EX.空星晴輝のタマネギ畑
漫画版「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」発売記念!
※お話の時期はコミック版の、札幌に向かう直前あたりです。
ある日のこと。台所に立った晴輝は、床下の貯蔵庫を開いてため息を吐いた。
「しまった。タマネギが切れた」
大量に保管していたダンジョン産のタマネギがなくなった。
なくなった理由は単純。晴輝が食べ過ぎたからだ。
ダンジョン産のタマネギはひと玉のサイズが赤子の頭以上とかなり大きいのだが、晴輝は一度にひと玉まるごとペロリと平らげる。
ひとたび食べれば止まらなくなる。ダンジョン産のタマネギは、それほど美味であった。
「仕方ない。獲りに行くか」
まるで家庭菜園から農作物を収穫するような気軽さで呟く晴輝だったが、向かう先はダンジョンである。
五年前に突如として日本に出現したダンジョンには、様々な魔物が跋扈している。
当然、それらの魔物は地球上のどの生物とも違う。凶悪で、凶暴で、人の命を容易く奪えるほどに強靱である。
油断すればあっさり命を奪われる。そのような場所に赴くには、晴輝には少々緊張感が足りない。
それもそのはず。晴輝は既に自宅にある『車庫のダンジョン』二階までを、難なくクリア出来るほどまで成長していたのだから。
ダンジョン用の武具を装備して、晴輝は『車庫のダンジョン』二階へと向かった。
「さてっ!」
短剣を抜いた晴輝は、口元に笑みを浮かべた。
これから行うのは魔物の討伐。人間を殺す生命体との死闘である。しかしいま晴輝の頭にあるのは、こんがりローストしたタマネギ――今日の昼食のことだけであった。
ずんずんとダンジョンの奥へと進んでいく晴輝の前に、タマネギたちが立ち塞がる。
鎧袖一触。晴輝はそれらをサクッと捌いて鞄の中へ。
果敢に攻めかかるタマネギたちであったが、相手が悪かった。幼い頃から木寅さんに指導され、様々な農作物の収穫を学んだ晴輝にとって、タマネギの襲来など恐るるに足らないのだ。
ダンジョンに入ってしばらくした頃。
これまで順調にタマネギモンスターを収穫――いや、倒してきた晴輝の手が、止まった。
「…………んん?」
晴輝の目の前には、三玉のタマネギがいた。そのモンスターはこれまでとは違い、晴輝に襲いかかることはなかった。
襲いかからずに、三玉は互いに身を寄せ合って、震えていた。
晴輝が一歩、足を踏み出した。すると、タマネギモンスターたちは「ピャッ!」と震えて飛び上がった。
飛び上がった拍子に、頭頂部でポンッと花が咲いた。
「あれぇ?」
晴輝は大きく首を傾げた。
通常、魔物は人間を襲う。たとえ圧倒的に人間の方が強くとも、愚直に人間に襲いかかる。そういう生物である。
だが、現在目の前のタマネギモンスターたちは、晴輝に襲いかかるではなく、体を震わせていた。
あたかも『はわわ!』『見逃してくださいおねがいしますぅ!』『コロされるー!』と怯えているかのように……。
彼らが怯えているのは、誰あろう晴輝――人間に、である。
これは、晴輝にとって初めての構図だった。
モンスターが襲ってくれば、なんの抵抗もなく戦える。だがこうして身を寄せ合い怯えられると、戦意が一気に失われる。野菜の収穫に目の色を変えた晴輝でさえ、さすがに収穫しようとは思えなかった。
(うーん、作戦なのかな?)
相手が油断したときに襲いかかる腹づもりか。しかし、タマネギたちの姿は真に迫っている。晴輝はそれが演技には見えなかった。
(これで戦っちゃ、ただの弱い者イジメだ)
晴輝はため息一つついて、短剣を鞘に収めた。
すると、それまで怯えていたはずのタマネギたちが互いに顔を見合わせ、そして一斉に地面に倒れ込んだ。
タマネギたちはそれぞれ必死に手を伸ばし、顔を地面にこすりつけている。
土下座だ。
「えぇえ……」
まるで『ははあ!』『見逃してくださり、ありがとうございますぅ!』『神様ありがとー!』と言わんばかりに、彼らの土下座は熱が籠もっていた。
思いも寄らないタマネギたちの行動に、ダンジョンの中だというのに晴輝はついつい呆けてしまった。
もし相手が狡猾なモンスターであれば、大きな隙を見せた晴輝はいまごろ大けがを負っていたか、最悪絶命していたに違いない。
しかしタマネギたちは、そんな晴輝を知ってか知らずか、必死に頭を地面にこすりつけ続けている。
晴輝はぎこちない笑みを浮かべながら口を開く。
「もういいよ。わかったから、頭を上げて」
『なんと!』『冒険家さんは心が広いですぅ!』『ありがたやーありがたやー』
そう言うかのように、うるうると目を潤ませながら、タマネギたちが手をこすり合せた。
相手は魔物。人類の敵だ。それはわかっている。だが彼らの仕草に、晴輝は完全に毒気が抜かれてしまった。
鞄にはすでに大量のタマネギが入っている。これだけあれば一週間は持つだろう。
――切り上げるか。
晴輝はタマネギたちに背を向け、地上に向かって歩き出し――、
「……おい」
止まって後ろを振り返った。
「なんでついてくるんだ?」
尋ねると、ダンジョンの奥の曲がり角から「ぴゃっ!?」と花が咲いた。
なんの花かは、考えるまでもない。タマネギだ。
晴輝はタマネギの追跡に、始めから気づいていた。ここまで晴輝が行動を起こさなかったのは、彼らから一切の敵意を感じなかったためである。
一体なんのために追跡しているのか、その意図が気になった。だがいつまで経っても彼らは行動を起こさなかった。
故に、晴輝は尋ねた。
尋ねた結果、また、土下座が始まってしまった。
「いやいや、怒ってないから、顔を上げて……」
『ほんとー?』『冒険家さんいじわるしない?』『うるうる』
タマネギ達が恐る恐る晴輝に近づいて来た。
その様子はもはやモンスターというより、怯えた子犬のようだった。
「なんで俺についてくるの?」
『なんでー?』『冒険家さん、やさしいからぁ』『そうそう』
タマネギたちは互いに顔を合わせてふんふん頷き、手を合わせて晴輝を見た。
その目(?)には、キラキラとした光が浮かんでいる。
あたかも『ついてくー』『冒険家さんと一緒にいきますぅ』『うんうん』そう言うかのように、タマネギたちはおずおず晴輝に近づいてくる。
「うぅん……」
モンスターと人間は、命を奪い合う存在だ。だが彼らの仕草は、まるで愛玩動物のそれだった。
騙されてはいけないと思いつつも、晴輝はその愛らしさに惹かれてしまう。
(さすがにモンスターを連れ帰るのはなあ。連れ帰っても、どうするか……)
考えていた晴輝の視線が、三玉のタマネギの頭から徐々に伸びるつぼみに向かう。
つぼみは感情が高ぶると弾ける。効果は不明。現時点で体調に変化はないので、攻撃の類いではなさそうだ。
(人間の表情のように、花が感情表現の一種なのか)
つぼみを見ていた晴輝の脳裡に、ふと光明が閃いた。
――これだ!
思い立ったが吉日。晴輝は即座にタマネギを抱いて(抱きしめた時三玉のつぼみがポフンと弾けた)ダンジョンを脱出。晴輝の家の隣にある休耕地に、タマネギたちを解き放った。
そこは晴輝が所有する土地の一角で、スタンピードが発生する前までは家庭菜園に使っていた場所である。
「今日からここが君たちの家だ」
『ここが?』『ここでくらすのぉ?』『あれほーだいー』
ことん、とタマネギたちが一斉に首を傾げた。
「そう。この土地は自由に使ってもらって構わないよ。ただし、ここの外に出ちゃだめ。それと人間を襲ってもいけない。それだけは、絶対に守ってね」
『はーい』『わかりましたぁ』『うんうん』
タマネギたちは目をキラキラさせて頷いた。
「さて。これだけじゃ寂しいから、少し整地しようか」
そう言って、晴輝はまず生え放題になっている雑草の処理を行う。
スギナやタンポポを、無造作にブチブチと抜いていく。その様子を見ていたタマネギたちが、晴輝の真似をして同じように雑草を抜く。
雑草が抜けると、タマネギはバランスを崩してこてんと後ろに転がった。
むくりと起き上がり、頭を振り、後頭部を撫でて、タマネギはまた雑草に向かう。
そんな様子をニマニマと眺めながら、晴輝は思う。
(もし彼らが種を付ければ、来年には畑でタマネギが出来るかな?)
夏にすくすく葉を延ばし、秋にはトンボが葉に留まる。大地の香りをたっぷり吸い込んだ広大なタマネギ畑……。
晴輝は木寅さん家のタマネギ畑を、スタンピード以降目にしていない。それは木寅さんの妻が、亡くなったためだ。
スタンピードで失われたのは、命だけじゃない。タマネギも、タマネギの苗も、畑もすべて、すべて失われてしまった。
(以前は夫婦で栽培していたけど、今度は俺と二人で……)
晴輝と一緒なら、木寅さんもきっとタマネギ畑を作ってくれるかもしれない。そんな仄かな希望を抱いて、晴輝はタマネギたちの住み処を整備していくのだった。
この日以降、晴輝の家の前を通った人は度々、草むらで動く未知なる生物に驚いた。
しかし蝶々を追ってころんと転がったり、頭に留まったトンボとにらめっこする、そんなタマネギ達の様子に、
『あらあら、空星さん家の晴輝くんはまた妙なことをしでかしたのね、姿は見えないけど。うふふ』
そう、目を細めるのだった。
栗山廉士先生が描いた「たまねぎ」達のラフが、あまりに可愛らしすぎてつい書いてしまいました。
栗山先生も、たまねぎが大好き(編集者談)だそうで、漫画1巻の表紙も危うくたまねぎ達に埋め尽くされそうになったとか、ならなかったとか……。
栗山先生の愛もたっぷり詰まった漫画版「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」は絶賛発売中でございます。
皆様、どうぞご購入をお願いします!!