番外1話 これは幼馴染であって主人公ではない
え? あれ? 私バスに乗っていたはずなのに。
私はどこかよく分からないところにいた。真っ白で、なんだか体がふわふわ~ってしてる。水の中を漂っているみたい! 宇宙遊泳みたい!
手足を伸ばしてプカプカ~。
はぁ~、学校行かないでこんなところでゆっくりしているなんて、私はなんて悪い子なんだろう。でも、でも、……はぁ~。
「あのー」
あ、これ、仰向けなのに胸を張るとおっぱいおっきく見える。すごい! わっ! すごい!
「もしもし、聞こえていますか? 大丈夫ですか?」
え!? だ、誰!?
声のする方向に見るけど誰もいない。辺りをきょろきょろ見るけどやっぱり誰もいない。
「こっちです」
もう一度声のする方向を見ると、すごくキレイな女の人がいる。真っ白で滑らかな肌に大きくて柔らかそうなおっぱい……巡が好きそう……。わ、私負けない! 私のほうが、ほら! えっと、……ほら! 若いもの!
「いきなり対抗心を燃やされましても……」
女の人は頬に手を当てて困った顔をしている。
くっ、これが大人の余裕なの!? 私みたいな小娘じゃ相手にならないっていうの!?
女の人はあらあら言いながらさらに困った顔になってしまった。
うーん、ちょっと暴走しちゃったかもしれない。落ち着こう。
「あ、もうよろしいですか?」
はい、大丈夫です。ごめんなさい。
佇まいを正して謝った。
「いえいえ、謝らないといけないのはこちらのほうですから。ごめんなさい」
女の人が腰を折ってお辞儀した。
え? 私、あなたに何もされてないけど?
「はい、私は何もしていないのですが、私の信者があなたを殺めてしまいました」
え。え? えーーーーー!! って、またまた冗談を。
手を前後にへにゃんへにゃんと曲げる。
「いえ、冗談ではなく、あなたの乗っていたバスが事故に遭いまして、バスに乗っていた二十五名のほぼ全員が死んでしまったのです」
う、嘘……でしょ? そんな、ありえない。だって私は、雨の日だったからいつも通りバスに乗って、いつも通り巡におはようって言って、いつも通り今日の朝ごはんはなんだったかとか、昨日寝るとき猫が布団に入ってきて温かかったとか話してただけだよ? そのあと…………。
「はい、そのあとに事故に遭ったのです」
……そうだ、そうだった。あのあとバスが大きく揺れて、巡が私に覆いかぶさって衝撃から守ってくれようとしたんだ。でも、そのあとすぐにバスが爆発して……。
「はい、バスがガス爆発しました」
何それ、ちっとも笑えない。いきなり冗談みたいに言わないでよ!
「気を悪くしたようで申し訳ありません。ちょっとしたユーモアだったのですが」
ユーモアなんてどうでもいい! それより、巡は! 巡はどうなったの!?
「あなたの幼馴染の巡さんも亡くなられました」
そ、そんな……。
思わずその場でくずおれてしまった。
な、なんで、どうして……。涙が止まらない。
「私の信者があの事故を起こしたみたいなのです」
あなたの、信者?
「はい、私の世界のとある信者が、そちらの世界に転生したらしく、その信者が私の世界に戻ろうと神に供物を捧げると言って、あのバスの事故を起こしたみたいなのです。まったく、そんなことをしたからといってこちらに戻ってこられる訳ではないのですが……」
何それ、意味わかんない。あなたが神様だっていうの?
「はい、その証拠にあなたの考えていることを読み取って返事をしていますでしょ?」
そんなのが証拠になるわけないでしょ! 神様だっていうなら私たちを生き返らせてよ!
「できますよ」
……え? じゃ、じゃあ今すぐ元の場所に戻して!
「あの、いえ、元の世界には戻せないのです」
女の人は言いにくそうに困った顔で言う。
なんで! どうして! さっきできるって言ったじゃない!
「できるのですが、こちらの世界に転生させることしかできないのです」
それじゃあ、もう、お母さんにもお父さんにも友達にも会えないんだ……。何とも言えない感覚に身が震えた。
「あまり気を落とさないでください。巡さんにはまた会えますから」
そうだ、巡には会えるんだ。そう思うと、少しだけ震えが収まってきた。また巡と一緒に学校通ったり、一緒に遊んだり、また赤ちゃんからだろうけど、そう考えれば落ち着いてきた。
「非常に言いにくいのですが、こちらの世界ですと学校は一部の者しか通えなかったり、あなたが考えているような遊ぶ場所はないかと……」
それってどういうこと?
「こちらの世界は魔物やダンジョンといった剣と魔法の世界でして。学校は主に貴族や大商人の子どもなどじゃないと通えないのです。一応それ以外も通える学校はあるのですが、実力がないと入れません。町などの外に出ると人を襲う魔物がいたり盗賊が出たりするので出歩くのはオススメできません」
何それ。じゃあ私と巡は一緒に学校にも通えなくて、一緒に遊ぶこともできないの!?
「いえ、必ずしもそうではなく、一緒に学校に通える可能性が低いだけです」
保証がないならそんなの意味ない! それにそんな危険なところでどうやって生きていくっていうの!?
「それに関してはご安心ください。事故で亡くなられた方全員にギフトというものが一つ与えられます。これは何か大きなことを成し遂げたときに私や他の神によって与えられるものです。ギフトがあれば魔法が使えなかった人も魔法が使えるようになったり、病弱な人でも武術の達人になれます」
もう、生きていく術があるのなら、なんでもいい。でも、私魔法なんて分からないし、武術なんてやったことないよ。
「ここでギフトの使い方を覚えれば大丈夫です。そうですね、あなたのギフトは……金剛ですね。扱いやすいギフトだと思います」
金剛? よく分からないけど、扱いやすいのならすぐに覚えよう。そして巡も守れるようになろう。
「金剛は筋力と耐久を一時的に何倍にもするギフトです。解除後は使用した時間に応じたクールタイムがあります」
筋力? 耐久? 何のこと?
「あぁ、言い忘れていました。ステータスオープンと念じてみてください」
ステータスオープン。
──
名前:荒川 葉月
レベル:1
HP:48(48)
MP:5(5)
筋力:6
耐久:8
器用:5
敏捷:9
魔力:1
幸運:13
ギフト:金剛
──
「確認できましたね。簡単に説明しますと、名前はあなたの今の名前です。転生した後は転生先の親が決めます。そちらの世界ではレベルがなかったのでレベルは1ですね。魔物を倒したりしますと上がります。HPはヒットポイントです。これがなくなってしまうと死亡します。筋力×耐久で決まります。MPはマジックポイントです。これを消費して魔法を使います。魔力×5で決まります。そちらの世界では魔法がなかったので最低値です。括弧内が最大値です。筋力、耐久はそれぞれ8が一般的な女性の平均で器用、敏捷は9が一般的な女性の平均で、魔力、幸運はそれぞれ10が平均です。筋力が腕力や脚力などの純粋な力です。耐久が頑強さや頑健さです。器用が手先の器用さです。敏捷が速く走ったりする素早さです。魔力はMP保有量と一度に使える魔法の規模です。幸運が運の良さです」
分かったから早く金剛ってやつの使い方を教えて。
「は、はい……。なんか雰囲気変わっていません?」
キッと女の人をにらみつけると、慌ただしく金剛の使い方を説明してくれた。
「えっとですね、金剛は体の血のめぐりを意識して体が金属のように固くなるのを想像してください」
…………。何も起きないんだけど。
「えっと、もしかしたら器用が足らないみたいです。器用は手先の器用さといいましたが、それ以外にも体の使い方や魔法の制御にも関わってくるのです。今は魔法は関係ありませんが、要するに、器用が足らないため体の使い方がうまくいかず、金剛が発動しないということです」
じゃあどうすればいいの?
「転生先では今の体と違うのでステータスも変わります。器用の高い体に転生すればいいだけです。もしくは魔物などを倒してレベルを上げることです」
何それ、魔物から身を守るために強くならないといけないのに、強くなるには魔物を倒さなきゃいけないって、あなた、私のことバカにしているでしょ。
「いえ、そんなことは……。ですが、あなたは幸運が高いのできっと器用の高い体に転生できますよ」
きっとって……もう分かった。納得できないけど分かった。あなたにこれ以上何を言っても意味がないってことは分かった。
「そ、そうですか。それでは他の人への説明も終わったようですし、一度みなさんを集めますね」
え、みなさんって巡に会えるの? どうしよう、泣いた跡とかあるかもしれない。と、とにかく心配させないように笑おう。
少しすると突然いろんな年齢の男女が現れた。
「あ、巡」
私の隣に巡もちゃんといた。巡に会えて、なんだかホッとして、泣きそうになるけど……我慢しないと。
「葉月、大丈夫か?」
バカ。心配させないように我慢してたのに、そんな優しい声で言われたら我慢できないじゃない。
笑顔を貼りつけていたけど、剥がれ落ちてしまった。
「あっちに行ったら必ず会いに行く。だから心配すんな」
巡はいつも私の欲しい言葉を言ってくれる。必ず会いに行く。不安だった心が和らいだ。
「ふふっ、うん、わかった」
私のほうから会いに行ってやるんだから。
「そうだ、同じの親から生まれたらわざわざそんなことしなくても一緒だ。神様に頼んでみよう」
巡が名案だとばかりに言う。
待って、あっちの結婚の法律とかどうなってるんだろ。
顎に手を当て慎重に考えた。ここであの女の人に巡と同じ親にしてくださいって頼んだら結婚できないかもしれない。
「それは嫌だな」
「え?」
考えていたら思わず口に出してしまった。これじゃあ変な勘違いをされちゃうかも!
「そうじゃなくて。そうしたら、け、結婚できないでしょ」
手を振って慌ててそう付け足した
「そ、そっか……それじゃあ近くで生まれるように頼んでみよう。それならいいだろ?」
「……うん」
それならきっと大丈夫。思わず恥ずかしくて顔を背けたけど、チラっと巡を見ると顔が赤くなっている。
「あ、そういえば、葉月のギフトはなんだった? 俺のは運魔法って言ってさ、いろんな魔法が使えるんだ」
巡は恥ずかしかったのか、話を露骨に変えた。いい雰囲気だったのに、もう!
巡は何やらブツクサ言って、遠くに何かを投げた。投げた物をじっと見つめている。
私もつられて見るけど、小さくて何か分からない。
しょうがなく巡に聞こうとしたとき――
「巡!?」
――巡の姿が薄らぎ、突然が消えた。
なに、が、起きた、の?
巡は、どこ?
「えーそれでは、全員集まりましたので、これより転生を開始します」
その声に茫然となっていた意識が覚醒した。
「待って! 巡がどこかに行っちゃったの!」
私の声に周りが騒然となった。
「あー、大丈夫です。先にこちらの世界に行っただけですので、こちらの世界に行けば会えますよ」
女の人が適当なことを言う。
この女の人の言っていることは全く信じられない。周りの人を見ても――誰も頼りにならない。……巡は、私が探す……! そう決意した。
そして私と、周りの人たちは転生した。
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