19話 ターニャの過去
魔物退治が終わった後、ターニャはずっとやり切れない表情をしていた。他のエルフたちもそれを察し、魔物の死体などのその後の処理は自分たちでやると言い、ターニャと俺は里へと戻った。戦士長には、自分は処理の指揮をするため里長に報告するように言づけられた。
俺とターニャは里に戻ると里長の家に行き、魔物退治の報告を行った。その後、ターニャの家に戻った。
ターニャはいつも通りお茶を入れて席に着いた。俺は静かに向かい側に座る。
ターニャはお茶を一口飲むと、深く溜息を吐いた。あれからずっとあのロートベアの親子のことを気にしているのだろうか。気持ちを吐き出してしまえば多少は楽になるだろうが、俺からは何も聞かない。喋りたくなったら勝手に喋るだろう。それはターニャのタイミングだ。
ターニャがもう一口お茶を飲んだところで口を開いた。
「私の両親はね、私のことをしっかり愛してくれたのよ」
ポツリとつぶやくように言った。以前、転生してからのことを聞いたときは他愛もない話ばかりで、両親については触れていなかった。
「私は転生者だから、他の子どもよりも大人びていたのよ。その辺あまり自重しなかったから。普通、自分の子どもが変に大人びていたら嫌じゃない。でもね、両親はそんな私でも普通に扱ってくれたわ。お母さんなんて友達みたいだったわね」
昔を思い出すようにフフッと笑った。俺は黙って聞いた。
「そんな感じだったから、八歳くらいのとき、私が転生者だってことを言ったわ。それと観察眼っていうギフトがあることも。それでもね、両親は『私たちの娘なのは変わらない。だから関係ない』って言ってくれたわ。それでみんなにもこのことを打ち明けようかと思ったんだけど、ギフトのことはいいが転生のことは言わない方がいいと言われたわ」
ターニャのことを思ういい両親だったのだろう。
「それから私はたまに戦士たちに混ざって人間を追い返したり、魔物退治についていくようになったわ。戦うことはなかったけど。それから二年、ダンジョンが見つかってからすぐのことだから、今から五年前のこの耳飾りをもらった次の日、お母さんがお茶の花を摘みに行ったっきり帰ってこなかったわ。お父さんがそこへ向かったとき、そこには荒らされた花とお母さんの血と、ロートベアの爪痕が残されていたらしいわ」
お茶を持つ手が微かに震えている。怒りからか、それとも恐怖からか。
「それからお父さんは躍起になってお母さんを殺したロートベアを探したわ。私も一緒に探したかったんだけど、まだ十歳でエルフの戦士でもなかったから一緒についていくことは許されなかったわ。だから私は黙ってお父さんの後を隠れてついて行ったの。痕跡を調べながらだったから私でもついていけたわ」
ターニャの震えは未だ治まらない。
「あるとき、いつものようにお父さんの後を追ったけど、何かに気づいたお父さんは急に全力で森の奥に進んだわ。その速さに私はついていけなかった。そしたらお父さんとロートベアの戦う音が聴こえてきて、私がたどり着いたときにちょうどロートベアがお父さんに……止めを刺すところだったの。私は怖くて動けなくて……」
ターニャの震えが一段と増す。俺はコップを持つターニャの手にそっと触れた。
ターニャは俺が触れた瞬間ビクッと反応したが、徐々に震えが治まってきた。
「ありがと」
ターニャは俺の目を見て微笑んでしっかりとお礼を言った。俺はもう大丈夫だろうと思い触れていた手を放すと、小さく「あっ」と声を出し、ターニャは名残惜しそうな顔をした。しかしその顔もすぐに戻った。
「それから私はロートベアと戦うため――お父さんとお母さんの仇を取るため、必死に戦う訓練をしたわ。そして十二歳にはエルフの戦士になったの」
確かそのときあたりでターニャはドルイドのマヤと出会ったんだったか。
「エルフの戦士になってから何度かロートベアと戦ったの。だけど、その度に仲間が殺されていったわ。私の目の前で!」
ターニャはコップを持つ手に力を入れ、怒りを露わにした。きっと他のエルフたちもターニャと同じような境遇の者もいるだろう。そのエルフたちもターニャと同じ気持ちだったのだろう。戦えば戦うほど仲間が死んでいく。だけど戦わなければいずれは飢えて死んでしまう。
「でもね、それが今日、やっと仇を取ることができたわ。……気持ちは晴れなかったけど」
ターニャのコップを持つ手から力が抜けていく。
両親の仇を取るためにロートベアの親子を殺したのだ。なんとなく気持ちは分かるが、この世界は殺さなければ生きられないのだ。強くならなければ生きられないのだ。俺はそれをダンジョンで思い知らされた。だから――
「気持ちが晴れないのは弱いからだ。強ければ両親も死ななかった。エルフの仲間も死ななかった。ロートベアの親子を殺さずに済んだ」
俺ははっきりと声に出して言った。
当時十歳だった相手に言う言葉ではないかもしれない。だけど結局はそうなのだ。強くなければ何も守れない。強ければすぐにでもダンジョンを攻略できただろう。そうすれば両親を守れた。そうすればロートベアがダンジョンから出てくることはなかった。
「……えぇ、そうね」
ターニャは俺の目を見て何かを言いたそうにしたが、それだけ言って納得できないが諦めたように目を伏せた。
俺は何か間違ったことを言っただろうか。……いや、言っていない。
「話しを聞いてくれてありがとう。今日は疲れたから私はそろそろ休むわ」
ターニャは自分の部屋に戻っていった。
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