33話 すでに解決している
長くなっちゃった。
部屋に残された俺たちはそれぞれ藁の座布団に座って待っているとすぐにパームが戻ってきた。後ろには白髪の老人がいる。この人が村長か。
「お疲れさま、ロブさんたち。おやおや、いつの間に仲間を増やしたんだ?」
村長はロブたちに労いの言葉を言った早々に俺たちに視線を向けてきた。
「そういうのじゃないっすよ」
「そうかいそうかい」
何を納得したのかわからないが、視線をすぐにロブたちの方に戻した。
「それじゃあまず、報告を聞こうかね。……おや?」
ぐるっと見回した村長は、立ったまま怪訝な表情になる。
そう言えば藁の座布団が六つしかなかったからロブたちと俺たちでもうないのか。
するとマヤがすっくと立ち上がると少し横に退いて村長に言った。
「お爺ちゃん、私のところに座って」
さながら孫が爺さんを気遣うように健気に。小さな身体をより小さく見せるように身を縮ませ気の弱いような雰囲気を出しながら一生懸命に。
マヤの奴、前の世界じゃ原型師と聞いたが、役者だったんじゃないかと思えるような演技力だ。
まさかこれが秘策か? 確かにマヤの可愛さで切り抜けた前例はあるが、さすがに今回もそれで通せるのだろうか。
「おぉ孫よおおおお!」
愚問だったようだ。可愛さも力だということか……。
「お爺ちゃん、孫はこっちだよ。ボケちゃった?」
笑顔のパームが村長の頭を小気味よい音を立てて叩く。そしてさりげなく毒を吐く。
村長はパームのツッコミに前のめりになるも、何とか踏みとどまって倒れることはなかった。
「おぉそうだった。ありがとうパーム」
マヤを孫と勘違いしたのか勢いなのか。さらに娘の容赦のないツッコミに礼を言うとはなるほど、抜けていると言われるのもわかる気がする。
村長はマヤにも礼を言ってから藁の座布団に座った。元々俺たちが押しかけているだけなので村長が礼を言うのは変な気もする。
マヤはニヘヘと笑って藁の座布団の上で胡坐をかいている俺の膝の上にポスンと座った。
俺はターニャにパスをしようとしたがターニャは目立つわけにはいかない。アニーの方を見るとおいでおいでとマヤを手招きしている。これはいいと思いアニーにパスをしようとしたところで村長が話し始めた。
「ゴホン。して、依頼の方はどうなった?」
ここからは真面目な話だというように村長は咳払いを一つしてロブたちに聞いた。
俺はマヤを退かすタイミングを失ってしまった。
「そのことなんすけど、森に入ってみましたが、魔物に出会うことはなかったっすよ。どうやらこいつらが退治してくれたみたいっす」
先ほどからロブは村長に対して敬語を使おうとしているようだが、慣れていないのか体育会系のような口調になっている。
「ほうほう」
相槌を打つ村長は、俺とターニャに視線を向ける。マヤに視線を向けないのは魔物と戦うことができなさそうだから除外しているのだろう。
「それはそれは、ロブさんたちに依頼したお金が無駄になりましたね」
パームが微笑みながらロブたちに言うと、アニーとガルトが目をそらした。しかしロブだけは反論した。
「いやいや、森では遭わなかったが一応魔物は倒したぜ」
そう言ってロブは腰につけていた袋から牙を五本ほど取り出して並べた。それは森にいたバームウルフの牙と同じ物だった。
ロブたちは森では魔物に遭わなかったが、森に入る前にバームウルフと出会って倒していたようだ。何もしていないと言っていた割にやっていたんじゃないか。
「そうでした。ちゃんと僕たちはやることはやったんですよ」
ガルトはロブの後押しをするように言い、アニーがうんうんと頷いて肯定している。
「そうだったか。それはお疲れさま――」
「違うでしょお爺ちゃん」
村長の労いの言葉に一瞬安心したような顔になったロブたちだったが、パームの言葉を聞いて固まった。
「確かに魔物退治も依頼しましたが、どうして魔物がやってきたのかという原因を突き止めることも依頼したはずですよ」
「原因、原因だったな。どうだったのだ?」
村長はパームの言葉で思い出したかのようにロブに問いただした。
この村に魔物が現れた原因が知りたかったのか。それなら森にダンジョンができたのが元々の原因でエルフたちが抑えきれなかったからなのだが、そこまでのことをロブたちには話していなかった。
「それはまた明日に調査するということで……」
「そのことなんだが、魔物が現れた原因は森の中にダンジョンができたからだ」
助け舟を出してやる。これでここに泊まれる交渉材料になるのなら安いものだ。
「ダンジョンとな!?」
村長がこれでもかと目を見開いて驚きを表している。
「だが安心しろ。エルフたちがそれを解決してくれた」
「エルフが……」
パームは小さくそう呟くとターニャを見た。
バレていたようだ。一人だけフード被って正体を隠していたんだ、目立つなという方が無理だったか。しかしバレていたにも関わらず何もしてこなかったということは、そこまで悪い感情があるわけでもなさそうだ。その辺は複雑な関係なのだろうか。ターニャはあまりいい感情を持たれていないと思っているが、単純な勘違いかもしれない。
一応エルフが原因を解決したというほうに話しを持っていくことで、ターニャがエルフだとバレたときの保険にしようと思っていたのだがな。
「にわかには信じがたいのですが」
やはりそうなるか。
証拠を見せるにはギフトを見せるしかなさそうだが、俺のギフトを見せたところで意味がない。エルフが解決したと言ったのだからここはターニャが見せるしかない。
「これパーム、あまり人を疑うんじゃない」
「でもお爺ちゃん、もしも嘘だったら村が大変なことになるんだよ」
もっともな意見だ。
「ターニャ。もうフード取ってギフトを見せたほうが早いんじゃないか? どうやらエルフだってこともバレているようだし」
サッと俺に目配せするターニャだが、会話の流れから察してすぐに頷いてフードを取った。
フードの中でまとまっていた髪の毛を振るうように顔を動かすと髪の毛の隙間からエルフ特有に耳が現れる。
「やっぱりエルフだったんですね」
パームがそう言い、村長はスッと目を細めた。
「えぇ。今まで森に入ってきた人族を一方的に追い返していた私たちだけど、できれば友好的にいきたいと思っているわ」
するとパームと村長は目を合わせると何がおかしいのか笑い出した。
「急に笑ってしまってごめんなさい。森に入っていって追い返されているのは村で度胸試しと言っているバカと冒険者だけですよ」
「それのおかげで村のバカ共は森で迷わずにしっかり村に帰ってくるしな」
お互いに相手の事情など知らないのだ。一方向の見方しかできない。仕方のないことなのだろうが、最初から知っていれば正体など隠さずに済んだんだがな。まぁロブたちは追い返された冒険者のほうからの話しか聞いていないからか、排他的だということしか知らずに村との関係までは知らなかったのだろう。
複雑な関係なんて思ってもみたが、中身を開ければ単純な関係だ。
エルフたちは森に人族を入れないために追い返し、村の人たちは度胸試しで森に入る。冒険者は誰かからの依頼だろう。
「それでえっと……」
「ターニャよ。こっちが巡くんでその膝に座っているのがマヤよ」
「ターニャさんね。私はパームです。こっちは私のお爺ちゃんです」
いや、お爺ちゃんですって、名前を紹介しろよ。
「こらパーム、しっかり紹介せんか」
「はいはい、これは村長のエイブです」
今度はこれ呼ばわりか。
「どうも村長のエイブだ」
村長はそれでいいのか。……いやもう何も思うまい。
「それでターニャさん。私たちに何を見せてくれるわけ?」
「そうね。じゃあまず、村長さんは地魔法でアースボールまで使えるわね。パームさんは光魔法だけじゃなくて火魔法も使えるみたいね。光はライトとキュア、火はファイアしか使えない。これでどうかしら?」
ターニャがスラスラとエイブ村長とパームの使える魔法を言う。それがどうやら当たっているようで二人は言葉も出ない様子だ。
「そ、それはどうしてわかったのかしら」
冷汗を流して動揺が隠せないパーム。
「私のギフトよ。まだまだ分かるわ。使える魔法だけじゃない。能力値だって年齢――」
「わかったわ!」
ターニャが年齢というワードを出した瞬間、パームが怯えるように大声をあげた。
「わかったから。あなたたちを信じるわ」
「そう。それならいいわ」
俺にはよくわからない次元のやりとりが行われたような気がするが、とにかくパームがこっちの話を信じてくれたのならどうでもいい。
ターニャのギフトはダンジョンを攻略したおかげではないのだが、それはパームたちにわかるような話ではない。
そこへロブが恐る恐る口を挟んだ。
「少し言いにくいんすけど、村長さん。つまり原因もわかって解決までされて、依頼はおしまいってことっすよね」
「確かにそうだな。ターニャさんの話を聞く限り、解決もしたようだし、ロブさんたちが村の周りにいた魔物も退治してくれたようだし、依頼はおしまいだ」
それに対してパームからは何もなかった。反論はないようだ。
「それじゃあ俺たち明日にはギルドに戻るんで、契約完了の証だけよろしくっす」
「ターニャさんたちが構わないのならよいぞ」
村長がターニャを見ると、ターニャが俺を見る。俺に振るなよ。ったく。
「別にいいが、そうだな、泊まるところが欲しい。できればここに泊まりたいんだが」
俺が要望を伝えると村長はパームに確認をした。
「まだ部屋は空いておったか?」
「ロブさんたちに部屋を貸していて空きがないよ」
あのときロブが無理だって言った理由がこれか。
「そうか、空きがないか。どうしたものか」
こういうときにマヤの出番だろうに、さっさと行け。
俺の膝の上にいるマヤの頭を念動腕で掴んで持ち上げて立たせてやった。
「ほらさっさといい考えってやつをやれ」
マヤは首を回して俺を見ようとしているようだが念動腕で掴んでいるため振り向けないでいる。
俺はそのままマヤを村長の目の前まで進ませる。前のめりな変な歩き方になっているが気にしないだろう。
「どうしたんだマヤちゃん」
村長がマヤに聞いたところで放してやった。
マヤは前に引っ張る力が急に無くなったため、村長に向かって倒れ込んだ。
だがマヤはその勢いをうまく使って、爺さんにおもちゃをねだる孫のような感じで村長の服を掴んだ。
「お爺ちゃんお願い。マヤたち泊まりたいの」
やはり役者だ。どうせ村長もこれでイチコロなんだろ。
「パーム! わしは外で寝るからマヤちゃんを頼むぞ!」
「勝手にどうぞ。と言いたいところだけど、お爺ちゃんが病気になったら私が大変なので却下。なのでメグルさんたちはロブさんたちの部屋に一緒に泊まってください」
……結果オーライだ。何もしなくてもパームが提案してくれたような気もするが、マヤのやったことは無駄ではなかったと思ってやろう。
ロブたちと同じ部屋になったが、この際部屋の狭さなんてどうでもいい。馬小屋よりはマシだろうからな。
これに関してロブたちは何も言えない。それもそうだろう。俺たちが依頼の大半を解決したのだから。
「それではもうお話もないようなので部屋まで案内しますね」
俺たち六人はパームに連れられて別の部屋へと案内された。
そこは先ほどの客間よりも若干広い部屋ではあった。が、六人が寝るにはやはり狭い。ガルトは寝るときはさすがに鎧を外すだろうし、その鎧を置くスペースもいるだろう。そうするとより狭くなる。大きな布が敷いてあるからそこに寝ろということなのだろう。雑魚寝状態になるのは覚悟していたがすし詰め状態になるとは。
「申し訳ありませんが、もう遅いのでお食事は準備できません。それでは」
足早に去って行ったが、客間でのターニャとのやりとりのせいだろうか。パームがターニャを変に警戒しているような気がする。
「それじゃあこっからこっちが俺たちの場所でそっちがお前らの場所な」
布の中心から二分するようにロブが分けた。妥当だろう。
ロブたちはどうやら明日はギルドというところに行くようだし、そこにはきっとロブたちのような冒険者がいるのだろう。もしかしたらここより大きな村、もしくは町に行くのではないかと思われる。明日はそこまで道案内させるのが良さそうだ。
「明日は早いんでな。俺たちはすぐに寝るぞ」
ロブたちは装備を外していき、自分たちの領域で雑魚寝した。
俺も朝早かったので眠いと言えば眠い。さっさと寝ちまうか。俺も横になると、なぜかマヤも俺の傍で横になった。いや狭いからおかしなことではないが、嫌な予感がする。先ほどの客間では大人しかったが、ここでは俺が寝ている隙に何をするかわかったもんじゃねぇ。
どこかに預けられないかとターニャを見るが朝から移動しっぱなしで疲れているのかすでに眠そうだ。それじゃあアニーはと思い、そちらに目を向けるとマヤを見て手でおいでおいでと合図している。
これはちょうどいい。マヤはとりあえずアニーに預けとけば問題ないな。安定した預け先ができて俺も安心だ。
ヒョイっとマヤを持ち上げてペイっとアニーの下まで投げてやった。それをアニーはナイスキャッチする。
「うあぁ筋肉ぅ」
「マヤちゃん可愛い可愛い」
何が筋肉だ。マヤはアニーに預けとくのは正解のようだ。こっちとしては変態がいなくなるしスペースも確保できるから大助かりだ。
あばよ、マヤ。
そうして俺も眠りについた。
お読みいただきありがとうございます。