4話 これは蹂躙であって戦いではない
あまり火は使いたくないが、俺は部屋の隅で真っ黒な狼を焼いて食べていた。ライトは狼を食べ始めたときに消えた。
「まずいな」
おいしいとは言えない。詳しい味など分からない。だけどはっきり言ってまずい。だが何も食べるものがないのだからしょうがない。サイコロを振って水を出して一気に飲み込んだ。
この真っ黒な狼は二重の意味で俺の糧になってくれた。いろんな意味で強かったな。灰色の狼を一瞬で殺せる力を手に入れていたにも関わらず、俺を相手に魔法をうまく駆使して戦ってきた。だが勝った。もうこの狼との戦い方は分かった。
次は一瞬で殺す。
それしても同じ狼だというのにそれすら利用して俺を殺しに来た。魔物とは同じような種族に見えても別な生き物なのだろうか。それともこいつが特別なのか。それとも仲間など関係ないのか。俺ももしかしたら、このダンジョンを抜け出した後、幼馴染に会うために人間を利用し、殺すことがあるのかもしれないな。できるだけそんなことはしたくはないが、そうしなきゃ幼馴染と会えないというのならやるだけだ。
「さて、休憩は終わりだ」
身体の調子を確認しながら立ち上がる。
──
名前:灰寺 巡
レベル:26
HP:384(399)
MP:25(35)
筋力:21
耐久:19
器用:37
敏捷:29
魔力:7
幸運:5
ギフト:運魔法
──
三十分ほどの休憩だったがHPも回復している。MPも結構回復している。前に休憩したときはあまりMP回復していなかったが、もしかしたら真っ黒な狼の肉を食べたからだろうか。魔物の肉はMPを回復させる効果でもあるのか? まぁこれ以上はまずくて食いたくもないが。25もあれば十分だ。
「よし、行こう」
来た道とは反対側にある道を進んだ。今まで通り罠を警戒してゆっくりと。
──
しばらく進むと分かれ道に当った。真っ直ぐ行くか左に行くか。左の道はやや狭くなっている。天井の高さは相変わらずだが、幅が二メートルもない。敏捷が高い今、狭いところより広いところのほうが戦いやすいか。そう思い真っ直ぐ行こうとしたら、左の道の暗闇から突然真っ黒な狼が現れた。
「お前か」
俺はうれしくなり自然と笑みが出た。今度は一瞬で殺す。
真っ黒な狼へと向き直り左の道へと進もうとしたとき、真っ黒な狼は現れた時と同じように、暗闇へと溶けるように消えた。
「なんだ、誘っているのか?」
返事はない。魔物と会話ができるわけがないのだから当たり前だ。その代り左の道から唸り声はする。安い誘いだ。だけどお前を殺すために乗ってやる。
俺は左の狭い道へと進んだ。
進んでみて分かったが、この道は角度はあまりないが少し上り坂になっている。ここは洞窟だ。もしかしたら地下なのかもしれない。そう考えると上へ行くことで外への出口があるかもしれない。
進む足に力が入る。
さっさとあいつを殺してここから出よう。
そのまま進んでいくと、何やら遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。暗くてよく見えないが、何かが近づいてくる。
あれは……岩だ。
岩の塊が転がってきている。多分あの真っ黒な狼の仕業だろう。この狭い道に誘い込んで罠で殺そうとしたのだろう。だがあいにくと――
サイコロを放ってエアアローを発射する。それは岩の塊にぶち当たり粉砕し、そのまま遠くへ飛んで行った。
――そんな手は通じない。
また真っ黒な狼が暗闇から現れた。こちらを観察するようにじっと見ている。襲い掛かってくる気配はない。前の真っ黒な狼とは違う。同じような魔物でも戦い方は違うようだ。
こちらを観察し終わったのか、一鳴きしてまた暗闇に溶けるように消えた。
次の手でも考えているのだろうか。
くくっ、もっと狡猾に、もっと貪欲に、もっと残忍に俺を殺しに来い。それを俺が殺してやる。
そのまま進む。しばらくは何もなく進む。
何だ、もう次の罠はないのか。たったあれだけか? あとは仲間を集めて戦いますってか?
……そんなんじゃないだろ。
すると、あの真っ黒な狼がまた現れた。
「おう、どうした。次はもうないのか?」
返事はない。しかしそれを聞いた真っ黒な狼は一鳴きしてまた消えた。
なんだっていうんだ。真っ黒な狼がいたところまで行くと、行き止まりに突き当り、下に目を向けると穴が開いていた。その先には先ほどの真っ黒な狼がいる。こちらを待ち構えている。
「待ってろ。今から殺してやる」
そう言って穴へと飛び込もうとしたとき、後ろから何かに押された。
穴へと落ちる途中で後ろを見ると、別の真っ黒な狼がニィっと口を歪ませていた。
俺も思わず口元が歪んだ、笑みの形へと。
「おいおい、急に押すからサイコロが落ちちまったじゃねーか」
俺が穴へと落ちる中、上のほうで突風が吹き荒れた。そして狼の断末魔。
俺は空中で身体の体制を整え、きれいに着地した。
前を見ると真っ黒な狼の群れ。俺の落ちてきた広間は目に見える範囲が真っ黒だ。あの灰色の狼の群れとは数が倍以上。二十や三十じゃない。もっといる。
唸り声を上げてこちらを警戒している。
「よくここまでお仲間を集められたな。斥候の狼に感謝だな」
俺が笑みを浮かべると、真っ黒な狼たちは一斉に怒りを露わにした。歯をむき出しにして吠える狼もいる。
一匹の真っ黒な狼が吠えると、周りの真っ黒な狼たちが静まり、唸り声を上げるだけになった。あれがこの群れのボスか。その真っ黒な狼は他の狼よりも一回り大きく、黒い毛は、より黒い。ボスの威厳か、他の狼が怒る中、冷静にこちらを見ていた。
ボスが吠える。すると真っ黒な狼の群れが闇魔法のダークを使って辺りを暗くし始めた。
「またそれか。罠を使ってきたところを見ると、前の奴とは別な戦い方をしてくると思ったんだがな」
俺は広間全体を明るくするため左右に一つずつサイコロを投げて光魔法のライトを発生させた。
辺りは明るくなり、狼たちの発生させた闇を晴らす。なおも狼たちはダークを使うが光を覆い隠せない。圧倒的に出力が違う。このライトに対抗するなら今の倍の狼がいないとな。
ボスがこちらを見ている。
お互いに目が光に慣れた。
「ここからは一方的な蹂躙だ」
サイコロを三つ放る。
そして今なおダークを使う真っ黒な狼たちへ特大のアースボールを食らわす。
ぶち当たった狼たちは鳴き声を上げることすらなく肉塊になった。
これで半分以上は死んだ。
群れのボスはそれを見て勝てないと悟ったのか突然逃げ出した。
「何逃げてんだよ!」
俺はボスの情けなさに怒りを覚えて叫んだ。
逃げたボスの後を追おうとすると、生き残っていた狼たちが俺の前に立ちはだかった。
「あぁいいぜ。そんなに死に急ぎたいのならすぐ殺してやるよ」
サイコロを放る。
前方に立ちふさがった狼たちに高速で飛ぶ石の塊がぶち当たった。
残りは五匹。
残った狼たちは左右に分かれ挟み撃ちをしようとしている。
左が三、右が二。一斉に飛びかかってきた。
俺は後ろへと飛び退きざま、サイコロを放った。
すると一匹の狼の影が動き、着地する寸前のサイコロをはじいた。
が、そんなことは予想している。
闇魔法のダークと暗闇に溶ける魔法を使ってきたことを考えると、影を操るシャドウが使えてもおかしくはない。
だからそのサイコロは囮だ。
はじかれたサイコロが地面へと着地すると豆電球くらいのライトがピカっと光った。
本命はこっちだ。
飛び退き終わってから放ったサイコロから、アースボールが飛び出し、飛びかかっていた狼たちへと高速で向かっていった。
そして狼五匹を殺した。
真っ黒な狼を殺せたことに対して、前の真っ黒な狼を殺したときほど達成感も何もなかった。これはもう戦いではなくただの蹂躙なのだから。
「さて、あの逃げたボスを追うか」
広間の奥にある道へと向かう。どうやらこの先は下へと通じる階段のようだ。分かれ道から左の道を進んだときは上に進んでいたから出口に近づいているように思えたが、今回は下に向かう。しかし狼のボスはこの先に逃げてしまった。階段を降りるしかないだろう。
そして階段を降りようとしたとき、階段の向こうから何か肉のようなものを叩く打撃音が数度聞こえた。
あの狼のボスが何かと戦ったのか?
そのまま階段を降りていくと、目の前をあの狼のボスがゴミ屑のように飛んでいた。すでに死んでいるのに地面につかず空中を上下している。何が起こっている?
よく見てみると、真っ白なウサギのような生き物が空中を縦横無尽に動き回り、まるでおもちゃで遊んでいるかのように狼を蹴り上げていた。
どう考えてもあのウサギの小さな体で自分の何倍もある狼を軽く蹴り上げている光景がおかしくて信じられないが、とにかく、あいつは俺の獲物を横取りした。
ウサギはこちらに気づくと、狼をこちらへと蹴り飛ばしてきた。
俺はそれをさらに横へと蹴り飛ばした。
するとウサギはすでに目前まで迫ってきていた。狼の死体を目くらましに近づいてきやがった。
俺はウサギの蹴りを寸でのところで避け、距離を開ける。
しかし、ボッと音がしてウサギは俺に追従するように空中で方向転換してついてくる。
逃げきれない。
腕を交差して防御の構えを取った。
そして腕にハンマーで殴られたような痛みを感じた。
ウサギは俺を蹴った反動で後ろに下がり地面へと着地した。
腕を交差するときに前にしていた左腕がしびれている。だが耐えられる。あいつの筋力より俺の耐久のほうが高いのだろう。当たり所さえ悪くなければ問題ない。こちらの攻撃が当たれば余裕で逆転できる。だがどうやってあのスピードを攻略する。速さというよりはあの縦横無尽に空中を動ける状態が厄介だ。
ウサギは可愛い顔をしてこちらを見てぴょんぴょんと跳ねている。機嫌がいい様子だ。この姿だけは幼馴染も好きそうなのだが………。
そういえば、さっきあいつが方向転換したとき強風が吹いたような音が聴こえた。だが俺は風なんて感じなかった。……もしかして、あいつは風魔法のエアを強く小さく一瞬だけ発生させて、それを利用して空中を移動しているんじゃないか? そうすると、ものすごく器用なウサギだな。俺はサイコロを使わないと魔法が使えないから空中で魔法を発生させることができない。俺にはできない芸当だ。
だが、例えそうだとして、どうやって攻略する。こいつにもあの真っ黒な狼みたいなこれだという弱点でもあるのか?
俺が考えているとウサギがこちらに突進してきた。
一旦考えを中断して、相手を観察して弱点を見つけるか何かパターンを見つけるしかない。
俺はウサギの突進を避け、距離を開け、ウサギを見る
ボッと音がし、ウサギはすぐさま方向転換して追従する。
俺はそれでも逃げ回る。
ウサギは五回ほど方向転換して、追いかけるのを諦めて着地した。
……なぜ諦めた?
ウサギは再び突進してきた。
俺は先ほどのように逃げ惑う。
今はそうしながらウサギを観察する。
そしてウサギは先ほどと同じように五回ほど方向転換してから諦めて着地した。
ウサギはウーウー鳴いて、ぴょんとジャンプすると地面をダンッと叩いて着地した。分かりやすいくらい怒りを露わにしている。攻撃が当たらずに苛ついているようだ。
何度かその仕草をすると、またもや突進してきた。
俺は同じように避ける。
そしてやはり五回ほど方向転換をすると地面へと着地した。
やはりそうか。何が原因でそうなるのかは分からないが、このウサギ、一度の跳躍で五回までしか方向転換をしない。つまり五連続までしか魔法を連続で撃てない。その後がチャンスだ。
ウサギがまたもや突進する。
俺はそれを避けることに専念する。
そしてウサギが方向転換して追いかけてきても、とにかく避ける。
そして五回目の方向転換。
俺はそれを避けてサイコロを放った。
出すのはとにかく速く鋭いアースアロー。
着地しようとするウサギへとアースアローが襲い掛かる。
しかし、ウサギは六回目の方向転換をしようとエアを使ってアースアローを避けようとした。
六連続できたのか!?
だがウサギのエアは暴発したかのように自らをあらぬ方向へと吹き飛ばした。
吹き飛んだウサギが起き上がった。
生きてはいるが動きが少し鈍い。
アースアローを受けるよりはまだマシかもしれないが、ダメージはある。
ウサギが五連続までしか魔法を使わなかったのは、連続で制御できる魔法がそれまでだったからか。確かにあんな芸当を連続で制御するのは相当難しそうだ。それでも五回は連続で制御していたのだ、器用の能力値が相当高いのだろう。
ウサギはまたこちらに突進してきた。
これだ。この執念だ。例え自分の技が破られても立ち上がって向かってくる。あの真っ黒な狼のボスにはなかった。その前の灰色の狼のボスをしていた真っ黒な狼にはあった。
俺はウサギの攻撃を避ける。
そしてウサギは方向転換して攻撃してくる。
俺はそれも避ける。
しかし追撃はそこで終わってしまった。
思ったよりダメージを受けているのか?
俺はサイコロを放って魔法を放とうとした。
そこでウサギはもう一度エアを放って方向転換した。
落ちるサイコロにもウサギのエアが放たれる。
クソッ! こいつ限界まで連続で魔法を使わず途中で中断して俺の油断を誘いやがった。そしてサイコロにもピンポイントでエアを放ってきた。
あのサイコロがデメリットの目になるとは思わないが、それでも放たれる魔法がどこに飛ぶか分からない。
一旦ウサギから視線を外し、飛ばされたサイコロを見る。
すると背後でボッと音がして後頭部に激痛が走った。
後ろを振り返ると地面に着地したウサギがうれしそうにぴょんぴょんと跳ねていた。
まるでさっきまで失敗していたことがようやく成功して喜ぶ無邪気な子どものようだ。
そんなことを思っている場合じゃない。サイコロはどうなった!? サイコロを見るとすでに魔法が放たれた後のようだ。するとウサギのいた方向でグチャっと何かが潰れる音がした。もう一度ウサギのほうを見ると、そこには石の球の下敷きになったウサギだったものがいた。真っ白な毛を真っ赤に染め上げている。
「くっくっくっ、あはははははは」
あまりの呆気無さに何もかも吹き飛び、とにかくおかしくなってしまった。
「幸運5の俺が言うのもなんだが、運がなさすぎだろ」
後頭部をさすって起き上がり、ウサギの死体へと向かった。
この死体を見ていると感慨深いものがあるな。
もう一度後頭部をさすった。
実際危なかった。あのとき後頭部を攻撃されたせいで身体が一瞬思うように動かなかった。そのときにこの魔法が俺のほうに飛んできていたら避けることができずに食らっていた。食らっていたら即死しないまでも致命傷になっていた。
後頭部の痛みはまだ若干残っている。ステータスを見ておこう。
──
名前:灰寺 巡
レベル:34
HP:519(575)
MP:24(45)
筋力:25
耐久:23
器用:45
敏捷:36
魔力:9
幸運:6
ギフト:運魔法
──
前に見たときよりレベルが8上がった。それでやっと運が1上がったか。他の能力値は結構上がるのに、運だけやたらと成長しないな。HPは問題ないが一応回復しておこう。
後頭部をさすりながらサイコロを放ってキュアを使う。
身体を動かして体調を確認する。
……よし、問題ない。後頭部の痛みもなくなった。
さて、次の獲物を探しに行こう。
お読みいただきありがとうございます。