力の制御を行おう!
カレーへの反響が予想外に大きくてビックリしました。
ちなみに種類はチェプカr……シーフードカレーです。
ワーウルフとの戦闘訓練は、一切危うげ無く進んだ。
ただし、序盤は何度も意図せぬオーバーキルを連続してしまった。
短剣を振り抜くとワーウルフの体を軽く両断してしまったし、火蓮の雷撃はワーウルフの体を一瞬で黒焦げにした。
レアのジャガイモ弾はもはやミンチ製造機と化していた。
エスタも同じだ。
攻撃に反応したエスタが防御に飛び上がると、ワーウルフが攻撃に用いた拳をことごとく砕いてしまった。
全員が全員、まるで初めて箸を使い始めた子供が絹ごし豆腐に悪戦苦闘するように、自らが手にした力に翻弄されていた。
なんで上手く出来ないんだ!
ミスをする度に、晴輝は頭を熱くする。
だが、
「ぎょえぇぇぇ!!」
力に翻弄されてワーウルフを滅絶させる度に、火蓮のポケットから悲鳴が聞こえた。
そのチェプの悲鳴が、熱くなった晴輝を素早く冷却するのだった。
悲鳴で頭が冷えたおかげで、晴輝は戦闘分析を冷静に行うことが出来た。
ある意味において、チェプの悲鳴は戦闘訓練で最も役立ったかもしれない。
チェプはワーウルフの経験を受けて喜びの声を上げているが、マァトはまるで変化がない。
鳴きもせず動きもせず、まるで熱心な現場監督のように、晴輝らの戦闘をじっと見続けていた。
そんななか、一番早くにコツを掴んだのは火蓮だった。
「早いな……」
「私、前にも同じような経験をしたことがありますから」
「……ああ、そういえばあったな」
火蓮が口にした『同じような経験』とは、かつて晴輝が火蓮にスキルボードを打ち明けたときのことだ。
スキルを上昇させられることを知った彼女は、強い口調で魔力ツリーにスキルを振ってくれと晴輝にせがんだ。
その勢いに圧されて全ポイントを割り振ったが、その後の戦闘では力を制御し切れずしばらく悪戦苦闘を続けていた。
この経験から、火蓮はいち早く自らの力を制御するコツを掴めたようだ。
次に早かったのはレアだ。
レアもまた大幅にスキルポイントが変化した経験を持っている。
また晴輝の補佐役として、常に精緻な援護を行っていた。
相手の攻撃をジャガイモ弾で狙い通りにはじき返すなど、晴輝には出来ない芸当である。
レアより遅れてエスタも調整が終了。
今回、一番調整が難航したのは晴輝だった。
「くそ、もっと早く調整出来そうだったのに……」
「仕方ないですよ。空星さんが一番レベルアップしてそうでしたから」
火蓮が苦笑しながら、晴輝を慰めてくれた。
彼女の言葉は尤もだ。
成長加速を持つ晴輝は、この中で最も肉体レベルが上昇していた。
さらに、晴輝は新たに気力攻撃を習得している。
中途半端に気力を流す練習を積んでしまったからか、極限まで集中力を高めたときにうっかり気力を魔剣に流し込んでしまうことが度々あった。
これは小学校に入学した当初、先生のことを「お母さん」と呼んでしまう現象に近い。
頭の切替えが上手く行かず、こんがらがってしまうのだ。
集中力が高まると、気力がコントロールを離れていく。
ほとんど癖のように、気力が魔剣に流れ込んでしまう。
もしかすると自分はこれまで強敵を倒す際に、無意識に気力攻撃を用いていたのかもしれない。
そう思えるほど、集中した状態で行う気力の移動はスムーズだった。
あまりにスムーズすぎて、やり過ぎてしまった。
まるでスキルを上げた直後のように、制御が出来なかった。
これを矯正するのに、晴輝は非常に時間がかかってしまったのだった。
夕方5時前になると、晴輝らは戦闘を終了して地上に戻った。
これまで倒したワーウルフの素材を手にして、今朝の“お礼”に朱音のお店へと伺った。
「アハーッハハァーン!!」
もちろん、朱音は晴輝の手土産に泣いて喜んでくれた。
「アタシのお店の売上げが奪われたぁぁぁ!!」
「誰も奪ってないだろ」
取引は正当な手続に則ったものである。
晴輝には一切の非はない。
「詐欺師はみんなそう言うのよ!」
「いやいや。素材を買い取るのがお前の仕事だろ? そしてその素材を上手に転売すれば利益になる。ほら、誰も損はしないじゃないか」
「ぐぎぎぎ……」
完全に詐欺師の台詞ではあったが、正義は晴輝にあり。
朱音には手にした素材の販売に力を注いでもらいたい。
「そうそう。空気のチームに依頼が来てるわよ」
「ん、チームに?」
朱音の言葉に晴輝は眉根を寄せた。
以前に晴輝は一度だけチーム依頼を引き受けたことがあった。
中札内ダンジョンから熱石を確保する、という内容の依頼だ。
だがそれはチームでなくてもクリア出来るものだった。
実際晴輝は一人で中札内に向かって依頼をクリアしてきた。
今回もその手の依頼だろうか?
現在の晴輝らは(今日の訓練で多少改善されたとはいえ)技術面に不安が残る。
そんな状態で依頼を引き受けて、万が一ミスをしては信用を失いかねない。
数合わせのような――実力が伴えば誰でも良いという依頼であれば断った方が良いか?
晴輝は朱音に、話の先を促すよう軽く顎を引いた。
「函館山ダンジョンで唯一種が出現したらしいわ」
「函館山ダンジョンって、全5階のあそこだよな?」
「そうよ」
朱音が肯定したことで、晴輝は難しい顔をして唇を結んだ。
函館山ダンジョンは全5階からなる、日本にある全ダンジョンの中で、最も浅いダンジョンの一つだ。
通常のダンジョンとは違うユニークな作りをしているが、これといって難易度の高いダンジョンではない。
そのダンジョンに出現した唯一種を、討伐せよという依頼を晴輝は訝った。
中級冒険家に頼まずとも、地元の冒険家や自衛団で対処出来るのではないか? と。
しかし、晴輝の疑問は続く朱音の言葉で粉砕された。
「相手はダンジョン主の稀少種よ」
「なッ!?」
「えッ!」
その言葉に、晴輝と火蓮が絶句した。
稀少種はシルバーウルフならワーウルフ、ゲジゲジならムカデといった具合に、ベースとなる魔物に似た種類が出現する。
対して唯一種は、そのダンジョンにいる魔物とは無関係な魔物を指す。
かつて『車庫のダンジョン』15階に出現した鹿の魔物も唯一種である可能性が高い。(『車庫のダンジョン』に鹿の魔物が存在しなければ、あの鹿は唯一種で確定する)
両者の共通点は、その階の魔物よりも、圧倒的に強い個体であることだ。
通常種でも厄介なのに、ダンジョン主が唯一種になってしまえば、討伐はかなり困難を極めることが容易に想像出来た。
「唯一種のダンジョン主が出現するなんてことがあるんだな」
「凄くレアな一件だと思うわ。アンタはぽんぽんと稀少種とか唯一種とかと戦ってるみたいだけど、そもそも稀少種・唯一種自体がレアなんだからね? 普通の冒険家なら年に1度も出会わないなんてのが普通なんだから」
もしかしてその仮面がレア種を呼び寄せてるんじゃないかしらね? などと朱音が挑発的な笑みを浮かべた。
シャレにならない冗談である。
勘弁してくれと晴輝は軽く首を振った。
「それで、唯一種に対処するために冒険家に招集がかかったのか」
「まあ……そうね」
「放置すれば消える可能性は……って、まさか消えないのか?」
通常、稀少種も唯一種も時間をおけば自然と消滅する。
しかし中には、消えないレア種も存在する。
スタンピードを引き起こすタイプのレア種だ。
それを晴輝は嫌という程知っている。
「それはわからないわね。ただ、函館市は稀少唯一種の討伐を決めてる」
「消えるかもしれないのにか?」
「どれだけ待てば消えるかわからないし、消えないかもしれない」
「討伐で被害が出るかもしれないだろ」
なにも強引に物事を進めなくても良いのではないか?
晴輝の疑問に、しかし朱音が首を振る。
「通常のダンジョン主は函館の大事な食糧なのよ」
「……ああ、なるほどな」
燃料費が高騰したことで農業機具を使えなくなった農家は、作付面積を縮小せざるを得なくなった。
現在農業に従事している農家の作付面積は、手作業で収穫出来る広さのみ。機械で行っていた頃と比べると、農業従事者数に対する面積は半分以下になってしまっている。
そんな自給率が著しく下がった日本の食糧事情を救っているのが、ダンジョンだ。
ダンジョン探索で得られる食糧が、日本人を飢饉から救った。
現代ではダンジョンが食を支えている自治体は少なくない。
函館もその自治体の1つなのだ。
唯一種が現れたことは、函館にとって食糧輸送が寸断されたようなものだ。
なんとしてでも討伐してしまおうとするのも仕方が無い。
「ところで、函館山に出現する通常のダンジョン主ってどんな魔物なんだ?」
「スルメイカよ」
「それは大変だ!」
晴輝はやっと事の重大さに気付き、顔を青くした。
スルメイカは刺身に干物に漬物に、さらには塩からにも用いられる。日本の食を支えてきた代表食材の一つである。
スルメイカ1つ採れないだけで、様々な日本食に多大なる影響を及ぼしてしまう。
さらには、スルメイカが入荷しないことで、それらを加工する業者も被害を受けてしまう。
早く稀少種を討伐して市場にスルメイカを補充せねば、折角第一次スタンピードを乗り切り軌道に乗り始めた函館の産業が、まるまる潰れてしまいかねない!!
「わかった。その依頼、引き受けた!!」
「了解。――って、なんでそんなに気合入ってんのよ?」
「当たり前だろ? これから俺は市民を救うために立ち上がるんだからな!」
晴輝は胸を張って言い放つ。
冒険家として、市民を救うのは当然の行為だ。
ただ現在晴輝の頭には、ふっくら炊きたてご飯の上に乗る塩からのイメージしか浮かんでいなかったが……。
そんな晴輝に、朱音がうさんくさそうな視線を向ける。
「気合入ってるとこ悪いんだけど、思うように前に進まないかもしれないわよ?」
「ん、それはどういうことだ?」
「ええとね――」
*
函館に訪れたエアリアルのメンバーは、早速作戦会議所となっている自衛団函館本部へと赴いた。
自衛団函館本部は、函館山の麓にある。
八幡坂を登った先の、元高校施設を改装して作られた。
本部の隣には明治に立てられた元女学校や、ハリストス正教会がある。少し歩けば公会堂もある。
ここは函館の観光スポットとして有名な地区だった。
だが、函館山にダンジョンが生まれたせいでその観光スポットは現在、旅行者ではなく冒険家のための対策区域となっていた。
自衛団函館本部に訪れたカゲミツは、己に集中する視線に耐えながら建物の中に進んでいく。
「平時なら観光して回りたかったなあ」
「……ああ」
カゲミツの後ろについて歩くヴァンが、気だるそうに頷いた。
エアリアルは札幌から函館までの距離を、まる1日で走破した。
札幌でトップの実力を持つ彼らの膂力をもってすれば、300キロなど1日で到達出来る距離だった。
だがそれでも、約10時間かけて300キロを走り抜いたことで、かなりの疲労が蓄積されていた。
カゲミツとヴァンは問題なかったが、ここに居ないエアリアルのメンバーは、温泉のある湯の川地区に取った宿でダウンしていた。
「だったら平時に行っときゃ良かったべさ。てか修学旅行で来なかったか?」
「……五島軒のカレーしか覚えてない」
「お前、修学旅行で良いもん食ってんな!」
五島軒は天皇・皇后両陛下もご来店されたことがある。明治時代から続く、北海道で最も有名なお店である。
そんな天皇・皇后両陛下が食されたこともある五島軒のカレーは現在、第一次スタンピードの影響により食べたくても食べられない味になってしまっている。
せめて調味料があれば北海道伝統の味も復活するのだろうが、現時点で復活する兆しはない。
うらやましい。他人の幸福を呪うようにカゲミツは首を横に振った。
そのような雑談を交わしている間に、カゲミツらは作戦会議室に通された。
会議室には既に、函館自衛団の幹部達が集っていた。
中に入った時に、一斉に幹部達の視線がカゲミツを射貫く。
(うわぁ……)
緊張と疑問と排他の感情が交ざり合ったとげとげしい視線に、早くもカゲミツは家に帰りたいと心の中でむせび泣く。
「誰だ?」
真っ先に口を開いたのは、禿頭でやや肥満傾向のある男だった。
その男は会議室の最も上座に位置している。彼がこの場において最も位の高い人物であることが予測出来る。
カゲミツはギリギリ無礼に思われないよう、口を開く。
「函館市から依頼を受けた、エアリアルのカゲミツ。こっちがヴァンだ。他のメンバーは現在湯の川で休息を取らせてる」
「ああ、お前たちが……」
男の口調に、カゲミツの眉が僅かに上がった。
言葉は丁寧だが歓迎の意図が感じられない声色だった。
(俺らは呼ばれてきたはずなんだが……?)
函館が危機に瀕しているというから、ろくに休憩も入れずに走ってやってきた。
カゲミツは体力が向上しているためなんでもなかったが、ヴァンを含めたメンバーは血反吐を吐くような思いをしていた。
(函館を助けるためだと思ってきてみりゃ、ずいぶんじゃねえか)
仲間を思いムッとしたが、顔に出ないようカゲミツは感情を精神力で押さえ込む。
「失礼だがアンタは?」
「本当に失礼だな。函館自衛団本部、自衛団長の吉岡だ」
「吉岡さん。オレ達に函館山ダンジョンに現れた唯一種の情報を教えてほしい」
「何故だ」
「何故って……。オレ達は函館市から依頼されてここに来た。市からの依頼は唯一種を討伐することだ。つまり、唯一種の討伐がオレ達の仕事になるわけだ」
「奇遇だな。唯一種の討伐は俺らの仕事でもある」
お前らにはなにもさせない。
その意図が透けて見えて、カゲミツは吐き気を催した。
「悪いが、これは函館の問題だ」
「しかしな――」
「地元の地を、自分達の力で守れぬ者に、自衛団を名乗る資格などない! ……そうは思わないか?」
「…………」
そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!!
叫びながら力任せに机を叩けたら、どれほど気持ち良いだろう?
しかし吉岡の言葉は非常に正しい。
自らの地を守るために、自衛団がある。
自衛団はそのほとんどが地元民が集まって組織されている。
自分達の力で地元を救いたい。その心意気は、いち冒険家よりも強いはずだ。
それに、なんらかの異変に真っ先に対処する自衛団が、まだなにもせぬうちに白旗を揚げては、士気のみならず存在意義そのものが問われてしまう。
一体なんのために税金から給料を支払っているのか? と……。
「わかった。だったらオレ達は勝手にやらせてもらう」
「好き勝手させるわけないだろ」
「……は?」
吉岡の言葉が理解出来ず、カゲミツはつい呆けてしまった。
「オレらや自衛団が一緒に唯一種に当たれば、この事態を早く解決出来るが?」
「その必要はない。すべては、我々自衛団がケリを付ける。手出し無用だ」
「…………」
なるほど、まいった。
こいつは真正の馬鹿だ。
カゲミツがサジを投げると同時に、隣にいたヴァンが前のめりになった。
「……テメェは、市民の命をなんだとッ――」
「やめれ、ヴァン」
激高しそうになったヴァンを即座に止め、カゲミツは吉岡を直視する。
「……日を改める」
軽く頭を下げ、カゲミツはヴァンを引っ張って会議室を後にした。
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