温泉で癒やされよう!
「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」発売まであと3日!!
そしてポイント7万突破しました!本当にありがとうございます!!
しばらく探索を続けるが、やはり木の根に阻まれちっとも前進することが出来ない。
おまけに魔物は木の根を抜けて、次々と晴輝らに襲いかかってくる。
「これはかなり、精神的に来るな……」
「ですね……」
現れる魔物はブラックラクーン。
いくら木の根を抜けて襲いかかってきたとしても、脅威になる相手ではない。
だが、ブラックラクーンは晴輝らを見つけ次第、勝ち目のない戦いに挑んでくる。
まるで血を吸おうと集まってくる羽虫のようである。
強くもない魔物が相手では、まったく高ぶらない。
晴輝はベルトコンベアで流れてくるお刺身にタンポポを載せる作業が如く、死んだ目でブラックラクーンを討伐していく。
文句一つなく晴輝についてこられるガッツがある火蓮も、笑顔に陰りが見える。
彼女もまた晴輝と同じように、この状況にうんざりしているらしい。
終わりが見えない単純作業を延々とさせられ続けるのは大変苦痛である。
そろそろ、精神的に限界かもしれない。
「どうしようか」
「空星さんの体調もありますし、一度戻って対策を練っても良いかもしれませんね」
あの痛みの記憶が頭を過ぎると体が強ばってしまうことがある。
それが戦闘中なら致命的な隙になってしまう。
無理をせず、一旦引き返すのも良いだろう。
晴輝は火蓮の提案を受け入れた。
「……そうだな」
それに宿に戻ってネットで調べれば、ここを楽に通過出来る情報が見つかるかもしれない。
晴輝は頷き、踵を返す。
――しかし、
「っく!!」
振り返った先の道が、木の根に封鎖されていた。
先ほどまでは普通に通れたのに!
晴輝はがくりと肩を落とし、別の道を探る。
早く帰りたい晴輝をあざ笑うかのように、木の根は次々と晴輝らの行く手を阻んだ。
まるでもてあそばれるかのように、晴輝らはダンジョンを二時間ほど彷徨った。
そろそろ晴輝で遊ぶのも飽きたのか、それともここぞとばかりに火蓮の運が本領発揮したのか。
晴輝の精神がバリバリ崩れ落ちる手前で道が開け、晴輝らはあっさり5階に到達した。
「これまでの苦労は一体……」
5階に到達した晴輝は、この先を探索する気にはなれず、ゲートをアクティベートして早々に旅館へと戻っていった。
今日はゆっくり温泉に浸かって、精神を修復せねば……。
*
露天風呂に入った晴輝は、岩風呂に肩まで浸かり深い深いため息を吐き出した。
「……美味い料理が食べたい」
晴輝は現在、美食に飢えていた。
ホテルの料理は決して不味くはない。スタンピード前はいざ知らず、現代においては値段相応の料理が出てきている。
しかし、晴輝が車庫のダンジョンで収穫してきた食材に比べ、ホテルで提供される料理の食材は品質が劣っているのだ。
常に採れたて最高品質の食材を食している晴輝は、ホテルの味が物足りなかった。
これまで我慢に我慢を重ねてきたが、現在晴輝はダンジョンにもてあそばれて精神的に疲弊している。
そのせいで、美味しい料理への飢えが我慢の限界を突破しそうだった。
「かといって、どうしようもないしなあ……」
現在晴輝はまだ『神居古潭』の最奥に到達していない。
おいしい料理を食べたいからとK町に戻るのは、己の忍耐力がダンジョンに負けたみたいで嫌だった。
まだしばらくは、ホテルの質素な味で我慢しなければいけない。
そう思うと、晴輝のため息はますます深くなっていく。
晴輝が現在入浴しているカムイの湯の露天風呂は、東側に男湯、西側に女湯がある。
男湯と女湯は高い塀に囲われているが、唯一その中間には開けた場所があった。
天国への階段の踊り場の如き、男湯と女湯を繋げる混浴所だ。
男湯側からは、どんなに角度を付けても女湯をうかがい知ることが出来ない。しかし、混浴所は別だ。
現在、晴輝は混浴所の方に何者かの気配を感じ取っていた。
時々ぴちゃ、ぴちゃ、と水滴の跳ねる音が聞こえてくる。
(まさか……もしや……)
女性が自ら混浴所に入り込んだ?
しかし何故?
桶に乗って遊ぶエスタの動きを警戒しながら、晴輝はソロリソロリと混浴所に近づいていく。
美味しい料理への渇望など、すっかり頭から消し飛んでいる。
晴輝も男性だ。
そして『混浴』という言葉に、心動かされぬ枯れた男性ではない。
夢が沢山詰まった『混浴』の二文字に、晴輝はつい鼻の穴を膨らませてしまう。
「……っふ」
温泉に浸かるときまで仮面を付けるほど、晴輝は仮面好きではない。
現在晴輝は、仮面を外している。
仮面を外した晴輝は存在感が希薄な男である。
たとえ混浴風呂に入っている女性が晴輝に気付けなくても、晴輝は一切悪くない。
――そう、悪くはないのだ!
――俺に気づけない奴が全て悪い!!
混浴所に続く入り口には『マナーを守って心静かに入浴して下さい』と書かれた看板が立っている。
――俺は温泉を楽しみに来ただけ。
――決して不埒な思いで温泉に浸かっているわけではない!
――ジロジロ見なければセーフだセーフ!!
「クックック!」
落ち着け落ち着け。
晴輝は笑いを堪え、必死に心を静める。
冷静さを取り戻した晴輝は、意を決して混浴所に移動した。
そこには、まごう事なき女性の姿があった。
「……」
一糸まとわぬ女性が、混浴所に入浴していた。
魚の女性が……。
「…………」
白目を向いたチェプが、お湯に浮かんでピクピク痙攣していた。
お前かよッ!
てかなんでお前がここにいるんだよ!!
半ば苛立ちを覚えながらも、晴輝は迅速にチェプを担ぎ男湯へ。
温泉から外に運び出して、チェプに風呂桶に貯めた水を浴びせかけた。
「はぅわッ!? ……っふぅ、死ぬかと思いましたわ」
死んだと思ったのはこちらのほうだと晴輝は憮然とした表情を浮かべる。
その反面、心のどこかでホッとする。
さすがに顔見知りが温泉で茹でられて死亡したなんて夢見が悪い。
「生き返って良かったな。で、なんでお前がここにいるんだよ?」
「へ? なにか幻聴が聞こえますわ?」
「おいっ!!」
大声を上げるとようやく晴輝の存在に気づいたのか、チェプが瞬きをして晴輝に視線を合わせた。
「……いやぁぁぁぁ!! 痴漢に汚されりゅぅぅ!!」
「黙れ!」
「んぎゅ!!」
ガツンと晴輝はチェプの頭に拳を落とす。
露天風呂というよく声の響く場所で痴漢だなんだと叫ばれてはさすがに危険である。
警察を呼ばれかねない真似は慎むべきだ。
「裸の殿方に迫られ、ぶっかけられ、助けを叫ぶと殴られるなんて……。酷い、酷すぎますわ!」
「酷いのはお前だ!」
一体お前の頭はどうなってるんだ……。
両手で顔を押さえてしなだれるチェプに、晴輝は頭痛を感じて頭を抑える。
確かに晴輝は、大切な場所を辛うじて布で隠しているだけだが、しかしそれは温泉に入っていたからだ。
他人に生まれたての姿を見せて快感を覚えるほどハイレベルな心の持ち主ではない。
ぶっかけたのも水でチェプを助けるためだし、殴ったのは落ち着かせるためである。
決して不埒は行動を起こしたわけではない。
冤罪である。
「チラッ」
――ん?
顔を押さえたチェプの目が、指の隙間から晴輝を窺っていた。
晴輝がのぞき込むと、「いやぁぁん♪」と声を上げ、チェプが顔を赤らめ指を閉じた。
こいつ……。
もう1発殴ってやろうか?
今度は全力で。
「…………それで、なんでお前は温泉に浸かってたんだよ。火蓮に部屋で待機しろって言われなかったか?」
「言われましたわよ。けれどわたくし、温泉の魔力に惹かれて、つい……」
温泉の魔力。
その言葉に、晴輝の興味が引かれた。
晴輝はダンジョンから湧き出しているお湯に浸かると、急速なレベルアップによる障害が改善されると晴輝は朱音から聞かされた。
実際、温泉に浸かったことで晴輝はレベルアップ障害による痛みから解放された。
このように症状が改善するのは、お湯に魔力が込められているからか?
「美肌の湯という温泉の魔力にッ!」
「そっちか……」
色々と考えを巡らせていた自分が馬鹿みたいだ。
晴輝はがくっと項垂れた。
確かにこの温泉には美肌効果があると言われている。
しかし魚のチェプに効果があるかは謎である。
「美肌になる温泉に浸からせないなんて、火蓮さんは酷すぎますわ! きっとわたくしの美貌が、より輝きを増すことを怖れているんですのね!!」
「…………」
よくもまあここまで勘違い出来るものである。
さすが、サマイクルの守護を受けるだけはある。
晴輝は、はあと大きくため息を吐き出した。
「いいかチェプ。ここは森の中じゃない。人間が暮らしている町の中だ。そこでお前が、俺や火蓮を伴わずに一人で歩くと、人間が驚くかもしれない。下手をすれば他の冒険家がやってきて、お前を殺してしまうだろう。だからこそ火蓮は部屋に居ろってお前に告げたし、俺はお前に勝手に出歩いて欲しくないんだ」
「そう……でしたのね」
「わかったら、もう二度と一人で出歩くなよ?」
そう告げて、晴輝は再び温泉に浸かった。
事情を察したからか、チェプが肩を落としながら温泉の縁側を歩く。
その彼女が混浴所に近づき、
「おい、お前は一体どこに行こうとしてる?」
迅速に移動した晴輝が、チェプの頭をガシッと鷲づかみした。
「ひ、姫の湯に戻るんですの!」
「俺の話を聞いてたか?」
「聞きましたわよ。一人で出歩かないでと、わたくしを心配してくださったんですのよね? うふふ」
ヘッドクロウをかけられながら、手足をもじもじ動かすチェプを晴輝は冷めた目で見下ろす。
お前は一体何を恥じらってやがるんだ……。
「だったら何故、単独行動をしようとした?」
「わたくし、姫ですから! 姫の湯に移動するのは当然ではありませんこと?」
「お前は男湯か女湯かを気にするな。お前の性別を気にする奴はここにはいない」
「いま、なにか言葉の意味が違って聞こえましたわ」
「キノセイだ」
誤魔化しながら、晴輝はエスタに指示を出す。
エスタなら、脱走しようとするチェプを取り押さえられるだろう。
チェプの監視をエスタに任せ、晴輝は再び温泉に浸かった。
だが、
「離してくださいまし! わたくし、殿方の湯は嫌ですのぉぉぉぉ!!」
折角気分転換に温泉に入っているのに、晴輝には全く気の休まる時間はなかった。
さあ、皆さんが待ち望んだサービスシーンですよ!
美少女の濡れる肢体が露わに! やったね!




