旭川ダンジョンの主と戦おう!
「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」
本日堂々発売!!
無人のボス部屋をスルーして、晴輝は慎重に階段を下りていく。
この先に、ダンジョン主がいる。
そう思うといやが上にも緊張感が高まっていく。
階段の先は、直径数百メートルはあろうかという円形の大広間だった。
天上までは数十メートルはあるか。
外側から中央に向けて、僅かにすり鉢状に下っている。
ダンジョン壁は岩作りで、面積の半分ほどが緑色のコケに被われている。
10階は、まるでドーム球場を数倍に拡張したような空間だった。
「ゲートは……」
辺りを見回すが、現在晴輝らが出てきた場所以外の通路が見当たらない。
どうやらダンジョン主のいる部屋はゲートで直接繋がっていないようだ。
晴輝らが立っている場所から向かって最奥が、他より1段高くなっていた。
まるで石造りのステージのようである。
ダンジョン主の部屋にあるからには、なにか秘密がありそうだ。
すぐにでもステージを調査したかった晴輝だが、その場に停止したまま動かない。
いや、動けなかった。
ビリビリと、うなじが危険を晴輝に伝える。
晴輝とステージのあいだ。丁度10階の中央に一本の大木が立っていた。
木はまるで屋久島に自生する縄文杉のように巨大である。
外皮が真っ黒な大木が、ゆらゆらと風もないのに黒い葉を揺らしている。
「これが、『神居古潭』のダンジョン主……」
晴輝は巨木の威圧感に気圧されて、身動きが取れなくなってしまった。
後ろに控える火蓮も晴輝と同じ。
ぎゅっと杖を握ったまま、動かない。
巨木が土中から木の根を持ち上げた。
威圧された晴輝らを挑発するように、根が空中でうねうね動く。
その根を見た途端に、晴輝はふと気がついた。
「……あれが元凶か」
「ですね……」
晴輝と火蓮が同時に、動きを取り戻した。
先ほどまでは完全に気圧されていたというのに、いまでは怯えの色は消し飛んで、瞳には圧倒的な殺意が滲んでいた。
「よくも、俺のダンジョン探索の邪魔をしやがったな……」
晴輝はここ数日、ダンジョン内でいやという程木の根を目にしてきた。
様々な造形を目にし、小さな変化や違いに気づける晴輝が、主の木の根を見て気づけぬはずがなかった。
そう。
『神居古潭』に自生し、冒険家の行く手を阻む木の根の持ち主こそ、この暗黒巨木であったのだ。
10階に到達するまでの苦労が報われる類いのダンジョン主だと言われているのはつまるところ、この主を殴れば憂さ晴らしが出来る! という意味だ。
「……くっくっく」
ならば早速、延々とダンジョンでもてあそばれた憂さを晴らしてやろうではないか。
晴輝は嗤いながら、二本の短剣をするりと引き抜いた。
これまでの憎悪と殺意を、たっぷり刃に塗りたくる。
火蓮も、杖を構えた。
珍しくその瞳に、色鮮やかな憎悪を湛えて。
レアがいつでも行けると晴輝の肩を叩く。
エスタは早く行こうとお尻を振った。
「……すぅ」
一度深呼吸をして、
晴輝は叫ぶ。
「行くぞ!」
「はいッ!!」
かけ声と共に、晴輝は全力で駆け出した。
主まではまだ距離がある。
200メートル。
100メートル。
晴輝の間合いに入る前に、
主が木の根を晴輝に叩きつけた。
「――っく!」
晴輝は大木との戦闘経験がない。
筋肉や骨がないので、これまでの経験を生かした動作予測が出来なかった。
それでも、瞬発力にものをいわせてギリギリで回避。
――体が軽い!
魚人と戦ったときよりも、更に体が軽くなっている。
ツリーを強化した効果を、晴輝は早速体感した。
晴輝が回避したタイミングで、レアが連続投擲。
ジャガイモ石が幹に向かって飛翔。
幹に着弾する前に、ボスの枝によりガードされた。
「よしっ!」
しかし晴輝は快哉の声を上げる。
ガードした主の枝を、ジャガイモ石が粉砕していた。
折れた枝がゆっくりと落下。
地面に接触し、轟音を上げた。
少し距離があるせいでわかりにくいが、落下した枝は相当重量があったようだ。
落下による地響きが晴輝の横隔膜を僅かに震わせる。
晴輝は接近しながら、根や枝の動きを観察する。
根が地中から突然飛び出し晴輝を襲う。
飛び上がって避けると、狙い澄ましたかのように枝が振り払われる。
晴輝は全身のバネを上手く用いて回避する。
ボスの攻撃が接触しそうになると、レアやエスタが晴輝をフォローしてくれた。
晴輝は相手の動きに最適化出来てない。
だから、回避による隙が大きくなる。
晴輝にとって、かなり無茶な動きの連続だった。
このままではいずれ追い込まれる。
慣れない相手と戦うと、晴輝の戦闘経験の無さが浮き彫りになる。
晴輝は現在、上昇した己の身体能力を生かし切れずにいた。
今まで戦ってきた、どの魔物よりも手数が多い。
おまけに予備動作が全く読めない。
「くそっ!」
もっと早く走れるのに、中途半端な速度しか出せないような苛立ちを、声と共に吐き捨てた。
晴輝は奥歯を噛みしめながら、ギリギリの回避を続ける。
コンマ1秒も油断出来ない。
しかし、頭上から真下に振るわれた枝を避けようとした晴輝は判断に迷った。
枝を避けるのは簡単だ。
だが晴輝の探知が、別角度からの攻撃を捕らえている。
右に避けても、左に避けても、根の攻撃を受けてしまう。
晴輝は想像していたよりも早く、このダンジョン主に逃げ場を塞がれ、追い詰められた。
(――ッチィ!)
受け止めるか!?
晴輝は短剣を掲げて腕をクロスさせた。
その晴輝に枝が直撃する、
その前に。
――ッタァァァァンン!!
巨大な雷が巨木の頭上めがけて落下した。
雷撃により主が僅かにスタン。
その隙に、晴輝はデッドゾーンから辛うじて抜け出した。
晴輝はこめかみを伝って落ちた脂汗を拭う。
ひとまず動きの予測は急務だ。
根と枝による攻撃のまっただ中。
晴輝は一気に集中力を高め、呼吸を止めた。
意識を集中し、集約する。
深く、深く、潜らせる。
全ての雑念を断った場所。
モノクロームで、コマ送り。
そんな極限世界の中で、
相手の動きを見極める。
僅かな外皮の動き、変化、兆し。
すべてを映像記憶に収めて、ファイルする。
そのファイルを使用して、
相手の動きを想像し、想定する。
広がる探知範囲が教える、
枝と根の数と、距離、速度。
全ての情報から、挙動の解を導き出す。
呼吸を再開させた晴輝が、短剣を振るう。
目の端が捕らえた光。
僅かに感じる衝撃。
弱点看破で捕らえた光を、晴輝の短剣が断ち切った。
頭上からの枝攻撃を右へ避け、
右から迫る木の根はバックステップで対処。
ある攻撃は回避し、
ある攻撃は切断で対処する。
すると一呼吸分ほど、ボスの攻撃が停止した。
まるで乱気流を抜けた直後のような、一瞬の空白。
晴輝が攻撃の嵐を突破。
ボスの狙いを外したことで、大きな隙が生まれた。
そこに、
――ッタァァァン!!
――ダダダダダ!!
火蓮とレアが集中砲火を浴びせた。
火蓮の落雷が直撃。
ボスの体が発光し、黒々とした煙が舞い上がる。
レアの投擲が着弾した根や葉が、あっという間に打ち払われる。
晴輝は主との戦闘経験を急速に蓄積する。
外側からでは判らない動きを、予備動作だけで予測出来るようになってきた。
既に主の攻撃は、晴輝に擦りもしない。
安全に主の懐に潜り込める。
だというのに、
「くぅ……ッ!」
晴輝の表情は曇ったままだった。
まずい。
このままじゃ俺の恨みを全力でぶつける前に、戦いが終わってしまう!!
ダンジョン探索で感じたやり場のない苛立ち。
その憂さを晴らせる場面だというのに、晴輝はレアや火蓮の火力に大きく後れを取っていた。
全てが終わる前に、この苛立ちを、最大限ぶつけなければ!!
集中力を集約して、相手の動きを推察する。
推察し、想定し、想像――。
晴輝は一気に、主の懐に潜り込んだ。
試行、実行、再試行。
両手の短剣を振るい、次々と根と葉を刈り落とす。
晴輝の胴より太い根と、枝葉が地面に落下し音を立てる。
手数が、ようやくレアに追いついた。
だが、
――ッタァァァァン!!
火蓮の雷撃の威力に、追いつけない。
彼女の雷撃が枝葉を燃やし、みるみるダメージを蓄積させていく。
いくら地面に繋がっているとはいえ所詮木だ。
雷が落ちた木造家屋で火災が発生するのと同じ理屈で、現在主は雷撃によって体中から煙を上げていた。
雷撃のせいか。鹿の稀少種と同じように、主の動きが緩慢になってきている。
やはり雷撃には、相手の動きを阻害するデバフ効果があるのだろう。
さらに、火蓮はポジショニングが絶妙だった。
彼女は主の攻撃が届く範囲から一旦出て、チャージを終えると移動し魔法を放つ、ヒットアンドアウェイで戦っている。
攻撃されずにチャージに専念出来るし、万全のタイミングで攻撃を仕掛けられる。
また己の攻撃だけではない。
主と晴輝の攻防に目をやり、適切なタイミングで主をスタンさせている。
おかげで主の攻撃の脅威がぐんと下がっているし、晴輝の攻めの体勢も崩れにくくなっている。
火蓮は主との相性が良く、さらに己の利点を最大限に生かす戦い方をしていた。
戦闘中の判断力が、相当レベルアップしている。
周回遅れなんてものじゃない。
勢いに乗っている彼女に、晴輝は追いつけそうにない。
――足りない。
対して、晴輝の攻撃はイマイチだった。
巨木の主に対し、晴輝の短剣は短すぎるのだ。
切れ味は問題ない。
根も枝も軽々と切り払えている。
だが太い幹を切断するのにはまるで足りない。
幹を切っても、多少傷が付く程度。
熊のマーキング程度の傷しか付けられない。
刃が芯まで届かない。
外皮が厚すぎるのだ。
弱点看破で窺うも、致命傷を与えられるだけの強い光は放たない。
それもそのはず。
大木相手に短剣は、相性が悪すぎるのだ。
晴輝が大剣使いであったなら、幹に大剣を突き立てて大ダメージを与えられたに違いない。
「――ハッ!?」
晴輝はある事実に気付き、息を呑んだ。
もしかして、こういう大型の魔物を『一撃で倒せる冒険家』の方が、『マイナー武器で戦う冒険家』よりも目立ったのでは!?
……しまった。
なんで俺は短剣を選んでしまったんだ!!
この時ばかりは、晴輝は己のメイン武器が大剣でなかったことを後悔した。
ダンジョンで出てくる超大型の魔物がこれだけとは限らない。
短剣では超えられない壁が、いつか立ち塞がるかもしれない。
戦いが終わったら、大剣が装備出来るよう訓練しようかな。
大剣技術、今から上がるかなあ……。
現在手にしていない技術にあれこれ思いを馳せるのは、すべてが終わってからだ。
晴輝は思考を切り替える。
仕方ない。ここは自分に合った仕事をするべきだ。
相性の悪さを理解した晴輝は泣く泣く火蓮のサポート――ダンジョン主の攪乱に回るのだった。




