現地で依頼受注の手続きを行おう!
火蓮の呼吸が落ち着いたのを確認して、晴輝らは再び函館に向けて走り出した。
彼女はお腹が痛いと口にしていたが、どうやら疲労から来るものではなかったようだ。
晴輝はほっと安堵の息を吐く。
しかし落ち着いてから火蓮の様子が少しおかしいのが気になった。
何故かはわからないが、彼女は頑なに晴輝に視線を合わせようとしないのだ。
(俺、なにかしたかな……)
怒っているのだろうか?
やはり函館まで走って移動するのは、火蓮にとって酷な選択だったか。
晴輝は僅かに反省した。
走りながら晴輝は、別の防具に気力の注入を行う。
晴輝が装備している防具の中で、気力の注入が行えたのは鱗の上衣とコッコの羽根輪のみ。
(羽根輪に気力を注入したとき、火蓮が勢いよくそっぽを向いた。一体なにがあったのだろう?)
他の装備は、気力を込めるのに適していないのだろう。
ワーウルフの短剣の時のように、気力を込めてもうんともすんともいわなかった。
鱗の上衣はリザードマンからのドロップで、晴輝の装備の中で最も格の高いものだ。
気力の注入が行えたのも頷ける。
だがコッコの羽根輪は上層でドロップした装備。格が高いとは言いがたい。
それでも気力が込められたのは、アイテム強化をしたおかげか。
いつか強化前と後を比べてみようと、晴輝は心に留め置いた。
*
【飛ぶ】仮面さんの出現を報告する書1【消える】
12 名前:仮面さんを見守る名無し
さっき仮面さんらしき人物を発見!!
てかすげえ!
マジで仮面光ってるんですけどwww
13 名前:仮面さんを見守る名無し
>>13 詳しく!
14 名前:仮面さんを見守る名無し
光る仮面
渡島方面に移動中
空を飛んで・・・
15 名前:仮面さんを見守る名無し
ぶwww
16 名前:仮面さんを見守る名無し
・宙に浮かぶ仮面
・首から羽が生えている
・蠢く植物を背負っている
・身体は鱗で出来ている
・背中に白い顔がある
・腰の辺りに触手がある
・腹部に多足虫が寄生している
・分神体が出せる
・仮面が光る
・空を飛ぶ←NEW
17 名前:仮面さんを見守る名無し
空を飛ぶwww
18 名前:仮面さんを見守る名無し
仮面さんに新たな歴史がw
・・・尊い
*
晴輝らは移動距離の少ない内湾側を通り南へ移動。
八雲町・森町・七飯町と移動し、ついに函館へとたどり着いた。
晴輝らが函館に入ったのは、もう日が暮れた後だった。
当初想定していた移動日は2日だったので、予定よりも早い到着だ。
それだけ肉体レベルが、晴輝の想像を凌駕していたようだ。
クタクタになっている火蓮に合わせ、晴輝は函館の郊外から市街地に向けてゆっくりと移動する。
函館はかつて巻き起こった戊辰戦争の、最後の戦地だ。
戊辰戦争はそれぞれがそれぞれの正義を胸に宿し、ぶつかった戦いだった。
新撰組だった土方歳三を初めとした旧幕府軍が鷲ノ木(現在の森町)より上陸し、函館に向けて進軍。五稜郭を強引に占拠した。
結果は語るまでもなく、新政府軍の圧勝に終わる。
晴輝は中学校時代の修学旅行で五稜郭に訪れたことがあるが、五稜郭は五角形の掘りがあるだけで、城壁があるわけでも天守閣があるわけでもない。
奉行所だったので当然といえば当然なのだが、中学生の興味を引く場所ではなかった。
札幌の時計台と同じ。晴輝にとって五稜郭は北海道がっかりスポットの一つである。
「それじゃ、火蓮は宿を頼む」
「わかりました。合流はどうしますか?」
「一菱武具販売店に居るから、ホテルから電話をかけてくれ」
一菱の販売店には電話が設置されている。
晴輝が見た中で最も小さな朱音の店でさえ電話がある。(とはいえ朱音の店は彼女が衛星電話を所有しているだけだが)
相手は大企業傘下の店だ。
固定電話があるかどうかを心配する必要はない。
「わかりました。それではまたあとで」
「おう、したっけね」
短く打合せをして、晴輝らは五稜郭を過ぎた辺りで二手に分かれた。
火蓮は湯の川方面に向かって、今晩の宿の確保を行う。
今日はまだ函館山のダンジョンに向かう予定がないので、レアやエスタはマジックバッグの中に収納。火蓮と共に宿に向かってもらった。
晴輝は一菱武具販売店に到着報告と、今後の予定を尋ねるため、函館山に向かって移動を開始した。
外国人居留区のあった函館山地区は江戸時代に海外と貿易を行っていた。そのため横浜や長崎のように、日本とは違う色使いの建物が並んでいる。
晴輝は八幡坂をのぼり、旧函館区公会堂前にある一菱系列の武具販売店に向かった。
辺りにはいわゆるハイカラな建物がずらりと並び、晴輝の目を愉しませる。
日本人的ではない、海外の色彩。
それも国ごとに特色が違う。
たとえば日本で青は食欲減衰効果があるが、海外のある国では食欲増進効果のある色だ。
アメリカのケーキがカラフルなのも、色の感じ方の違いに由来する。
建物の色の違いから当時の外国人の営みを想像し、晴輝は顔を綻ばせた。
いいね。
素晴らしい。
平時であれば、ゆっくり建物を眺めて楽しんだだろう。だが現在はそのような暇はない。
晴輝は建物に釘付けになっている眼球を気合で引き剥がした。
函館の一菱系列店はK町とは違って夏場は夜8時まで営業している。
これは札幌でも同じで、大都市になればなるほど夜遅くまで営業する。
というのも、夜遅くまで営業しても十分黒字化出来るからだ。
ペイ出来るなら店を開いておかねばチャンスロスを起こしてしまう。
逆に田舎だと客が来ないため、営業時間を延ばせば伸ばすほど赤字になる。チャンスもなにもない。だからK町は18時で閉店する。
「――ッ!?」
武具販売店に入ると、女性店員がカウンターの下から無言で武器を取り出した。
いきなりのご挨拶である。
函館の店員は好戦的だった。
晴輝は「どおどお」と手を翳し、相手に敵意がないことを体で示した。
「俺は函館山ダンジョンの稀少種討伐依頼を引き受けた空気と言う者ですが」
「……あ! 朱音さんが言ってた(変態)仮面さんですか」
「ん、んん? うん、まあ、そう……ですね?」
店員の反応になにやら不穏なものが混じっていた気がしたが、晴輝はとりあえず頷いた。
この疑問は後々朱音に(拳で)問い詰めることにしよう。
「そうでしたか。たた、大変失礼いたしました」
晴輝が依頼を受けた冒険家だと伝えたことで、店員の警戒ランクが大きく下がった。
それでも強ばった雰囲気はなくならない。
そんなに怖がられるような人間じゃないんだけどなあ……。
店員の態度に、晴輝は僅かに肩を落とした。
「函館山のダンジョン主の討伐ですが、ここから先は自由にやっていいんですか?」
「は? いえいえいえ! ダンジョン主の討伐は基本大規模討伐形式です。チーム単独で討伐なんて出来ませんから!」
店員がハハハと乾いた声でぎこちなく笑った。
一菱の店員が嘘をつく意味はない。なので基本的にダンジョン主には、レイド――チームを集めた大規模集団で挑むのが常識なのだろう。
(……あれぇ?)
しかし店員の常識と晴輝の実体験が、かみ合わない。
以前晴輝らは単独チームで、旭川のダンジョン主の討伐に成功している。
(単独だと時間がかかりすぎるからかな?)
旭川ダンジョンの主を倒すのに、晴輝らは2時間以上も戦っていた。
それだけの長時間戦うと、疲労や怪我などでミスをしやすくなる。
ミスをすれば、落命に繋がる。
レイド形式で戦えば、それだけ討伐時間を短縮出来る。
さらに単独チームに対して、レイド形式だと人数が多い分、戦闘を安定させやすい。
数人が怪我をしても、立て直す余裕があるのだ。
(だからレイドが基本となっている……のか?)
疑問はあったがここで今すぐ解決すべきものじゃない。
晴輝は曖昧に頷いた。
「空気様にはまず、エアリアル様と合流して頂きたく思います」
「わかりました」
「まずはカゲミツ様とご連絡をと思いますが、いかがでしょうか?」
「お願いします」
店員が受話器を取ってカゲミツと言葉を交わす。
女性店員は僅かに前屈みになって、言葉を発する度に頭を軽く上げ下げしている。
晴輝の時とは違う。対応のランクとしては上等なものだった。
その対応の差に、冒険家としての立場の違いを思い知らされる。
しかし晴輝は特に、上等な対応を欲してはいない。
出会い頭に攻撃されなければそれで十分だ。
(先ほどはかなり怪しかったが……ギリギリセーフだ)
「それでは、カゲミツ様がいらっしゃるまでに今回の依頼内容の確認を致します。
まず、空気様のチームにはカゲミツ様率いるエアリアル様と共に函館山ダンジョンに出現した、ダンジョン主の唯一種の討伐をお願いいたします」
「討伐の判断は? やっぱり部位提出でしょうか」
「確認のための証明部位の提示は必要ありません。通常のダンジョン主がポップした段階で唯一種の討伐は確実ですから、その時点で達成との判定させて頂きます」
「なるほど」
確かに唯一種の部位を持ち込まれても、判別には時間と手間がかかる。
またダンジョン主は討伐しなくとも素材が取得出来てしまう特性がある。晴輝はこれを旭川ダンジョンで確認済みだ。
部位で判断するより、通常ボスのリポップを討伐成功の判断材料にしたほうが確実である。
「依頼料金は1チームあたり50万円。討伐成功の確認が出来たらお支払いいたします。解決すべき状況や、冒険家への一般的な支払額の平均から比べて料金はお安めですが、自治体からの依頼ということでご了承ください」
自治体からの依頼。
お金ではなく名誉や実績を得るための仕事ということだ。
デザインの仕事にも似たようなものがある。
市のパンフレットやリーフレット等のデザイン物製作料金は、一般的なそれに比べて大幅に安い価格で落札される。
高いクオリティを求められるのに、価格は恐ろしく低い。
実に割に合わない仕事である。
しかし、『○○市の仕事を受注』という実績は、会社の信頼保証に繋がる。
たとえその時点で赤字になろうとも、その信頼により依頼が増加することで、十分ペイ出来るという寸法である。
(実際出来ていたかは疑わしいが)
印刷会社に勤務していた晴輝は過去に何度『誰がこんな面倒な激安案件を引き受けたんだ!!』とぼやいたことか……。
さておき、冒険家の仕事も同じだ。
自治体からの依頼は、価格は安いがその代わり、『なろう』の冒険家ポイントが他と比べて多く得られるようになっている。
ポイントが上がれば、ランキングに浮上することも夢ではなくなる。
決してデメリットばかりの依頼ではないのだ。
「今回の件で自衛団も既に動いております。彼らと連携を取れば、より容易くダンジョン主を攻略出来るかもしれません。ただ連携を取るか取らないかは、エアリアル様と空気様のチームにお任せいたします。状況に合わせて、適切な判断をお願いします」
自衛団と協力した方が早く安全に倒せる可能性はあるが、それは自衛団の練度次第だ。
練度が一定基準に満たなければ、足手まといとなるだろう。
(もちろんそれは晴輝も同じだが)
「先日既にカゲミツ様が自衛団本部に赴いておりますので、自衛団との連携についての詳しい話はカゲミツ様よりお伺いください」
「はい、丁寧にありがとうございます」
店員からの説明が終わった頃に、火蓮から連絡が届いた。
現在夜8時とかなり遅い時間だが、無事に部屋を押さえられたようだ。
ホテルの名前を聞いて、晴輝は火蓮からの電話を切った。
実に順調である。
この調子で進めば良いのだが……。
順調すぎると晴輝はどこかに落とし穴があるのではないかと勘ぐってしまう。
晴輝の予感の通り、己の前に高いハードルが立ち塞がっていることを、カゲミツより聞かされるのだった。
2巻発売までいよいよ、あと2週間と迫って参りました。
お近くの書店で予約をしますと、書店さんが通常より多く発注します。
発注して入荷量が増えると、在庫がゼロになってチャンスロスを起こす可能性が低減出来ます。
前回は在庫ゼロになる書店さんが多かったので、ご購入予定の方は、是非ともご予約をお願いいたします。m(_ _)m
※2巻についての詳しい内容は活動報告にて。




