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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
5章 神の気配を宿しても、影の薄さは治らない
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自衛団本部から抜け出そう!

 旧校舎を歩く自衛団の一人はいま、冒険家達を閉じ込めている部屋の前にいた。


「……あれ? オレ、なんでここにいるんだ」


 彼は元々トイレに行こうとしていた。

 だが何故か、立っているのはトイレではなく監禁部屋の前だった。


「疲れてんのかな?」


 ダンジョンに異変が起きたせいで、最近彼は過労気味だった。

 きっと疲労がピークに達したのだろう。

 そう帰結して、彼は来た道を引き返そうとした。


 その時――。

(光った?)

 扉に設置されている窓が輝いたように見えた。


 実際には輝いていなかったが、彼の目は強制的に窓の向こう側に吸い込まれた。

 その窓の向こう側を見て、


「……なっ!?」


 彼の口から素っ頓狂な声が漏れた。


 冒険家を監禁しているはずの部屋が、もぬけの殻だった。

 慌てて窓に近づき中を窺うが、彼の目には誰かがいるようには見えなかった。


(たしか中に入れた人数は全部で7名だったよな!?)


 部屋にはソファやテーブルがあるが、それだけの人数が姿を隠せるほどの障害物はない。


 彼の脳裡に、吉岡が激怒する様子が浮かび上がった。


(どど、どうしよう!?)


 怒られる怒鳴られる殺される!!

 彼は全身を震わせた。


 閉じ込めた彼らが大人しくしていれば問題はない。

 だが抜け出したとなれば、『監禁を指示した』吉岡がどれほど暴れ狂うかわかったものではない。


 現在は函館山ダンジョンの、ダンジョン主の討伐に向かう重要な時期だ。

 そのせいか、“普段は比較的温厚な吉岡”が、未だかつてないほど激高しやすくなっている。それこそ、髪の毛1本でも気にくわなければ怒鳴り散らすほどに。


 ただでさえ死地に赴くような状況下で吉岡に大爆発されては、彼を含めた自衛団は函館を救う前に心労で倒れてしまうだろう。


 だから彼が『出来れば穏便に済ませておきたい』と思ったのは、無理からぬことだった。


 彼は扉に手をかけて、外側にのみ設置されている鍵をカチャリと開いた。


(どうか、隠れているだけでありますように!!)


 祈るように扉を開いた彼は――、


「……あれ?」

「なんだ、どうしたんだ?」


 冒険家の姿を見て目を点にした。


(窓からは誰もいないように見えたのに……。“6名全員”揃ってる?)


 彼はしっかり人数を確認し、全員いることでほっと胸をなで下ろした。

 これで吉岡に怒られないぞ、と。


 それとほぼ同時に、彼はいま己が扉を開いていることに気付いて青ざめた。

 この隙に逃げられたら……。


(団長に怒鳴り殺される!!)


「――! いえ、なんでもありません。では!」


 彼は慌てて扉を閉めて鍵を掛けた。

 遅れて、嫌な汗がぶわっと吹き出した。


「危ないところだった……」


 いくら疲れて判断力が鈍っているとはいえ、まさか監禁中の部屋の扉を迂闊にも開いてしまうなんて。


 彼は額に浮かんだ汗を拭い、安堵の息を吐き出した。


「きっちり6人揃って良かった……」


 安堵すると、彼はぶるっと体を震わせた。

 元々彼がここに来たのは、トイレへの道を間違えたからだ。


 本来の要件を思い出した彼は、うっかり人としての尊厳を失ってしまわぬよう、小走りでトイレに駆け込むのだった。


          *


 カゲミツは実行した作戦が思いのほか上手く行ったことに、安心を通り超して驚いていた。


(いくらなんでも注意力散漫すぎるだろ……)


 注意力が散漫になっていた要因として考えられるのは、自衛団の練度の低さだ。

 だがカゲミツは、練度よりも彼の精神状態が良くないのではないか、と考えた。


 部屋に入る前。窓からちらり見えた男の無防備な顔は、酷くやつれていた。


 ここ数日の疲労が溜まっているのだろう。

 そんな状態でダンジョン主の唯一種に挑めば、一体どれほどの被害を出すことか。


 手遅れになる前に、作戦を強行して良かったと、カゲミツは誰にも気付かれぬよう安堵の息を吐き出した。


 カゲミツが企てた作戦だが、まず、この部屋に向けて自衛団員を1人だけ誘導した。

 その誘導には、ヨシの特殊スキル『罠』を用いた。


 ヨシはこの場所に移動する際、自衛団の目を盗んで罠を設置していた。

(気弱な彼が珍しく鋭い目つきをしていたのは、罠設置のタイミングを狙っていたからだ)


 ただ、『誘導』の罠を適当に設置してしまえば、部屋の前に自衛団がわらわら集まってきてしまう。

 それでは指一本触れずに抜け出すことが出来ないので、狙いを1人に絞った。


 狙いを絞るために、ベッキーが『千里眼』を発動した。

 彼女は『千里眼』の詳細な探知能力でターゲットを補足し、ヨシに合図を送った。


 合図を受けてヨシが罠を発動。

 自衛団員がまんまと罠に引っかかり、部屋の前まで誘導された。


 ただ部屋の前におびき寄せても、自衛団員は扉を開いてはくれない。

 部屋の前に立った自衛団員に、まずカゲミツが存在感を放って視線を引きつけた。


 視線が動くと、即座にドラ猫が開眼能力『誤認』を用いた。

 団員は、『窓の向こうの、部屋の中には誰もいない』と誤認した。


 その誤認に慌てた団員が扉を開いたところで、エアリアルの作戦は終了した。


「……あいつ、なんで一人で扉を開けた?」


 壁の隅で待機していたヴァンが、不機嫌そうに呟いた。

 彼が抱いた疑問はカゲミツも感じていた。


 通常であれば問題が生じたら、そして問題が大きければ大きいほどチーム内で共有するものだ。

 情報を共有して、複数人で対処する。

 実際カゲミツは複数人で対処する場合を想定していた。


 部屋の前にやってくる団員はヨシの『誘導』で間引きして、それでも部屋の前にたどり着いた団員には、カゲミツが強い存在感で引きつけ対処する予定だった。


 しかし実際には、彼は一人で動いた。


「吉岡がアレだべ? 組織が正常でないんだべさ。だから重大な問題を一人で解決しようとしたんだべな」


 叱責されそうな問題が浮上すると、どうにかして問題をなかったことにしようという、危機回避的心理が働く。


 この作用は特別なものではない。

 母親に「なにをしてるの?」と尋ねられた子供が、反射的に「なにもしてないよ!?」と答えてしまうのが良い例だ。

 これは誰でも、どんな状況でも起こりえる。


 彼にもその危機回避の心理が働いた。

 ただし働いた状況は、組織としては最悪なタイミングだったが。


 いずれにせよ、彼の行動のおかげで脱出作戦は無事に成功した。


 脱出したのは勿論、カゲミツ達ではない。

 この場にいない、7人目の冒険家――空気である。


 作戦が始まった段階で、彼は存在感をゼロにして部屋を出て行った。

 出て行った……と思われる。


 彼が出て行った姿を、部屋の中にいる誰もが確認していない。


 それを、確認出来なくとも仕方がない。

 あのとき、空気の存在感はまごう事なく、ゼロだったのだ。


 カゲミツでさえ全身の神経をフル稼働させても、気配を感じ取ることが出来なかった。

 恐るべき隠密力だった。


 空気が無事に部屋を出られたかについて、カゲミツは一切心配していなかった。

 それよりも、


(羨ましいぞ畜生!!)


 かつて忍者を志したカゲミツは、彼の見事な隠密能力に激しく嫉妬するのだった。



 何故か苦み走った顔をしているカゲミツの後ろで、ヴァンは腕を組みながらむっつりと唇を尖らせていた。


 この作戦で、ヴァンは一切なにもしていない。

 ヨシ、ベッキー、ドラ猫は役に立ち、さらには別チームの空気が最重要ポジションで動いている。


 そんな中で、エアリアルの自分が何も出来ない状況が、ヴァンは悔しくて仕方がなかった。


 エアリアルの中でヴァンだけが、いまだに開眼能力が備わっていなかった。

 純粋な戦闘力はエアリアルの中で二番手だが、特殊能力込みだとヨシやドラ猫に劣ってしまう。


 唯一ヴァンは様々な道具が扱えるが、誰かに胸を張れるのはそれだけ。

 様々な道具が使えても、戦闘力が向上するわけではない。

 道具が扱えるだけでは器用貧乏にしかなれないのだ。


 そんな自分のポジションが、ヴァンは嫌で嫌でたまらなかった。

 冒険家として、誰かに負けないなにかが欲しかった。


 仮にエアリアルの中から選ばれないだけなら、まだ我慢出来た。

 だが今回の作戦では、エアリアル以外から空気が選ばれた。


 ヴァンの感情は、激しく揺れ動いた。


 確かに、カゲミツが口にした作戦は、個々人の能力を最大まで生かしたものだった。

 唯一、確実にこの場から抜け出せる空気に、白羽の矢が立てられるのも当然だ。


 だがカゲミツが作戦を立案したとき、ヴァンは猛烈に反対した。

 空気がたった1人外に出たところで何が出来る? と……。


 反対するヴァンに、ヨシとベッキー、それにドラ猫が賛同した。

 空気チームの火蓮という少女は賛否を口にしなかった。しかし複雑な表情を浮かべていた。

 そのことから、彼女もヴァンの意見にある程度共感はしていたはずである。


 ならばと、ヴァンはカゲミツに詰め寄った。

 しかし、空気の一言ですべてが決定してしまった。


『……たぶん俺なら、なんとか出来ると思う』


 ――一体どうするつもりだ!!


 そう口にした時のヴァンの内心は、黒々とした感情が煮えたぎっていた。

 それは『中級冒険家が、どうにか出来るはずがない』という祈りだった。


 冒険家には、公に出来ない能力や情報が多すぎる。

 まだ口にしてないが、空気には『なんとか出来る』と口にするだけの、なにかがあるのだ。

 そしてその力が、彼の急速な成長に繋がっているのだろう。


 しかし、ヴァンは最後まで作戦に首肯することが出来なかった。

 ヴァンはカゲミツに、空気ではなく自分を、自分達を信じて欲しかった。


 結局、ヴァンの意見はカゲミツに受け入れられることはなかった。

 空気は独り建物を出て、自衛団の壊滅を防ぐ方向で行動を始めた。


 ヴァンは苛立ちを抑えながら、空気の失敗を祈る。

 そんな自分の薄汚さを認識しながら、痛みを堪えるようにして……。


          *


 監禁されていた部屋から出た晴輝は、全力で慟哭を上げたい気分だった。


 仮面を外して隠密を発動した晴輝の姿は、あろうことかエアリアルの誰も捉えることが出来ていなかった。


 あの仮面を外して隠密を発動した瞬間の、エアリアルの表情――。


『お、おう……』とカゲミツが顔を引きつらせ、

『――なっ!?』とヴァンが眦を決した。

『なんというか……』とヨシは言いにくそうにもごもご口を動かし、

『す、すごいねー』とドラ猫は棒読みで、

『私でも捉えられない……』ベッキーが愕然として言い放った。


 この時点で晴輝の心はバキバキだった。

 バッキバキになっている所に火蓮が、


『――ぷっ!』


 エアリアルの驚きっぷりに耐えきれず、大きく吹き出した。

 晴輝は、真っ白になった。


 空気に溶け込んだ状態で、真っ白だった。


 せめて真横ギリギリを通過する自衛団の団員には、なにかしら気付いてほしかった。

 しかし無情にも気付かれなかったために、晴輝の涙腺がついに決壊した。


 カゲミツが立てた作戦が上手く行ったのは僥倖である。

 だが、作戦成功を晴輝が素直に喜ぶことは出来なかった。


「……くすん」


 晴輝は完全空気扱いされながら、旧校舎をとぼとぼと歩いて脱出したのだった。



 函館山ダンジョンでは既に、自衛団員が集合を始めていた。


 唯一種が登場してから自衛団が動き出していたはずだが、討伐は今日。

 ここまで討伐開始が遅れたのは、彼らが入念に下準備をしていたからか。


 自衛団は全部で100名ほど。

 それらが小隊ごとに纏まっていた。


 小隊は全部4つある。

 それぞれのリーダーが隊員に薬品を渡していた。

 ここ数日で買い付けただろう、回復用アイテムだ。


 小隊を纏める中隊長が、補佐役と共に作戦の最終確認を行っている。


 自衛団は(念のためだろう)ダンジョン周辺への立入り規制を行っていた。

 函館山ダンジョンの改札口周辺には、自衛団の姿しかない。


 自衛団は皆対応に追われていたせいか、目の下にクマがあり、頬がこけてげっそりしている。

 目に光が灯っていない。

 その姿が、まるで仕事に追われて徹夜作業を続けていた、かつての自分の姿のようで、晴輝は胸が苦しくなった。


 彼らの他に特殊警察や、冒険家の姿がないのをしっかり確認してから、晴輝は改札口に向かった。


 きちんと反応してくれた改札口に気分を良くして(お前だけだ、俺を認識してくれるのは!)晴輝はダンジョンの入り口――階段の1段目に立って、スキルボードを取り出した。


 それを早速スワイプし、自衛団達のツリーを表示する。


 監禁部屋からの脱出は、カゲミツらがメインで行った作戦だった。

 すべては自衛団員を守るために。


 ここからは晴輝一人の判断に全てが委ねられていた。

 団員の前で演説しても良いし、時間稼ぎをしつつ一菱を頼っても良い。


 とにかく出来る限りの行動を以て、晴輝は自衛団を壊滅から救わなければならない。

 責任重大だ。


 自衛団は函館山ダンジョンの唯一種主には敵わない。

 それがエアリアル――、一流冒険家が出した見解だった。

 手を出さなければ、見解通りに進む可能性が非常に高い。


 だからこそ、晴輝は動いた。

 たとえ作戦の序盤で、自らが嫌悪する『隠密』を長時間用いることになったとしても……。


 手の届く位置にある命は、決して見捨てない。

 存在感消失を怖れて彼らの命を見捨てるような判断は、晴輝には絶対に出来なかった。


 とはいえ、晴輝がたった1人で自衛団全員を守りながらダンジョン主を倒すなど現実的に不可能だ、というのがエアリアルらの共通認識だった。


 事実、カゲミツを除くエアリアルのメンバー全員が作戦に反対した。

 目上の冒険家ばかりで恐縮していたのだろう、火蓮は居心地が悪そうに体を揺らしながらも、その目は晴輝の身を案じていた。


 晴輝が抜け出すのは問題ない。その後の行動が問題だ。

 そう、カゲミツと晴輝以外が反対した。


 しかし、

『俺は空気を信じる』

 カゲミツはその一言で、皆の反対を押し切った。


 カゲミツが信頼を寄せてくれている。

 だからこそ晴輝は出し惜しみするつもりはない。

 全力で、彼の期待に応えるつもりだった。


 人助けは、手の届く範囲で。

 ただし、手が届くなら全力で、だ。


「……うわぁ」


 スキルボードで団員達のスキルレベルを眺めていた晴輝は、そのあまりのレベルの低さに驚いていた。


 最初の数人が特別レベルが低いのかと思っていたが、違う。

 ほぼ全員の最高スキルレベルが2、戦闘スキルの平均は1程度しかなかった。

 おまけに特殊スキルもない。


「特殊スキルってあるのが普通だと思ってたけど、違うのか……」


 晴輝はこれまで何人かのスキルツリーを見てきたが、ほぼ全員に特殊スキルが存在していた。

 だがどうやら特殊スキルを持っている人物の方が特別であって、なにも無いのが普通であるようだ。


 このスキルレベルの低さでどうやっていままで、ダンジョン主を倒してきたのだろう? そんな疑問が沸いたが、ダンジョン主は基本的にレイド戦だ。

 戦術次第では、スキルレベルが低くてもダンジョン主を倒せるのだろう。


 それにプラスして、


「……たぶん、この人がいたからだろうな」

ヴァン「空気がたった1人外に出たところで何が出来る!」(誰も認識出来ないじゃないか!!)

晴輝「……」


晴輝「お前だけだ、俺を認識してくれるのは!」

改札機「あっ自分、認識してるのはICカードなんで」

晴輝「…………」

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