未来の『道』を考えよう!
本日『冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~2』の発売日です!
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「……一体何がいけなかったんだ」
カゲミツからの話が終わった後、晴輝の存在感は急激に下降を始めた。
「酒飲むのに邪魔だべさ。仮面くらい外せよ」とカゲミツが口にしたのが全ての原因かもしれない。
仮面を外した晴輝は、店内の薄暗がりに紛れ込むようにして存在感を低下させた。
飲み干したグラスに新たな水割りが注がれることはなく、晴輝の目の前でカゲミツがお姉様達といちゃつき始めた。
晴輝の隣には誰もおらず、風通しが大変よろしかった。
それまでカゲミツに持ち上げられ、存在感の春が来たと心を震わせていた晴輝は、勢いよく地獄に叩きつけられた気分だった。
泣きながら、自分で自分の水割りを用意し、目の前でお姉様達とイチャイチャする男の笑みを見続けなければならなかった。
もはやこれは拷問と呼んでも良いだろう。
アイテム強化で仮面をMAXまで強化したら、仮面を装備したままで飲食出来るようにならないだろうか?
そうなれば、今日のような地獄を味わわずに済むのに。
そんなことを考えながら、お姉様に秋波を送られるカゲミツを放置して、晴輝は泣きながらお店を後にした。
「どうせ俺がいなくなっても、気付いてくれないしな……」
そう呟きながらも、晴輝はチラチラと後ろを振り返る。
最後まで淡い期待を抱いていたが、「悪い悪い」とカゲミツが晴輝を追いかけてくることなど無かった。
現実はいつだって、悲しみに溢れている。
とぼとぼとした足取りで湯の川方面に歩いていると、空から白い毛玉が晴輝の肩に舞い降りた。
「……マァトか」
「ピッ!」
はいマァトです、と言わんばかりに彼女が翼を上に挙げた。
「俺を見つけてくれたのか……」
マァトは探知スキルが6と非常に高い。
だから遠くからでも晴輝を見つけられたのだ。
「……ふむ、そういう手もあるか」
晴輝の脳裡に邪な考えが浮かび上がった。
ダンジョンに潜った冒険家には、必ずスキルポイントが3つ付与される。
それを全て探知につぎ込めば、晴輝の存在も見つけてくれるようになるんじゃ!?
晴輝はそれをナイスアイデアだと思った。
ナイスアイデアだと思ってしまう程度に、晴輝は酒に酔っていた。
まっすぐ歩けているが、判断力が鈍っている。
スキルを振る手間、スキルを振っている最中に見つかるリスク。
さらにはリスクを冒して冒険家全員にスキルを割り振っても、一般人には見つからない。
どう考えても、良い手ではない。
そして結局のところその作戦は、誰かの力に頼って晴輝を見つけてもらっているだけにすぎない。
晴輝が自らの力で存在感を手に入れる方法ではなかった。
「ピョピョ!」
「……そうか。やっぱダメだよなあ」
晴輝は肩を落として、火蓮から教えて貰ったホテルにとぼとぼ向かった。
ホテルに到着した晴輝は、僅かに赤らんでいた顔を青くした。
現在、もうすぐ深夜の12時。
ほとんどの灯りが落ちたホテルの玄関に、
鉢植えを大切そうに抱えた少女が一人。
ホテルの正面入り口には少女二人――火蓮とレアの怒気が、満ち満ちていた。
「……や、やあ火蓮さんとレアさん。今日はとても良い天気デ、ス……ネ」
空を見上げると、星は雲のカーテンに隠れて見えなかった。
晴輝の機嫌を伺う言葉が尻すぼみしていく。
火蓮がニコニコとした笑顔で、晴輝に歩み寄ってきた。
だら、と晴輝のこめかみを脂汗が流れ落ちた。
仮面を付けた晴輝には、見えていた。
火蓮が放出する、凄まじい気力の本流が……。
「空星さん」
「ふぁ、ふぁい!?」
晴輝は舌を噛みながら答える。
慌てて背筋を伸ばし、しかし自分は何一つ悪い事をしてないのだと言い聞かせ、冷静さを取り戻す。
「なんだ火蓮。こんな時間まで起きてたのか」
「ええ。起きてましたよ。チームメンバー約1名が、いつまで経ってもホテルにいらっしゃらないので。迷ったんじゃないかって心配で心配で。一日中走りっぱなしで疲れた体をおして、湯の川を駆け回っていましたから」
「…………」
晴輝の背中は、まるで長湯をした後のように汗で濡れていた。
だがその汗は、お湯に浸かった後とは真逆でとても冷たい。
「一体、空星さんはこんな時間まで、どこで、なにをされていたんですか?」
笑顔の火蓮が背後に羅刹を召喚し、レアが無言で2本のノズルを晴輝に向けた。
もし誤魔化そうとしたらどうなるか……。
想像した未来に怯えた晴輝は、その場に飛び込むように土下座を行うのだった。
汗をしたたらせる晴輝。
順調な旅のしわ寄せが、現在、晴輝の縮こまった体に一斉に襲いかかって来た。
*
お姉様に胸を貸しながら水割りを飲むカゲミツは、空気について考えていた。
彼が空気に伝えたのは、全て本心だ。何一つ偽りはない。
カゲミツは裏方に回り、有り余る存在感を使って空気をプロデュースする。
空気はその実力を生かしながら、カゲミツの存在感を受けてスターダムをのし上がる。
上手く行くかはわからない。
だが、変化は確実に起こっている。
先日より、『なろう』の掲示板に仮面さん専用冒険の書が誕生した。
仮面さんとは、空気の別称だ。
周りの人間は仮面のインパクトに流されて、空気の名前を『仮面さん』だと思い込んでしまうらしい。(カゲミツがいくら教えようとしても、空気の名は誰も覚えてくれなかった)
何故そこまで空気の名が浸透しないのか、カゲミツには理解出来ない。
だが、『仮面さん』で認識が共有出来るなら、それで十分である。
カゲミツは空気に、1つだけ伝えなかったことがある。
それは、カゲミツの真の狙い。
カゲミツが空気と手を結ぶことで、カゲミツがやりたいことは一つ。
空気の、象徴化だ。
カゲミツは空気を、北海道を象徴する冒険家にしたいと思っている。
何故そうしようと思ったか。それは自分が早く目立つ場所から立ち去りたい、という目的のためでもあるが、一番は才能の差だ。
カゲミツでは、北海道の象徴として力が不足している。
現在ランカーになっているのは、たまたま自分の存在感が高かっただけ。冒険家としての実力は、都道府県のトップ同士で比較すると下の下である。
実際、他の象徴ランカーは凄まじい。
埼玉のマサツグには絶対王者としての実力があるし、東京のベーコンには皆を引っ張るカリスマがある。
千葉の時雨は、どこか抜けている彼女を支えようと周りが苦労するため、全体的にレベルアップしていく。
それに対してカゲミツはどうか?
マサツグから指摘された通り、北海道のレベルは本州に比べて劣っている。
最低でも2・3年は遅れている。
低いのは冒険家のレベルだけではない。
自衛団も練度が低く、予算も足りていない。
旭川の一件は、そもそも自衛団だけで対処すべき問題だった。
にも拘わらず自衛団は1ヶ月ほど自分達だけで魔物狩りを行い、結局業務を完遂出来ず仕事を冒険家に投げた。
比較的簡単な、上層の魔物の追い込み猟すら出来ない。
そんな自衛団の能力は、他都府県から見れば悲惨の一言だ。
自衛団の練度が足りないのは、自然災害の対策に時間が取られているから。他都府県と違い北海道はあまりに広いため、すべてに手が回らないのだ。
それはカゲミツも重々理解している。
であれば人員を拡充すべきで、しかし予算が少ないため人員を増やすことが出来ない。
このままでは、もし新宿のようなスタンピードが北海道のいずこかで起こったら、大量に犠牲者が出てしまう。
カゲミツで結果が出せないなら、頭を替えるしかない。
その新たな頭に、カゲミツは空気をと考えていた。
素顔の空気はまるで気配がないが、ひとたび仮面を装着すると(首から上に限って)恐ろしいほどの威圧感を放ち始める。
カゲミツが空気に、エアリアルとの提携の話をしたときだ。
彼の仮面の穴のない目が、ギラギラと怪しげな光を灯したのを、カゲミツはしかと見た。
その強い威圧感に、カゲミツは背筋が凍り付く思いがした。
一体あの輝きは、なんだったのか?
「なんでアイツは見る度にヤバイ変化をするんだよ……」
さらに首輪の羽根飾りが妙に毛量を増してもいた。
今日は連れ添っていなかったが、彼のテイムした魔物もなにかしらの進化を遂げていても不思議ではない。
見た目の変化は彼の問題点の一つだが……。
しかし、ものは考えようだ。
そんな、見る度に『成長している』奴なら、トップに君臨する人材としてふさわしい。
誰しもが『そんな成長があるか!』と声を揃えるだろうが……。
しかしそんな彼の後ろに続こうとする者は、必ず現われる。
仮面さんスレに集った名もなき冒険家たちのように。
いまは小さな動きだが、これが大きなうねりとなれば、その先の道へ、北海道は前進していけるかもしれない。
カゲミツがトップだった時よりも、もっと先に……。
そんな予感を、カゲミツは強く感じていた。
それと同時に、焦燥感も。
今回カゲミツがまだ固まっていないアイデアを空気に告げたのは、ぼやぼやしていると彼が本州の強豪チームから引き抜かれてしまいそうだったからだ。
他のチームが動いているという話は、現時点でカゲミツの耳には入ってきていない。
だがかつて北海道で優秀な成績を残すだろうと期待されていた冒険家達は、みなことごとく本州の強豪チームに声をかけられた。
声をかけられた冒険家達はさぞ大喜びしただろう。
地方都市では『中央=エリート』というイメージの強い。
エリートチームから声をかけられた冒険家達は、みな本拠地を中央に移動してしまった。
――声が掛からなかった仲間達を捨てて。
屋台骨を失ったことで、強豪と言われたかつてのチームは雲散霧消。
その結果が、いまの有様だ。
中央の冒険家レベルは順調に上昇したが、引き抜かれ続けた北海道は全体的に冒険家レベルが伸び悩んでしまった。
強い冒険家のいない北海道では、いずれ冒険家としての実力が頭打ちになる。
であれば中央に出た方が、より高い技術やレベルで冒険が行える。……と、そう考える人材は多く、事実、優秀な人材が流出した。
このままでは人材の流出を一向に止められない。
悪い流れを断ち切るために、カゲミツは誰より先んじて手を打って置きたかった。
「問題は他の奴らがどう思うかだよな……」
エアリアルのメンバーがこの案に対してどう思うか。
下手をすればエアリアルは、空中分解してしまう可能性がある。
しかしながら、これらはまだ先の話。
いまは、函館山ダンジョンの唯一種討伐が先決である。
カゲミツは良心の欠片もない会計を終え、涙目で店を後にした。
空気に『支払は任せろ』と見栄を張った過去の自分が憎らしい。
「……あれ? そういえば空気の奴がいねえな」
そこで初めて、カゲミツは空気の不在に気がついた。
いままで全く、彼が居なくなっていたことに気がつかなかった。
リザードマンを倒した後の祝勝会と同じだ。
彼はまるで実態を持たぬように、忽然と姿を消してしまう。
そしてカゲミツが気がつくのは、彼が消えてからずっと後のこと。
中座しても気付かれず、誰にも文句を言われない。
そして存在感が薄いから、誰からの妨害も受けない。
なんて羨ましいんだ!
カゲミツは拳に力を貯め、全力で空気の存在感を羨んだ。
その時、
「おやおや、これはこれは、エアリアルのリーダーの、カゲミツさんではありませんか」
「まあまあ奇遇ですねー、カゲミツさんー」
カゲミツの前に、突如2人の女性が姿を現した。
それはカゲミツの知覚をすり抜けた出現だった。
――開眼能力か!?
間髪置かず態勢を整えたカゲミツは、しかし現われた2人の顔を見て無防備に顎を落とした。
「げぇえ!!」
表れたのはエアリアルのメンバー、ベッキーとドラ猫だった。
カゲミツほどの冒険家が2人の接近に気づけなかったのは、酒で酔っていたこともあるが、ドラ猫の開眼能力『誤認』があったためだ。
それは対象の認識を僅かにねじ曲げる。
灯台もと暗し――捜し物が目の前にあるのに気づけない。そんな状態を、ドラ猫は意図的に生み出せる。
彼女達は薄い笑みを浮かべて、じわ、じわ……とカゲミツに近づいてくる。
近づいた分だけ、カゲミツは後ろに下がっていく。
北海道最強と呼ばれるランカーのカゲミツが、彼女達の微笑に気圧されていた。
「な、なんでここに!?」
「私の能力をお忘れでしょうか? ああ、私たちのことを忘れてお出かけになったのですから、忘れていても当然ですよ、ねえ?」
「そだねー。私たちのことを忘れるだなんてー、酷い人だからねー」
“忘れた”という部分を彼女達はことさらに強調した。
その言葉の険が、グサグサとカゲミツに突き刺さる。
カゲミツを見つけたのは、ベッキーが持つ開眼能力の『千里眼』だ。
気配を精密かつ広範囲で察知する『千里眼』を用い、彼女達はカゲミツの位置を割り出してしまったのだ。
逃げても隠れても、必ず発見される。
強い存在感を持つカゲミツにとって、『千里眼』は非常に相性の悪いスキルだった。
「いまは大変な時だというのに、カゲミツさんは一体なにをされていたんですか?」
眼鏡を押し上げたベッキーの、鋭い眼光がギラリと冷たく輝いた。
「遊んでる余裕なんてー、ないはずだよねー?」
手を合わせたドラ猫の、関節が鳴る音が夜の街に響き渡る。
「い、いや、ここ、これには深い訳が……」
「「んん?」」
「…………」
弁明しようとしたカゲミツに、二人の女性が酷薄な表情を浮かべた。
薄曇りの月明かりに浮かび上がる彼女達の、能面のような笑みには、さしものカゲミツも二の句が継げず、パクパクと唇の開閉を繰り返すばかり。
(……ここは、一度退避だ!)
そう思い、後方へと脱兎の如く逃げだしたカゲミツだったが、
「――ハァッ!?」
しかし眼前にベッキーとドラ猫の姿を見て急ブレーキをかけた。
カゲミツは確かに後ろに向かって走り出したはずだった。
しかし彼が気づいた時には、目の前に二人の姿があった。
(回り込まれた? ……いや、違う!!)
「裏切ったな、ヨシぃぃぃ!!」
カゲミツはエアリアルのメンバーの名前を、まるで血の涙を流すかのような声で叫んだ。
逃げ出した先に2人が立ちはだかっていたと思ったのは、ヨシの開眼能力『罠』のせいだ。
この罠は以前、神居古潭で魔物を一定範囲内に止めておくのに用いられていた。
また『ちかほ』のモンパレの時にも、魔物がカゲミツらに向かわぬよう、『罠』を使って魔物の移動先を空気に誘導していた。
カゲミツは先ほど、その『誘導』を用いられた。
振り返ったと思ったが、実際は『1回転』してしまっていたのだ。
カゲミツと2人の女性との距離はあと3メートル。
いまから逃げ出しても、あっさり捕まってしまう。
ブルブル震えながら、カゲミツは冷たい脂汗をしたたらせる。
そんなカゲミツへと一歩、女性が声を揃えて踏み込んだ。
「「ギルティ!!」」
「ぎゃぁぁぁ!!」
深夜零時。
函館山の麓から響きわたった男の断末魔は、津軽海峡を勢いよく超えていった。
「その先の道へ」
=唐突に入ったこの言葉は、北海道の新キャッチコピーです。萩鵜的には「試される大地」の方が好きです。無理に変えなくても良かったのにねー。
※正しくは「その先の、道へ。」
速報!
「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」の漫画単行本が、2月28日に発売決定となりました・:*+.\(( °ω° ))/.:+
コミック版は、アニメ化作品も担当されたことのある「栗山廉士」先生に手がけていただきました。
原作者なのに突っ込みが追いつかないほど、ネタが盛りだくさんで面白いです!
本当に素晴らしい漫画ですので、是非ご購入をお願いいたします!




