新たな命を歓迎しよう!
晴輝らは秘密部屋から通常フロアに戻り、15階の攻略に向かった。
ボスはワーウルフを2段階ほど強くした、見た目が一回り大きなワーウルフだった。
苦戦を予測し、晴輝はかなり安全マージンを確保した。
しかし戦闘力が数段階底上げされた晴輝らはワーウルフを鎧袖一触。完封勝利を収めることが出来た。
ワーウルフのボスは決して弱くはなかった。
ボスは途中で変体を行い、上半身を限りなく人間に近いフォルムに変形させた。
変体の瞬間、晴輝とエスタは戦闘を忘れて大喜びした。
『魔物が変形、だと!? カッコイィ!!』
『(にゅにゅにゅ!!)』
そんな晴輝らを眺める、女性陣の視線は……。
『あの……戦闘中ですよー?』
『(てろん……)』
とても冷たかった。
彼女達が漢のロマンを理解するには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
さておき、変体したボスは地面に落ちていた木の棒を武器として使い戦った。
かつてのボスではあり得ないほど大きな形態変化だ。
さらにボスの技術は高く、力も敏捷性もずば抜けていた。
しかし、
「もっと強い相手だと思っていたんだが……」
「ですね……。私も、苦戦すると思ってました」
くぅん……と悲しい鳴き声を上げて地面に沈むボスを、晴輝らは虚を突かれた面持ちで眺めていた。
あまりにボス戦に余裕がありすぎて、ボスを倒した実感が湧かなかった。
ツリー強化でスキルの底上げを行い、下級神という凶悪な敵と戦ってレベルアップした。
さらに晴輝は気力攻撃を習得し、これまでとは一線を画すほどの高威力攻撃を行えるようにもなった。
この間、たったの3週間だ。
3週間で、晴輝らの練度は驚異的に向上した。
短期間での驚異的な変化は、初めてスキルを強化したときのように、体の動きや認識を大きく狂わせていた。
どれほど狂っていたのか。
この戦闘で、晴輝はようやく認識出来たのだった。
「もう少し時間をかけて、手にした力を体に馴染ませないとな……」
自分の力を正しく認識し扱えないと、様々な面で無駄を生んでしまう。
それではかつてのワーウルフのように、あるいは時雨のように、美しく愉しく、戦えない。
それに無駄は悪癖に繋がる。
なので今後のためにも、少し時間をかけて体と認識をすりあわせた方が良さそうだ。
16階のゲートをアクティベートし時計を見ると既に18時を過ぎていた。
朱音の店は既に閉店している。
(急ぎ鑑定してもらいたい物があったのだが……)
もう少し早く戻って来られればと、晴輝はため息を吐いた。
時間がかかったのは15階が1階に比べて4倍以上広いことも理由の一つだが、一番は今回の探索が非常に無駄が多かったからだ。
それはレースゲームで、最大馬力の車を壁に激突させながら走行させるのと同じ理屈だ。
どれだけ力が強くとも、正しく扱えなければ効率は上がらない。
今日は必要以上にマージンを取り、必要以上に魔物に怯え、必要以上に驚いた。
それらの小さな積み重ねが、現在の時間に繋がっていた。
とはいえ、ダメな点が目に見えている今はチャンスだ。
問題点を潰せば、成長が約束されているのだから。
「今日はここで終わろう。明日は肩慣らしからだな」
「はい、わかりました」
地上に戻って火蓮を見送って、晴輝は自宅に戻った。
*
【気づかれる存在感への道】 管理人:空気
『ワーウルフのボス!』
どうも空気です(^o^)
今日はワーウルフのボスを討伐しました(^o^)
ワーウルフのボス、すごいです。
変身します!
格好良いです!!(>_<)
魔物の変身は初めて見ましたが・・・良いですね。
あんなふうに変身する魔物は、今後増えていくのでしょうか?
だとしたら、ワクワクが止まりません(>_<)
僕にも変身みたいに、存在感を見せつける力が欲しいなー。
・・・って語ったところ、チームメンバーの女性陣からは冷たい目で見られました。
何故でしょうかね?
変身のロマンが理解出来なかったのかな?(= =
今日も一日、ダンジョン攻略頑張った!
これでまた一歩、存在感が得られる未来は近づいたかな? かな?
*
ぴちゅん、ぴちゅん。
ちゅんちゅんちゅん。
早朝。目覚ましが鳴る前に、晴輝は鳥の鳴き声により目を覚ました。
とても近くで鳥が鳴いている。まさに朝にふさわしい音色である。
晴輝は目を開ける。
すると枕の傍に、一匹の小鳥がいた。
白くて毛がふわふわの小鳥だ。抱きしめるととても気持ちよさそうである。
「……どこから入ってきたんだ?」
晴輝がじっと見つめても逃げる様子がない。
まるでこの場に人間がいないと思い込んでいるような……。
――いかんいかん。
晴輝は自らのネガティブな思考を即座に打ち消した。
懊悩する晴輝の傍で、どうしたの? とでも言うように小鳥がコテリと首を傾げた。
「ピッ?」
「ぬぐぐ……」
うっかり見とれて心が奪われそうになってしまった。
(お、俺にはレアとエスタがいるんだ!)
晴輝はレアとエスタを思い出し、小鳥の誘惑を振り払う。
晴輝が誘惑との激闘を繰り広げていると、小鳥は少し下がって足を体の中に収納した。
途端に毛が『んもっ!』っと膨れ上がった。
「――うっ!!」
小鳥のもふもふ具合に、晴輝は一発でノックアウトさせられた。
もう抵抗する気も起こらない。
よろしい、認めようではないか。
この小鳥がナンバーワンであることを!
「って、一体どこから入ってきたんだ?」
手に取り尋ねるが、小鳥は『ぴ?』と首を傾げた。
さてなんのことかしら? と言っているような仕草である。
窓は開いているが網戸は閉まっている。
部屋の扉も閉まったまま。
進入経路はどこにもない。
「……もしかして」
はっとして晴輝は、ダンジョン探索用の鞄に目を向けた。
昨日、ヒミツの小部屋で手に入れた謎の卵石を探すが、見つからない。
かわりに、鞄の底――ジャガイモ石が詰まった瓶の下に、バラバラになった薄い石があった。
その色は、先日手に入れた謎の卵石と同じ。
間違いない。
白い小鳥は、卵石から産まれたのだ。
「まさか石から産まれるとは……」
卵石は見た目は卵だが感触は完全な石だった。
まさか小鳥がふ化するとは予想だにしていなかった。
晴輝が鞄から石の破片を取り出し眺めていると、小鳥がパタパタと飛び上がり、晴輝の頭の上に降り立った。
「む?」
「……ピョ?」
だめ? と尋ねるような甘いさえずりに、晴輝の顔がだらしなく緩んでいく。
(かわええのぅ……)
「――!?」
そのとき、晴輝は悪寒を感じた。
それはダンジョン以外ではあまり感じない、強烈な悪寒だった。
悪寒の発生場所は、晴輝の部屋の出入口。
即座に視線を向けた晴輝は、
「――ハッ!!」
思わず息を飲んだ。
部屋の扉が僅かに開き、そこから僅かに葉っぱが飛び出している。
まるでのぞき見が趣味の家政婦のような姿で、レアが晴輝を見つめていた。
その体から、毒々しいオーラを放出しながら……。
窓の外からこっそり中を窺っていたエスタが、「あ、ぼく、家を守らないとー忙しーなー」と言わんばかりの白々しい態度で、そそくさとその場から立ち去った。
「ち、違うんだ、これには訳が――」
「(ぷいっ)」
顔(?)を背けたレアが扉から消えた。
「ま、待ってくれ!!」
慌てた晴輝がレアの後を追う。
一体自分が何故焦っているのか、何故怯えているのか。そして何を怖れたのか判らなかったが、とにかく晴輝はレアを引き留め言い訳せねばいけない気がした。
晴輝がレアを説得するのに、30分もかかってしまった。
説得はとても神経をすり減らす作業の連続だった。
「今日は綺麗だね」なんて言おうものなら「今日“は”って何よ? “は”って!! いつもは綺麗じゃないって言いたいの!?」と意図しない解釈で逆上する女性のように、説得の際には『てにをは』にさえ細心の注意を払わねばならなかった。
以前の職場で働いていた時に、取引先のヤクザみたいな顧客を接待するときだって、これほど疲れはしなかった。
晴輝の人生至上、最も気疲れした30分だった。
げっそりした晴輝が支度を終えて家を出ると、ダンジョン前で待機していた火蓮がちょこちょこと小走りで駆け寄ってきた。
「おはようございます空星さ……あれ?」
火蓮が晴輝の頭の上を見て、目を細めた。
首を傾げて角度を変えながら、マジマジと頭の上を凝視する。
「空星さんが、普通の動物をテイムした!」
「……おい」
火蓮の驚くポイントがおかしい。
「普通の動物ってどういう意味だよ……」
「だって空星さん、特殊な魔物しかテイムしないじゃないですか!」
「お前は俺をどう思ってるんだ!?」
まるで普通じゃない動物をテイムすることに命を賭けているような驚きぶりである。
目を見開いた火蓮に晴輝は冷静に突っ込んだ。
当たり前だが、普通の動物や魔物をテイムしたいと晴輝は考えている。
ただそれが、いまいち上手く行かなかっただけだ。
断じて晴輝の趣味や行動が悪いわけじゃない。
「……食用ですか?」
「なわけないだろ!」
「え?」
一度火蓮とはじっくり話合いをしなければならないらしい。
晴輝は額に手を当てて首を振る。
「朝起きたら、卵がふ化してたんだ」
「卵……、え、もしかして昨日手に入れたあの石の?」
「ああ」
「へぇー。いいですねー。私も…………欲しいです」
微妙な言葉の間が空いたとき、晴輝は火蓮がチラリ自らのポケットを見下ろしたのを確かに見た。
(……うん)
言いたいことが分かった晴輝は、咎めることなく彼女の荒んだ内心を察し頷いた。
うっとりしながらも、モフモフを体感したいらしい火蓮は手をわきわきと動かす。
その不吉な動きに怯えた小鳥が、晴輝の首の羽根輪に身を隠した。
「あんまり脅かすなよ」
「……むぅ。ところで、その小鳥の種類はなんでしょうか?」
「さあ? 石から生まれた小鳥だからなあ」
晴輝は首を振った。
晴輝は鳥類について詳しくはない。せいぜいハトとカラスの違いが分かる程度だ。
ましてやこの小鳥は、ダンジョンで入手した卵石から生まれた生物である。
自然界に生息する生物か、あるいはダンジョンに生息する魔物の類か……。
晴輝が小鳥の種類を判別するなどできようはずもなかった。
「朱音さんならわかるでしょうか?」
「あー。素材鑑定が出来るくらいだから、わかるかもしれないな」
「その言い方はどうなんでしょう?」
「ん?」
「まるで小鳥さんを、素材として鑑定するような口ぶりですけど」
火蓮がじとっとした目で晴輝を睨んだ。
「……他意はない」
「本当ですかあ?」
否定するが火蓮からの信用が薄い。
何故なのか?
胸に手を当てるがいまいち判らない。
「ひとまず朱音に見せてみるか」
「そうですね」
晴輝はプレハブの扉を開いて中に入る。
「っしゃーい!」
すると、朱音が笑顔を浮かべながら晴輝を出迎えてくれた。
いつもとは違う態度に、晴輝はうさんくさいものを見る目つきになる。
「……」
「なによその目は?」
「いや、なんか怪しいと思ってな」
「なな、なにも怪しいことはしてないわよ!?」
「酷い」でも「失礼だ」でもなく、怪しくない。
その言葉がもう十分に怪しい。疑惑は益々深まっていく。
「そそ、そうだ空気さぁん。いま日本で騒がれていることってなにか知ってるぅ?」




