仮面さんを強化しよう!
「――仮面さんの強化きたぁぁぁ!!」
ダンジョン主が消えた10階フロアに、晴輝の歓喜の声が響き渡った。
「仮面強化、ですか?」
歓喜に打ち震える晴輝とは打って変わって、火蓮の表情がみるみる曇っていく。
「空星さんの仮面、ですよね? それ、強化しちゃって大丈夫なんですか?」
「ああ。大丈夫そうだな。見た目は変わってない」
「って、もう強化しちゃったんですか!?」
「当たり前だろ! 仮面様――いや、仮面神の強化だぞ!? 何を置いてもまず強化しなければいけない、最優先アイテムだろ!!」
晴輝の存在感アップのために。
この仮面を装備している時、晴輝はあらゆる生命体に認知される。
素顔の時はあらゆる生命体に存在をスルーされやすい晴輝がだ!
これほど存在感を強化するアイテムは、晴輝の人生において他にはなかった。
きっとこれは、存在感溢れる名も無き神が、不憫な存在感の晴輝に分け与えた救済アイテムなのだ!
そうとしか晴輝には思えなかった。
晴輝にとってこの仮面は、神アイテムだった。
一つだけ残念なのは、この仮面の見栄えのせいで不審者に間違われることだ。
しかしそれも、いずれ解決する問題である。
仮面を装備していれば、人々は晴輝を認知してくれる。
認知され続ければ、いずれは仮面を装備した晴輝が『仲間』であるという理解が広がっていく。
存在感があるだけで、人の意識が変わっていくのだ。
なんと!
存在感を与えるだけでなく、人々の意識まで変えられるだなんて!
もはや仮面さんは神器と言っても過言ではないな!
脳内で麻薬物質がドバドバ迸る。
晴輝は己の妄想に興奮し、鼻の穴を膨らませた。
「――で、どうだ!?」
「どうだ、とは?」
「存在感、上がったか?」
「…………」
晴輝の問いに、火蓮が目を細めた。
火蓮がじっと晴輝の全身を眺め、うなり声を上げる。
「存在感は今まで通り……ですかね」
「いやいやいや。2000ポイントも使って強化したんだぞ!? なにかあるだろ?」
「…………すみません」
火蓮が申し訳なさそうに頭を下げた。
大量の、強化ポイントが……。
――くそっ! ガッカリだ!!
思うような変化が現れなかったことに、晴輝は深く項垂れた。
「……あ、でも、見栄えが変わってなくても、性能は変わってるかもしれませんよ!」
「性能? ……存在感をあげる以外になにかあったか?」
「いやいやいや、あるじゃないですか! 防御力とか、呼吸のしやすさとかっ」
「……あー。そういえば、なんかいろいろあったな」
真っ白になった晴輝は、火蓮の言葉で色を徐々に取り戻す。
晴輝の仮面の性能は、存在感アップだけではない。
のぞき穴が開いていないのに視界が良好だったり、呼吸がし辛くなることがなかったり。装備する上でのデメリットがない。
シリコンのように顔に張り付けると、まるで装着していないような一体感が得られる。
その装着感のなさは、時々仮面を外すのを忘れて布団に入ってしまうほどだ。
さて――ではこの仮面の基本性能に変化があるだろうか?
晴輝は仮面を剥がしたり、手で触れてみたり、再び装着して仮面の具合を確認する。
「……ちょっとだけ変わってるな」
まず、手触りが僅かに違う。
以前は木掘りのような感触だったが、現在は木よりも硬質な感触に変化している。
「防御力があがりましたね!」
「んー。まあ、そうだなぁ……」
確かに防御力は上がったかもしれない。
だが、晴輝が2000ポイントを用いたアイテム強化に求めたのは、決して防御力などではない。
存在感だ。
晴輝は存在感が欲しかったのだ!
「はぁぁぁ……」
とはいえ、仮面はまだ2度ものアイテム強化が残っている。
まだ存在感が上がらないと決まったわけではない。
晴輝の輝かしい未来が、ほんの少し先延ばしになっただけ。
強化ポイントを得て、また、仮面を強化すれば良い。
――待ってろ、ダンジョン。
いま貴様らのコアからエネルギィを全部ぶっこ抜いてやるからな!!
そう、晴輝は決意を新たにする。
「それで火蓮。もう一つあるんだが」
「もう一つ……仮面の変化ですか?」
「たぶん」
仮面を外している時には見えず、仮面を装備したときだけ見えるようになったものがある。
「体が纏ってる、なんか変な光が見えるようになった」
仮面越しに見た火蓮の体が、薄い膜のようなもので被われていた。
それは水のように透明で色がない。
しかし輪郭がはっきりしているので、確かにそこにあることが見て取れる。
火蓮だけではない。晴輝も薄くそれを纏っている。
レアもチェプも纏っている。
ただ火蓮と比べるとあまりに薄すぎる。
厚さにはハードカバーの本とティッシュペーパーくらいの差があった。
また透明な膜に被われているのは晴輝たちだけではない。
地面・壁・灰色になった暗黒巨木。ダンジョン全体が、この膜で被われていた。
「もしかして……。空星さんもいま、見えてるんですか?」
「うん、ん? 火蓮はこれが見えてたのか?」
「はい。その膜が魔法の源です」
「魔法……」
たしかに、これが魔法の源――MPだとすれば、火蓮だけ一際分厚く纏っていることに説明が付く。
「今まで俺が見えなかったのは、魔法使いの才能が無かったから?」
「たぶん、そうじゃないかなぁと……。けど、ちょっと判らないですね」
何故こういうものがあると教えてくれなかったんだ? とは、晴輝は思わない。
晴輝だって『弱点看破』の光が見えることを火蓮に伝えたことは一度もない。
他人には見えず、晴輝や火蓮にしか見えないものは、口にするだけでリスクになる。
リターンがあると判るまでは、決して口にしない方が良い。
アイテムを開眼能力『詳細鑑定』出来ることで、大企業に守られている社員のように。
「俺やレアも纏ってるな。どっちも魔法は使えないが、これはどうしてだ?」
「魔法使いだけが纏ってるわけじゃないみたいです」
「火蓮はこれを使って魔法を打ってるのか?」
「はい。ダンジョンの外だと私のものだけですけど、ダンジョンの中ではダンジョンからも力を頂いてます」
ダンジョンの壁や地面にも、晴輝らと同じような膜がある。
なるほど、ダンジョンから力を貰うという火蓮の言葉は理解出来た。
晴輝は頷き顎に手を当てた。
「とすると、MPっていう概念そのものがないのかもしれないな」
「どういうことですか?」
「いままで俺は、火蓮が魔法を打てるのはMPがあるからって思っていたが、全員がこれを纏っているとなると、魔法使いだけの特別なものじゃなくなるだろ? 誰でも魔法が扱える素地があることになる。けど、いまのところ誰もは使えない。
もしかするとこの力は、もともと性質がなくて、火蓮が魔法を放つ時に性質が魔法へと変化するのかもしれない」
となるとこれはMP、マジックポイントや魔力ではなくて正式には気力とか、生命力という名称が正しいのか……。
生命力はすでにツリーに存在するが、これは魔法には一切関係ない。
ならば魔法に用いられる力は『気力』と呼ぶのがふさわしいか。
仮面強化で気力を目にし、考察出来たのは晴輝にとって嬉しい誤算だった。
晴輝は魔法が使えない。しかし火蓮は魔法として使っているこの力が無性質なら、別の方法で利用出来るかもしれないのだから。
例えば魔法剣のように――。
晴輝はハッと息を呑んだ。
魔法剣!
――なんと存在感の強い言葉なんだ!!
「……これは全力で手に入れねば」
晴輝の瞳が、メラメラと燃え上がる。
晴輝は魔剣を抜いて、手に力を込めた。
しかし、体を被った気力の膜に変化はない。
「なあ。火蓮はどうやって杖にこの光……ええと、気力を込めてるんだ?」
「えっと。体の中にある力を、杖に向かって流し込むような感じですね。あ、力といっても腕力じゃないですよ?」
腕力ではない。
つまり筋肉に力を込めても意味がないということだ。
「んん-」
晴輝は目を瞑り、体内を意識する。
体を被った膜をイメージし、さらにそれが魔剣に流れ込むところを想像する。
「……お?」
すると、ほんの少しだけ何かが動いた気配があった。
しかし気を抜いたからか、すぐに気配が消えてしまった。
また再び――今度は目を見開いたまま、魔剣に気力を流し込むところを強くイメージする。
すると体内でなにかが動いた。
それを表すかのように、晴輝の手から魔剣に向けて薄ら気力が流れ込んでいく。
これまで一切膜が張っていなかった魔剣に、58kg紙――チラシ用紙ほどの薄い膜が被った。
変化を意識すると、途端に魔剣から気力がかき消えた。
「んー。結構難しいんだな」
「慣れれば簡単ですよ。私も最初から、上手に出来たわけじゃないですから」
最初から普通に魔法を放っていたと思ったが?
晴輝は火蓮の言葉に疑問を抱いたが、それを口に出すことはなかった。
剣士と魔法使いで得意不得意があるのは当然だし、晴輝は気付かなかっただけで火蓮も当初は扱いに不慣れだったかもしれないのだから。
気力攻撃がどれほど有用かは、火蓮の魔杖撃を見れば明らかだ。
手軽に扱えるようになれば――そう! 暗黒巨木の幹を短剣で切断することも可能となるかもしれない!!
『長大な魔物を短剣で一刀両断にする男』
『それは誰!?』
『――冒険家の空気だ!』
『キャー存在感がステキー!』
『短剣で大きな魔物を真っ二つにするなんて、存在感つよーい!!』
「うへへ……」
妄想する晴輝の口から、不吉な笑いがあふれ出した。
これは、絶対に目立つぞぉ!
帰ったら全力で魔法剣の習得だ!!
晴輝は気力攻撃習得への決意を、ガッチガチに固めた。
こんなに素晴らしい大発見をもたらすなんて。
やはり大量ポイントを使って仮面様を強化しただけはあったな!
くるっと手の平を返した晴輝は、顔に張り付いた仮面を愛おしげに、すりすり指先で撫でるのだった。
「んまぁ! レア様。ずいぶんとお体が汚れておりますわ!」
晴輝と火蓮の話が長引いていることで、飽きが来たのだろう。
火蓮のポケットから飛び出したチェプがステージに登り、レアの毛繕いならぬ葉繕いを始めた。
先ほどの戦闘で、晴輝が暗黒巨木に接近して戦ったせいか、砕けた小さな木片がレアの葉や地面の上に載っていた。
それをチェプが、恭しい手つきで取り除いていく。
「……ん?」
その時、晴輝は僅かな異変に気がついた。
強化した仮面越し。
レアとチェプの回りに、ぽつぽつと小さな泡が浮かび上がっていく。
地面からあふれ出した力。
それらがステージの中央へと集まっていく。
「……レアは鞄に。エスタッ!!」
晴輝は鞄にレアを収納しながら、先ほどから姿の見えないエスタの名を叫んだ。
晴輝の叫び声がフロアに響き渡る。
すると、灰色になった巨木のてっぺんから、深紅の輝きが落下を始めた。
――エスタだ。
一人で探検ゴッコをしていたのだろう。
しかしそんなところまで足を運んでいたとは。
遊びたい盛りのエスタの行動に、晴輝はつい苦笑した。
エスタは身を丸めてぐんぐん加速。
地面に近づいたところで、バッ! と体を開いた。
全身に風を受けてみるみる減速。
一度地面すれすれで回転し、シュタッ! と着地。
素晴らしい!
このような状況でなければ、晴輝は「百点!」と快哉の声を上げたに違いない。
しかし現在は、異変の途中。
エスタと絡んで遊ぶ暇がないのが悔やまれた。
「空星さん、ステージに図柄がッ!」
切羽詰まったような火蓮の声を聞き、晴輝は即座に振り返る。
いままでなにもなかったはずのステージの上部、表面に赤黒い図柄が浮かび上がった。
その図柄を見た途端に、晴輝の背筋がゾクリと粟だった。
「魔方陣!? 火蓮、離れろ!!」




