想い
閑
君は、覚えているだろうか。
君と僕が初めて会った日のことを。
積み重ねてきたたくさんの思い出を。
崩壊してしまった君のお城に、僕はどんな風に存在していた?レナードは・・?
『ウィリアムさまっ』
その丸みを帯びた澄んだ声が鼓膜を震わすたび
鼓動が跳ね上がるのを、言いようのない焦燥感に駆られていたのを、君は知る由もないのだろうね。
太陽みたいな君は、僕にとっては眩しすぎてあまり真っすぐに見つめることが出来なかったんだ。
『ウィリアムさまっ手を貸して?』
無邪気にふわりと包み込まれた手から伝わる君の体温
ねえ、サロメ―――
その時、僕は初めてぬくもりというものを知ったんだよ。
生きる意味を見つけたんだよ。
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「カジート町まであと数刻ですが、一旦休憩なさいますか?」
「いい。このまま走り続けて」
西の塔に向けて馬車がひた走り続けている。
2日前、ウィリアムはサロメより1週間遅れで城を発った。
本当は彼女と一緒が良かったのだけど、公務の都合上仕方なくだ。
長い休暇に入るために片づけなければいけないことが山ほどあったのだ。
馬車の窓、カーテンの隙間から覗く風景に視線を向ける。
カジート町、ずいぶんと進んだな。塔まではあと半日程度というところだろう。
到着する頃は、真夜中だな。
まあでも、町に寄っている暇があるなら、一歩でも先へ進む。
サロメはどうしているだろう。
メイドを一人あてがったが、今までのように監視役はいないため状況が掴めない。
彼女は嫁いできてから、よく部屋で静かに泣いていた。
侍女がどうしたのかと尋ねると、怖い夢を見てしまったなどと言っていつもはぐらかしていたそうだ。
『私と離婚、してください・・・』
あの時も泣いていたな。
―――いまも、泣いているのだろうか。
馬車の不規則な揺れを感じながら、ウィリアムはゆっくりと目を閉じた。
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懐かしい夢を見た。
それは、彼女が嫁いできたから1か月ほどたったある日のサロメが熱を出し寝込んだ時の夢だった。
その日、公務からの帰りが夜中になってしまったが、ウィリアムは彼女の部屋を訪れた。
穏やかな寝顔に安堵する。
『熱は下がりましたし、食事もきちんと食べられましたよ。では、わたくしは失礼しますね』
最後のメイドが居なくなり、寝静まりかえったその空間に、なぜだかとても安堵した。
だってここは、僕と、彼女との紛れもない二人だけの空間だったからだ。
それから、すっかり眠ってしまっている彼女の頭部に流れるようにそっと触れた。
柔らかい。温かい。
ずっと触れていたい。
『れ、なーどさま・・』
思わず手を止める。
目は瞑ったまま、レナードの名を呼ぶその喉元に自然と手が移動した。
この白くて細い首を絞めてしまおうか。
苦しむ暇すら与えない、あっけなく逝かせてあげられる。
僕だけを見ない君なら、いっそのこともう―――。
そんな考えに支配されたとき、健やかにほほ笑むように眠る表情が視界に入り、この陰鬱とした感情を抑制した。
行き場を失った手は、ゆっくりと彼女から離れていく。
ウィリアムは自嘲するように薄くほほ笑んだ。
『おやすみ、サロメ』
良い夢を――。
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『ねぇ兄上、サロメを僕にちょうだい』
君のすべてが失われ、空っぽになった日。
ただただ、僕は絶望した。
どうして守れなかったんだ。何か出来たんじゃないか。
受け止めるには残酷すぎて、辛すぎて、僕はいったんその現実から目を背けた。
だけど、強くならなきゃいけなかった。
ある意味、これは好機だと自分を奮い立たせた。
もうそこに迷いはなかった。
君に出会った時はもう、君は誰かのものだった。
だからこの想いに蓋をした。必死に見ないフリをして、消化されない想いは溜まっていく一方だった。
でも、後に生まれただけ。
ただそれだけなのに、どうして君を諦めなくちゃいけない?
『だったら、サロメに決めてもらおうか』
それで恨みっこなしだ、とレナードが自信ありげに口角を上げる。
『うん、それでいいよ』
でも、絶対に渡さないけど。
これまで押し込めていた想いが堰を切る。
もう二度と後悔したくない。
あの日、柔らかな表情を浮かべて眠り続ける君の前で、僕達は誓った。
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ねえ、サロメ―――
君を手に入れるため、僕が罪を犯したと知ったら君は一体どうするのかな?軽蔑して、罵るかな。
夢から醒め、ゆっくりと瞼を持ち上げたウィリアムがふっと笑う。
でもきっと、そんな君も可愛いんだろうな。
何も知らないかごの中のカナリヤ。
どうかそのまま、かごの中でずっと鳴いていてくれ。




