カゲミツと相談しよう!
冒険家になろう!2巻がいよいよ来週28日に発売となります!
今後長く続けて行くために、何卒ご購入を宜しくお願いいたしますm(_ _)m
「おっす、空気!」
「カゲミツさん。こんばんは」
カゲミツが現れると、武具販売店の店内が僅かに明るくなった。
これが存在感強の影響力かっ!!
対して晴輝のいる場所はなんだか少し光が弱いような……。
いやいや、隅っこだから。
隅っこに居るからだから!
「ぐぬぬ……」
照明が盛大に歓迎する。そんなカゲミツの存在感の強さに、晴輝はドロドロとした嫉妬を滲ませた。
「空気。外に出るべ」
「はい。有り難うございました」
お店を出る際に、晴輝は店員にペコリと頭を下げた。
頭を上げると、何故か店員は虚を突かれたような目でマジマジと晴輝を見ていた。
店の外に出ると、これまで明るかったカゲミツが僅かに陰ったように晴輝には感じられた。
なにかあったのだろうか?
「空気。面倒なことになったぞ」
「面倒?」
晴輝は首を傾ける。
「ダンジョン主の唯一種は厄介だと思うほど強かったのか?」
「あ、いや、そっちじゃねえ。てか、俺らは一切ダンジョンに入れなかった」
「入れない?」
晴輝の疑問は益々深まっていく。
カゲミツの言いたいことが見えてこない。
「自衛団だよ自衛団。ダンジョンの改札口を封鎖してやがった」
「は? 自衛団が? なんで!?」
「自力で解決したいんだとよ」
カゲミツが苦み走った顔で言った。
まるで生ゴミの臭いをモロに嗅いだような表情だった。
「さっぱり判らないんだが……。そもそも俺達はダンジョン主を討伐してくれって頼まれてここに居るんだよな?」
自衛団が出入口を封鎖したことから、晴輝らは自分達が受注した依頼が無効ではないかと疑った。
だがこの疑問をカゲミツが首を振って否定する。
「依頼は間違いねえぞ。一菱が間に入ってんだから、依頼の調査くらいしてるべ」
「そうか。じゃあどうしてダンジョンに入らせてもらえないんだ?」
「部署の違いだよ。ダンジョン主の討伐依頼を出したところと、自衛団は別の部署なんだべさ。だから色々とあべこべなことが起こってんだ」
「あー、なるほど」
営業と製作が分断された印刷会社のようなものか。
カゲミツの言葉の意味が、晴輝はようやっと理解出来た。
目的が同じであるにも拘らず協力関係が築けないのは、根回し(コンセンサス)を取っていないからだ。
ならばと晴輝は意見する。
「自衛団の指揮に下ったらどうだ?」
「んー……」
「俺達の依頼は唯一種が討伐された時点でクリアだろ? 絶対に俺らが倒さなきゃいけないわけじゃない」
有り難いことに、今回の依頼は倒した『結果』が確実であれば、成功になる。
ならばこちらの指揮権はこの際放棄して、自衛団に混じって戦うのも手である。
「たしかにそれなら上手く行きそうだな」
「最悪、俺達が手を下さなくても、作戦が成功すればお金が手に入るんだし」
そう口にして、晴輝は悪い笑みを浮かべた。
「空気もワルよのぅ」
「へっへっへ。カゲミツさんほどでは」
げへへ、と二人でいやらしい笑いを浮かべる。
だが次の瞬間、晴輝とカゲミツは同時に真顔になった。
「けど、それは嫌だろ?」
「んだな。オレ達は冒険家だべ」
「誰かが頑張ってるのを黙って見てられるなら、冒険家になんてなってない」
普通の神経をしていては、その身を賭して魔物を狩るなどあり得ない。
普通に働き、普通にお金を稼ぎ、どうしても倒したい魔物がいるならば、稼いだお金で強い人達に狩りを頼めば良いだけだ。
魔物を前にじっとしていられない。
戦わなければ落ち着かない。
冒険せずには、いられない。
そんな奴らが冒険家になる。
あるいは、命を有意義に捨てるための手段として……。
晴輝もカゲミツも同類だ。
ならば他力本願で、討伐を黙って眺めているなど出来ようはずもない。
「んじゃ指揮に下って基本は後方支援。危うくなったら前に出るって感じが良いか?」
存在感ダウン的に、とカゲミツが言う。
「いやいや、指揮に下ったと見せかけて、一気に前に出て瞬殺が良いだろ?」
存在感アップ的に、と晴輝が異を唱えた。
「むむむ」
「ぐぬぬ」
晴輝もカゲミツも同類だ。
だが、この方向の意見だけは、決して交わりそうにない。
しばらくのあいだ二人は視線でバチバチと火花を散らすのだった。
「ひとまず明日、一度自衛団本部に行きたいんだが」
「そうだな。もう一回話はしといた方が良さそうだ。その上でどうするか、決着付けるべ」
睨みを利かせながら、二人は集合の子細を確認した。
「ところで空気。……いや、空気くん」
「なんだいきなり改まって……」
「オレ達は冒険家だべ? なら函館の(夜の)街を冒険せねばならんと思うのだがね」
「……はっ! なるほど。さすがはカゲミツさんだ。冒険というものをよく判ってらっしゃる」
「いやいや、空気くんほどではないよ」
「へへへ、カゲミツさんには敵いませんよぉ」
ぐへへ。うへへ。
二人はヤラシイ笑みを浮かべる。
夜の街とは勿論、お姉さんがいるお店である。
晴輝もカゲミツも、チームメンバーに女性を抱えている。
チームには個人の時間はあるが、なかなか表だって夜の街に繰り出すことが出来ないのだ。
特に晴輝はK町が拠点だ。
K町にも夜の顔はあるが、お店にいるのはお姉様というにはややシワシワなオバア――いや、熟練者ばかり。
当然だが足を向ける気になどなれなかった。
しかし函館はK町と比べて人口が多い。
当然のように、夜のお店で働くお姉様はいらっしゃるはずである。
「カゲミツさん。良いお店をご存じで?」
「っふ。このオレを誰だと思っているのかね空気くん。北海道トップランカーの名が伊達じゃないってことを、君に思い知らせてあげようじゃないか」
「くっくっく……」
「ふっふっふ……」
2匹の飢えた狼は「むふふ」と不気味な笑みを浮かべながら、ピンク色に染まる横町に向けて足を進めたのだった。
カゲミツに連れられてきたお店は、間違いなくお姉様の居る夜のお店であった。
カゲミツも晴輝も伸びそうになる鼻の下を堪えながら、お店の中を進む。
フロアの角にあるソファに腰を下ろすとその隣に、晴輝の体に触れるか触れないかの距離でお姉様が腰を下ろした。
お姉様は二十代後半から三十代前半くらい。当たり前のようにナイスバディであり、ナイスバディを見せつけるかのようなドレスを身に纏っている。
(すばらしい!)
晴輝は冷静さを装いながら、おしぼりを手でこねくり回した。
「高そうなお店だな」
「実際高いぞ。ちゃんとした酒が出る店だからな」
お酒が高級嗜好品になってから、夜のお店からお酒が消えていった。
辛うじてお酒の提供が残っている店舗は高級クラブくらいで、あとはほとんどがジュースばかりになってしまった。
つまりここは、高級クラブだということ。
大丈夫だろうか?
晴輝は自らの財布の心配をする。
「心配するな。会計はオレに任せろ!」
「さ、さすがカゲミツさん! 格好良いっす!」
「そだろー? へへへ」
晴輝はわかりやすいヨイショでカゲミツを持ち上げる。
お姉様方が手早くグラスを運び、古めかしい瓶を開いて水割りを作る。
出来上がった水割りが目の前に用意された頃、カゲミツがおもむろに口を開いた。
「ところで空気よ」
先ほどの、おちゃらけた雰囲気はどこへやら。
浮つく晴輝とは裏腹に、カゲミツの声は酷く真面目なものだった。
「空気のチームは、今後どうするつもりだ?」
「どうするって?」
「チームとしての目標はあるのか?」
「ん……いや」
個人的な目標はある。
晴輝はとにかく自分の存在感を上げようと躍起だった。
だがチームとしての目標は、なにも定めていない。
「……すまない。チームとしての目標は、なかった」
「別に謝ることじゃねーべ。チームの目標が決まってなくても上手く行ってんなら、それで良いだろ。逆に無理に決めようとすりゃ、ノルマが出来て息苦しくなるべさ」
「……そうか」
確かにカゲミツの言う通りだ。
無理に目標を定めてギクシャクすれば逆効果である。
「目標がねえなら、どうだ。エアリアルと手を組まないか?」
「…………え?」
カゲミツの言葉に驚き、晴輝は呆然とする。
まだ中級冒険家の晴輝らと、上級冒険家のエアリアルが手を組む?
しかも誘っているのはカゲミツ――エアリアルからだ。
晴輝からではない。
晴輝は正直、有り難い話だと思った。
格下の冒険家の――それも自分に声をかけてくれたことが、晴輝は嬉しかった。
だがその反面、何故俺なんだ? と警戒もしていた。
理由があるとすれば、鹿の稀少種戦で見せた火蓮の魔法だ。
彼女を手に入れようとすれば、晴輝と軋轢が生まれる。
そうならぬよう、カゲミツがチームごと呑み込んでしまおうとしているのか。
(まさかスキルボードに気付いたわけじゃないよな……)
晴輝が彼の前でスキルボードを開いたことは二度ある。
一度目はリザードマン戦で。二度目は鹿の稀少種戦でだ。
リザードマンの時はカゲミツは晴輝に背中を向けていたし、鹿の時は仮面を外してさらに隠密を用いた。
戦闘直後、カゲミツがスキルボードに気付いた雰囲気は一切なかった。
カゲミツは晴輝のスキルボードに気付いていない。
ならば、やはり火蓮を取り込みたいからか?
……さて、どう切り出すのが良いか。
じ、と晴輝は膝の上で組んだ手を眺めていると、カゲミツが先に口を開いた。
「まあいきなりだから警戒するよな。正直に言うと、俺はお前の将来に興味がある」
「…………俺は男に興味はないぞ」
「そういう意味じゃねえよ!」
がん、とカゲミツがテーブルを叩いた。
キャー!
まわりのお姉様方から、何故か喜ぶような黄色い声が飛んだ。
「そうじゃなくてな。お前がこの先ダンジョンをどこまで攻略出来るかに興味があるんだ」
「なるほど。なら先にそう言え。勘違いするだろ」
「勘違いしてんじゃねえよ!」
ツンデレぇ? キャー!
またお姉様達が盛り上がる。
盛り上がりながらも減ったコップに手際よく水割りを足していくあたり、よく訓練されたお姉様方である。
「お前が今後、どれほど強くなったところで、目立たないかもしれない」
「めめ、目立つようになるかもしれないもん!」
「目立たない可能性もあるって話だ」
夢の世界に入って塞ぎ込もうとした晴輝に、カゲミツがガンガン鋭い言葉を浴びせかけた。
晴輝の心に、グサグサと言葉の刃がグサグサと刺さり込んだ。
半分泣きそうになった晴輝に、カゲミツが甘い言葉を投げかけた。
「そこで、俺との協力関係だ」
「……ほう?」
潮目が変わった。
晴輝はその流れの変化を感じ取り、椅子に座り直した。
「これはまだ原案なんだがな……。お前は俺の代わりに活動する。逆に俺はお前の代わりに宣伝する。お前は表の顔になり、俺は裏の顔になる。
目立ちたい空気が表舞台に上がって、目立ちたくない俺が裏舞台に消えると、そういう寸法だよ」
「あー、芸能事務所みたいなものか」
「まあ、その通り……かな?」
「俺が芸能人で、カゲミツさんがマネージャと」
「んー……うん、そだなー」
晴輝の例えに、カゲミツは酷く曖昧に頷いた。
なにか言いたいことがあるようだが、尋ねたら心を刺されそうだ。
晴輝は自分が可愛いので彼の反応をスルーした。
「とはいえこれはまだアイデアでしかない。どうやって空気を目立たせるかは、きちんと策略を持って挑まないと、大変そうだしな」
「……大変な理由は?」
「…………」
カゲミツが水割りを飲みながら目をそらした。
ノーコメントだ。
「手を組むというのは、エアリアルに入らなくても良いってことか?」
「そのつもりだ。エアリアルに入って空気が一体化したら、それこそ空気になると思わねえか?」
「ぐっ……ひ、否定はしない」
もし晴輝がエアリアルに所属し、様々な結果を出したとする。
その場合『エアリアルが凄い』になるだけで、『晴輝が凄い』にはなりにくい。
晴輝は特に、そうだろう。
存在感を上げるなら、名のあるチームに所属するより、名のあるチームと手を組む方がまだ効果的だ。
「俺は裏で頑張る。お前は表で頑張る。そんな関係になれば良いって思ってんだ」
「なるほど。確かに面白そうだが、カゲミツさんはそれで良いのか?」
「良いって?」
「もしその話が上手く行けば、カゲミツさんの手柄が俺のものになるかもしれない。カゲミツさんは、それでいいのか?」
「当然だろ? オレは名声よりも、心の安寧が欲しいんだよ……」
「……はあ」
何故裏方に回ることで心が安らぐのか、晴輝にはさっぱりわからない。
だが、カゲミツにも相応の見返りがあることはわかった。
この提案は晴輝とカゲミツの両者にとってはメリットがある。
だが、
「それで仲間はなんて言ってるんだ?」
「まだこの話は誰にもしてねえんだ」
「そりゃダメだろ……」
「だからまだアイデアだって言ってるじゃねえか」
カゲミツが苦笑しながら、水割りを一気に飲み干した。
「アイデアを練ってるうちに、別の所から声がかかりそうだったからな。俺が一番先にツバを付けておきたかったんだよ」
「いや、さすがにそれは――」
「ねえってか? ま、その可能性もあるか。だが、俺はお前と仕事がしてえんだ」
お前と仕事がしたい。
その言葉に、晴輝は胸ぐらを鷲づかみにされた思いがした。
印刷会社で働いている時は、『御社とお仕事がしたく思います』とは何度も言われたことがある。
だが、『あなたと仕事がしたい』とは、一度も言われた経験がなかった。
その台詞を言われた経験のある社会人が、はたして世の中に何人いるだろう?
非常に希有で、欲しくても手に入らない、有り難い台詞だった。
晴輝は感動に震え、その感情をごまかすように仮面をズラし、水割りを一気に飲み干した。
「わかった。前向きに検討させてもらおう」
「ああ。俺の方でもアイデアが固まったら一度チームメンバーに話をしてみる。その話がチーム内で纏まったら、その時はよろしく頼む」
晴輝とカゲミツは笑みを浮かべ、互いのグラスをチンと軽く合わせたのだった。
作者個人の意見としては、晴輝くんが『単純に』エアリアルに援護されても、さっぱり目立たない未来が見えます。




