番外6話 旅立ち、そして会いに行きます
私は今日で十五歳になる。
あの初めての戦いから私はより厳しい訓練を自分に課した。
あのとき私が倒れた後、お父さんたちが私たちを見つけてくれたようで、帰ってからこっぴどく叱られた。
大怪我していたというのに。
でも、お父さんたちが助けてくれたおかげで私たちは誰も死なずに済んだ。もしも先に魔物に見つかっていたら何もできずに……。それは考えただけで恐ろしい。もう二度とあんな思いはしたくない。
私だけじゃない。
レーナもアルフもマックスも、みんなあれ以来より強くなろうと頑張っている。みんなで集まったときも遊ぶのではなく訓練ばかり。
レーナは弓で何百メートルも先の獲物を狙い撃ちできるし、アルフは村一番の足の速さで逃げた獲物は必ず捕まえる。
特にマックスはあのときのリーダーだったから、人一倍に責任を感じているみたい。大人たちと連日狩りに行くようになったころには、大人顔負けに強くなっていた。
もちろん私は誰よりも強くなっている。お父さんにだって負けない自信がある。本気で戦ったことないけど。
だけど今日、私が十五歳になった今日は、お父さんと本気で戦うことになる。
それはこの村の慣わし。
子どもが十五になったら親に戦いを挑み、それに勝つことで村を離れることができる。
弱い者をむざむざ死なせるわけにはいかないんだと思う。
過去にレーナもアルフもマックスもこの慣わしを受けたけど、勝てたのはマックスだけ。だけどマックスは村を離れなかった。その理由は私にはわからないけど、きっとマックスなりの何かがあるんだと思う。
私にも私の理由がある。
私には巡を探すという目的がある以上、このお父さんとの戦いに勝たなきゃいけない。
ずっとこのときを待っていた。
お父さんに勝って、強い私になる。
「準備はできているか?」
「うん」
革のグローブを装備しているお父さんが真剣なまなざしをこちらに向ける。お父さんは色んな武器が使えるけど、私に合わせてくれているのか武器を使わないみたい。私はずっと素手ばかりだったから他の武器は使えない。
私は今の自分にあった革のグローブを装備している。
この革のグローブは訓練でもずっと使っていたからよく手に馴染む。
ギュッギュと握った拳に力を入れる。
コンディションも完璧だ。
「二人とも始めるわよ」
お母さんがこの戦いの立会人だ。他には誰もいない。これは家族間の儀式のようなものなのだから。親の力は子に受け継がれる。お父さんの厳しい訓練に耐え、魔物と何度も戦った。
強さの証明を今この戦いでする。
お母さんの合図でお互いに構えをとった。
「はじめ!」
先にお父さんが動いた。まだ身体強化は使っていないところを見ると様子見かな。
流れるようなキレイな動きで五メートルはあったお互いの距離が一気に縮まった。
左右のワンツー。
そして態勢を低くしての足払い。
私にはしっかりと見えている。
左右に身体をそらしてバックステップで足払いを避けた。
今度はこっちの番。
距離を前方にステップして縮める。
宙返りの要領で踵落とし!
だけどお父さんの両腕に受け止められてしまった。
すぐさま蹴って距離を取る。
「素の速さではもう勝てないな」
戦いの最中なのにお父さんが語りかけてきた。真剣な戦いなんだから言葉じゃなくて拳で語ろうよ。
「なんだいリズ。黙っていたらお父さんは寂しいぞ」
「もうお父さん、真面目にやってよ!」
私が返事をした瞬間にお父さんが消えた。
喋ることに気が散って一瞬お父さんを見失った。
とにかく後ろに下がって距離を取ろう。
しかし後ろに下がれなかった。
右腕を掴まれたとわかったときにはすでに上空に投げられていた
。反転した世界で見えたものはお父さんが腰を落として拳を引いているところだった。
まともにくらってしまう!
だけど私は慌てることなく冷静に分析する。
あの構えなら攻撃は直線にしか来ないはず。身体を魔力で覆って防御に徹した。私目がけて向かってきた拳を両腕でガードする。
私はその勢いで吹き飛ばされたがすぐに態勢を整えて着地をした。
足元の地面がえぐれる。
しっかりとお父さんを見据える。
「強くなったな」
またお喋りだ。
狩りでもなんでも、相手の油断を誘うのは卑怯じゃない。戦術だ。さっき私が返事に気を取られた瞬間を狙ったのも卑怯じゃない。この戦いに勝てたら村から離れるのだ。外の世界では思いもよらないことなんてたくさんある。前世での経験があるから尚更わかる。
もう油断しない。
「リズがなんでそんなに強さを求めているのかはわからない。赤ん坊のころから変わらないな。だけどな、個人での強さには限界がある。仲間を作れよ」
なんだろう。もう負けを認めたような言い方。さっきと同じで油断を誘ってる?
私が近づかずに警戒していると、お父さんがおもむろに地面に手を突っ込んだ。
その手には弓!?
まさかここで武器が出てくるなんて。
さっき吹き飛ばされたせいで距離が開いている。
とにかく距離を詰めないと狙い撃ちにされちゃう!
魔力を纏って駆ければ数歩でたどり着ける距離。
だけど、私の一歩一歩に合わせるように先読みした矢が飛んでくる。
本当にうまい。
一の矢、二の矢、三の矢となんとか避けている。
だがあと二歩というところで避けるには態勢を崩すしかないタイミングの矢が飛んできた。
この距離で態勢を崩したら一気に攻められる。
私は飛んでくる矢から目を離さない。
そして当たる寸前で矢を殴りへし折った。
うまくいったと思った瞬間にはお父さんは斧を持って襲い掛かっていた。
避けたんじゃ間に合わない!
こうなったら!
私が腕を突き出すとそこに斧がぶつかりガンッという金属同士がぶつかったような音が響いた。
これにはお父さんもびっくりしている。
私はギフトの金剛を使った。筋力も耐久力も増した私は斧の直撃も生身で受けられる。
私はお父さんがびっくりしている隙に斧を掴んでいるお父さんの手を掴み逃がさないようにした。
ゼロ距離まで間合いを詰める。
一瞬で力を練る。
それを左の拳に乗せて放った。
お父さんはものすごい勢いで吹き飛んでいく。
何度もバウンドする。
そして漸く止まった。
お母さんは今まで一切声を上げていない。私がお父さんから殴られていたときも、斧で襲い掛かられているときもだ。お父さんが何度もバウンドするほど吹き飛んでもだ。
お母さんが見届けてくれている。
お父さんは起き上がらない。
「私の勝ちだね」
ギフトの金剛と身体強化を解除すると、どっと疲労感に襲われた。あまり長くは使用していなかったから痛みまではない。
遠くでお父さんが咳き込んでいる。
お母さんがお父さんのところまで助けに行った。遠くでお母さんがお父さんを支えて立ち上がるが、立ち上がったところでお父さんがお母さんから離れた。
こちらまで自力で歩いてくる。
「本当、どこまでも強くなっていくな」
遠い目で言われても、それは褒められているのかそうじゃないのか判断に迷うなぁ。
「お父さん、お母さん」
「あぁ」
「えぇ」
私は二人に言わなきゃいけないことがある。
このタイミングで言うのも変な気がするけど、最後だしね。
「私には前世の記憶があります。そこで幼馴染だった男の子を探すために旅に出なければいけません」
今までにお父さんにもお母さんにも敬語を使ったことはない。でも、この言葉は前世の私の言葉だ。
私の突然の告白にお父さんもお母さんも驚きながらも納得したような表情をしている。
「私は明日、旅立ちます」
もう決めてあった、この戦いが終わったらすぐにでも旅立とうと。
「リズ、敬語はよして」
お母さんはそこで言葉を区切ってお父さんを見た。そして再び私を見て。
「あなたは私たちの子よ」
「あぁ、そうだ。お前は私たちの子だ」
お母さんが私に抱きついてきて、お父さんがお母さんと私を包むように抱きしめてくれた。
正直、涙で声が出せない。
自分で自分をいい子だったとは言えない。子どものころから色々と問題を起こしていた気がする。友達はできたけど、結局女の子らしさを身につけられたとは思えない。むしろ、暴力的な感じになっちゃったと思う。
「お父さん、お母さん……ありがとう」
二人の抱きしめる力が強まった。
あぁ、いい家族だなぁって思わされた。
──
次の日。私がこの村を旅立つ日。
家の前にはなぜかマックスがいた。昨日の戦いのあと、村の人たちに私が旅立つことは伝えてある。だとしても、家の前で待っていなくてもいいのに。レーナもアルフもいないってことは村の入り口で待っているのかな?
「おはよう、リズ」
「おはよう、マックス」
そこから会話が続かない。マックスどうしたんだろう。何か言いたそうにしながらも言いづらそうにしている。荷物も持っているし。その荷物は私には大きいかな。ちゃんと私用に自分の荷物は持っているから大丈夫なのにな。
「あのさ、マックス」
「な、なに!?」
すごい反応。本当にどうしたんだろう。
「あ、あのね。私、ちゃんと自分の荷物持っているから大丈夫だよ?」
マックスが背負っている荷物を指さしながら言うと、マックスは突然慌て始めた。
「いや、ちが、これはその……」
言葉を区切るとマックスは深呼吸した。
「リズ、俺も旅について行くよ」
嬉しい申し出だけど、この旅の目的をわかっているのかな。個人的なことだからあまり誰かに迷惑をかけたくない。特に友達や家族、この村の人たちには。
「マックス、本気?」
お父さんも仲間を作れと言っていた。一人じゃできないこともある。この旅にマックスがいたら頼もしいのは確かだ。
「あぁ、俺はどこまでもついて行くよ」
その瞳はとても真っ直ぐで、マックスの本気さが窺えたような気がする。
「うん、わかった。ありがとう。でも、この旅の目的は――」
「聞いてるよ。好きな人を探す旅なんでしょ」
……ん? いや、えっと、確かにそうだけど、お父さんにもお母さんにも好きな人なんて言ってないんだけど。幼馴染ってだけしか。……あれ?
「ほら、行こう。呆けてたら日が暮れちゃうよ」
少し強引にマックスに手を引かれて歩く。
村の入り口にはレーナやアルフ、そのお父さんとお母さんもいる。マックスのお父さんとお母さんもいる。村長まで。いや、村の人ほとんどいる気がする。盛大な見送りだ。
村の入り口まで歩く途中、村の人たちに色々声をかけられた。うるさいのがいなくなって寂しい、結局リズには誰も勝てなかった、マックス頑張れ。なんでマックスだけ応援されてるの?
「リズ」
「マックス」
レーナが私の名を呼び、アルフがマックスの名を呼んだ。それぞれに用があるみたい。私はレーナの方に行き、マックスはアルフの方に行った。
「リズ、本当に行っちゃうんだ」
「うん」
レーナにも昨日のうちに私が旅立つことは知らせてある。
「……寂しくなるわね」
「うん」
レーナは同性だったこともあって一番仲がよかった。精神的には私の方が年上だけど、正直姉のように慕っていた部分もある。そんなレーナにもついてきて欲しい気持ちはある。だけどそれは私のわがままだ。だから口に出しちゃいけない。
「リズ、まだ見ない好きな人もいいけど、近くにも目を向けてね」
……お父さん、お母さん。この話はどこまで伝わっているのですか? まだ見ない好きな人って、前世の記憶のことは伝えてないみたいね。うーん、まだ見ないっていうか、ずっと見ていたっていうか。近くに目を向けていた結果だし。でも、これはさすがに言えないよね。
「うん、わかった」
「よし! じゃあまたね!」
私の返事に納得したようで、手を振って別れの挨拶をしてくれた。私もそれに振り返す。
「またね!」
マックスの方も何やら話していたみたいだけど終わったみたい。私たちと同じように別れの挨拶をしている。
「それじゃあマックス。行こうか」
「うん」
二人並んで村の入り口を通り抜け歩いて行く。ふと後ろを振り返ると、村の入り口にはお父さんとお母さんがいた。
「必ず帰って来いよ!」
「必ず帰ってくるのよ!」
二人して手を振っている。私はそれに向かって盛大に手を振り返して返事をした。
「はい!」
そのまま歩いて行くとお父さんもお母さんも見えなくなっていった。見えなくなってから私は前を見た。
巡へ、これから会いに行きます。
お読みいただきありがとうございます。
マーックス!! と叫びたい。
これで章間おしまいです。なんだかこっちのほうが面白くなりそうなんですが。
これから一章の改稿をしていく予定です。
感想とかもらっているので二章にも手をつけると思います。
三章はそのあとになると思うのでしばらく投稿はできないと思います。