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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
4章 派手に暴れ回っても、影の薄さは治らない
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ヒミツの通路を冒険しよう!

「魔方陣!? 火蓮、離れろ!!」

「はい――」


 火蓮が慌ててステージから離れる。

 次の瞬間、魔方陣が浮かび上がり一際輝いた。


 魔方陣の光が背後のダンジョン壁を照らす。

 ダンジョン壁に魔方陣が転写。


 ステージ上の魔方陣が光を失った。

 しかし転写された魔方陣はまだダンジョン壁に残っている。


 しばらくすると魔方陣は、まるで乾いた地面に水を垂らしたようにダンジョン壁に吸い込まれていった。


「あれは……初めて見たが、一体なんだったんだ?」

「……わかりません。私も初めて見まし――えッ?!」

「――なッ!?」


 ギギ、と固いものが圧壊するような音が響き、晴輝と火蓮が眦を決した。


 突如として二人の目の前のダンジョン壁が割れた。

 ゴゴゴゴ、と鈍重な音を立てながら割れ目が広がっていく。


「まさか……隠し扉?」


 晴輝らの目の前に現れたのは、開け放たれた赤茶けた扉。

 扉の向こう側には、なんの変哲もない階段がある。


 階段の方向は上。

 脱出用通路だろうか?


「こんな階段があるなんて、WIKIに載ってたかな」


 晴輝はダンジョンを攻略する際に必要な情報をWIKIで集めている。

 しかし、集める情報は最低限だ。

 例えば『神居古潭』なら所在地とマップ。追加で木の根の避け方をチェックした程度である。


 それ以上は、攻略時の楽しみが減ってしまう。

 冒険の楽しみを奪うほど、晴輝は情報収集を行わない。


 それはネズミが支配する国を冒険するときと一緒だ。

 アトラクションの情報を収集しても、そのアトラクションの中身を細かくチェックしては楽しみが失われる。

 支配するネズミの素性を調べようものなら、夢と希望さえも破壊されかねない。


 調査はほどほどに。

 それこそが、より良く人生を楽しむための方法である。

 もちろんダンジョンには、ネズミの国のような安全システムはないので注意が必要なのだが。


 それはさておき――だから晴輝がこの扉の情報を知らなくとも、『誰も知らない情報』とは限らない。


「火蓮は知ってるか?」

「いえ……すみません。私はWIKIはじっくり見ないので」


 分からない、と火蓮は申し訳なさそうに頭を揺らした。


 晴輝は扉を見て、階段を見て、ステージに視線を戻した。

 ステージに浮かび上がった魔方陣は影も形もなく、すっかり消えてしまっている。


「魔方陣が浮かび上がった条件は……時間か?」

「私たち、ずいぶんと話し込みましたからね」


 暗黒巨木を倒してから、晴輝は時間をかけてスキルボードの新しい能力について調べていた。


 晴輝らがその場に滞在していたから、魔方陣が出現した。

 もしそうだとすれば、冒険家が暗黒巨木討伐後にすぐに帰ったら、誰もいない場所で魔方陣が展開する――少々寂しい現象が起こってしまうことになる。


(時間の可能性は低いか?)


 晴輝は腕を組み、首を傾げる。

 その他に、なにか条件はあっただろうか?


 晴輝は辺りを入念に観察する。

 すると、ステージの上部に暗黒巨木の破片を見つけた。


 この破片は先ほど、チェプがレアから葉繕いした時のものだ。

 もしかして、これか?


「暗黒巨木の破片をステージ――祭壇に捧げたことで、魔方陣が浮かび上がり新たな道が出現した……とか」

「なるほど! 階段の出現と一体感がありますね」


 一体感。

 たしかに、と晴輝は頷いた。


 暗黒巨木を倒してステージに素材を捧げる。

 暗黒巨木の肉体の一部が捧げられたことで、新たな通路が出現した。

 手順が一つの流れになっている。


「だとするなら、この先に待ち構えてるのは――」


 晴輝は目を細め、階段の奥を凝視する。


「ダンジョン主を倒した、ご褒美か!?」

「わあ!」


 感興が全身を駆け巡る。

 晴輝の体が、甘く痺れた。


 その可能性が思い浮かんでからは、早かった。

 晴輝らは素早く装備をチェックし、開かれた隠し扉へと歩み寄った。


「……よし、いくぞ!」

「はい!」


 この先にダンジョンで最高峰のお宝がある。

 そのような予感を抱いても、2人は一切油断をしなかった。


 ここはまだダンジョンの中。

 油断は一切赦されない。


 晴輝らは逸る気持ちを抑えつつ、慎重に階段を上っていく。


 階段は螺旋状に上へと伸びていた。

 晴輝は石造りの階段を、1つ1つ罠を確認しながら上る。


 100段、200段。

 いったいどこまで続くのか。

 300段、400段……。


「これ、やっぱり帰還用の階段なんじゃ?」

「……かもしれませんね」


 いささか長い階段に辟易してきたのだろう。火蓮が大きく肩を落とした。


 500段目を数えるころ。

 晴輝らの視線の先が、僅かに明るくなった。

 それはダンジョンのものとは違う。自然光だ。


「なんだ地上か」


 宝物庫の可能性がガクンと減ったことに、晴輝は大きく落胆した。

 だがそれでも、この階段は晴輝にとって初めて通った道。

 宝物がなくったって、秘密の階段を上ったという経験だけでも、晴輝は十分満足だった。


 さらに10段上って出口を出る。


「壁?」

「横に道がありますね」


 出口を抜けると、目の前は壁だった。

 左右に細い道が延びている。


 その道の向こう側には森と山。

 地上の風景が広がっていた。

 どうやら晴輝らがいる場所は、『神居古潭』の入り口よりも高い場所にあるようだ。視線がずいぶんと高い位置にある。


「おおー」

「綺麗な景色ですねー」


 風景をじっくり眺めていた晴輝は、


「――あれ?」


 記憶の中の景色とその風景が一致し、息を飲んだ。

 これは、まさか……。


 晴輝の背筋に、冷たい汗が大量に浮かび上がる。


「空星さん、どうしました?」

「イヤ、ナンデモナイヨ」

「…………」


 声を震わせた晴輝に、火蓮がじとっとした視線を向ける。

 一体なにをやらかしたんですか? と思っている目つきである。


 違う、俺じゃない!

 そう否定したかったが、晴輝は一切否定出来ない。


 晴輝は火蓮の視線から逃げるように、壁を蹴って登る。


 壁を登り切り、晴輝は台地に降り立った。


「まさか本当に……カムイ岩なのか?」


 眼下には広大な森と、岩壁に挟まれた川――神居古潭が広がっていた。

 ダンジョンの階段を上ってたどり着いたのは、カムイ岩の頂上だった。


 そして晴輝らが出てきた場所は、カムイ岩にある、見覚えのありすぎる亀裂。

『何もしていない!』と無罪を主張することなど出来ようはずもない。


「それで、空星さんは一体なにをなさったんですか?」

「ぐっ」


 亀裂を上ってきた火蓮が、晴輝に鋭い目を向けた。


「…………火蓮、こんなに早くあの亀裂を上ってこられるなんて、すごいじゃないか。ずいぶんとレベルアップしたんだな!」

「話題を逸らそうとしてます?」

「ぐっ――」


 バレバレだった。

 晴輝はじりっと後ずさる。


 だんだんと火蓮の表情に笑みが浮かんでいく。

 同時に、彼女の体から凄まじいほどの気力が膨れ上がっていく。


 晴輝の体がプルプル震える。

 気力が可視化されたことで、火蓮の笑みの精神的威圧力が増大してしまった。


 火蓮の威圧を受けて、晴輝はその場に正座。

 カムイ岩を割った経緯を説明した。


「ほらやっぱり、空星さんのせいじゃないですか……」


 確かに晴輝のせいである。

 だが晴輝だって、まさかこうなるとは思ってもみなかったのだ。


 とはいえ、そのことは火蓮も重々承知なのだろう。

「もう、自重して下さいね」と苦笑して、カムイ岩断裂についてそれ以上の追求はなされなかった。


 火蓮からの追及を逃れられた

 安堵の息をついた晴輝の脳裡に、ぽっと疑問が湧き上がる。


(……しかし、何故俺たちはここに出たんだ?)


 ダンジョンから出るだけなら、階段は入り口に繋がっている方が自然だ。

 カムイ岩の頂上に繋がる必要はない。


 また、階段が亀裂で終わっていたのも疑問である。

“亀裂が入らなければ”、晴輝らは階段から外に出ることが出来なかったのだ。


 カムイ岩に繋がる階段と亀裂。

 これらがなにを意味するのか……。


(カムイ岩が割られたことで、階段が生まれたのか? あるいは亀裂のせいで階段がそこまでしか通じなくなってしまったのか……)


 じっと考える晴輝の中で、警鐘が鳴り響く。

 なにか大切なものを見逃しているような……。


 違和感の正体を探すため、晴輝はカムイ岩からの風景をじっと眺める。

 空も森も、違いはない。

 以前と明らかに違う点は1カ所――川だ。


 川の色は、まるで土砂降りの雨の後のようだった。

 暗い黄土色をしていて、流れも荒々しい。


 ダンジョンに潜っているあいだに、通り雨でもあったのか。

 それにしては、やけに胸騒ぎを感じさせる濁流だった。


          *


 ダンジョンの意志として生み出される精霊は、資格在る者を見つけ出し、挑戦者として試練に誘導する存在である。


 精霊は、時にはダンジョン内で透明なまま資格無き者を追い返し、時にはダンジョン外で姿を現し資格在る者を正しい道へと誘導する。


 精霊は必要な時に、必要な時間だけ生み出されて消滅する。

 浮かんでは消える、泡のように。


 彼女もまた、ダンジョンの意志により生み出された精霊だった。

 精霊として生み出された彼女は他の多くの精霊と同様に、意志無き存在となるはずだった。


 しかし彼女は、自我を宿した。

 それはダンジョンのミスか、あるいは(サマイクル)の悪戯か。


 ダンジョンの意志が彼女を生み出したとき、この大地の自然霊(ノイズ)が混ざり込んだ。

 それが、本来生まれるはずのない自我を彼女の内面に生じさせた。


 しかしながら彼女は自我に惑わされることなく、完璧に任務をこなした。

 ダンジョンがこの地で見つけた挑戦者は、その力により滞りなく試練の地に誘導された。


 彼女の誘導に、問題はひとつもなかった。

 問題が起こったとすればそれは――。


(ああ、レア様。わたくしが居なくなっても、清く正しく美しく生きてくださいまし)


 挑戦者を試練の地に誘導し消えるだけの存在だった。

 ダンジョンが使い捨てるだけだった精霊に魂が宿ったことで――。


(仮面の下男とパッとしない下女。それにわんぱく盛りの弟君は、しっかりレア様のことを守ってくださるかしら……)


 ほんの少し、消失に畏れを抱いた。

 ただ使い捨てられるだけの駒として抱くはずのない、不安を抱いた。


(…………みなさまと、もっと一緒に、いたかったですわね)


 彼女は――、

 泡のように消失する運命を、憎んだ。


 彼女は――チェプは、願った。

 最良の未来を。

 決して叶わぬ思いだと知りながら。


 チェプは願わずにはいられなかった。

 もし神がこの世に居るならば。

 この願いが赦されるならば、どうか……どうか……。


 もう、消滅の時は迫っていた。

 その証拠に、チェプの意識は外側からどんどん欠落している。


 完全に意識が失われるその時までチェプは、何度も何度も、この短い生で得た大切な思い出をリフレインさせながら、ひたすら天に祈りを捧げるのだった。


          *


 ――タスケテ。


 突如耳元で聞こえたその声に晴輝は肩をふるわせた。

 誰かが晴輝にささやきかけたか? しかし、近くには誰もいない。


 声質は女性のものだった。

 しかし火蓮は晴輝からは離れている。


 ……幻聴か?

 晴輝は頭を傾ける。


 そのとき、晴輝は僅かな違和感に気がついた。

 先ほどまで火蓮のポケットに入っていたチェプが、カムイ岩の中央に移動していたのだ。


 一体いつの間に?

 疑問と同時に、違和感が増大していく。


 チェプの目から、意志の光が失われている。

 彼女はまるで目を開けたまま眠っているみたいだった。


 これまで晴輝は、チェプのそんな目を見たことは1度だけ。

 ――混浴風呂で煮魚になりそうだったときだけだ。


 まさか、体調を崩したのだろうか?


「だいじょう――ッ!?」


 チェプに大丈夫かと尋ねようとした晴輝の言葉が、喉の奥で閊えた。

 晴輝の目の前に、突如として魔物が出現したから。


 なんの前触れもなく、前置きもなく、前兆もなしに出現した。

 それは、全身が鎧で出来た魔物だった。


 地面に大剣を突き刺し、柄を両手で保持している。

 すべてが漆黒に包まれた騎士に、晴輝の背筋が一気に粟だった。


 漆黒の騎士の登場は、あまりにも異常。


 晴輝はこれまで常に探知を発動していた。

 にもかかわらず、晴輝はそれが出現するまで一切気づけなかったのだ。


 どこかに隠れていたわけではない。

 漆黒の騎士はこの場所にポップしたのだ。


 漆黒の騎士の正体は不明。

 晴輝には、騎士の強さが推し量れなかった。

 それだけで異様。

 一瞬たりとも気が抜けない。


 晴輝の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。


 さらに騎士は火蓮と同じように、全身が分厚い気力で被われていた。

 晴輝より圧倒的に、総量が多い。


 自らの気力との違いに、晴輝は己と敵との圧倒的な実力差を思い知らされた気がした。


 遥か昔に忘れかけていた原初の恐怖が顔を覗かせる。

 逃げろと本能が叫ぶ。

 しかし、晴輝は動かなかった。

 ――いや、動けなかった。


 騎士の空気に飲まれ、晴輝は一切身動きが取れなかった。


 騎士は地面に刺さった剣に手を置いて悠然と立っている。

 その姿勢のどこにも隙がない。


 全力で斬りかかっても、即座に対応されてしまう未来が晴輝は容易に想像出来た。


(一体、どうすればいいんだ……)


 額に冷たい汗を浮かべる晴輝の耳に、逼迫した火蓮の声が響いた。


「――空星さん、足下がッ!」

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