誤り
あなたは・・
雨が降りしきる音を背景で聞きながら
まどろむ視界の中、突然現れた人物に息をのみます。
なぜ―――?
どうして・・ここにいるの、ウィル。
「守ってあげられなくてごめんねっ・・ごめん、サロメ」
まだ私より背が小さかった頃のウィルが、泣いていた。
声を震わせながら、嗚咽交じりに。
まるで、この世の終わりとでもいうかのように。
ウィルは、ぽろぽろと目の端から溢れて出る涙をごしごしと拭っては濡れ、拭ってはまた濡れを繰り返している。
きれいな白い皮膚に、痛々しい赤が差していく。
駄目よ。こすったら、赤くなってしまう。
私は大丈夫、大丈夫だから、泣きやんで。
そう願いながら、小さなウィルに伸ばしたその手が力強く握りしめられ、ふと我に返ります。
私の手を掴んでいたのは―――まぎれもない成人したウィリアム様でした。
「あ、あれ・・?ウィリアムさ、ま・・?」
「どうした?」
「え、いや・・あの」
あれ、小さなウィルは?どこにいったの?
幻覚だった?でも、あまりにも鮮明な映像だったから、信じられなくて一瞬狼狽えてしまう。
すこし考えあぐねてから、ふと掴まれた腕が痺れたように動かないことに気づきます。それに―――距離が。
あと数センチで息がかかりそうなくらい近い。離れようとウィリアム様に掴まれた手を振りほどこうとするけれど、ピクリとも動きません。
「どうした?」
「いえ、なにも・・」
「目が泳いでいるが」
この人に見つめられたら、きっと誰もが息をのむのでしょう。
じっと見据えられると、全てを見透かされているようです。
私は、ウィルがあんなに泣きじゃくるのを見たことがありません。
確かにウィルは泣き虫だったけど―――でも、どんなに記憶をたどっても、あの光景に見覚えがないのです。
だけど、どうしようもなく胸が痛んだ。幻想には思えなかった。
現実なんだと、直感がそう言っていた。
あれは、現実にあったことなのでしょうか。
だとすれば―――
いえ、それとも。
怪訝そうな表情でウィリアム様はじっとこちらを見つめたまま。
じりじりと近くなる距離に、思わず足が後ずさります。
「離婚の要求は認めないよ」
「・・え」
「私のことが泣くほど嫌だとしても」
私の手首を掴んでいない反対の手、きれいな指が頬をなぞる。
私の頬に伝った涙を一式拭うと、ウィリアム様は小首を傾げて悪戯に笑いました。
「君は一生、僕のものだ」
静かに凍てつくような声音に、体が震えあがるのがわかります。
笑っているのに、冷たい何かが纏わりつく。
真っ先に思ったのは、「ここにいちゃいけない」
そこで、はっと思い出す。
むかし、風の噂で聞いたことを。
ウィリアム様を決して怒らせてはいけない。
レナード様よりも、ウィリアム様に気をつけろ。
浅はかな考えを持って彼に近づいてはいけない。
政をこなすウィリアム様は怒ったとき、声を荒げたり、武力をひけらかしたりしない。
むしろ、
―――とても楽しそうに笑うんだ。
そしてそれが、破滅への合図なんだ、と。