34話 噂の遠吠え
朝起きると、俺の身体に張り付いているマヤが真っ先に目についた。
起きているときならいざ知らず、寝ているときは無防備になってしまう。よく寝ているときも気を張って事が起きる前に目が覚め即座に行動する奴もいるが、能力値が上がったからといってそんなことができるようなことはない。そういう奴らは長い歳月の下、訓練したからこそモノにした技術なのだろう。
おっとそんなこと考えている場合じゃなかった。腹に感じるマヤの感触から、服がめくられていることがわかる。マヤの奴……。
上体を少し起こすと外から微かな光が窓越しに部屋に入ってきているのが見える。そのおかげで部屋全体が見渡せる。
ロブたちは昨日寝るときに朝早いと言っていたがまだ寝ている。ターニャも寝ているようだ。どうやら相当早く起きてしまったみたいだな。
寝ていたため右腕の念動腕も解除されている。これもまだまだギフトを使いこなす技術が足らないってことだな。
まずは右腕を創り、もう一本空中に作った。
空中に作った念動腕でマヤの背中から服を掴み強引に引きはがす。宙づりになったマヤを寝ているアニーの下まで運んでやる。
アニーは無意識にマヤを抱きしめると、抱き枕の代わりのようにした。あれで当分脱出できないだろう。
空中の念動腕を解除して右腕でめくれている服を戻そうとした。すると腹で何か引っ付くような感触があった。
改めて触るとネチャネチャと粘性のある液体のような感触が返ってくる。
……いやまさかと思い、右腕でそれを拭いとって微かな光に照らしてみる。
透明な右腕の先にはキラリと光を反射させる謎の液体……のような涎?
涎!? は!? 涎!?
ただ涎を垂らしたのか? それとも、な、舐めたのか?
夜な夜な俺の筋肉を求めて舌なめずりをするマヤを想像したら寒気がした。この鳥肌は朝の寒さだけのせいじゃないだろう。
マヤのクソが! 起きたら覚えてろよ。
とりあえず拭った涎はロブの服にでも擦り付けておこう。これで起きたとしてもマヤの涎だから泣いて喜ぶだろう。
だがロブに涎を擦り付けても起きなかった。まぁこいつもそういう技術があるわけじゃないか。森の中でも物音を立てるような野郎だったしな。一番うるさかったのはガルトの鎧だったが。
さて、マヤのせいで完全に目が覚めたな。どうするか。
外の光からもうすぐ日の出だということがわかる。畑仕事の朝は早いと聞いたことがあるから、村の人たちもそろそろ起きるのではないだろうか。もしかしたら村長かパームはもう起きているかもしれない。
起きていたら話だけでも聞けないだろうか、幼馴染につながる手がかりのような何かを。
ターニャのギフトの力を目の当たりにした二人の驚きようからギフトを持つ人は少ないのだろう。ロブたちはあまり驚いていなかったように見えたが、冒険者の中にもギフトを持つ奴はいるのかもしれない。
エルフたちの戦闘能力を見る限り、そうそうダンジョンは攻略できるものではないのだろうが、ダンジョン以外にもギフトを得る方法はあるだろう。別の世界から来た俺たちみたいに神様から直接もらうことができたように。
そういう奴は噂になる。ロブたちが俺の力を見たときの反応のように、強い奴はそれだけ目立つはずだ。戦闘能力だけじゃなく、特殊な力を持つ奴はそれだけで目立つからな。
この村にもそういう噂があるかもしれない。
転生した者は全員ギフトをもらっている。目立つ奴を追っていけばいずれは幼馴染にたどり着くはずだ。
そっと部屋を出る。
するとちょうど部屋の前を横切るパームとばったり会った。パームはこちらにすぐに気がつき話しかけてきた。
「あらメグルさん、もう起きたんですね。他の方はまだ寝ているのですか?」
「まだ寝てるな。昨日は移動しっぱなしだったから疲れているんじゃないか」
「真っ当に依頼をこなせなかったくせにいいご身分ですね」
真顔で毒を吐くパーム。俺に言われても知らねーよ。
「それでメグルさんはこんな早く起きてどうしたんですか? 朝ごはんはもう少し待ってくださいね」
朝食を出してくれるのか。昨日の昼に硬いパンを食べてから何も食べていなかったから空腹だ。どんなものが出てくるか期待してしまう。
おっと、そっちじゃねぇ。
「少し話が聞きたい」
「お話ですか? それなら客間に行きましょうか」
「いや別に長話をするわけじゃない。この辺で噂話とかないか?」
「噂話ですか……」
パームは顎に手を当てて思い出すように考えている。
「そうですね。確か四、五年前からこの村から北にある山から時折遠吠えが聴こえますね。村では魔物の遠吠えだって言う人もいますが、前に来た冒険者の人はその遠吠えを聞いて魔物の遠吠えじゃないって言っていました。私には判別できないのですが、魔物の遠吠えじゃないって言った冒険者の方、結構ベテランの方なので信頼性は高いです」
何かの遠吠えが北の山から聴こえる、か。あまり聞きたかった話ではないな。
「その他にはないか?」
「その他と言いましても、ここは国の端っこの方なのであまり噂話は入ってこないですよ」
どの国だかわからないがここは国の端っこなのか。西にはエルフたちの森、北には何かの遠吠えが聴こえる山。次に行くとなると東か南か、人のいる場所だな。ロブたちもそっちの方に行くのだろうか。
「部屋の前でうるせぇぞ」
部屋の中から欠伸をかみ殺している寝起きのロブが出てきた。
「ロブさんおはようございます。よくぐっすり眠られましたね」
パームは微笑みながら挨拶をする。
その「よく」とは、非常にとかたいそうなどの意味なのか、それとも非難しているのか。……非難しているんだろうな。
ロブもそれがわかってか、部屋を出てきて早々にすごすごと部屋に戻っていった。
「それではメグルさん。私は朝ごはんの準備をしますのでみんなを起こして客間で待っていてください」
俺にはまだ毒を吐かないパームだが、やはり毒を吐く相手を選んでいるのだろうか。基準がわからないため、いつその微笑みを向けられながら毒を吐かれるかわかったもんじゃない。
「あ、あぁ。ありがとう」
ここは何も言わずに素直に従おう。全員起こすことなんて簡単なことだ。
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