれる。
同じクラス・同じ名前であっても、特殊性能の種類によって値段が大幅に変わってしまうだろう。
冒険家も、なにより特殊性能を重視して武具を選ぶようになるかもしれない。
特殊武器が並ぶ未来の店舗を想像して、晴輝は口角をつり上げた。
「……いいね」
「でしょう!? ってわけで、買取価格は1,5倍ね」
「うーん」
商品に革命を起こす素材と聞いてから、改めて買取価格1,5倍と聞くと、少々物足りないように晴輝には感じられた。
その思考を読み取ったのだろう。
朱音が苦笑しながら口を開く。
「商品開発ってそう上手くいかないものなのよ。きっとアンタの素材を全部買い上げても、ひとつも店に卸せる武器は作れないでしょうね」
「そんなにか?」
車庫のダンジョンで得られた素材だけでも、200体分近くある。
それが全て、商品開発だけでパァになるとすればかなりの痛手だ。
だが、特殊能力のある武器は、需要を掘り起こす商品や、訴求力の強い商品とは違う。
既存の冒険家すべての武具を、一新させるほどの商品である。
制作費をいくらつぎ込んでも、確実にペイ出来る。
それを考慮すれば、買取価格1,5倍は少々安い。
もう少し値段が上がらないものか?
そんな晴輝の視線に、朱音がびしっと人差し指を上げた。
「うちで販売してくれると、特典が付くわよ」
「ほう、特典?」
「試作品の無償提供」
「……もしかして、この微妙性能の短剣ってオチじゃないだろうな?」
「微妙じゃないわよ!」
朱音はいきり立ち、しかしすぐに苦笑した。
「まっ、これも試供品としてプレゼントするけど、他にも提供させてもらうわ」
「武具の種類は指定出来るのか?」
「もちろん」
「よし、売った!」
今後の一菱の利益を考えると素材買取価格が1,5倍は安い。
だが試作品の無償提供が受けられるなら――新作武具がいち早く手に入れられるならば、話はまるで変わってくる。
店売りされない、まだ店にも出回ってない試作品の、無償提供である。
これに、晴輝が反応しないはずがなかった。
唯一無二の武具を装備して、街中を闊歩する晴輝。
『あの武具、見たことないぞ?』
『なんだあれは?』
『どこの冒険家だ?』
うん、目立つ。
目立つぞぉ!!
「ふひひ……」
己の妄想に笑う晴輝の横で、朱音と火蓮が首を横に振り合うのだった。
*
変色ワーウルフの素材を全て朱音に販売した。
売り上げは稀少種戦に参加した晴輝・火蓮・カゲミツの3人で分割。
カゲミツへはさらに依頼費を上乗せして、晴輝は一菱経由で彼に入金した。
これで支払い待ちの案件がなくなった。
あれだけの利益を上げたのに、懐が少し寂しくなってしまった。
だがそれも、これからの狩りで挽回すれば良い。
晴輝は新たな気持ちで、車庫のダンジョン16階に向かったのだった。
車庫のダンジョン16階に降り立った晴輝らは、ダンジョンの変化に目を丸くした。
「おー。16階からは森ステージだったんだな。驚きだ」
「前回はフロアを確認しませんでしたからね」
以前16階のゲートをアクティベートしたときは、そのまま地上に戻ってしまっていた。
なので晴輝らは今回、初めて16階のフロアを目にしていた。
15階までの草原タイプとは違って、16階は完全に森林ステージだった。
道はなく、木々も感覚が2メートルほどと狭い。
天井から降り注ぐ光は、木々の葉にほとんどが遮られている。
無策で踏み込めば、迷ってしまいそうだ。
「木はダンジョンからは切り離されてるみたいだな」
地面やダンジョン壁は気力に包まれているが、木々は気力を纏っていなかった。
このことから、木は中札内ダンジョンの熱石と同じように、持ち帰りが可能だと推測出来る。
「旭川ダンジョンの主ほどじゃないと思うが、一応持って帰るか」
「そうですね。もしかしたらそこそこの値段で売れるかもしれませんし」
「ああ」
晴輝は一本の木に無造作に近づき、魔剣を抜いた。
根元の辺りに浮かんだ光めがけて一閃。
ズゥゥン、と大きな音を響かせて、木が地面に倒れ込んだ。
それを晴輝は手早く枝払いをし、2メートル間隔に切り分けていく。
「……ん?」
切り分けた丸太をマジックバッグに収納したところで、晴輝は異変に気がついた。
「何かいるな」
「はい……」
火蓮も気がついたのだろう。
晴輝らは体勢を整え、森の中を凝視する。
晴輝の探知範囲は既に、生物の気配を三つ捉えている。
おそらく木が倒れる音を聞きつけ、寄ってきたのだろう。
魔剣と短剣を構えて、晴輝は腰を落とした。
じっと息を潜めて待っていると、森の中から3体の魔物が姿を現わした。
体は白く根のようにデコボコしている。
頭部からは緑色の葉。
体から伸びた根が、手足のように動いている。
その手には、体と同じ色をした棍棒が握られていた。
(なんだこれは?)
植物系の亜人であることは、一目見て理解した。
だが、これがどのような魔物かが、晴輝には判別が付かなかった。
棍棒は握っているが、相手は植物だ。
ジャガイモやエダマメのように、体に蓄えた弾丸を発射しないとも限らない。
どんな戦い方をするか、晴輝には予想が付かなかった。
「一度当たってみる」
「了解しました」
小声で火蓮に意志を伝え、晴輝は慎重に相手の懐に飛び込んだ。
即座に反応した植物が、晴輝目がけて棍棒を振り下ろした。
棍棒を避け、危ういものは短剣で受け流す。
体を回転、移動し反転。
勢いを載せた短剣を、晴輝は植物の胴体目がけて滑らせた。
「――ッシ!!」
胴体を狙った短剣は、ギリギリのところで棍棒に防がれた。
防がれると同時に、晴輝はその場を離脱。
遅れて晴輝が元居た位置に、
――ズズンッ!!
2本の棍棒が振り下ろされた。
反応が早い。
『ちかほ』の10階で戦ったベロベロとは、武器の練度も段違いだ。
戦闘そのものの練度は、ワーウルフがうわ手だ。
だがあちらは常に1匹ずつ。
こちらは3匹同時だ。
脅威度は、ワーウルフとの戦闘よりも高かった。
晴輝は意識を集中。
深く、深く、潜らせる。
晴輝は慎重に接近。
相手の動きに合せ、斬る、突く、避ける。
呼吸を外して、カウンター。
晴輝の攻撃の合間を、レアの弾丸が埋める。
危うい攻撃はエスタがカバーする。
(……ん?)
3体の魔物の攻撃を凌いでいると、晴輝は僅かな異変を感じ取った。
それが一体なんなのか?
晴輝が記憶から『それ』を引っ張り上げる、その前に――。
――ッタァァァン!!
火蓮の雷撃が1体の亜人に直撃。
亜人は雷撃により、体から白い煙をプスプスと上らせた。
「――う!?」
「うぐ……!!」
瞬間、晴輝と火蓮が同時に呻いた。
晴輝の鼻と喉、それに目に、焼けるような痛みが走った。
(この痛み。……まさかッ!!)
「こほっ! か、火蓮は下がれ!!」
「……けほっ! で、でも……けほっ!」
「いいから!!」
晴輝の指示に、火蓮が目に涙を貯めながら、ゆっくりと後ろに下がっていく。
この痛みは、亜人に雷撃が直撃したことにより発生したものだ。
刺激臭に涙を浮かべながら、しかし晴輝は笑った。
なぜならばこの魔物は――。
「くっくっく……。今日の晩ご飯はこれで決まりだな」
山わさびなのだから!
*
山わさびは北海道に自生している。
別名、西洋わさびやわさび大根とも呼ばれる。
通常のわさびと同様に、強い辛みが特徴の多年草。
生命力が強く、根を植えているだけで発芽する。
名前に『わさび』とあるように、わさびのような辛さが特徴である。
その辛さが、熱で蒸発したら?
辛み成分が飛んだ空間に足を踏み入れれば、呼吸困難となる。
先ほど火蓮が雷撃を放ったときに、晴輝と火蓮が呼吸器や目に異常を感じたのは、蒸発した辛み成分のせいである。
つまりこの亜人を相手にする場合、火蓮の雷撃はすこぶる相性が悪い。
もちろん辛み成分が飛散するのは雷撃だけではない。
通常攻撃でも、一定量飛散してしまう。
山わさびの亜人3体を切り伏せた晴輝は、しばらくまともに戦闘出来ないほど目と鼻がぐずぐずだった。
「げほっげほっ! ちょっと、休憩を……」
「は、はい! 空星さん、水とタオルです」
「ありがと――ごほっ!!」
これまで食糧系魔物を見た晴輝は、我を忘れて狩りに勤しんだ。
山わさびも、ご飯のお供として最高の食糧系魔物である。
しかしさすがの晴輝も、山わさびとの戦闘を長時間行えるほど、粘膜が強靱ではなかった。
「さすがにタマネギのようには上手く行かないか」
「山わさびを経験すると、タマネギの催涙ガスが大したことないように思えてきますね」
「全くだ」
わさびの辛み成分であるアリルイソチアシアネートは、たまねぎの催涙成分と性質は似ているが、レベルが段違いだ。
人間が耐えられる次元を越えている。
「道具屋に催涙効果を防ぐガスマスクとか、売ってないですかね」
「ありそうだけど……」
晴輝はそこで、言いよどんだ。
山わさびが現れたのだから、本わさびが居ても不思議ではない。
またわさび以外の魔物で、タマネギのように催涙ガスを放つ魔物もいるだろう。
なので、対わさび用ガスマスクが売っているかもしれない。
しかし、しかしだ!
仮面を外してガスマスクを付けるなど、存在感的にもってのほかじゃないか!!
晴輝は現時点においても、仮面に頼らずに存在感を察知してもらうことが難しい。
加護が発現したためか、以前よりも空気具合が悪化してしまい、仮面無しの生活が(精神的に)困難になりつつある。
これ以上素顔で無視をされれば、心が灰になりかねない。
なるべくならば、晴輝は仮面を外したくはなかった。
たとえわさびの香りで悶絶しようとも……。
(しかし、他人に気付かれるための存在感を手に入れるために冒険家になったというのに、何故存在感が薄れていくんだ。……解せない)
催涙成分のダメージが抜けた頃、晴輝らは山わさびを探して森の中に踏み入った。
前回の戦闘では、雷撃により催涙成分が周囲に拡散してしまった。
なので、雷撃さえ使わなければ被害を最小限に防げるのでは? と晴輝は考えた。
「雷撃はダメですか……」
「そんな顔しなくても、無属性があるだろ?」
「あっ、そうでした!」
火蓮がはっとして顔を上げた。
どうやら無属性魔法の存在を失念していたらしい。
強い攻撃に頼り切りになる気持ちは晴輝にも分かる。晴輝も一時期、【弱点看破】に頼り切りになりそうだった。
しかし自ら攻撃手段を狭めてしまうと、切り札が通用しない場合にあっさり手詰まりとなる。
すべてをまんべんなく育てる必要はないが、カバー出来る体制は常に構築しておくべきなのだ。
「無属性魔法も問題なく使えるようにしておいた方が良いぞ」
「そうですね……」
しばらく森の中を歩くと、晴輝の探知範囲に山わさびが2体入り込んだ。
「……火蓮」
「はい」
晴輝が軽く手を上げて指を指す。
すると意を汲んだように火蓮が僅かに顎を引いた。
がさっ、と草むらが揺れた。
その向こうから、2体の山わさびが姿を現わした。
晴輝は片方に狙いを付け、即座に攻撃を開始。
短剣で切りつけると、わさびは即座に棍棒で防御。
晴輝とわさびの中間で、殺意が拮抗。
その間に、
――ドッ!!
晴輝の横から攻撃しようとしていた別のわさびが、火蓮の無属性魔法によって吹き飛ばされた。
「よし!」
意を完璧に汲んだ火蓮の攻撃に、晴輝は声を上げた。
これで1体に集中出来る。
晴輝は脳内のスイッチを、オンにした。
瞬間、一閃。
晴輝の刃が相手の棍棒を断ち切った。
続けざまに、連続攻撃。
斬る、裂く、突く、蹴る。
守り、避けて、カウンター。
3秒にも満たない攻撃のあいだに、1体の山わさびは葉と根をことごとく切り落とされ、息を引き取った。
山わさびが地面に倒れ込むと、吹き飛ばされたもう片方の山わさびがやっと戦場に戻ってきた。
そのわさびを見て、
「……じゅるり」
晴輝は仮面の裏で酷薄に笑った。