部屋を抜け出す準備をしよう!
小さな笑い声が、吉岡の怒りを爆発させた。
吉岡の額に浮かび上がった血管が、そろそろはち切れそうだ。
食いしばった歯の隙間に泡が溜まる。
「こうも俺をおちょくるとは、貴様の性根はよほど腐っていると見える。なるほどそのような仮面をかぶって他人を脅すことで、貴様は金をせしめているのだな。見た目に力を入れるのは、無能だからか。……弱者は哀れだな」
フッと吉岡が口を歪めた。
――瞬間。
火蓮とレア、さらにエスタとマァトが同時に殺気立った。
部屋の温度が急激に低下する。
彼女たちの殺気は、激高していた吉岡さえも怯ませるほどのものだった。
吉岡以外はもっと酷い。自衛団員は膝が揺れ奥歯をガチガチ鳴らしていた。
吉岡に悪意をぶつけられた当の本人はというと、仲間達の殺意とは真逆にとても冷静に状況を分析していた。
(吉岡さんはどうしてこうも必死なんだ?)
彼はこの場で、晴輝らを怒らせることに終止している。
初対面の相手を怒鳴ったり見下したり。
普通ではあり得ない所業である。
社会では怒鳴った方が負けだ。
吉岡にとって、晴輝は怒鳴って良い相手ではない。
何故なら吉岡と晴輝は、函館市に所属する自衛団と、一菱の依頼を受けた冒険家だから。
二人はそれぞれ、函館市と一菱の看板を背負っているのだ。
下手な対応は自らの看板に泥を塗る。
団長という立場上、それがわからないはずはない。
では何故……。
考えると、晴輝は吉岡の目的が見えてきた。
ちらり、晴輝はカゲミツを伺う。
晴輝の視線に気付いたカゲミツが、横目で晴輝に頷いた。
(やはりそうか……となると、吉岡さんは最終的になにを狙っているんだ?)
考えている晴輝の耳に、乾いた音が届いた。
吉岡が手を1つ打ち、視線を集める。
そして彼は自衛団に目配せをした。
「我々には遊んでいる時間がない。そろそろ冒険家諸君にはお引き取り頂こう。――榎本」
「は、はい!」
「わかっているな? ……送って差し上げなさい」
「――ッ!」
反論の声を上げようとしたヨシを、ギリギリのタイミングでカゲミツが制した。
後方で首を傾げた火蓮を見て、晴輝は大丈夫だと軽く頷いてみせた。
榎本と呼ばれた団員の一人に案内されて、晴輝らは旧校舎の廊下を歩く。
「……下手に動くなよ」
晴輝の前を歩くカゲミツが、小声で皆に釘を刺した。
そうしなければ、ヴァンやベッキー、それにドラ猫が何をしでかすかわからない雰囲気を放っていた。
ヨシは落ち着いて見えるが、その瞳は何かを狙うようにギラついている。
先ほどまではどこか抜けた様子があったのだが、今はそれが全くない。
案外ヨシが一番危ういのか。
「…………ここへ」
そう言って、自衛団員が扉を開く。
その扉は外へのものでは、もちろんなかった。
晴輝らが通されたのは、旧校舎の一番端にある客間だった。
特に頑丈な作りをしているわけではない。
だが、鍵が内側から開けられないようになっている。
「お前はこの意味が、分かっているのか?」
カゲミツが静かな声で、自衛団員の榎本に尋ねた。
榎本は俯いたまま制止している。
まさか彼は自分の行為がなにを意味するのかわからないはずがないだろう。
わかっているからこそ、なにも答えられないのだ。
「……仕方ねえ。ほら、入るべ」
カゲミツの一声で、エアリアルのメンバーは不満を滲ませながらも部屋の中に入っていく。
晴輝も、火蓮と共に中に入った。
全員が中に入ると、自衛団員がゆっくりと扉を閉める。
カチャリ、と鍵が閉まる小さな音が部屋に響き渡った。
「…………すみません」
外側から聞こえた榎本の声はあまりにか細く、いまにも泣き出しそうなものだった。
*
「……それで、これからどうするんですか?」
自衛団の足音が聞こえなくなったところで、真っ先にベッキーが口を開いた。
言われるがまま行動を起こさなかった、カゲミツを責めるような強い口調だった。
「私、状況が全然わからないんですけど……」
肩身が狭そうに火蓮がぼそっと呟いた。
周りが上級冒険家だらけなので、やや腰が引けている。
そんな火蓮を見て、カゲミツが安心させるように柔らかい表情を浮かべた。
「簡単に説明すると、俺らは自衛団に軟禁された。唯一種を討伐するまで大人しくしていれば、オレらは無事解放されると。
逆にここから無理に出ようとしたら、器物破損か傷害罪かで通報するべな。そうすっと、依頼主に迷惑がかかる」
「……なら、外部に連絡を取れば穏便に抜けられるかもしれませんね」
そう言って、ベッキーが鞄から携帯電話を取りだした。
おそらく衛星を経由する電話だ。
その画面を見て、室内を彷徨くが、彼女は悔しげに顔を歪めて首を振った。
「どうだ?」
「ダメですね。電波が通じません」
「……そうか」
「ならー、壁を破壊して抜け出すー?」
ドラ猫がファイティングポーズで笑う。
実に愛くるしい笑みではあったが、晴輝はちっとも心穏やかになれない。
体から殺意が溢れすぎているのだ。
そんなドラ猫を見て、カゲミツが青ざめた。
「やめろ。それは、絶対にダメだ」
「えー?」
「えーじゃない。確実に監禁罪が成立するなら、正当防衛で建物ぶっ壊して逃げ出すんだがな。相手は自衛団だぜ? 治安維持代行の権利を持ってる自治体直下の実行部隊だ。権利は警察よりかは弱いが、冒険家よりは強ぇ」
緊急事態時に、すべての冒険家が自衛団の指揮下に入るのがその証左だ。
自衛団は、冒険家を制限出来る。
当然ながら特定条件下であれば、という制約はあるが。
いずれにせよ、力で打開するのは得策ではない。
ここにいる人間は、冒険家であって法律の専門家ではない。力任せな行動を取れば、法の落とし穴に填まりかねない。
「これは俺の憶測だが、吉岡が狙ってんのは依頼主の首じゃねえか? それなら、一連の行動に納得が出来るべ」
「カゲミツさんは、依頼主が誰か知ってるのか?」
これまで黙ってカゲミツの話を聞いていた晴輝が、そっと横から口を挟んだ。
その晴輝に、カゲミツは軽く頷き口を開いた。
「市長だべさ」
「……ああ」
なるほど、と晴輝は思った。
だからか、とも。
依頼主が市長であれば、確かに吉岡の謎の行動に説明が付く。
「空星さん、なにかわかったんですか?」
「ああ。これまで吉岡は、俺達をなんとかして怒らせようとしてただろ? 多分、みんな気付いていたと思うが、あれは罠だったんだ」
晴輝の言葉に頷いたのは、カゲミツとヨシだけ。
ヴァンとベッキー、ドラ猫と火蓮が目を見開いた。
(……あ、あれ?)
晴輝は僅かに動揺したが、まいいやと気持ちを切り替える。
「吉岡は冒険家を怒らせて、自衛団に暴行を加えたって状況を作りたかったんだ。自衛団がいるのに勝手な判断で犯罪者を雇うとは何事か? って市長に言うためにね」
「空気の言う通りだ。今回の依頼は、通常の役所の依頼と違って、唯一種が発生してから依頼を受理するまで短期間だった。このことから、依頼主の市長は議会の承認を得ずに、自らの判断で冒険家を雇ったんだ。私費を投じてな。
市長が私的に雇った冒険家が、自衛団に暴行を加えるか、自衛団の施設を破壊でもしたら、市長の責任問題は免れないべ」
あくまで憶測だがな、とカゲミツは付け足した。
晴輝らが強攻策に打ってでれば、確実に依頼主を窮地に立たせてしまう。
晴輝らは依頼主の依頼を遂行するための兵士であって、決して依頼主に不利益を与えてはいけない。
もし不利益を与えてしまえば、今後の冒険家活動に少なからず影響を与えてしまう。
『依頼は達成出来るが、依頼主に不利益を与えた冒険家』
そんな奴を、一体誰が雇うだろう?
「だから今は、黙って部屋の中でくつろいでんのが一番なんだよ。……今は、な」
そう言って、カゲミツがヴァンにウインクをした。
男のウインクなんぞ、晴輝はアイドルでしか見たことがない。だがカゲミツのそれは、妙に様になっていた。
これが存在感の力か!
晴輝の奥底からフツフツと嫉妬が湧き上がってきた。
「ところでカゲミツさん。自衛団の練度はどう思った?」
「……低いな。いや、函館山のダンジョン主が倒せるくらいの練度はあるとは思うが」
「唯一種には勝てると思うか?」
「わからん。そもそも俺らは唯一種を目にしてねえからなあー」
「だよな」
晴輝は僅かに肩を落とす。
自衛団に対する評価は、晴輝とカゲミツでほぼ同じだった。
この場にいる誰も唯一種の力がわからない以上、彼らが勝てるかどうか――このまま様子見していて良いかが判断出来ない。
晴輝は基本的に、カゲミツの方針に従うつもりだ。
だが、それは自衛団に被害がなければの話。
もし自衛団に被害が出そうな相手であれば、ここを抜け出そうと考えていた。
「出来れば、稀少種の力量を確かめておきたかったんだが……」
「それならわからなくもないぞ」
「え?」
「ベッキー」
「……精密な判断は出来ませんからね?」
はあ、とベッキーが大きくため息を吐き出した。
一体これから何をするのか、晴輝にはさっぱりだ。
しかし彼らは一切語るつもりがない。それが、少しだけ強ばった雰囲気から判断出来る。
おそらくこれからベッキーが行うのは、旭川で行った『魔物早狩り競争』で、魔物の総数を調べるために用いた能力だ。
晴輝はその力がどのようなものかを知らない。
だが『探知』スキルと似たような性質であれば、相手の能力を大雑把に判断することも可能だ。
『探知』スキルは、魔物の気配を肌や耳、空間の違和感などで感じ取る。
その力が極限まで鋭くなれば、目で捉えなくとも魔物の強さがある程度判るようになるのだ。
「…………うん。大体わかった」
1分ほど眼鏡に手を当てて目を瞑っていたベッキーが、少し憔悴したように息を吐いた。
能力の行使はかなりの疲労が蓄積するようだ。
「私の感覚だと、自衛団はまず勝てないと思います」
「……マジか。カゲミツ、どうする?」
「これじゃー自衛団見殺しだよー。全滅したら市長さん、マズイんじゃないー?」
「……それも吉岡の作戦の一つなのかもしれんがな」
カゲミツの呟きに、エアリアルのメンバーが「うっ」と息を飲んだ。
そこまでやるか? と……。
空気も火蓮も、互いに打開策を考えているのだろう。難しい顔をしている。
(……仕方ねえ。少し急ぎめに行動するか)
カゲミツが仲間を見ると、各が小さく頷いた。
既に準備は終えている。いつでも動ける、と目で訴えている。
エアリアルが力を合わせることで、状況の打開は簡単に行える。
もちろん、誰かを怪我させたり、建物を壊したりせずに、だ。
しかしその後が問題だ。
部屋から抜け出した後で自衛団に妨害されたら、エアリアルには打つ手がない。
しかし問題の部屋から抜け出した後だが、カゲミツには勝算があった。
あとは“彼”が動いてくれるかどうかだが、これについてカゲミツはあまり不安を抱いてはいなかった。
「んじゃ、今後の方針を説明するぞ」
そう言って、カゲミツは自ら立案した作戦を皆に聞かせた。
作戦を話し終えたところで、カゲミツは皆の顔を見回した。
『本当にその方法しかないのか?』と考えているのだろう。
それぞれが難しい顔をして口を結んでいる。
皆が悩んでいるのは、ダンジョン主を倒すことではない。
勿論それも悩ましいのだが、それよりも深刻なのは自衛団だ。
彼らが装備している武具はエントリーレベルで、ほとんどの者がミドルクラスを装備していなかった。
よほど予算が足りていないのか。エントリー武具は中でも貧弱なものだ。
手入れはしているようだが、破損した武具を装備している者もいた。
強い武具が手に入らず、買い換えることも出来ない。
そのような自衛団がダンジョン主の唯一種と戦ったら、負傷者が出ることは容易に想像出来る。
負傷者だけならば良い。
カゲミツは最悪の場合、壊走もあり得ると考えていた。
もし自衛団が壊走したら、この地の自衛力が大幅に落ちてしまう。
いついかなる時も備えなければいけない現代において、自衛力低下の空白はどうしても避けねばならない。
武具や設備と違って、人材は換えが利かない。
人が育つまで、ダンジョンは待ってくれないのだから……。
*
【飛ぶ】仮面さんの出現を報告する書1【消える】
21 名前:仮面さんを見守る名無し
函館で仮面さん発見!
>>9が言ってた通り、確かに光ってたはww
22 名前:仮面さんを見守る名無し
詳しく!
23 名前:仮面さんを見守る名無し
宙に浮かびながらピカピカと
特に目の辺りがペカペカ光ってたかな
24 名前:仮面さんを見守る名無し
マジカwww
函館わりと近いから行って仮面さん探しでもしてくるかなww
25 名前:仮面さんを見守る名無し
近い(100キロ)ですねわかります
26 名前:仮面さんを見守る名無し
さすがにそんな遠くねーよwww
50キロくらい走れば郊外には着くぞ
27 名前:仮面さんを見守る名無し
近いってなんですかね(白目
28 名前:仮面さんを見守る名無し
てか仮面さんなんで函館にいるん?
函館ってなんかあったっけ?
29 名前:仮面さんを見守る名無し
ダンジョン主の唯一種が出たんだってよ
函館山ダンジョンの書が盛り上がってた
仮面さんの事だから多少強く生まれたからって
イキってるダンジョン主を潰しに行ったんじゃね?
30 名前:仮面さんを見守る名無し
函館の食べ物を味わいに行ったに1万ペリカ
31 名前:仮面さんを見守る名無し
食べ物(意味深
やっぱり魔物をバリバリ生食ですかね(困惑
32 名前:仮面さんを見守る名無し
あまり詳しく言うと身バレするから言いたくないが
現在仮面さん激おこかもしれん
仮面さんに暴言吐いた奴がいて
そいつの事、文字通り目を光らせて
羽を広げてながらガン見してた
33 名前:仮面さんを見守る名無し
・羽を広げる ←NEW
新たな仮面さんの一面が
・・・尊い
34 名前:仮面さんを見守る名無し
羽を広げて威嚇されたとか
>>32 のそいつ、やっちまったな・・・
ご冥福をお祈りする
35 名前:仮面さんを見守る名無し
いや祈る必要なくね?
俺らの仮面さんに暴言吐いたんだろ?
ならそいつは俺らにとっても敵だぞ殺せ
36 名前:仮面さんを見守る名無し
>>35 これが仮面さん原理主義者か・・・
しかし仮面さんが光るほど激怒してるなら
函館はもうダメかもしれんな・・・
函館逃げてッ




