黒い騎士を打倒しよう!
体を震わせながら両手で仮面を保持している火蓮を見て、晴輝の心が沸き立った。
(火蓮は仮面装備を喜んでいる?)
(まさか、気配を隠す仮面がそんなに欲しかったのか!?)
(だったら遠慮せず言ってくれれば良いのに!!)
悪魔の仮面は後ほど、火蓮に進呈しようと晴輝は心に決めた。
きっと、泣いて喜んでくれるはずだ。
それはそうと――。
晴輝は意識を切り替える。
雷撃を受けたことで、暗黒の騎士はプスプスと体から白い煙を上げている。
火蓮の連続攻撃は確実に、暗黒騎士の生命力を大幅に削り取った。
しかし、削られた生命力に反比例するように、殺意がその鎧に満ちていく。
素早さにアドバンテージを持つ晴輝でも、現在の騎士には容易に攻撃を仕掛けられなかった。
とはいえ晴輝は、あれだけの攻撃を火蓮に見せつけられたのだ。
火蓮の活躍を、能力の飛躍を、冒険家としての成長ぶりを見て晴輝は、落ち着いてなど居られなかった。
「は……ははっ!!」
いいね。
実に良い!!
先を見据えた立ち位置。
晴輝の攻勢を生かす、タイミング。
火蓮の攻撃は1撃の強大さに頼らない、絶妙な1手だった。
おまけに、そこからの追撃と離脱の速度。
火蓮は間違いなく、悪い流れを粉砕した。
最高の結果を出しても、一切油断をしていない。
朱音に鍛えられた成果が、確実に現れてきている。
火蓮の成長を悦ぶのと同時に、晴輝は悔しさも覚えていた。
(ずいぶんと目立ってるじゃないか。羨ましい!!)
晴輝は、獰猛に嗤う。
同じ冒険家として、彼女にばかり良いところを持って行かれるわけにはいかない。
彼女にばかりが目立つこの状況に、強い存在感を求める晴輝が黙っていられるはずがなかった。
晴輝は火蓮の攻撃を見た。
そのすべてを捉えていた。
であれば次は自分が――。
(火蓮よりももっともっと、目立ってやる!!)
晴輝は集中力を高めていく。
その晴輝の前で、騎士がゆっくりと大剣を構えた。
以前よりも毒々しいほどの、殺意を揺らめかせて。
瞬間。
騎士が晴輝に接近。
大剣を真横に振り抜いた。
風を切り、唸る大剣を回避。
晴輝は回り込んで攻撃。
しかし晴輝の攻撃は、鎧の防御力に阻まれた。
瞬間、騎士が回転。
晴輝はバックステップ。
さらにスウェー。
仮面の先を大剣が通過した。
騎士の加速度が、晴輝に接近を始めた。
追い詰められると底力を発揮するなんて、まるで人間じみている。
だが、いいね。
実に良い!
「は、ははっ!!」
脳が加速。
体が過熱。
快楽が浮上。
笑う、笑う、笑う。
集中し、集約し、想像し、想定する。
インプットされたイメージを想起して、己の肉体に重ね合わせる。
晴輝は既に、騎士の細かい挙動を記憶していた。
記憶し、理解していた。
僅かな予備動作、挙動のクセ。
大剣の切っ先を3ミリほど横に動かす。
それが騎士の、攻撃の合図。
角度は肘と腰から、勢いは膝と足首から。
接触ポイントを瞬時に逆算し、回避する。
予測した動きが的中していく。
的中するたび快感が、晴輝の胸でジンと痺れをもたらした。
力は依然として騎士が上。
だが、速度は晴輝が上だ。
故に、騎士の攻撃は二度と晴輝に届かない。
大剣が何度も空を切る。
回避は依然としてギリギリだ。
しかし同時に、絶対不可侵の間隙でもあった。
他から見れば綱渡り。
だがそのギリギリを、晴輝は楽しんでいた。
ほんの僅かな時間で、みるみる成長していく。
その速度が楽しくて、愉しくて。
晴輝は無我夢中で手を伸ばす。
もしかしたらカゲミツや、時雨やマサツグのような、
人理を外れた冒険家の、その頂に届くかもしれないと。
もっとだ。
もっと!!
晴輝は口を斜めにする。
僅かなミスが命取り。
だというのに、晴輝は嗤った。
嗤いながら、晴輝は模倣する。
――さあ! 次は、俺の番だ。
晴輝は魔剣に気力を込める。
気力の込め方は、一度試した時に感覚を掴んでいる。
であればあとは簡単。
火蓮を模倣する。
それだけだ。
晴輝が握り閉めると、魔剣に気力が入り込む。
まるで晴輝の気力を悦ぶように、魔剣が剣気を尖らせる。
ダンジョン内で込めた量を上回ると、ぐんと魔剣が重くなった。
実際の重さは変わらない。
気力入りの武器を保持するにも、同量の気力が求められているのだ。
全身全霊を込めたら武器が重くて攻撃出来ない。
丁度良い場所を探りながら、晴輝はどんどん気力を込めていく。
魔剣が晴輝に、ここだと告げた。
そこで、晴輝は気力をストップ。
かなり重い。
しかし、だからこそ良い。
一撃が、今まで以上に重くなる。
いいね。
素晴らしい。
晴輝はにやり口を曲げる。
そこで初めて、騎士が晴輝を警戒した。
油断してくれたら良かったのだが……。
気力入りの攻撃を、そう簡単に当てさせてはくれないらしい。
しかし晴輝は悲観しない。
――そう、仕掛けは既に終わっているのだ。
晴輝は縮地で接近。
対応が遅れた騎士の胸に短剣を一閃。
騎士が回避。
即座に反撃。
晴輝は、
避けない。
腹部から浮かび上がったエスタが、
大剣に接触。
瞬間、
――ィィィイイイン!!
騎士の大剣が、根元で破損し二つに折れた。
武器が破壊されたことで、騎士が動揺した。
顔はない。中身もない。
だが鎧が纏う人間じみた雰囲気が、大きく揺れ動いていた。
まさか騎士は、自らの武器がこの瞬間――晴輝にとどめを刺すタイミングで破壊されるとは思ってもみなかっただろう。
しかし晴輝は、このタイミングでの破損を予測していた。
なぜならば、晴輝やレア、火蓮だけじゃなく、エスタもボロボロになりながら戦っていたのだから。
エスタの種族ゲジゲジが最も得意なのは、防御ではない。
武具破壊なのだ。
甲殻が破損したとき。
エスタは晴輝に「大丈夫」と伝えた。「信じてくれ」とも。
だから、晴輝はエスタを信じた。
エスタが必ずや、騎士の武器を破壊するだろうと……。
そしてエスタの頑張りがいま、ここで結実した。
大剣が折れたことで騎士の攻撃が空振った。
騎士が、この戦闘において最大の隙を見せた。
そこに、晴輝は合わせる。
晴輝は気力を込めた魔剣を、全力で振り下ろした。
晴輝の魔剣が、鎧に接触する。
その前に、
「――ッ!?」
騎士が、足掻いた。
開いた手を晴輝の短剣に伸ばす。
ここで止められれば振出しに戻る。
しかし、晴輝は一切勢いを緩めなかった。
なぜならば、
――ダダダダダダ!!
晴輝に近づく邪悪な魔の手はいつだって、
レアが払いのけてくれていたのだから。
レアが騎士の小手を粉砕。
騎士にはもう、文字通り手はない。
「――チェックメイトだ」
同時に晴輝の魔剣が、騎士の胸元に接触する。
その瞬間。
弱点看破の光が強烈に瞬いた。
晴輝の攻撃は鎧の胸元を切り裂き、背中まで貫通した。
それだけではない。
威力は留まることなく鎧を両断。
衝撃を受けて、引き裂かれた騎士の鎧が吹き飛ばされる。
晴輝の攻撃は騎士の鎧を通り超し、再びカムイ岩に一文字の亀裂を生み出した。
晴輝の視界の端。
これまで死んだように無表情だったチェプの顔に、ふっと微笑みが浮かんだ。
彼女は精霊。
ダンジョンの、イベント用NPCみたいなものだ。
であれば、この討伐が終わればその時は……。
晴輝の予想を肯定するように、チェプの体はみるみる薄まり音もなく消えた。
その瞳からこぼれ落ちた、涙だけを残して……。
衝撃波が完全に消える頃、晴輝は慎重に立ち上がる。
辺りを見回し、粉々になった騎士の沈黙を確認した。
晴輝は辺りを見回し、景色を眺める。
神居古潭の川は美しい流れを取り戻していた。
その光景はあまりに自然で、あまりに大きくて。
手を伸ばしても決して届かないのに、届きそうだと錯覚させられる。
以前に来た時よりも、予想外にこの地にたどり着いた時よりも、いま、晴輝の胸を強い感動が満たしていく。
溢れる生命の色彩は、かつて仕事で見てきたプロ写真家の、どんな風景写真よりも美しかった。
そう感じたのは、これが与えられた写真ではなく、自らの力で手に入れた光景だからか。
――勝った、のか。
敵意を宿した存在は、もう晴輝の探知範囲の中にはない。
ほっと息をついたのもつかの間、
晴輝は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
意識が消えるその前に、晴輝の瞳に映った空は、手が届きそうなほど近かった。
*
漆黒の騎士を倒した直後、晴輝らは全員がほぼ同時にレベルアップ酔いによって意識を失った。
晴輝にとってはいつものことだが、火蓮やレア、エスタにとっては違う。意識を失う経験はこれまで1度もなかった。
「空星さんはよく、当たり前のようにレベルアップ酔いで気絶していましたね。私、死ぬかと思いました……」
気絶するほどの痛みを感じたのは初めてだったのだろう。
青白い顔をした火蓮が、深刻な表情でそう言った。
「でも、死ぬより楽だろ?」
「え? 空星さんの基準、おかしいくないですか?」
っていうか、死んだことあるんですか?
死んだらここにいないだろ。
そんな軽口を叩き合いつつ、晴輝らは現状の確認をする。
まず怪我の具合について。
火蓮の怪我で最も大きな傷は額の裂傷だったが、これは傷薬を塗るだけで快復に向かった。
頭部には血管が沢山集まっている。そのせいで、大量に血液が流れ出てしまったのだ。
傷口が綺麗に消えて、晴輝はほっと胸をなで下ろす。
レアはかなり葉が痛んでしまっていた。一部の細い茎が折れてもいた。
これは攻撃で吹き飛ばされたり、気絶して背中から倒れたりしたためである。
――ほとんどが晴輝のせいだ。
レアの傷は道具屋で購入した回復薬を土に含ませることで、みるみる綺麗になっていった。
植物の傷さえ治癒してしまうなんて、さすがはダンジョン素材の回復薬である。
続いて甲殻が割れたエスタだが、
「……そんな」
晴輝は何度も傷薬を甲殻に塗布したが、割れ目が修繕されることがない。
回復薬を与えてみたが、ダメ。
そうこうしているうちに、エスタの甲殻のヒビが更に広がった。
「な……え、エスタ大丈夫か!?」
「動いちゃダメ!」
痛みを感じていないのか、エスタはもきゅもきゅと動く。
それを見た晴輝と火蓮が、大慌てで制止させる。
しかし、時既に遅し。
エスタの甲殻がパキンッ! と一際大きな音を立てて真っ二つになった。
「そ、そんな……!」
「エスタ……」
晴輝と火蓮が顔を真っ青にする。
そんな中、
んしょ、んしょ、とエスタがもぞもぞ動き、
割れた甲殻から抜け出した。
「は?」
「え?」
晴輝も火蓮も、目の前の出来事をすぐに理解出来なかった。
割れたエスタの体がそのままに、中から別のエスタが出てきたのだ。
一瞬で理解しろという方が無理である。
新たに生まれたエスタは、以前よりも濃い紅色に変化していた。
脱ぎ捨てられた甲殻は、まるで蝉の抜け殻である。
「まさかの……脱皮」
「……びっくりしました」
現実をようやく飲み込んだ2人は、もぞもぞ動いてミミズを探すいつも通りのエスタの姿に、ほっと胸をなで下ろしたのだった。
硬いエスタの抜け殻は、きっとなにかの役に立つだろうと回収。
さらに粉砕されバラバラになった漆黒の鎧も回収した。
細かい破片の収拾を負えると、火蓮が複雑そうな表情を浮かべてカムイ岩の中央を眺めた。
「……あの魔物は、チェプが呼び寄せたんでしょうか」
「チェプの意志ではないとは思う。チェプは単に、イベントを進行させただけだ」
チェプの姿は既に消えている。
討伐イベントが終了したから、彼女は消えてしまったのだ。
スキルボードに表示された『精霊』とは、そのような役割を担う者を指していたのだ。
今回スキルボードに彼女の能力が反映されたのは、晴輝がテイムしたからではない。
イベントを進行させる『精霊』として、直接晴輝の精神に結びついたからだ。
そうでなければ、温泉に入って仮面を外していた晴輝の姿を、“探知スキルのないチェプがすぐに見抜けた”ことに説明が付かない。
とはいえ『姫』の意味は未だに晴輝には理解出来ないのだが。
一体あいつのどこが姫だったんだか……。
晴輝の胸の中で、生じた僅かなしこりが疼いた。
晴輝は唇をきつく結びながら、夕焼け色に染まる空を眺めた。
先ほどは近かった空が、いまはとても遠い。
「……なんだか少し、寂しいですね」
ポイントが8万を突破しました!
評価してくださった皆様、本当にありがとうございます!




