5話 これは始まりであって終わりではない
これで一区切りです。
あのウサギとの戦闘から数十分あたり、とにかく曲がりくねった道の一本道を進んでいる。ところどころで開けたところがある程度。罠らしきものは見えない。
この階層は、上の階層とは趣が違うのかもしれない。途中またウサギの魔物が何匹か現れたが、連続魔法の後の隙を突いて難なく殺せた。例え避けられたとしても、こちらもそれは予想しているため、すぐに二発目を撃ち対処した。
正確な時間は分からないが、多分この階層に来て一時間が経つかというところで、今までの広い部屋よりも一段と広い部屋にたどり着いた。
今までのことを考えると、こういうところに魔物の群れがいる。初めの蝙蝠もそうだし、灰色の狼も真っ黒な狼のときもそうだ。
次の魔物は何だ? 蝙蝠か狼かウサギか、はたまた別の魔物か。なんであれ、殺すことには変わりない。
部屋へと入っていくと、真っ白なウサギが岩の周辺を飛んでいた。またウサギか。しかし周りを見ても岩以外見当たらない。
あのウサギ一匹だけだ。
また大量に魔物がいると思ったが、期待外れだな。
岩の周りを飛んでいるウサギへと近づいて行く。まだこちらに気づいていないようだ。何に夢中になっているんだ?
すると突然ウサギが吹き飛んだ。
あまりの突然に何がなんだか分からない、俺はとにかくウサギの飛んで行った方向に目を向けようとした。
その瞬間、何かが飛んでくるような音が聴こえた。
しかし!
「痛ッ!」
気づくと耳がえぐられていた!
どくどくと血が流れる。
すぐさまその場から距離を取り、近くの岩場に隠れた。
そしてサイコロを取り出し振ろうとした。
するとまた近くで飛んでくる音。
今度はすぐに反応して避ける。
……どこかに敵がいる。あのウサギではない。なんだ?
とにかく一旦距離を取らなければ。
俺はこの部屋に入った通路へと戻ろうとした。
しかし今度は俺の進路を塞ぐように何かが飛んできた。
突き刺さったそれを見てみると石の矢だった。アースアローか。
また蝙蝠かと思い上を見ようかと考えたが、今までの攻撃の角度を考えると上からの攻撃ではない。目線くらいの高さからだ。
ということは壁か?
あの真っ黒な狼のように姿を隠すことができる魔物か?
……いや、周りは真っ暗ではない。
ダークを使われている形跡は見られない。
他の属性、例えば風魔法で姿を消すような魔法があるのかもしれない。いや、そんなかもしれないなんて考えたらキリがない。こっちは魔法についての知識が圧倒的に足りないのだから。
とにかく、周りを観察して攻撃を避けることに専念だ。
一旦耳の傷の修復を諦め、握っているサイコロを深く握り込む。そして息を潜め、いつでも動ける態勢になって相手の出方をうかがう。
……だが何も動きがない。
三分、四分、五分、それなりに経ったはずだ。変に緊張感があるせいか時間の感覚が狂う。
どうする。
それから十分くらいだろうか、やはり何も動きがない。
なんだかバカらしくなってきた。よくよく考えれば、攻撃が来ると思って動いていれば避けられる程度の速さだ。それならわざわざ止まって観察する必要なんてない。常に動きながらこちらから攻撃すればいい。
動き回るのなら障害物のないところだと思い、岩のない場所に走った。
そこへ横からアースアローが進路に飛んでくる。攻撃が来ることは分かっている。
軽くジャンプして避け、再び走る。
そして広い場所にたどり着く。
握り込んでいたサイコロをその場に放り、サイコロが着地する前にその場から遠ざかる。
サイコロが地面に着地しキュアが発動した。
そこへアースアローが突き刺さる!
俺はとにかく動く。
新たにサイコロを創り、特大のエアボールを周辺に放った。
壁に当ったエアボールは壁をえぐり破壊し、二メートルはある岩に当ったエアボールは岩を――ひっくり返した。
あまりのことに目をみはった。
岩が壊れない?
少しすると、その岩から何かが伸びてきてジタバタし始めた。周りの岩も動き始めた。
岩はひっくり返った仲間のもとに集まり助け起こそうとしている。
あれは魔物なのだろう。仲間を助けようとしている姿が今まで出会った魔物たちとは違ったものに見える。魔物にもこういうのがいるんだな。
隙だらけだと思い、思わず笑ってしまう。
魔物が仲間を助けている隙に迷わずサイコロを取り出し放る。サイコロが地面に着地する間にパッとステータスを確認した。
──
名前:灰寺 巡
レベル:36
HP:510(624)
MP:16(45)
筋力:26
耐久:24
器用:47
敏捷:37
魔力:9
幸運:6
ギフト:運魔法
──
あの岩の魔物を攻撃したのは俺のHPの半分を使ったエアボールだ。それで破壊できずにひっくり返しただけってことは、まだまだ威力が足りない。このサイコロが落ちればキュアが発動してHPが600くらいにはなるはずだ。だがその半分の300でも殺すことができるか……。
もっとリスクを高めるしかない。
サイコロが地面へと着地し、キュアが発動する。
それと同時に俺はデメリットの目が二つあるサイコロを創りだす。
それを放り、仲間のもとに集まっている岩の魔物の群れに向けてエアボールが放たれる。今までの倍以上の大きさだ。これを通路で使ったら逃げ場はないな。
エアボールは岩の魔物の一匹に当るが、そのまま押し出すような形で二匹の岩の魔物ごと地面を削りながら吹き飛ばした。
「硬いな」
面ではなく点で攻撃しないとダメだ。
一匹ずつ確実に仕留める!
吹き飛んだ岩の魔物はのそのそと態勢を整え、手足のようなものを体に収めた。なんだか動きが亀のようだな。岩の亀か?
吹き飛んでいない岩の亀はいまだにひっくり返っている岩の亀を助け起こそうとしている。
そういえば、亀は腹が弱いのではなかったか?
俺はそれを思い出し、岩の亀の群れに飛び込んだ。
一匹の背にサイコロを放り、ひっくり返っている亀に向けてエアアローを放った。
すると何の抵抗もなくあっさりと岩の亀にエアアローは突き刺さり、そのまま貫いた。
ひっくり返っている岩の亀はまだ生きているようで手足をバタつかせているが、死ぬのも時間の問題だろう。
それより、周りでシューシューと空気が漏れるような音が聴こえる。岩の亀から聴こえるところから考えると、仲間が殺されかけていることに怒っているのだろう。
吹き飛ばされて甲羅に籠っていた岩の亀も籠るのをやめ、こちらに向かってきた。そしてアースアローを連続で放ってきた。
しかし遅い。
歩くのも遅ければ魔法も初めから見えていれば余裕で避けられる。
所詮は亀、硬いだけのようだ。
そこからはもうただの一方的な殲滅戦だった。ボールでひっくり返しアローで腹をぶち抜く。
数分後、そこにはただの岩となった亀の死体だけとなった。いや、それとウサギの死体もか。そういえばMPがそろそろ底を尽きそうだな。
──
名前:灰寺 巡
レベル:42
HP:761(783)
MP:5(55)
筋力:29
耐久:27
器用:53
敏捷:42
魔力:11
幸運:6
ギフト:運魔法
──
レベルは順調に上がっているな。だが、やはりMPが心もとない。
今の俺ならウサギや灰色の狼程度なら魔法を使わずにでも渡り合える自信はある。しかしまたあの岩の亀や真っ黒な狼は厄介だ。魔法がなければ岩の魔物はひっくり返せそうにないし、真っ黒な狼は闇に紛れられると面倒だ。
チラッとウサギの死体を見る。
……食べるしかないか。まぁ狼のときのようにまずいとも限らん。
──
亀との戦闘があった広間でウサギを食べ終え、先へと進む。ウサギの味は悪くはなかった。狼と違って柔らかく、少し甘味があった。まぁただ焼いただけだから、そこまでおいしいといったものではなかったが。
ウサギを食べたおかげでMPも35まで回復した。
さぁ、次は何が出てくる。しかしそのまま進んでいくも魔物も罠も何もない。しばらく歩くと扉が見えてきた。
何かの罠かと勘繰るが、今まで一本道で他に道はない。罠だろうと進むしかない。一応扉に罠がないか調べ、開けるときも注意しながら開けた。だが拍子抜けするくらい何もない。
そのまま扉の中に入る。
そこで目についたのは、部屋を照らす淡く光るクリスタルの結晶と、岩の亀の甲羅を破壊し食べている四つ手の熊だった。
このダンジョンは食物連鎖が成り立ってやがる。下から蝙蝠と灰色の狼、真っ黒な狼、ウサギ、亀、そしてあの熊。先に道がないところを見るとここが終着点。
あいつがここの頂点にいるのだろう。
あの亀の甲羅を破壊するほどの力。
筋力か魔法か。どちらにしろ、俺の耐久じゃ耐えられそうにないな。
最初から全力で行く!
俺はサイコロを三つ放る。
熊はまだ食事に夢中でこちらに気づいていない。
サイコロが地面に着地するとエアアローが二つ飛んでいき、その後ろをアースボールが追従するように飛んだ。
エアアローが突き刺さる音と、アースボールがズドンとぶつかる音が響き渡った。しかしアースボールは熊のいる場所で止まっていてそれ以上動かない。
すると止まっていたアースボールがこちらめがけて飛んできた。
「何かあるとは思ったが、投げ返してくるとはな」
俺はそれを難なく避け、改めて熊を見る。
熊は立ち上がりこちらを威嚇するように四本ある両手を広げている。
その大きさは優に五メートルはある。顔と手は亀の血で血濡れており、物理的にも、精神的にも威圧感がある。
さすがはダンジョンの頂点にいるだけのことはある。
エアアローは肩と脇腹にあったたようだ。出血しているのが見える。
「かかってこい」
俺がそう言うと、熊が吠える。
熊の毛色が茶から赤茶に変化した。
熊はこちらに向かって駆ける。
その速度は真っ黒な狼と同等だ。
熊はこちらに向かって腕を振り下ろす。
俺はそれを横に飛んで避ける。
俺のいた場所から空気が裂ける音と共に地面が砕かれる音が鳴った。
あまりの破壊力に冷汗が流れる。
サイコロでアースボールを放つ。
これで受け止め返されたとしても距離を稼ぐ時間ができる。
だが俺のそんな考えはアースボールと共に砕かれた。
そして向こう側から熊の手が伸びてきて俺の体を掴み締め上げた。
声にならない悲鳴が漏れる。
クソッ、なんて馬鹿力だ!
このまま締め上げ続けられたらまずい!
向こう側から完全に熊が姿を現した。
俺は締め上げられながらも目を瞑りサイコロを創り、どうにか放ってライトによる閃光で熊の目を瞑す。
熊の手が離れた隙に目を開けすぐさま距離を取ろうとしたが、熊の右腕がこちら目がけて振りぬかれるのが見えた。
完璧に避けるには間に合わないと思い、俺はとっさに軽くジャンプし左腕と左足で防御の構えを取って吹き飛ばされた。
左腕と左足からメキメキと骨の悲鳴を聞きながらもサイコロを右手に創りだす。
壁に激突する拍子に右手からサイコロが零れ、地面に倒れた俺の身体をキュアが治した。
身体の修復を確認してから、いまだ目が眩んでいる熊に向けてサイコロによるアースアローを無造作に十発以上叩き込んだ。
アースアローの連続によって巻き上がった砂埃で熊の姿は確認できないが、これで死んだだろう。
俺はゆっくりと身体を起こして砂埃が晴れるのを待った。
しかし、砂埃が晴れてそこにいたのは、両腕両足がズタボロになりながらもいまだ戦意をむき出しにしている姿の熊だった。
四本の両腕を盾に頭と体を守ったのか。だがこれで力も速さも落ちるはず。
しかし傷など関係ないという風に両手を地面につけてこちらへ猛進してくる。
はっ! こちらの考えを悉く裏切ってくれる!
舌打ちしながらも思わず口角が上がる。
「そうこなくちゃな」
俺は迫りくる熊に向けて初撃と同じようにサイコロを三つ放って、エアアロー二発とアースボール一発を放つ。
さらに時間差でアースアローを放つ。
俺からはアースボールとそれに追従するように飛ぶアースアローだけが見える。
そしてエアアローが突き刺さる音とアースボールが砕かれるのが見えた。
予想通りだ。
熊は俺の魔法を正面突破してきた。
だがまだアースアローがある。
アースアローは熊の身体を支えていた腕へと突き刺さる。
それによって速度が落ちたがまだ諦めずに突っ込んでくる。
熊の両腕両足はズタボロなのにも関わらず全力で走っているせいで全身の赤茶色の毛よりも赤くどす黒く染め上げている。口からは涎がとめどなく出ており、気が狂っているようにしか見えない。
痛みを感じていないのだろうか。例え俺に勝てたとしても死ぬぞ。
だが、そんなもの初めから覚悟の上なのだろう。
俺のMPも残り少ない。
多分このまま全魔法命中させても殺しきれるか……。
きっとあのズタボロの両腕で頭だけは守りきるだろう。確実に殺すには両腕で守れないような距離で魔法を放って頭を一撃で吹き飛ばすしかない。
俺は再度サイコロを振る。
そして二つのアースアローが迫りくる熊に向けて放たれる。
俺はそれの後ろを駆ける。
アースアローの狙いは前方の二本の両腕。
態勢を崩した瞬間に決める!
アースアローは狙い通り熊の前方の二本の両腕に突き刺さる。
熊は態勢を崩し頭から地面に沈んだ。
俺はそれを見計らって右手でサイコロを握り込みながら全力で熊の口の中にねじ込む。
牙をへし折り口の中へと潜り込んだ。
熊は俺が攻撃範囲内にいると気づいて毛色をさらに赤くし熱を帯びさせる。
折れた牙で俺の右腕をがっちりとホールドして逃がさないようにしてきた。
俺は自分の右腕よりもサイコロがしっかりと狙った目になるように熊の口の中で調整することを優先する。
これでいけると思ったところで、熊の後方の右腕がものすごい速度でこちらへ向かってきた。
しかし避けようにも右腕が固定されているせいで動けない!
とっさに左腕でガードした!
ミシミシと骨が軋む左腕。
熊との距離が徐々に離れるたびにブチブチと肉が千切れていく右腕。
吹き飛ばされたときには完全に右腕が引き千切られた。
俺は吹き飛ばされながらも熊の頭が粉みじんに吹き飛ぶのを確認した。
壁に衝突した俺はすぐにキュアを使おうと思ったが左腕が動かない。
右腕はすでにない……。
あまりの傷に脳が痛みをシャットアウトしたのか痛くはない。
だが血はとめどなく出ている。早く止血しなければ死んでしまう。
どうにかサイコロは創れないだろうか。左腕は動かないからどこかサイコロを振ることができる他のところは……口の中か?
そう考え、口の中にサイコロを創ろうとした。
それが意外にも簡単にできた。
器用さまさまだ。
俺はサイコロを吐き出し、キュアを使って身体を治した。動かなかった左腕は動くようになり右腕の血も止まった。
……腕は再生しなかった。
「無くなったものは戻らないか……」
ステータスは。
──
名前:灰寺 巡
レベル:49
HP:562(1023)
MP:17(65)
筋力:33
耐久:31
器用:60
敏捷:48
魔力:13
幸運:6
ギフト:運魔法
──
傷はねーってのにHPが半分ほどしかない。盛大に血を失いすぎた。
再び右腕のあった場所を見て、熊の死体のある方向を見る。
フラフラと立ち上がって熊のもとへと歩く。
途中何度か立ちくらみがしたがなんとか熊の死体までたどり着いた。
熊の身体は赤茶色から茶色に戻っていたが血のせいでほとんどが赤黒くなっている。
頭はない。
そこにあった俺の右腕も跡形もなくなっている。
「代償はでかいな」
俺はそこでやっと勝利の実感を得た。
とてつもない敵だった。
こちらの予想を超える行動をし、死の目前にあっても俺を殺すことを考えていた。
目を閉じ、思い返す。
灰色の狼、蝙蝠、真っ黒な狼、ウサギ、亀、熊。出会ったすべてを殺した。これで俺も強くなったはずだ。
「ふぅー」
どっと疲れが来た。
あとはここを脱出するだけか。
ずっと気になっていた淡く光るクリスタルの結晶、あれは何なのか。
石の台座にはめ込まれている。
近づいて見てみると、結晶の中に何かが書いてある。文字のような気もするが読めない。見たことのない文字だ。
おそるおそる結晶へと手を伸ばす。台座からはすんなりと取り出せた。回転させて中を覗くがやはり読めない。
すると突然結晶が強く光った。
あまりの眩しさに目を瞑る。
しばらくして光がなくなったと思い、目を開けると――そこは鬱蒼とした樹海だった。
お読みいただきありがとうございます。