戦場の支配者(?)になろう!
仮面の冒険家――仮面さんが現れたとき、榎本は驚き身動きが取れなくなってしまった。
それほど驚いたのは、仮面さんらを閉じ込めたのが榎本本人だったからだ。
決して逆らってはいけない団長の指示とはいえ、榎本が手ずから監禁した相手が目の前に現れたのだ。
――それも、仮面を明滅させながら。
(ああ、これは殺されるな……)
仮面さんの逆鱗に触れたと思った榎本は、自らの死を覚悟した。
彼は市民を助けるために要請を受け、わざわざ函館くんだりまで訪れたのに監禁されてしまったのだ。
激怒しても仕方がない。邪魔者として排除される可能性もある。
仮面さんの短剣で貫かれる。
その未来を想像していた榎本は、仮面さんが声を上げながらゴッコに向かっていったことでさらに驚いた。
榎本を殺すわけではなく、監禁に対して文句を言うでもない。
ただ彼は、魔物を倒すため動いていた。
何故邪魔をした恨みを晴らさない?
文句すら言わないんだ!?
榎本は混迷を深めていく。
榎本が仮面さんの立場であれば、恩着せがましく助けに入る旨を大声で伝えている。
そうすることで自衛団に大きな借りを作れるのだ。自分が有利になるよう物事を進めようと思えば、ここで恩を売ってしかるべしだ。
しかし、彼はそんなことはしなかった。
仮面さんの仲間は……いない。
まだ現れないのか、それとも訪れる予定がないのか。
いずれにせよ、仮面さんは監禁部屋を脱出して一人自衛団のために駆けつけてきてくれた。
そして、こちらの罪を糾弾することもなく、恩に着せようともせず魔物に向かっていった。
(函館山ダンジョンと、函館の市民を救うために……!!)
そんな彼の献身に、榎本の瞳に熱いものがこみ上げた。
――なんて、素晴らしい冒険家なんだ!
現代に、己の名誉やお金にばかり執着する冒険家のなんと多いことか。
冒険家で大成すれば己の承認欲求を満たせるし、大金を稼げるので一発逆転を夢見てもしかたがない。
そのせいか、本来あるべき『日本を救う。市民を救う』という目的が欠落している冒険家は少なくない。
実際、函館を出て行った冒険家達の多くが、そうだった。
そんな中、名誉もお金も関係なく、ましてや自衛団に不条理な対応をされたにも拘わらず、一心不乱に魔物と戦う仮面さんの姿に、榎本は感動を禁じ得なかった。
榎本が感動しているあいだに、ゴッコの攻撃を受けた自衛団の団員が数名吹き飛ばされてしまった。
その姿を見て、榎本は大きく舌打ちをする。
いまの攻撃は、榎本が指示を出していれば躱せたものだった。
仮面さんの登場で我を忘れていた自分が憎らしい。
(なんという……くそっ!!)
榎本は罪を贖うように頬を強く張り、丹田に力を込めた。
「――諸君、ボサっとするな! 仮面さんに合わせて動くぞ! 陣形を整えろ!!」
榎本は団員に大声で指示を出した。
仮面さんと自衛団は共闘関係にない。だがそれは団長の吉岡のせいだ。
本来ならエアリアルが訪れた時点で榎本は、ゴッコの討伐は彼らに任せるか、あるいは彼らと共に戦う腹づもりだった。
自衛団にはゴッコを倒す力はない。
そもそも自衛団は通常種のダンジョン主を倒すのですら精一杯だったのだ。単独で唯一種を倒せるはずがない。
そんな異見を、吉岡は拒絶した。
『やろうと思わないから出来ないんだ!
『この腰抜けめ!
『恥知らず!
『税金泥棒が!!
『市民が飢えて死ぬかもしれないんだ!
『市民に貢献するのが俺達の仕事だろ!
『貢献せず、金だけ貰って見捨てるのか!?
『死ぬ気で当たれ!!
榎本の異見に対して、帰ってきたのは根性論と罵倒のみ。
言葉に耳を傾けてくれさえしなかった。
吉岡は元々、ここまで根性論を振りかざす人間ではなかった。
むしろ自衛団の中で誰よりも函館を思い、自衛団をもり立てようとしていた。
だが、此度の件で吉岡は信じられないような対応を見せた。
まるで人が変わったかのようだった。
これが彼の本性だったというわけか……。
吉岡に言われたとおり実際に戦ってみると、戦況は榎本が想定した通りとなった。
やはり自衛団は、力不足だったのだ。
とはいえ、想定外の結果もあった。
自衛団の練度が、榎本の想定よりも高かったのだ。
これが死ぬ間際の底力という奴だろうか?
そう思えるほどに、自衛団はみなぎっていた。
それは普段からは考えられないほどの力だった。あたかも突然、急速にレベルアップしたかのような……。
しかし、それでもまだゴッコを討伐するには足りなかった。
あくまで練度が想定より少し高かっただけ。
いまだ絶望は深く、敗戦色は変わらない。
(だが仮面さんが入れば……!)
榎本は吉岡の部下だ。
いくら榎本が函館の自衛団でナンバー2といえども、吉岡の方針には逆らえない。
しかし、ここに吉岡はいない。
仮面さんと共闘したところで文句を言う奴はいないのだ。
自分達が生き残るために。
函館市民を救うために。
榎本は仮面さんとの共闘を即決した。
仮面さんと共に自衛団がゴッコを倒せば、最低限自衛団としての仕事が全う出来る。
市民から税金を貰いながら、倒せなかった。なにもしなかった。
そんな結果は、誰も認めてくれないのだ。
――ならば!
榎本は全ての経験と知識を持って自衛団を指揮し、仮面さんのサポートを行う決意を固めた。
すべては地元、函館の為に……。
決意を固めたまでは良いが、榎本は仮面さんの動きを、まるで捉えることが出来なかった。
仮面さんのあらゆる動作が、榎本の動体視力を振り切って霞んでしまうのだ。
なのにくっきりと、空間に浮かび上がる不気味な仮面。そして残像。
一瞬の煌めきの後に、ゴッコの咆哮。
気がつくと、ゴッコの皮膚が仮面さんによって大きく切り裂かれていた。
(一体いつのまに!?)
これまで100名もの自衛団員がゴッコに、まるで赤子のようにあしらわれていた。
そのゴッコを相手に、仮面さんはたった1人で立ち向かい、これを圧倒している。
(なんという……)
恐るべきレベルの戦闘力を前に、榎本はただ笑うことしか出来なかった。
仮面さんを補佐するように戦っている自衛団も、榎本と同じ感情を抱いたらしい。
『なんだ、ただの神か』とでも言うように、皆が笑顔を浮かべていた。
首から羽を生やし体は鱗で植物を背負い、
鞄には白い顔が浮かび、その下から伸びた触手を踊らせる。
時々上空で仮面が発光する。
仮面が発光し、薄暗がりに残光を引く。
青、朱、黄、白。
4つの色が明滅し、
跡を残して、溶けて消ゆ。
その光は意識しなければ傅いてしまうほど、畏怖を感じさせる光だった。
さらに光に合せて、彼の首から生えた小さな羽が空気を掴むように広がっていく。
彼は羽を用いて、自由自在に宙を舞った。
踊るように。
歌うように。
そんな仮面さんはもはや、この世に降臨した神だった。
函館を救うために降臨した、名も無き新たな神のように、自衛団の面々には思えてならなかった。
ふと、仮面さんが何かに気付いたように、仮面を光らせ、羽を広げながら顔を上げた。
おお……、と自衛団の誰かが息を吐いた。
まるで天上におわす神が下々の民に気付いた瞬間のような、人類史にとって決定的な瞬間のようだった。
戦闘中だというのに、その仕草に榎本は思わず見入ってしまった。
*
先ほどまでゴッコに夢中だった晴輝は、現在の自らが、まさに目立つシチュエーションのまっただ中にあることを知り、鼻血が出るほど興奮していた。
――皆に、見つめられてるぅ!!
――ンホォォォ!!
感情が昂ぶりに任せて晴輝は地面に降り立ち、反復横跳びをして存在感をアピールした。
あまりに昂ぶりすぎて、本当に鼻血が出てきてしまった。
……イケナイ。落ち着かねば。
しかしこれが落ち着いていられるだろうか?
――否。
答えは否だ!
晴輝は鼻血を垂れ流すに任せ(仮面が邪魔で拭えない)全力で自衛団にアピールを開始した。
*
一体なにがあった?!
突然の仮面さんの奇行に、榎本は呆然とした。
仮面さんが何かに気付いた直後、彼の動きが激しさを増した。
速度が上がり、力強さが増し――謎の反復横跳びが加わった。
何故攻撃と攻撃の間に、反復横跳びを挟むのか?
無駄に反復横跳びを挟んでいるのに、何故ゴッコの攻撃を一切食らわないのか?
榎本には無駄にしか思えないそれは、恐ろしく洗練された動きだった。
己の姿をゴッコに誇示しているのか。
あるいは儀式――生贄を捧げる、狩人の舞か。
あまりに仰々しく、不気味で異形。
なのに見た目とは真逆に、神々しい。
「…………なっ!!」
仮面さんを見つめていた榎本は、さらなる彼の異変に気付き声を上げた。
反復横跳びを行なう仮面さんの顎の下から、血がしたたり落ちている。
――まさか彼は、自分の命を削ってまでゴッコを食い止めようとしているのか……ッ!?
「なんという自己犠牲ッ!!」
こうしてはいられない。
榎本は周りを見回して、
「貴様らが函館の漢なら、その意地を見せてみろ!!」
「「「おおおおお!!」」」
「誰でもない、自分達の力で大切な地元を救うんだ!!」
「「「おぉぉぉ!!」」」
「すぅ…………っけぇぇぇ!!」
「「「うおぉぉぉ!!」」」
この街を守りたい。
その思いは、仮面さんに負けられない。
函館の自衛団として、決して負けてはいけないのだ!
その気持ちが伝播した自衛団は地響きのような怒号を上げて、ゴッコへと斬りかかっていくのだった。
*
突如地鳴りのような怒号が上がり、晴輝は肩をふるわせた。
「な、何があった!?」
見れば自衛団の表情が悲壮感漂うものから、希望に満ちあふれた挑戦者のそれになっていた。
彼らの中で一体どのような変化が起こったのか。
初めに声を上げたのは榎本だった。
榎本が指揮スキルで、皆を鼓舞したのか?
もしかして、指揮スキルはチーム全体に士気高揚系のバフを与える効果がある!?
「指揮スキル。……恐るべしッ!」
ゴッコを切りつけながら、晴輝は榎本のスキルに戦々恐々とした。
しかし晴輝は現状を正確に認識するに従って、だんだん肩を落としていく。
なぜならば彼の一声で、晴輝に向けられていた視線が一斉に失われてしまっていたから。
榎本に、完全に存在感を食われてしまった。
ガッカリだ。
晴輝は肩を落としながら、それでもゴッコを的確に切り刻んでいった。
ゴッコと自衛団プラス晴輝の戦いは、後者に軍配が上がった。
だが自衛団対晴輝の戦いは、自衛団に軍配が上がった。
奪われた存在感を、晴輝は最後まで取り戻せなかった。
「……っく! 折角目立っていたと思ったのに!!」
晴輝は涙を溜めながら、恨めしげな目でゴッコを睨み付ける。
ゴッコがもう少し生命力が低ければ、
『なんて(存在感が)凄いんだ!』
『空気さんって(存在感が)ステキ!』
『こんなに(存在感が)素晴らしい冒険家など他にいないぞ!』
晴輝は視線が集まった最高のタイミングでトドメを刺せていたかもしれない。
そう思うと、晴輝はため息しか出て来なかった。
とはいえ、ゴッコを責めても仕方が無い。
彼には後々、美味しい料理になることで(目立つシチュエーションを奪った)罪を償ってもらうことにしよう。
「……っと」
戦闘が終了した後、晴輝は現状を思い出し自衛団に歩み寄る。
現在晴輝は、横殴りした冒険家だ。
横殴りとは先に魔物を殴った冒険家の横から、魔物に殴りつける行為を指す。
経験値は基本的に、魔物の生命力を削った割合で分配されると言われている。
そのことから、横殴りは経験値を奪う行為として冒険家のあいだでは忌避されている行為だ。
晴輝が横殴りしたのは、ダンジョン主の唯一種に追い詰められていた自衛団を救うためだった。
晴輝が殴らなければ、自衛団はもっと大きな被害を出していたかもしれない。
緊急時の行動だと自衛団も判っているはずだ。
咎める人物はいないだろう。だが、横殴りをしたことについて、詫びの1つは入れるのが礼儀である。
「あの……横殴り、すみませんでした」
指揮官だと思われる榎本に近づいて、晴輝は頭を下げた。
しかし、榎本は晴輝に一切気づかず団員たちの状態チェックを行っていた。
頭を下げていた晴輝の横を、指示を出しながら榎本がすり抜ける。
「…………うん」
重傷者が出ていることだし、いまは怪我人への対応が最優先だ。
対応が忙しいのだから、晴輝に構えないのも仕方がない。
――そう、仕方がないのだ。
榎本だけではない。
皆忙しく動き回っているのだから、誰も晴輝に気づかなくても仕方が――
「くぅっ!」
仮面の下、涙をにじませながら晴輝は、逃げるようにダンジョン主の部屋を後にしたのだった。




