巫術を正しく使いこなそう!
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声は晴輝の背後から聞こえてきていた。
振り返ると、火蓮がポケットを指さした。
……奴か。
晴輝は一瞬で犯人を察した。
「犯人を外へ」
晴輝は火蓮に近づいて、顎をしゃくった。
火蓮がポケットに手を入れ、中からチェプを取りだした。
火蓮の手の上で、ピクンピクンと痙攣するチェプ。
まるで死んだ魚のような目をして、口からはぷくぷく泡を吹いている。
「……こいつ、なんで死にそうになってるんだ?」
「それが全然わからないんです。突然悲鳴を上げたと思ったら、ピクピク動き出して」
火蓮が顔を引きつらせながらそう言った。
彼女の心中を察し晴輝は瞑目する。
ポケットから突然悲鳴が聞こえたと思えば、震え始めるのだ。
手を伸ばすとそこには、死んだ魚が……。
もはやこれは新手のホラーである。
通常種と戦闘訓練を行う予定だったが、このままでは火蓮のポケットが魚の悲鳴で呪われそうだ。
晴輝はチェプが目を覚ますまで、休憩を取ることにした。
「ここは……」
「おう、起きたか?」
「いやぁぁぁ痴漢んんん――はぅわ!!」
意識が戻ったのを確認しただけなのに痴漢呼ばわりされ、晴輝は思わずチェプの頭をスパーンと叩いてしまった。
女性に対してあるまじき行為である。
だが相手は魚だ。しかもタダ飯食らいの。
配慮などすべきではない。
「それで、一体なにがあったんだ?」
「……け、経験を少々」
「ん? 経験?」
「そうですの。わたくしの祈り――ああ、巫術でしたわね――で少々経験を頂いたことで、レベルアップ酔いにかかりまして。その痛みで気絶してしまったんですわ」
「ほぅ?」
タダ飯食らいがコッソリ行っていたつまみ食いの自白に、晴輝のこめかみがピクリと震えた。
しかし、と晴輝は怒りを静める。
「経験を頂くって、巫術はそんなことが出来るのか?」
「ええ。実は……私は魔物を討伐したときの経験値の分配を調整出来るんですの。いえ、出来るようになったんですの」
「ほお?」
晴輝が巫術スキルを上げたことで、新たな力を使えるようになったとチェプが供述した。
ならば、と晴輝は算段を付ける。
もし巫術に経験値の『チーム分配』を行う力があるのなら、晴輝が恒久的に抱える問題の解決に繋がる可能性がある。
「なあチェプ。その経験値を均等に分ける巫術を皆にかけることはできるか?」
「ええ、できますわね。ですが、すごく疲れるので出来ればやりたくな――」
「ん゛?」
「…………はわわ!」
晴輝が仮面の目を光らせながら凄むと、チェプがぷるぷると震えだした。
「何か言った?」
「いえ!」
「よし。じゃあダンジョンに潜る時は、常に発動してくれ」
もし経験値がチームに均等分配になるのなら、晴輝の『経験値を過剰に獲得することで体が魔物化する』問題を解消出来る。
あとは魔物の過剰討伐さえ気をつければ、二度と体に激痛を感じる状態にはならないだろう。
「しかし、なるほど」
これで謎が解けたと、晴輝は内心膝を打った。
彼女が討伐に参加しなかった戦闘でスキルポイントが増えたのは、この巫術が関係していたのだ。
チームを1個としてダンジョンに認識させる術か、それとも仲間にバイパスを作る術か。あるいは超自然的な力に作用するものか。
いずれかは判らないが、晴輝にとって有り難い能力であるのは確かである。
「さて、それじゃチェプ。巫術で他に出来ることはあるか?」
「……ありませんわよ」
スィ、と軽くチェプの目が泳いだ。
それを晴輝は見逃さない。
軽く気力を膨らませ威圧。
「……んん?」
「はわわ?! ひひ、人の認識を少しだけ誘導出来ますわ!」
「あー。その力、絶対に使うなよ?」
認識を誘導する力。
その力に、晴輝は覚えがあった。
晴輝は旭川で、早狩り競争の真っ最中だというのに、何故か無性にチェプを抱えてカムイ岩に向かわなければいけないと思った。
そして晴輝は、カムイ岩から戻るときに、何故か無性にチェプと一緒でなければいけないと思った。
この思考は、チェプに誘導された結果だったのだ。
晴輝をクエストに差し向ける精霊には、必要な能力だったと言える。
だが使い方によっては、非常に危険な力である。
たとえば――気がつくと目の前の魚人が何故か無性に可愛らしく見えてしまう、とか。
……恐ろしい。
晴輝はブルリと背筋を震わせた。
実に、恐ろしい力である。
「絶対に使うなよ?」
「…………」
「使えば腕輪を壊すからな」
「ひぃぃ!?」
晴輝の脅迫にチェプが一際大きく体を震わせた。
もちろん晴輝はそれを脅迫だけで済ませる気はなかった。
思考の誘導は恐ろしい巫術である。晴輝に対抗手段がないというところが、なおさら怖い。
とはいえチェプは悪辣な巫術の使い方をするような奴ではない。
チェプはどこまでも小悪党だ。
せいぜい、チェプが世界一の美女に見えるようになったり、今後一切魚が食べられなくなったり、気付けばチェプに『様』付けをしていたり……。
思考誘導されても毒にも薬にもならない、けれどかなり苛つく用途だろうことは、晴輝は容易に想像出来た。
なので現状は禁止令のみ。
もし使えばその時は、問答無用で腕輪をたたき割るのみだ。
「火蓮、いいか?」
「もちろんです」
火蓮も思考誘導の危険性について気がついたのだろう。鼻に皺を寄せている。
これで逃げ道は塞いだ。
あとは小賢しい真似をしないよう、目を光らせるだけである。
「ああ、あともう1つだけ。これは忠告だな。あまり経験値を一気に取得しすぎると、魔物化するから気をつけろよ?」
「はわ!?」
レベルアップによる弊害を知らなかったのだろう。
チェプは青ざめながら体を震わせた。
「はわわ。このわたくしが魔物に?!」
「あ、いや……」
元々魔物だったなコイツ。
言葉を話せるせいで、晴輝は彼女が魔物であることをすっかり失念していた。
彼女には特に無意味な忠告だったか……。
しかし、一人だけ大量に経験値を取得するよう巫術を設定されても、ポケットから悲鳴が聞こえ続けるだけなので、刺した釘はこのままで良さそうだ。
「それじゃ全体に、経験を分配する術を掛けてくれ」
「それでは……」
そう言うと、チェプは火蓮、レア、エスタ、晴輝にとそれぞれ手を触れ、最後に胸の前で手を組み合わせた。
するとチェプの体から気力が舞い上がり、小さな球となってそれぞれの元に舞い降りた。
球に触れた晴輝の体がぼぅっと輝き、光が消える。
「これで経験値が通り道は確保いたしましたわ」
「了解。ありがとう」
タダ飯食らいの初めてのお仕事だ。
感動……するはずもなく。
もっと働けと晴輝は心の中で呟くのだった。
これで心置きなく、経験を気にせず魔物と戦える。
晴輝はやる気5割増しで、ワーウルフの捜索を行った。
現れるワーウルフを、晴輝とレア、火蓮が次々と短時間で倒していく。
下級神と戦ったことでのレベルアップとツリー強化の恩恵は、想定以上に晴輝らの能力を底上げしていた。
晴輝は今日、かなり気合を入れて攻略に臨んでいたが、全力の6割程度で15階を突破出来てしまいそうなほどだった。
もちろんそれは、ノーマルのワーウルフを相手にした場合に限ったことだが。
ボスがどれほどの実力かはまだ不明だ。
家に帰るまでは冒険。
決して油断をしてはいけない。
ワーウルフが生息する草原をランダムで移動していると、晴輝はふと目の前のダンジョン壁に違和感を覚えた。
その場で立ち止まり、眉間に深く皺を寄せた。
目に力を入れ、その違和感の原因を探る。
「……なあ火蓮。あそこの壁、なんか変じゃないか?」
「どこですか?」
「ほら、あそこ」
晴輝は腕を掲げ、前方100メートル先にある壁を指さした。
その壁は他の所と僅かに色が違っていた。
他の場所とはマゼンタの濃さが僅かに違う。
さらに、その壁には色の変化よりも大きな違いがあった。
「……あっ!」
変化に気がついたのだろう。
気力が目に見える火蓮がスタッカートの効いた声を上げた。
ダンジョンはその内部全体を、厚さ3センチから5センチほどの気力が被っている。
この気力が火蓮の魔法や晴輝の気力攻撃、さらには弾丸やミサイルの攻撃から、ダンジョンを守っている。
ダンジョンを被う気力は、防御壁として機能しているのだ。
その気力が、一部途切れているところがあった。
それが、晴輝が指さした場所だった。
晴輝はかなりの精度で色を見分けられる力はあるが、この力が活きるのはあくまで“そこに有る前提で見た場合”だけ。
“そこに有ると思ってさえいない場合”は、変化を意識することが非常に難しい。
たとえばそれは、家の鍵が見つからない状況と同じ。目の前のテーブルに鍵があっても、そこに有ると思って探さなければ、最後の最後まで鍵の存在に気がつかない。
今回晴輝が色の変化に気づけたのは、仮面を強化したから。
仮面強化により気力が目で捉えられるようになったため、色彩の変化に気がつけたのだった。
「あれが開いて、階段になるとかかな? なら、あそこにボスがいるのかもしれないのか……」
晴輝の呟きで、火蓮の表情が引き締まった。
散々ワーウルフを1撃で倒してきたのに、一切油断をしていない。
とても良い傾向だ。
晴輝は微笑み、軽く頷いた。
奇襲を受けないよう探知で警戒しつつ、晴輝らはゆっくりとその壁に向かって歩みを進める。
しかし、
「……あれぇ?」
壁の前に、魔物の姿はなかった。
探知を拡大するが、ワーウルフ1匹いない。
「ボス、いませんね」
火蓮も周りをキョロキョロ見回しているが、ボスの姿は見つけられないようだ。
予想が外れた。
折角ワーウルフのボスと戦えると思っていたのに。
晴輝は落胆し肩を落とす。
「ボスがいないんだったら、この壁はなんなんだ?」
「もしかして……隠し部屋、でしょうか?」
「――ソ・レ・ダァッ!」
火蓮の言葉に、晴輝の心が沸き立った。
感興が体中で甘く痺れる。
WIKIや掲示板で、ごくごく希にアップされるダンジョンの『隠し部屋』報告。
それは突然出現し、退出とともに消滅する一度きりしか探索出来ないフロアである。
隠し部屋の中にあるものは様々だ。
スタンダードなものでは、宝箱がある。これは当たり部屋。
ハズレだと、大量の魔物が生息している。完全に罠だ。
他にも、何もない部屋だったり臨時ゲート部屋だったり、正規とは別ルートの下り階段だったりと様々だ。
晴輝は該当箇所に近づいて、ペタペタと壁に触れた。感触は他の壁と変わらない。
拳でノックをすると、向こう側に空間があるような響き方をした。
それで晴輝は確信した。
「間違いないな」
この壁の向こう側には、隠し部屋がある。
しかし、
「これ、どうやって中に入ればいいんだ?」
壁には隙間は見えないし、開閉ボタンもない。
向こう側が空間なら攻撃で壊してしまうのが良いか。しかし攻撃して、ダンジョンがそれを自らへの攻撃と見なす可能性がある。
下手に攻撃をして、モンパレを発生させるわけにはいかない。
あるいは、入り口は別にあるものなのか……。
壁の手触りは他の場所とは違う。
なにがどう違うかまでは、壁職人ならざる晴輝にはわからないが……。
「火蓮はどう思う?」
「壊すのはマズイですか?」
「なるべくなら」
壁を破壊してみたかったのか。
火蓮がふみゅと鼻を鳴らし、不満げに唇を尖らせた。
晴輝らは壁の前で調査を続ける。
とはいっても、ただ壁をペタペタ触るだけだ。
新たな発見がないまま、無為に時間が過ぎていく。
「もー! いつまでここで油を売っているんですの?」
痺れを切らせたチェプが火蓮のポケットから飛び降りて、
「はぅわ!!」
着地した足をぐにゃっと捻って、盛大に転んだ。
「……」
「……」
晴輝と火蓮が生ぬるい目でチェプを見下ろす。
そんな視線は意に介さず、チェプが足を引きずりながら壁に手を添えた。
「うぐぐ……このまま壁と戯れて狩りをしてくれなければ、わたくしのレベルアップが遠のいて……」
チェプが壁に体重を預けながら、脳内の欲望がダダ漏れの独り言を呟いたそのとき、
「――あへ?」
「「――あ」」
突如、なんの予兆もなくチェプが壁に頭から呑み込まれた。
「いやぁぁぁですゎ――」
壁を力いっぱい押していたチェプが堪えきれるはずもなく、壁に吸い込まれていく。
悲鳴さえも壁の向こう側に消えていった。
さらばチェプよ、永遠なれ(´゜Д゜)ゞ




