小鳥のスキルをチェックしよう!
カレー作りに夢中になってたら、いつもの投稿時間を過ぎてました……。
ダンジョンに向かう途中、改札口を抜けたところで、火蓮がおもむろに口を開いた。
「空星さん、その小鳥さんには名前を付けましたか?」
「……あ」
そういえば。
晴輝はまだ小鳥に名前を付けていなかった。
「よし、名前を付けるか!」
「ピッ!」
晴輝の声に賛同するように、小鳥が一際甲高く鳴いた。
様々な名前を思い浮かべながら、晴輝はゲートをくぐる。
「空星さん、どこに行くんですか?」
「ん? 15階だが……あっ」
小鳥はまだ15階をアクティベートしていない。
そのことに思い至り、晴輝は誤魔化すように頭を掻いた。
小鳥の名前に気を取られて、アクティベートしなければゲートで移動出来ないことを失念していた。
しかし、
「いや……行けるか?」
晴輝はその場で立ち尽くす。
小鳥が生まれる前に一度、卵の状態でゲートを移動している。
なのでもしかしたら、小鳥がゲートに登録されている可能性があるのではないか? と晴輝は考えた。
晴輝の考えを肯定するように、ゲートが起動。
地面がゆっくりと降下を始めた。
「お、やっぱりか」
「えっあれ!?」
予想が的中した晴輝とは打って変わって、火蓮は突然のゲート起動に困惑した。
「どうしてゲートが動いたんですか?」
「たぶん、卵の状態でゲートをくぐったからじゃないかな」
「なるほど…………じゃあ、チェプとはまた違うんですね」
「…………そういえば居たな」
「そういえばってなんですの!?」
チェプがポケットの中から声を上げた。
戦闘ではあまり役に立たない存在なので忘れていた、と口にしてほしいか?
そんな眼で見つめると、チェプがばつが悪そうな表情を浮かべてポケットの中に消えていった。
「火蓮。チェプの分のタグは買わなくて良かったのか?」
「大丈夫です。いざという時は消せますから」
「なるほど」
確かにチェプは腕輪に入っているので、万が一があっても腕輪に収納出来る。
ただし、本人に腕輪に入る意志があればの話だが。
「消せるのか?」
「頑張れば」
「ずっと消せないか?」
「ええと――」
「消さないでくださいまし!!」
チェプが慌てて晴輝と火蓮の会話に割って入った。
しかし、
「封印出来るよう頑張ります」
「はぅわ!?」
「おう、期待してる!」
「……はわわ」
当然晴輝も火蓮も無視である。
チェプがポケットでプルプル震え始めた。
これくらい脅しておけば、余計なことはしでかさない……はずだ。
「さて、じゃあお前の名前を決めるぞ!」
ゲートが15階に到達するまでのあいだに、晴輝は小鳥に名前を付けることにした。
小鳥は見た目通り『鳥』なので、鳥にちなんだ名前が良い。
いつもなら安易な名前を口にする晴輝だが、このとき、パッと頭に一つの名前が思い浮かんだ。
その名を吟味しているうちに、晴輝はもうその名前以外あり得ないとさえ思えてきた。
うん。
この名前が良さそうだ。
「お前の名前はマァト。古代エジプトの神マアトにちなんでマァトだ」
「ピッ!!」
手の平の中で、小鳥がもふっ! と敬礼した。
どうやら気に入ってくれたようだ。
マアトは古代エジプトの神で、真理や法、正義を司る。
その身には大きな羽があり、死者の審判において死んだ者の過去を捌くのに羽根を用いたとされる。
絵図ではハーピーのような、鳥人として描かれている。
羽があるだけでマァトとは少々安易だったか。
名付けは常にダメ出しを食らっていたため晴輝は不安に感じていたが、マァトは足を体に収納し、羽をもふっとさせながら、いつまでも頭を垂れている。
(気に入ってくれたのかな?)
火蓮やレア、エスタからも反対の意見が出ないので、小鳥の名前はマァトに決定した。
15階に到達した晴輝は、おもむろにスキルボードを取り出した。
マァトのツリーがあるかと画面をスワイプさせる。
4度ほどスワイプするとマァトのツリーが出現した。
現れたのだが、
「――ブホッ?!」
その異様なツリーに、晴輝は息を吹き出した。
マァト(??) 性別:女
スキルポイント:17
評価:癒裁精霊帝
守護:審<??????>
-生命力<->
├スタミナ:3
└自然回復:2
-筋力<->
├筋力:1
└被損軽減:2
-魔力<->
├魔力:7
├魔術適正:5
└魔力操作:8
└変化<癒>:4
-敏捷力<->
├瞬発力:3
└器用さ:4
-技術<->
└武具習熟
└羽根:3
-直感<->
└探知:6
-特殊
├守護:1
└秤:Non
「なんだこりゃ……」
マァトのスキルレベルが高すぎる。初級冒険家のそれじゃない。
もはや中級冒険家として十分通用するレベルの高さである。
序盤からスキルレベルが高かったエスタでも、これほどずば抜けて高くは無かった。
高いスキルレベルも特殊だが、晴輝が初めて目にするスキルも特殊だった。
まず変化<癒>だ。
説明をポップアップさせるまでもなく、そのスキルが治癒魔法の類いであることが想像出来た。
そのスキルを見た晴輝は、急激に体が冷えていった。
これはもしかして、危険な能力じゃないか? と。
火蓮の魔法ですら、他の冒険家に知られれば騒動が巻き起こること必死の能力である。
魔法に輪をかけて、変化〈癒〉となれば、一体どれほどのものになるか……。
どこまでの治癒が可能かにもよるが、晴輝のスキルボードと同じか、それ以上の騒動に発展しかねない。
治癒魔法そのものは、冒険家にとって非常に嬉しいスキルである。
だが晴輝は強力なスキルを喜ぶよりも、スキルに対する怖れを強く抱いたのだった。
武具習熟は見た目通り。マァトの羽根を武器、あるいは防具として強化するものだ。
そして、マァトに付いていたのは守護。
一体どんな神がマァトを守護しているのか晴輝は気になったが、
「はかり?」
それよりも下にある『秤』がさらに気になった。
晴輝はタップして説明をポップアップさせる。
『天秤を傾ける能力』
「さっぱりわからん……」
あまり期待していなかったが、やはり説明からはなにも読み取れなかった。
マァトは人の言葉を話せない。謎の能力については、徐々に確かめていくしかなさそうだ。
「どうされたんですか、空星さん?」
「あ、ああ。ちょっとマァトが異常に強くてビックリしたんだ」
「え?」
火蓮が驚いたように瞬きをして、晴輝の手元をのぞき込んだ。
するとすぐに、火蓮が「はっ」と息を飲んだ。
「こ……」
「こ?」
「こんなに可愛らしくて、さらに強いなんて狡いです空星さん!」
「……え、いや、俺に言われても」
「~~~~ッ」
困惑する晴輝を余所に、火蓮がどんどん涙目になっていく。
一体なにを思ったのか。
彼女の瞳をのぞき込んだ晴輝は、その暗澹たる心境を察することが出来た。
(チェプと、比べてしまったんだな……)
自称姫の雑魚ならぬ駄魚と、白くてふわふわで強い小鳥を比較したら、誰しもが後者を選ぶだろう。
前者を選ぶ奴は奇特であり、感性が危篤だ。病院に行こう。
火蓮は後者を選んだ、健全な者の一人だ。
そして自らに与えられた駄魚に、深い悲しみを抱いてしまった。
可愛そうに。
そう思うが、晴輝は彼女の駄魚を引き受けるつもりは一切ない。
そのカルマは(おそらく)火蓮の運が引きよせた結果である。
ならば火蓮が処理すべきだ。
――そう、晴輝は我が身可愛さに突き放すのだった。
「何故だか、わたくしがものすごく馬鹿にされている気がしますわ!? わたくし、なにもしておりませんのに!!」
「気のせいだ」
いろいろな意味で、気のせいである。
ポケットから聞こえた声は、地獄の蓋から伸びた悪魔の手。
関わってはロクなことにならないのが目に見えているので、晴輝は伸びた手を蹴飛ばすようにスルーした。
晴輝はマァトのスキル全体を眺めながら、しばし考える。
マァトのスキルは、晴輝らと比肩するものだ。
ツリー強化をしてない分だけ晴輝らの方が僅かに強い。
だが晴輝らはスキルポイントを割り振ってこの値になっている。
スキルを割り振ったあとであれば、マァトは晴輝らを凌ぐ可能性がある。
そしてそれは、あくまでスキルの話。
肉体レベルは未知数だ。
何故ここまで強い小鳥がいきなり卵から産まれてきたのだろうか?
そしてこれほど強いマァトが、晴輝を裏切らない保証はあるだろうか?
不安と疑問が晴輝の胸の中を去来する。
しかしいくら考えても、答えは出ない。
(ひとまずちゃんとテイムされてる状態で考えておこう)
もしテイムを外れるようなことがあっても、マァトを倒せるよう晴輝が強くなり続ければ良いだけだ。
「ということで……」
思考に決着を付けた晴輝は、ウキウキとしてマァトの守護にポイントを割り振った。
多くのデメリットがあるかもしれないが、それより晴輝にとって『守護にどんな神様が出現するか?』を確認する方が重要だった。
スキルポイント:17→15
守護:1→MAX
守護:審<??????>→最後の神判<アカトリエル>
「うわぁ」
守護者の名前が詳らかになった途端に、晴輝は無意識に吐息を漏らした。
アカトリエルは非常にマイナーな天使の1柱だ。
マイナーな名前とは裏腹に権力は絶大で、全天使の上位に位置する『審判長』である。
聖書の『列王紀下2章』に登場するエリヤなる人物が昇天する際に、120万の部下に囲まれたアカトリエルを目撃した、という記述がある。
それだけの部下を率いるほどの上位の天使だった、という意味だ。
決して120万もの部下に囲まれて虐められていたわけではない……はずだ。
ユダヤ系神秘主義カバラでは、アカトリエルは栄光の玉座に着いた神の名前でもあるので、『もしかしたら神様かも?』という説のある天使でもある。
アカトリエルは様々な名前を持つ天使でもあり、アクタリエル、アクトリエル、ケテリエル、イェハドリエル、そしてアカトリエル・ヤ・イェホド・セバオトなどという長々しい名前まで付いている。
晴輝の吐息はその強さも勿論だが、マイナーな天使が出てきたことが大きかった。
まるで趣味を同じにする同志と、同じ話題で楽しく語り合っているような気分だった。
「天使に守護されるとか、いいなあ……」
もちろん格好の良さでは、最も有名な熾天使――ラファエル、ウリエル、ミカエル、ガブリエル、そしてルシフェルの5柱が圧倒的である。
だが、アカトリエルの属性は断罪。あるいは神判。
(格好良い!!)
メジェドと交換出来ないだろうか?
……出来ないよなあ。
透明属性を持つメジェドとの交換を熱望するが、交換は……出来ないだろう。
晴輝はがっくり肩を落とすのだった。
晴輝はチェプに頼んで、マァトにも経験分配を行うラインを繋いで貰った。
これで戦闘に参加せずとも肉体のレベルアップが行える。
マァトに甘いようだが、経験の過剰取得は晴輝にとって死活問題だ。
少しでも分配先を増やして取得量を制限せねば、すぐにまた戦えなくなってしまうだろう。
パイプラインを繋いだあと、マァトには安全な場所で待機してもらう。
その予定だったのだが、
「ちゅんちゅん」
「ん? そこでいいのか? もっと安全な場所があるが……」
「ピッ!」
ここが良い、とマァトが意志を示した。
彼女が良いと言った場所は、先日晴輝が強化したばかりの、羽根輪の中だ。
羽根輪は毛量が増えたため、マァトくらいのサイズならば潜り込めるようになった。
とはいえ、頭隠して尻隠さず。全身が隠れるほどではないが。
羽根輪に密着しているのであれば、レアの射撃の邪魔にもならない。
本人が『ここが良い』というのであれば、そうさせてみよう。
晴輝はマァトに、羽根輪に潜り込む許可を与えた。
そこから晴輝は、本日の冒険の準備を始めた。
今日は急速にレベルアップした体を慣らすために、ワーウルフと戦闘練習だ。
レベルが大幅に上がった晴輝らにとって、ワーウルフは手応えのない相手である。
だがその技量は、晴輝らにとっては依然として高い。
力があるだけでは、技は生きない。
力任せで戦ってばかりいれば、いずれ必ず行き詰まる。
だからこそ、技のワーウルフ。
心技体を一致させる訓練にはもってこいだ。
「マァト。お前は戦わないようにな?」
「ピッ!」
了解しました! というように、マァトが羽を前に掲げた。
その仕草に、晴輝がほっこりと頬を緩めた。
――パシィィン!
直後、レアが晴輝の後頭部に気合を入れた。
気合を注入された後頭部が、勢い余って弾けるかと思った。
今朝、レアの機嫌を取るのに苦労したことを思い出し、晴輝は焼きそばパンを買いに走る舎弟のように、慌てて気持ちを切り替えたのだった。




