エピローグ α ρ χ η
火蓮の素直な一言に、晴輝は顔を顰めた。
あんな鬱陶しい存在はこりごりである。
こりごりだったが、居なくなってみると、たまには……なんて思ってしまう。
「……ん?」
チェプが居ただろう地点を見た晴輝が目を見開いた。
そこには魔方陣ではない文様が描かれていた。
『いままで、ありがとうございました』
最後の別れの言葉。
書いたのは――チェプだ。
『短い人生でしたが、わたくしの記憶の中では皆様との思い出が、燦然と輝いておりますわ。特にレア様との出会いは、わたくしにとって最良の思い出となりました。レア様、ああ、いと尊きお方……。
そうそう、レア様は朝5時には起床されますので、4時には目を覚まして水汲みを行い、朝日が昇る前より爽やかな目覚めを促すために唄を歌いながら――』
「長いわ!」
途中まで読んだ晴輝は、その文章の長さに思わず叫んだ。
死んだ目をして動けなかったはずだが、チェプは一体いつこの長々とした文章を書いていたのやら。
背後で文章を読んでいたレアの葉が、カクリと力無く垂れ下がった。
……うん。色々と、大変だったんだな。
チェプと出会ってから数日のうちに、レアの身に一体なにが起こっていたのか想像し、晴輝は思わず苦笑した。
「それから、レア様の葉は毎日1枚1枚丁寧に拭うこと。時々温泉のお湯を差し上げること。……ええと他には――」
「おい」
晴輝は頭痛を堪えるよう、こめかみを強く押した。
長々とした文章の先には、指で地面に文字を書き続ける1匹の魚人の姿があった。
以前よりも二回りほど小さくなってはいるが……間違いない。
「チェプ!」
「な、なんで生きてるんですか!?」
「……はぅわ!?」
声を上げた途端に、シュンっとチェプの体が消えた。
消えた空間に浮かんだ光が、火蓮の腕輪へ吸い込まれる。
「……」
「……」
晴輝と火蓮はなんとも言えない表情で腕輪を見つめる。
すると、腕輪から光が出現し、岩を割って生えた雑草の影まで飛んだ。
その雑草の影に、チェプの体が出現。
「(ちらっ?)」
「……」
「……」
草むらから、魚人がこちらを伺っている。
仲間にしますか?
「直ちに崖の上から投げ捨てるぞ」
「はい」
「ま、待ってくださいまし!!」
トテトテとチェプが近づき、涙を浮かべながら火蓮の足に縋り付いた。
捨てないでとオヨヨと泣くチェプに、火蓮がぎこちない笑みを浮かべた。
「……どうします? 捨てます?」
「すす、捨てないで下さいまし!」
晴輝は不満げに唇を突き出した。
もちろん、彼女の生存に対して不満はない。
死んだと思っていたチェプが生きていたこと。
その生存していた彼女があまりに馬鹿馬鹿しい長文を書き連ねていたこと。
そんな彼女の気持ちを、僅かでも慮ってしまった愚かな自分に対して、感情が交ざり合いドロドロと渦巻いてしまうのだ。
「どうするもこうするも――」
捨てるしかないだろ?
そう言おうとした晴輝は火蓮の腕輪の変化に気付き言葉を止めた。
以前までは、一切の飾り気がなかった火蓮の腕輪に、小さな水色の宝石が埋まっていた。
埋まっているのは、丁度穴の空いていた場所である。
考えられる理屈は一つ。
チェプの魂が失われる前に、火蓮の腕輪が取り込んだ。
その結果として、水色の宝石が生じたのだ。
チェプが光になって一度腕輪に取り込まれたことから、晴輝のこの考えは限りなく正解に近いはずだ。
腕輪がチェプを取り込めたのは、ダンジョンが生み出した『精霊』だったからか。
いずれにせよ火蓮の腕輪は、防御力を高める魔道具から、魚人が出現する鬱陶しい魔道具に変化した。
「個性的な装備が手に入って良かったな」
「……こ、これで空星さんと同じですね!」
火蓮が泣きそうな顔で微笑んだ。
見る者の心を抉るような、痛々しい微笑みだった。
……俺と同じだというのにその表情は何故なのか?
晴輝は憮然としつつも、彼女の心境に同情するのだった。
≪下級神αρχηの討伐に成功しました≫
≪特殊クエストをクリアしました≫
≪クリア報酬:スキルポイント10pt獲得≫
≪スキル:神気を獲得しました≫
*
【旭川】神居古潭について語る書 56【聖地】
623 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
そいやカムイ岩がダンジョンだったんだってな
知り合いの冒険家が調査してわかったらしい
624 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
ダンジョンの入り口じゃなくてダンジョン?
どうやって調べたんだ?
625 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
それは企業秘密だ
察してくれ
626 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
あー企業秘密の『能力』な了解
627 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
おいw
628 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
それはそうと、大切なことがあってだな
ダンジョン主
あれ、活動停止してたんだが?
629 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
ファッ!?
いままで散々俺たちを叩きのめしてきたアイツが?
630 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
確か1度だけ倒されたことがあったけど
あれを倒したのはマサツグさんだったよな? それもかなり前だ
最近レイドが編成されたって話は聞かないが・・・
ぶっちゃけレイドじゃないなら、アレはマサツグさんレベルじゃないと倒せない相手だと思うんだが?
631 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
素材集めは出来ても
オレもレイドじゃないならマサツグさんレベルじゃないと無理だと思う
それマジ情報なん?
632 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
なにかあって休眠したのかもしれんが・・・
でもまあ、倒されたというのが普通の見方だよな
633 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
一体マサツグさん以外に誰が倒せるんだよあんなの・・・
634 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
ほら、最近カゲミツさんが神居古潭でイベントやって
北海道中から強者が集まっただろ?
たぶんその冒険家の中の誰かがやったんじゃないか?
635 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
あー
イベント二次会的なノリで全員で叩きのめしたのか
636 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
全員で叩きのめしたなら
ブログで話題になるはずだから違うんじゃね?
637 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
でも、だったらアレを倒すとなると・・・誰になるんだろうな?
ガッツ率いるダンデイとかかね?
638 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
ダンデイはエアリアルとタメ張れるレベルのチームだからなー
倒していても不思議じゃないが
639 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
ブログは沈黙してるな
もう少し目立てば企業から打診ありそうな連中が
ダンジョン主を討伐してたらブログにアップしないはずがないと思う
640 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
なら他に誰がいるよ?
641 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
大穴狙いで仮面さん
642 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
>>641
さてはオメー仮面さんファンだな?
たしかにまー仮面さんならそういうことやらかしそうだ
わからんくもないが・・・どうだべな?w
643 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
下手人が仮面さんなら主を倒した理由が気になるな
ダンジョン主って生命力が馬鹿高すぎて
素材以外のうま味がないように思えるんだが
644 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
単純にダンジョンを乗っ取りたかったんだろ?
645 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
俺の配下になれ→断る!→虐殺のコンボですねわかります
646 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
そして仮面さんがいよいよ魔王に・・・
647 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
主を倒したのマジで仮面さんかもしれんぞ?
昨日素材販売店に仮面さんが木材売りに来てたからな
648 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
Oh・・・さすが仮面さん
世界征服の足がかりに
早くも神居古潭を手中に収められたか
649 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
これが魔王仮面さんの覇道の始まりであった・・・
650 名前:川の畔で鮭を待つ名無し
仮面さんネタ膨らませて遊ぶのやめーやww
みんな仮面さん好きすぎだろwww
*
体力が戻った晴輝らは、ぐったりした気持ちでカムイ岩からダンジョンへと戻っていく。
ぐったりしているのは騎士戦の疲れではない。チェプのせいだ。
晴輝は一体何故あそこまでやる気を出したのか……。
生存したチェプのせいで分からなくなる。
「んまぁ! レア様。お疲れかもしれませんが背中を丸められては猫背になってしまいますわよ!」
ダンジョンにキンキン響くその声を聞くだけで、レアの茎はさらに丸まっていくのだった。
「火蓮がコレの飼い主だからな? ちゃんと面倒を見ろよ?」
「うぅ……」
「コレってわたくしのことですの!?」
ポケットの中から声を上げたチェプを、晴輝はキッと睨み付ける。
「はわっ!?」
途端にカクカクと震えだし、ポケットの中に深く潜り込んだ。
それでも少しすると、チラチラとポケットの口から顔を出す。
「(チラッチラッ)――ひぅ!?」
目が合うと慌てて再びポケットへ。
……まるで身に染みていない。
火蓮が「助けてくれ」という目で晴輝を見た。
しかし、チェプが入っている腕輪は火蓮のものだ。
せっかくカムイ岩から放り投げろと提案したのに、投げなかったのだから我慢して、最後まで面倒を見てもらいたい。
自分以上にぐったりしているレアと火蓮を、晴輝は生暖かい目で見つめるのだった。
腕輪に入ったチェプはサイズ以外で、なんらかの変化があったかもしれない。
晴輝はスキルボードを取り出し、
チェプ(0) 性別:女
スキルポイント:3→26
「…………」
驚愕のあまり、固まった。
こいつ、1度も戦ってないくせに戦闘で得られたポイントを全て入手してやがる!
さすがタダ飯食らいというところか。
死にそうになりながら魔物を倒した晴輝からすると、チェプの全ポイント入手は実に面白くない。
意志確認もせず、無駄スキルに全振りしてやろうか?
意地悪な晴輝が顔を覗かせる。
「……はぁ」
とはいえ、チェプは火蓮の腕輪に宿っている。
晴輝にとってのレアやエスタのように、チェプのスキルは火蓮の戦闘力・生存力に直結する…………はずだ。
――たぶん。
まともに戦ったところを見たことのない晴輝は、いまいち自信が持てなかった。
とりあえず……と、晴輝は巫力にポイントをつぎ込むことにした。
巫力は現時点において、誰も手にしてないレアスキルである。
(チェプが持っているというだけで、レア度が下がっている気がするが……)
レアスキルの1つ『姫』への振り分けは、今回は見送ることにした。
『姫:落命を逃れる運命をたぐり寄せる能力』
今回チェプが生き延びたのは、この『姫』スキルのおかげだと晴輝は考える。
本来命が消えるはずだった場面で、チェプは火蓮の腕輪に憑依した。
チェプが宿ったことで、元々腕輪に空いていた小さな穴に、水色の石が生じた。
このことから腕輪は精霊の類いを宿すタイプの魔道具だったと推測出来る。
火蓮がガチャ玉で『たまたま』その腕輪を引き当てた。
その腕輪を『たまたま』所持している火蓮が、『たまたま』消えそうになったチェプの傍に居た。
これが“落命を逃れる運命をたぐり寄せた”結果なのだろう。
そこには火蓮が持つ『運』スキルとの相乗効果があったのかもしれない。
とはいえ『姫』スキル1振りでこの結果だ。
カンストさせたらどうなるか……。
チェプの命が救われるなら、“地球滅亡の運命”ですらたぐり寄せかねない。
実に恐ろしい想像に、晴輝は背筋を震わせた。
チェプの命を救うだけなら、いつでも逃げ込める腕輪があるだけで十分である。
晴輝は『姫』スキルには一切触れるつもりはなかった。
スキルポイント:26→2
-巫力<->→<+2>
巫力1→7
巫術適正1→7
巫力操作1→7
生命力・筋力・敏捷力・技術はからっきしだが、チェプに肉弾戦が出来るとは晴輝には思えない。
巫術がどのようなものかはまだ定かではないが、火蓮のポケットの中からバンバン発動出来るなら……。
これほど心強い仲間はいないだろう。
――いまのところはタダ飯食らいでしかないが。
その汚名は、今後のダンジョン攻略で返上してもらいたい。
スキルボードを消す前に、晴輝はログをチェックする。
≪下級神αρχηの討伐に成功しました≫
≪特殊クエストをクリアしました≫
≪クリア報酬:スキルポイント10pt獲得≫
ログにある通り、あの騎士が本当に『下級神αρχη』だったか、晴輝に確かめる術はない。
だが騎士には、(技術はさておき)時雨を彷彿とさせる程の戦闘力は確実にあった。
騎士が『下級神αρχη』であっても、実力的には自然だった。
チェプのツリーを見た時に晴輝はそれとなく気付いていたが、クエストクリア報酬で10ポイントも手に入っていた。
振りたいスキルが沢山ある中で、大量ポイントゲットは有り難い。
ログを見ていた晴輝は、その次の文言で僅かに眉根を寄せた。
≪スキル:神気を獲得しました≫
「……神気?」
気力を用いた攻撃を行ったことで、スキルが解放されたか。
攻撃系スキルだろうかと考えながら、晴輝は自らのツリーを開く。
スキルポイント:0→10
-特殊
成長加速 MAX
テイム2
加護 MAX
神気0 NEW
ログの通り、確かに晴輝のツリーに神気が出現していた。
だが特殊の欄だ。
これが技術ツリーならばマサツグの『聖剣』のように、攻撃スキルの可能性もあったのだが……。
晴輝は少し落胆しつつ、スキルをタップする。
神気の説明をポップアップさせ、
神気0『強い気配をその身に宿すスキル MAX5』
「……つ、ついにキタァァァ――ッ!?」
歓喜に打ち震える晴輝の絶叫が、ダンジョンに響き渡ったのだった。
*
【終わりの】ガチャ玉の中身を方向するスレ 231【始まり】
992 名前:レアアイテムが当たらない名無し
おいおいおい!
いま外で冒険家同士のガチ喧嘩始まっちまったぞ!
どうすんだよこれ!!
993 名前:レアアイテムが当たらない名無し
原因は?
994 名前:レアアイテムが当たらない名無し
SSR自慢してた冒険家が
数千万かけてもNしか当てられない不運な冒険家にぶっ飛ばされた
995 名前:レアアイテムが当たらない名無し
Nしか当てられなくてねえいまどんな気持ち? をリアルでやられたのか
それは・・・割とマジで殴られても仕方ない案件かとww
996 名前:レアアイテムが当たらない名無し
Nの人って、あいつか・・・
アレにはさすがに同情するがw
この件、割とマジで大事になりそうだぞ?
別冒険の書で
ベーコンさんとマサツグさんが動き出した
997 名前:レアアイテムが当たらない名無し
ま?
となるとマジでなにかあるな
悪即断罪事案か
最悪ガチャ禁止か
998 名前:レアアイテムが当たらない名無し
あっ
999 名前:レアアイテムが当たらない名無し
ん、どうした?
1000 名前:レアアイテムが当たらない名無し
Nの人が手にしてた最後のガチャ玉
中から魔物が出てきた!!
1001 名前:レアアイテムが当たらない名無し
この冒険の書はこれ以上書き込めません。
これにて4章が終了となります。
ここまでお付き合い、ありがとうございました。
【読み方】
「αρχη」
あぷくすん! ――ではないです。「アルケー」と読みます。
※環境によっては文字が正しく表示されない方もいるかもしれません。ご了承くださいませ。
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