続・それぞれの戦場に立ち向かおう!
――ひゃっふぅぅぅ!!
「な――!?」
「魔物か!?」
「一菱のプレート!? 攻撃はよせ!」
「まさか、あれは……」
「「「仮面さんだぁぁぁ!!」」」
突如現れた晴輝の姿に、自衛団全員がどよめいた。
そんな中、何故か数名の自衛団員の言葉がハモったが、晴輝の耳には届かなかった。
なぜなら晴輝は現在、ゴッコの魅力に完璧に囚われていたから。
「ははははは!!」
晴輝は相手を威圧するような、覇気と殺意の籠もる笑い声を上げた。
いまや、晴輝の頭の中は完全にゴッコ汁で埋め尽くされていた。
ゴッコを倒せなければ、ゴッコ汁が食べられないのだ。
ゴッコ汁のために、晴輝は己の技術の全てを惜しみなくぶつけていく。
晴輝の攻撃がゴッコの皮を切り裂いた。
「VWOOO!!」
ゴッコが巨大な咆哮を上げた。
トンネルを抜ける強風のような咆哮だった。
体を膨らませて、晴輝に迫る。
それを晴輝は、跳躍でやり過ごした。
ゴッコの体当たりの勢いはすぐに止まらなかった。
質量のある体での、体当たり。
後方に控えていた数名の自衛団が、体当たりに直撃した。
直撃した自衛団が、ボウリングのピンのように吹き飛ぶ。
その光景を目の当たりにして、晴輝の脳が冷静さを取り戻した。
「……なるほど」
戦線を離脱した自衛団は、この体当たりをモロに受けてしまったか。
ゴッコの体積はトラック以上である。
そのゴッコが、公道を走るトラックと同程度の速度で突っ込んでくるのだ。
直撃すれば、並大抵の人間ならばまず立ち上がれない。
多少腕に覚えのある冒険家でも、耐えきるのは難しい。
幸いなことに、現在の一撃で死者が出ることはなかった。
晴輝が事前にスキルを割り振っていたおかげだ。
とはいえ怪我人は多数。
ゴッコにかまける前に自衛団を逃がさなければ!
そう思い、自衛団に避難を促そうとした晴輝は、
「――諸君、ボサっとするな! 仮面さんに合わせて動くぞ! 陣形を整えろ!!」
榎本の怒声に言葉を失った。
戦意をみなぎらせた榎本が、自衛団に指示を飛ばしたのだ。
まさか死ぬ気か?
晴輝は青ざめる。
晴輝にはその指示が、特攻としか思えなかった。
しかし、晴輝が想像していたものとはどうも戦況が異なっていた。
自衛団はゴッコを囲むように配置されている。
片方にヘイトが向かうと、もう片方が攻撃を仕掛ける。
ヘイトが向かった側は防御を固め、被害を食い止めている。
攻撃と防御の切り替えが1秒でも遅れれば、あっさり戦線が崩壊する。実に際どい戦い方だ。
なのに、不思議と安定している。
榎本の号令のタイミングが、恐ろしく的確なのだ。
「……なるほど」
自衛団が現在も戦えているのは、晴輝がスキルボードを割り振っていたから。
それと、榎本の特殊スキル『指揮』があったからだ。
もちろん『指揮』にも晴輝はスキルを割り振っている。
だがそれは、榎本がこのスキルを保有していたからだ。
そもそもこの『指揮』スキルが無かったら……。
晴輝がスキルを強化したとはいえ、自衛団の被害はこの程度では済まなかっただろう。
ほっとして、ほんの少しだけ晴輝の気が緩んだ。
その時、
「……ん?」
ゴッコのヘイトが僅かに変化した。
ほんの数瞬、ヘイトが晴輝に向きかけたのだ。
(これが意味するところは……)
考えろ。
考えるんだ!
ちらりと脳裡を横切った光。
それに、必死で手を伸ばす。
刹那の間に晴輝は気合で思考を回転させた。
そして、その光の意味するところに気づいた晴輝は、
「……はっ!」
つい、笑い声を上げてしまった。
戦いの風景には、なにも笑えるところはない。
晴輝が笑ったのは、見えてしまったから。
誰も死なずに、最良の戦績を残せる。
自衛団にとっても函館にとっても、最高の未来が!
このままでは、決してたどり着けない。
だが、もしかしたら――道を誤らなければたどり着ける。
そんな手の届く位置に輝かしい未来があるのだと、晴輝は気がついてしまった。
これを、笑わずにはいられない。
高揚せずにはいられない。
冒険せずには、いられない。
「――ッ!!」
晴輝は即座に方針転換。
自衛団を逃がすのではなく、このまま戦う決意を固めた。
しかし現状のままでは、確実に犠牲者が出る。
自衛団とゴッコのレベルは、気合いでは決して埋められないほど差が開いているのだ。
やるべき事はなにか?
自衛団を守りながら、どう戦うか?
晴輝は必死に考える。
意識を集中させ、情報を集約する。
様々な道を選別し、精査する。
そして、実行。
「――シッ!!」
威嚇ではない。
自衛団を逃がす時間作りでもない。
――ダンジョン主を、倒すために。
晴輝は短剣にたっぷりと殺意を塗りつけて、全力でゴッコに斬りかかった。
晴輝が攻撃を再開させると、自衛団が即座に動きを変化させた。
晴輝にヘイトが向かえば攻撃し、ヘイトを奪うと防御を固める。
また、ゴッコの動きに巻き込まれぬよう適度に散開させる。
ヘイトの判断は、魔物の目の動きと殺意の量で行える。
ただ直接戦っている者でなければ、ヘイト判断はなかなか難しい。
しかし榎本は後方に控えた状態で、ヘイトの判断をほぼ正確に行っていた。
「……すごいな」
彼の持つスキルを知っていたが、それでも実際に目にすると、晴輝は感嘆の声を上げずにはいられなかった。
ヘイトの判断は『指揮』もそうだが、『直感』で行っているのだろう。
直感スキルにこれほどの効果があったとは。
晴輝が目にした中で直感を持っていたのは榎本と、カゲミツ。
そして、マサツグだ。
もしかしたら直感は、冒険家として優秀な成績を収めるのに必要なスキルなのかもしれない。
(――うらやましいッ!!)
『直感』を持たざる晴輝は、持つ者への嫉妬を禁じ得ない。
いずれにせよ、『直感』は技術ではない。
晴輝では訓練しても手に入らない可能性が高い。
出来るなら欲しい能力だが、諦める他なさそうだ。
「こっちも負けてはいられないな!」
晴輝はゴッコの動きを、素早く頭にたたき込んでいく。
動く際の予備動作や、筋繊維の一本一本を捉えていく。
ゴッコは動きがかなりわかりやすい。
質量で相手を押しつぶせるからか、すべてが直線的で、外連味がない。
とはいえ油断して良い相手ではない。
体当たりを食らえば晴輝でも昏倒するほどの質量があった。
晴輝はゴッコの体に傷を付けながら、決して攻撃を受けぬよう立ち回る。
さらに、ヘイトが動きそうになった時に、晴輝は仮面への気力流入をほんの少しだけ解放した。
というのも(仮面そのものの力なのか、はたまた神気によるものか)気力を仮面に籠めると、ゴッコのヘイトを僅かに稼げるのだ。
そのことに、晴輝はつい先ほど――気が緩んだとき、無意識に仮面に気力が流入したことで、気がついた。
仮面が光ると、ヘイトが稼げる。
効果としては、カゲミツの『存在感』に近い。
晴輝は以前、『車庫のダンジョン』でカゲミツに助けられた時と同じように、自衛団に向かった致命的なゴッコの攻撃を、ヘイトをズラすことで防いでいた。
(どうしよう。存在感の強いカゲミツさんと同じスキルが使えてるぅ!!)
この世の春が来たかのように、晴輝は場を駆け、戦い、舞踊る。
ヘイトを稼いでいるのは、晴輝だけではない。
レアの二丁射撃も、ゴッコのヘイトを大きく稼いでいた。
初め、レアの射撃はゴッコの肉に阻まれ威力を減衰させた。
ゴッコの体表面には薄くヌメヌメが広がっている。
これのせいでジャガイモ石が滑ってしまうのだ。
さらにゴッコは体のほとんどがゼラチン質だ。
打撃系攻撃の威力を、ゼラチン質が吸収してしまう。
ただの投擲ではダメージが与えられないと踏んだレアは、攻撃目標を晴輝が生んだ傷口に定めた。
これがかなり有効手だった。
レアはジャガイモ石を傷口目がけて投擲。
三十センチほどの傷口が、ジャガイモの衝撃によって無理矢理引き裂かれ広がっていく。
「VWOOO!!」
この攻撃を受ける方はたまらない。
ゴッコは体をよじりながら、目を血走らせながら空を飛び回る晴輝を忌々しげに睨み付ける。
気力攻撃で傷口を増やしながら、晴輝は違和感を覚え、レアのジャガイモ石を横目で捉える。
ただの石だったはずのジャガイモが、なんと淡く発光しているではないか。
「――っておい、レアも気力攻撃が使えるのか!」
晴輝が捉えた光は、気力だった。
レアはほんの少しだが、ジャガイモ石に気力を込めて攻撃を行っていた。
晴輝が気付くと『どう?』と胸を張るように、レアがフフリと自慢げに茎をそらせた。
「はっ……はは!」
良いね。
実にいい!
元々ダンジョンで生まれたレアにとって、気力は身近な力だったのだろう。
晴輝が気力攻撃を覚えたことで、その感覚がテイムのパイプを通じてレアに伝わった。
その感覚をなぞるようにして、レアは徐々に気力の使い方を覚えていったのだ。
「負けてられない――なっ!!」
レアの気力攻撃習得に感化され、晴輝は魔剣に込める気力の量を一気に増やした。
レアの主がレアと同程度の攻撃を行っていては、さすがに情けない。
レアが晴輝を立派な主だと認めてくれるように、晴輝は高練度・高威力の攻撃を繰り出していく。
斬り、突き、フェイクで相手を揺さぶり。
裂き、蹴り、跳躍、回り込む。
飛んで跳ねて急接近。
一撃当てたら即離脱。
晴輝は仮面を輝かせ、ゴッコのヘイトを大きく稼ぐ。
そして視線を切るように、相手の死角へ回り込む。
更なるやる気に燃える晴輝を見て、レアがやれやれと言うように葉を揺らした。
得意げだった葉は優しいものに代わり、けれど敵対するゴッコに向けては強烈な殺意の塊を放っていく。
「しまッ!? 下が――!」
後方で榎本が叫んだ。
だがその指示が行き渡る前に、ゴッコが動いた。
怒りに膨れたゴッコが体を捩り、吸盤を使って回転した。
密集した自衛団めがけて、尻尾が勢いよく振るわれた。
そこに、
「エスタ!!」
赤い流星の如く、エスタが突っ込んだ。
晴輝とは別の場所で待機していたエスタが、ゴッコの攻撃を敏感に察知して飛んだ。
ゴッコの尻尾とエスタの体が空中で激突。
空気が破裂。
空間が、揺れる。
互いの勢いが拮抗。
僅かな間隙。
力は同等。
勢いが消滅。
エスタはその場に着地して、晴輝に向けて触角を動かした。
まるで『守ったよー! ほめてー!』とでも言うように。
そんなエスタに、晴輝は苦笑した。
次の瞬間。
「――あ」
モーションの少ない尻尾攻撃で、スパーン! とエスタが吹き飛ばされた。
幸い、攻撃はエスタにダメージを与えるものではなかった。
単に質量の違いで吹き飛ばされただけに過ぎない。
事実、壁に激突したエスタは『テヘッ!』と羞恥を誤魔化すように触角を動かした。
やれやれ、とレアが葉っぱを動かした。
「(にゅんしゅん!)」
「(にょんにょん)」
「(パパッ!)」
「(……しゅん)」
一体なにが話し合われたのか晴輝にはさっぱりわからなかったが、レアがエスタを叱ったことだけは理解出来た。
ダンジョン主の稀少種戦だというのに、晴輝らはほとんど緊張していなかった。
とはいえ、ダンジョン主は通常の魔物と比べると生命力がかなり高い。
『神居古潭』のダンジョン主を倒すのに、晴輝らは2時間も掛かった。
今回の戦いも、長時間戦闘が予測される。
僅かなミスが命取りになる。そんな戦闘が、長時間続くのだ。
どこでなにがあるかわからない。
だから晴輝は何があっても即時対応出来るよう、集中力を最大まで高めて戦いに臨むのだった。
*
自衛団本部の監禁部屋では、現在も火蓮による説明は続いていた。
しかし火蓮がなにを言おうとも、エアリアルの面々は生暖かい目で火蓮を見るばかり。
――信用されてない!?
晴輝と違って、火蓮は真人間だ。
真人間だと火蓮は思っている。
少なくとも奇妙な仮面はかぶっていないし、触手が生えているわけでもない。
たった1つ、チェプというイレギュラーがあるばかりに、真人間から外れてしまうことが、納得出来なかった。
「しかしなあ、お前も空気の狩りについて行けるんだろ?」
「うわ……マジですか」
「それは酷い」
カゲミツの言葉に、何故かヨシとヴァンが顔を青くした。
一体彼らは何故そのような顔をしているのか。
また晴輝がなにかやらかしたのか?
首を傾げる火蓮に、カゲミツが口を開いた。
「いいか火蓮嬢。空気はぶっ倒れるまで延々と狩り続ける野郎だ。その男の狩り……いや、荒行について行けるだけで、普通じゃねえ」
「けど――」
「普通の冒険家の、1日の魔物の平均討伐数は50匹だ。200匹も魔物を倒さねえんだぞ?」
「……えっ?」
「「「…………」」」
ほらぁ。
やっぱりぃ。
空気側の人間じゃん。
そんな視線が鋭く火蓮の体に突き刺さる。
確かに1日に200匹倒したことはある。
だがそれがまさか異常なことだとは、火蓮は思ってもみなかった。
晴輝が普通に狩り続けるから、これが普通なのだと思い込んでいた。
(ここで、最高300匹倒したことがあります、なんて言ったら……)
間違いない。火蓮は二度とエアリアルの前で真人間を名乗れない。
普通の人間だと弁明していたはずなのに、気がつくと火蓮は、変態の瀬戸際まで追い詰められてしまっていた。
「それに、シャケも付いてるんだもんなぁ……」
エアリアルの皆が再び、一斉に火蓮に生暖かい目を向けた。
彼らの中で、火蓮の評価が定まりつつある。
だが火蓮はそれを決して認めるわけにはいかなかった。
はたして、この状態から形勢逆転出来るだろうか?
火蓮の正念場は続く。
コミカライズについて。
4話の作画カロリーが高すぎたせいで、更新がかなり遅れております。お待たせして大変申し訳ありません。
なんとか今月中旬くらいにはアップ出来そうです(と萩鵜は聞いております)
コミック1巻が2月28日に発売予定となっておりますが、こちらはなんとか間に合いそうです。
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