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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
5章 神の気配を宿しても、影の薄さは治らない
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自衛団に挨拶しに行こう!

明けましておめでとうございます。

今年も変わらぬご愛顧を、どうぞ宜しくお願いいたしますm(_ _)m

 翌日、背中から突き刺さる視線を出来るだけ気にしないようにしながら、晴輝はホテルから移動を開始した。


 冒険家になって、これほど命の危険を感じた夜はなかったかもしれない。

 そう、晴輝は昨晩を振り返る。

 ……実に恐ろしい夜だった。


 朝、無事に目が覚めることが、これほど幸せなのだと思いもしなかった。


 真夏だというのに晴輝の周りだけ温度が低いのは気のせいか。

 晴輝は身を震わせながら、自衛団本部へと向かった。


 自衛団に向かったのは、依頼を遂行するためだ。

 先日カゲミツから聞かされた話は、(唯一赦された言い訳タイムの折に)既に火蓮に伝えている。


 しかしながら、火蓮は自衛団の不可解な行動に首を傾げるばかり。

 晴輝も同じ気持ちだが、組織というものには様々な人間がいることを知っている。


 以前働いていた印刷会社では、数値を出来るだけ良く見せるため決算前にいきなり経費を大幅に削減したことがあった。

 恐るべき事に上司は、経費節減の名目で印刷用の紙と、インクの発注にまで制限をかけてしまったのだ。


 おかげで仕事が滞り、晴輝は散々な目に遭った。

 そのくせ突如思い立ったように、ほとんど誰も使っていないホワイトボードを、ボロボロだからという理由で買い換えていた。


 従業員一同、『そりゃない!』と叫びたかった出来事の一つである。


 しかしながら、組織というのもは時として『それはない!』という判断を平然としてしまうものである。

 上に立つ人間が特異であればあるほど、その傾向が強くなる。


 そうした判断ミスを続けたところで、運営の大局に大きな影響を及ぼさない。

 ――影響が及ばないよう、下々の者が苦労するのである。


 それはある種の抑止力と言えよう。


 だから今回の自衛団の一件も(判断の善し悪しはさておき)最終的には、下々の平団員が奔走して問題を解決するだろう。そう、晴輝は考えている。


 ――なまじ結果が出せてしまうから、諸悪の根源が一切改善されないのだが。


 自衛団本部前で待機していると、カゲミツがメンバーを引き連れて現れた。


 晴輝は以前の『早狩り競争』の時に、ベッキーの姿を目にしていた。

 ヴァンとヨシ、それにドラ猫の姿を見るのは『ちかほ』のモンパレ討伐時以来である。


 メンバーを引き連れたカゲミツはかなり青い顔をしている。昨晩、お姉様たちと飲み過ぎて二日酔いになってしまったのか。


 晴輝は僅かに不安を覚える。

 そんな状態で、自衛団の会議に参加して大丈夫なのかと。


「おはよう、カゲミツさん」

「おいっす」

「……元気ないけど、大丈夫か?」

「……問題ない」


 問題ないと言いつつ、カゲミツは問題のある顔をしていた。

 だがそんな表情も、背後から放たれた鋭い空気により一変。

 瞬時に気合の入ったものに変化した。


 鋭い空気を放ったのは、ベッキーとドラ猫だ。

 その様子に、ヴァンとヨシが苦笑した。


 なにがあったのかと尋ねようとしたとき、晴輝の本能が警鐘を鳴らした。

 この気配……。突いて出てくるのは蛇ではなくドラゴン、あるいは虎か。

 彼の顔色の原因に触れるのはよそうと、晴輝は見て見ぬ振りを決めた。


「ところで空気よ」

「なんだ?」

「お前、なんで従魔は置いてこなかったんだ?」


 晴輝が“身につけた”レアとエスタを眺めて、カゲミツが眉根を寄せた。


「一応、自衛団の作戦を聞かせておいた方が良いと思ってな」

「……え? そいつら言葉を理解するのか?」

「もちろん」


 晴輝は自信満々に頷くが、カゲミツは胡散臭そうに表情を歪めた。


 カゲミツの疑惑に反応するかのように、レアとエスタが動き出す。


 レアは『失礼しちゃうわ!』と言うかのように、ツンツンと葉を尖らせて怪しげに揺れた。

 エスタは『食べ物くれるの?』と、どこか外れたような雰囲気で触角を動かした。


 そんな2人(?)の様子を見て、カゲミツが一度小さくため息を吐き出した。


「二匹……二人か? のことは、まあわかった……」


 いや、さっぱりわからんけど、という表情を浮かべてカゲミツが続ける。


「そっちの、その白い鳥はなんだ? ペットか?」

「テイムした」


 晴輝は「テイムした」の後に『らしい』と心の中で付け加えた。


 マァトについては、現段階でわかっていることは非常に少ない。

 晴輝に懐いているし、スキルボードにツリーが表示されている。その事実から、テイムしたのだと推測出来るだけだ。


 ピチュンとひと鳴きして、マァトが晴輝の手に飛び移る。

 その姿を見て、後方に控えたベッキーとドラ猫が声を上げた。


「可愛い!」

「めんこいなー!」

「――んごぁ!!」


 カゲミツを突き飛ばすように押しのけて、二人が晴輝の手に顔を寄せた。

(突き飛ばされたカゲミツが、隅っこで哀愁を漂わせている)


 二人の体から『尊い!』『もふらせろ!』という、威圧にも似た雰囲気が強く放たれる。


 ベッキーがマァトにそっと手を伸ばした。

 動くと命がないとでも思ったのか。

 マァトは動かず、されるがままベッキーの手に包まれた。


「わぁ!」

「ベッキー、あたしにもー!」


 貸して貸してと、ベッキーの横でドラ猫が体を揺らした。


 捕まえられた本人(鳥)は晴輝に悲しげな視線を向けた。

 しかし晴輝にマァトは助けられない。


 先ほどの二人がカゲミツを押しのけた腕力を見せられては、助ける勇気が一切湧き上がらなかった。


「……ずいぶんお前らしくねえ魔物だな。てか魔物か?」

「魔物だな。って、俺らしくないってどういう意味だ?」

「そういう意味だよ。わかるだろ? 察しろよ」


 カゲミツの言葉から、一体なにを察すれば良いのか?

 晴輝は首を大きく傾げた。


「色々言いたいことはあるが、まあ良い。時間もないしな。そろそろ行くぞ」

「……はい」

「……はいー」


 カゲミツの一声で、もふもふ成分を充填していた2人が不承不承、晴輝にマァトを返却した。

 ぐったりしたマァトは、逃げるように晴輝の羽根輪の中に潜り込んだ。



 学校を改装した自衛団本部の中を進み、稀少種対策室と書かれた紙が貼られている部屋に入った。


「……またお前か」


 対策室の一番奥に居た人物が、カゲミツを見た途端にうんざりした表情になった。


 その人物は禿頭の男性で、腹部がでっぷりと膨らんでいる。

 川前シリーズのエントリーを装備しているが、あまり鍛えているようには見えない。


 腰に差している同メーカーのミドルクラス。種類は、軍刀か。

 すばらしい! 良い趣味だと晴輝は心の中で快哉を上げる。


 しかし彼がその武器を鞘から抜けるか怪しいところだ。

(ダンジョン武器は、本人のレベルによって制限を受けるが、武器を使おうとしなければ制限を受けないのだ)


「函館山ダンジョンの唯一種については、我々が討伐すると伝えていたと思ったんだが?」


 男が不機嫌な声を発すると、途端に室内にピリッとした空気が漂い始めた。

 周りにいた自衛団の表情が強ばった。


 まるで社長の機嫌が悪い日の、社内の空気だ。


 なるほど。この人物が、自衛団の団長だ。

 周りの雰囲気から晴輝は察した。


 団長がエアリアルを眺め、晴輝を見た。

 その瞬間、


「――は!?」


 団長が素っ頓狂な声を上げた。

 まるで真っ昼間に表れたUFOが牛を連れ去る現場を目撃したかのような驚きようだった。


 彼の目は、晴輝に釘付けになった。

 晴輝の鼻の穴が、みるみる広がっていく。


(見られてるッ!!)

(気付かれてるぅッ!!)


 カゲミツの強すぎる存在感にも負けない力が、ついに手に入った!?

 胸が高揚する晴輝とは打って変わって、室内には雷雲が立ちこめた。


「貴様ら……。ここに化け物を連れてきて一体どうするつもりだ!!」


 雷雲が落とした稲妻が、ビリビリと部屋を震わせた。


「化け物? ――ハッ! ん? ……ばけ……もの」


 化け物と呼ばれた当の本人は辺りを見回し、室内のすべての視線が自分に向けられていることで興奮し、しかしその視線の意味を察して一気に萎んだ。


 違う、と何度も心の中で否定する。

 だが視線は正直だ。

『化け物』と聞いた皆が、一斉に晴輝を見ていた。


 ――いやいや、気のせいかもしれない! 俺じゃない可能性は、まだ残ってる!!


 晴輝は試しに、こっそり立ち位置を30センチほどずらした。


 だが、視線は晴輝がズレた分だけ動いた。

 これでもう言い逃れは出来ない。


 悪夢がそのまま現実になったような光景だった。

 晴輝は崩れ落ちそうになるが、歯を食いしばり踏ん張る。


 その後ろから、「ぶぴぴ」と火蓮が笑いを堪えて、それでも堪えきれなかった息づかいが聞こえてきた。


 カゲミツは『ほらな』と言わんばかりに肩をすくめて失笑。

 エアリアルを眺めると、晴輝の視線から逃れるようにメンバーが一斉に口に手を当てて横を向いた。


「……おい」


 これから共闘しようという仲間なのに、晴輝は一人だけ見捨てられた気分だった。


「いいか良く聞け冒険家ども! 俺達自衛団は、外圧には一切屈しない!!」


 団長が顔を真っ赤にしながら机に拳を叩きつけた。

 弛緩した空気が、一気に引き締まる。


「吉岡さん、それは違う。オレ達は圧力を掛けてダンジョン主の討伐に参加するつもりは一切なかった――」

「黙れ!!」


 再び吉岡が机に拳を落とした。

 同席している自衛団のメンバー全員が、皆肩をふるわせ青ざめた。


 対して晴輝らは微動だにしなかった。

 なぜなら吉岡のそれは、実行力を伴わない虚仮威(こけおど)しだから。


 晴輝らは常日頃から、ダンジョン内で強烈な殺意を受けている。

 本物の殺意は、黙っていても身が竦むものだ。


 音で誤魔化した威圧に、晴輝らが怯えるはずがなかった。


 晴輝らの無反応具合が面白く無いのか。

 吉岡は益々顔を赤くしていく。


「貴様ら冒険家はみんなそうだ。力を得た途端に窃盗・強盗・傷害・脅迫。すぐ暴力に訴えるようになる。力があれば我が儘が通ると思い込んでる! なにをやるにも金カネかね。金がなけりゃ、人の命も街の未来も救おうとしない。一度力が手に入ったら函館を見捨てて出て行く奴らばかりだ!!

 そんなクズ共の代わりに、俺達が街を守ってんだ! 普段なにもしないくせに、金の匂いがした途端にハイエナのように集まってくる。そんなクソみたいな奴らは一切、手を貸さなくて結構だ!!」


「吉岡さん、少し落ち着いて――」

「黙れクズが!! ダンジョン主の唯一種は、自衛団が責任を持って倒す。これは我々の仕事だ! ハイエナの貴様らは一切手出しをするな!」

「しかし――」

「黙れと言ってる!! なんだ、俺達自衛団は何も出来ないと思っているのか? 自分達冒険家の方が何倍も優れてると思い上がっているのか!?」

「いや――」

「俺達自衛団は、函館山ダンジョンを何度も制覇しているんだ。今回の稀少種だって倒せぬわけがないだろ!! 舐めるなクズが!!」


 吉岡は頭に血が上りすぎて、意識が飛びそうになった。

 それくらい、吉岡は激高していた。


 理由は、相手が冒険家だから。

 冒険家というものは、個人主義であり、お金に目がない。


 力を得た途端に、あっさり地元を捨て、仲間を捨て、手の平を返す。

 非情であり、酷薄な輩ばかりである。


 人口と共に働き手が減少し、さらには主要産業のイカ漁が出来なくなって一気に衰退した。そんな函館を、儲からないからという理由で冒険家はあっさり捨てて行く。


 函館にはダンジョンがある。

 そして周りには人が住んでいるのだ。

 そんな状況で、函館を見捨てていく冒険家が、吉岡は嫌いで嫌いで仕方がなかった。


 貴様らには郷土愛はないのか、と。

 郷土に対して、一切の恩義を感じていないのか、と。


 地元を捨てる冒険家には、イカ漁が出来なくなって涙を流す人達が目に見えていない。

 イカが水揚げされないことで、倒産する会社が目に入らない。


 冒険家は市民を救う仕事?

 であればまずは、遠くの誰かの命ではなく、函館で絶望の底に沈む市民を助けるべきだ!


 冒険家になって命を賭けるよりも前に、命を賭けずに困っている人々を助けようと、何故しないのか!?


 結局、彼らは金しか見えていないのだ。

 わかりやすく、そして手っ取り早く金を稼ぐために、彼らは冒険家を目指し、稼ぎの良い土地を目指して地元を捨てて行く。


 そして変事を敏感に感じ取り、函館の地を踏み荒らす。

 まるで金がないときに、満面の笑みを浮かべて表れる貸金業者のように……。


 そんな薄汚い奴らに、吉岡は自分達の大切な土地に、指一本触れて欲しくなかった。


「…………」


 牙を剥きだしにしながら荒い呼吸を繰り返す吉岡を見て、カゲミツは途方に暮れた。


 こうなった吉岡は、何を言っても聞く耳を持たないだろう。


 しかし、唯一種が現れたことで函館の食糧事情が逼迫している。

 そんな状況で差し伸べた手を突き放すなど、ましてや話合いさえ拒絶するなど、あまりに異常だ。


 先日会った時は、まだ理性的な会話が行えていた。

 何故、今日の彼はこれほど酷い癇癪を起こしているのか、定かではない。


 だが、彼がこうなったことで、依頼の遂行が困難を極めることだけはカゲミツにははっきりと予測出来た。


「卑怯者め! 何をこそこそしている! 姿を現せ!!」


 再び飛んだ怒号に、晴輝は肩をふるわせた。

 吉岡が怒鳴ったのは、誰あろう晴輝だ。


 先ほど晴輝は吉岡に『化け物』と呼ばれた。

 さらに、話がこじれてしまったことを、晴輝は自分のせいだと感じていた。


 もし自分がここに来なければ、穏便に話が進んでいたかもしれない……と。


 そう、落ち込んだことで、気配が僅かに薄くなってしまった。

 薄くなって、消えかかった。


 それを吉岡は、挑発だと勘違いしてしまったようだ。


 そんなつもりは一切ないのに……。

 晴輝の目に、みるみる涙が溜まっていく。


「……か、隠れてません」

「嘘をつくな! 隠れてただろ!!」

「いえ、そんなことは全く――」

「だったら何故目が光ってる!?」


 ――目!?

 晴輝の肩がピクンと跳ねた。


 吉岡に怒鳴られ追い込まれたせいで、気力がうっかり仮面に込められてしまっていたらしい。

 晴輝の仮面の目の部分が、ほんのりとした光を灯していた。


「おちょくってるのか!!」

「ちち、違います!」


 慌てた晴輝は、気力の制御をさらに乱した。

 途端に仮面の目が、チカチカと明滅を始めた。


 部屋にいる多くの人が、晴輝の仮面を見て顔を赤くしながら口を押さえる。

 晴輝の横からは火蓮の、「ひぃ、ひぃぃ」という死にそうな呼吸音が聞こえてきた。


 そのとき、「ぶぴぴ」と、部屋にいる誰かが吹き出した。

 誰かが吹き出すと、その音に釣られてまた数名が吹き出した。

ででーん。火蓮アウトー。

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