2話 これは迷宮であって洞窟ではない
そこは薄暗い洞窟の中だった。周りには薄らと発光する苔のようなものが壁に張り付いている。前に道、後ろは行き止まり、一方通行のようだ。どうやらあのサイコロは六が出たみたいだな。
……ん? いや待て、俺転生してないぞ? 前の体のままだ。ステータスも見てみよう。
──
名前:灰寺 巡
レベル:1
HP:63(63)
MP:4(5)
筋力:9
耐久:7
器用:12
敏捷:10
魔力:1
幸運:5
ギフト:運魔法
──
やっぱり名前もそのままだ。数値まで。MPが減っているってことは、あのサイコロが原因であっているみたいだな。
それにしてもここはどこなんだ? あの発光する苔もよく分からんし。とりあえず後ろが行き止まりだから進むしかないか。早く葉月に会わないと。
少し歩いてみたら分かれ道に当った。
「それにしてもこの洞窟静かだな」
耳を澄ましても水の滴る音がするだけだ。……いや、微かに何かが聞こえる。そう、狼の唸るような声が……。
右の道からだ!
クソッ、後ろは行き止まりだ! 早く左の道へ逃げなきゃ!
そう思うも一歩遅かった。
すでに狼の走る足音が聞こえる。遠くには灰色の狼が目をギラギラに光らせて歯をむき出しにしてものすごい勢いで走ってきているのが見える。
あまりの恐怖に背を向けて逃げようにも足が竦んで動けない。
なんなんだあの狼は! こんな世界だとは思わなかったぞ!
狼は目の前まで来ている。
「クソッ!!」
狼が飛びかかり牙を開いてこちらを噛み千切らんとしている。このままじゃ狼に食われる!
「動け!」
自分に活を入れてどうにか体を斜めに傾け、恐怖から思わず右手を前に出した。そして狼とすれ違った。
「ぐぅうううう」
体が傾いたおかげでそのまま右手ごと持っていかれることはなかったが、それでも肉が食われた。
右手から熱を感じる。
ど、どうにかしないと。そうだ、ま、魔法で、サイコロでなんとか! 中二の記憶をかけて回復を! キュアと――くそッ! 回復できる魔法はキュアしか教えてもらってない!
狼のほうをみると姿勢を低くし、もう一度飛び込む姿勢になっていた。
クソッ! クソッ! クソッ! もう何でもいい! ファイアでもエアでもいいから早くサイコロを!!
左手にサイコロの感触を確認したとき、狼がもう一度牙をむいて飛びかかっていた。
も、もうダメだ!
俺はヤケクソ気味にサイコロを狼に向かって投げた。
それは狼の口の中に入り、突然爆発するように燃え上がった。
俺はその爆発に吹き飛ばされ壁に激突した。
「ぐはっ!」
強く打ち付けたようで目の前がチカチカし、体中が悲鳴を上げる。呼吸もまともにできない。
そ、それよりも狼は!?
目が回復し、燃える音のするほうへ目を向けると、狼の死体が横たわっていた。
「……はぁ――痛ッ」
安堵の溜息が漏れたが、体中が痛い。そ、そうだHPは?
──
名前:灰寺 巡
レベル:9
HP:21(143)
MP:13(15)
筋力:13
耐久:11
器用:20
敏捷:16
魔力:3
幸運:5
ギフト:運魔法
──
この満身創痍の状態でも21もあるのか。それにしても一気にレベル上がったな。魔力と幸運はあまり変わってないけど器用が20って一般男性の二倍はある。喜びたいところだけど、今はとにかく回復しないと。
キュア、ライト、ダーク、シャドウ……クソ、あとは攻撃魔法しか知らない。魔法の発動点がサイコロだから、キュアを自分に発動させるにはサイコロをすぐそばに転がさなきゃいけない。もしもそんな近距離からまた攻撃魔法の余波でも食らったら死んじまう。これじゃデメリットが二つだ。これなら普通に魔法を使ったほうが……いや、運魔法の使い方以外分からないじゃねーか、クソッ!! 他に手はねーのか!!
痛みのせいか、意識が朦朧としてきた。ス、ステータスは――
──
名前:灰寺 巡
レベル:9
HP:16(143)
MP:13(15)
筋力:13
耐久:11
器用:20
敏捷:16
魔力:3
幸運:5
ギフト:運魔法
──
チッ、HPが減っていやがる。考える時間もねーのかよ……。まったく、運がねーな。……サイコロ振るしかねーか。
ファイアとエアは論外として、ウォータかアースか。溺死か生き埋めか……どっちも嫌だな。まぁどっちでもいいか。
一から順にキュア、ライト、ダーク、シャドウ、ウォータ、中二の記憶。これでいい。キュアで復活、ウォータで最悪死亡、他は振り直し。振り直す時間があるかわかんねーけどな。
左手の中に創られたサイコロの感触を確かめる。一センチメートル四方の小さなサイコロ。こんなもんに生死がかかるのか。
あぁ、葉月は大丈夫かなぁ……。
…………。
……。
──
焦げたような嫌な臭いが鼻について目が覚めた。
少しの間意識を失っていたようだ。
狼の死体がまだ燻っている。
体に意識を向けるとどうやら大きな傷は治っているようだ。右腕の傷がない。あのサイコロはしっかりとキュアを発動してくれたようだ。HPは……。
──
名前:灰寺 巡
レベル:9
HP:90(143)
MP:15(15)
筋力:13
耐久:11
器用:20
敏捷:16
魔力:3
幸運:5
ギフト:運魔法
──
最後に見たときはHPが16だったけど、あれからサイコロ振るまで少し時間経ってたし、大体80くらい回復したのかな。MPも回復している。
体を起こそうとしたが、まだ若干体がだるい。この洞窟は広そうだ。この程度の火で一酸化炭素中毒にはならないだろう。よくよく考えたら洞窟内で火はまずかったな。次からは気を付けよう。
それにしても、最後に振ったサイコロ、振る前からキュアの目が出ると思えたんだけど、なんなんだろうな。もしかして器用が上がったからサイコロの扱いがうまくなったのか?
そう思って、髪の毛一本かけて五回ほど、全部ライトに設定した五の目が出るように振ってみた。
結果は五回中二回が五の目だった。髪の毛も二本ほど持っていかれた。この凹凸のある地面の中ではなかなかの確率だと思う。だけど移動しながらとか気がそれているときじゃ結構厳しい。ってこんなことしている場合じゃない。
早く移動してここを抜け出さないと。あの灰色の狼が魔物だとしたら、ここはダンジョンなのかもしれない。この世界の洞窟には普通に魔物がいるのかもしれないが、ここは最悪のことを考えて、ダンジョンだと思っておいたほうがいい。そうなると罠とかもあるかもしれない。警戒しなきゃ。
移動しようと立ち上がった。
確かこの分かれ道の右の道から狼が来たんだよな。狼って群れで行動する生き物だったはずだけど、魔物は違うのかな。仲間がいるなら狼の唸り声とか火の燃える音や臭いに気づいてこっちに向かってきてもおかしくないと思うけど。
わかんないから左の道に行こう。とりあえずさっきの戦闘に気づくような近さには敵はいないはずだ。
左の壁伝いに進もうかと思ったけど、壁に張り付いている発光する苔が怖い。何か毒のようなヤバイものだったら取り返しがつかない。道の真ん中を歩くしかないか。左の道をゆっくりと進んだ。
そして十分ほど経ったあたりだろうか。踏み下ろした右足に違和感を覚えた。地面とは違う何かを踏むような感触。
そう思ったのも束の間、ヒュッと何かが左から飛んできた。避ける暇もなく左足に刺さった。
「ぐあっ、クソッ! なんだ!?」
左足を確かめると、脛の辺りに矢が刺さっていた。
「罠か……!」
警戒していたと思っていたのに、クソッたれ。
無造作に矢を引き抜いた。あまり深く刺さっていなかったとはいえ傷が痛む。
もしもこれがさっきの狼から逃げている状態に作動していたらと考えたら気が気じゃない。不幸中の幸いか。
さて、どうする。ここで回復するか? いや、ここで回復して失敗したらさっきと同じだ。このまま行くしかない。
制服のワイシャツを破いて傷口に巻いておくくらいしかできないか。
そう思って制服のワイシャツを脱いで袖を破いた。思いのほか簡単に破けた。筋力が13もあるからかもしれない。
とりあえずこれを巻いて応急処置としよう。一応HPを確認しておこう。
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名前:灰寺 巡
レベル:9
HP:78(143)
MP:10(15)
筋力:13
耐久:11
器用:20
敏捷:16
魔力:3
幸運:5
ギフト:運魔法
──
12減っているか。半分ほどあるな。
これからどうやって進むか。また罠があるかもしれない。壁には発光する苔。それに壁にも罠があるかもしれない。戻って右の道に行くか、このまま進むか。魔物か罠、もしくは両方待ち構えているかもしれない。どうする、……どうする! クソッ! 考えても埒が明かない。このまま進む!
ぐっと顔を上げ、痛む足を引きずって前へ進む。ゆっくり、ゆっくり進む。
警戒は怠らない。一歩進むごとに地面を見て、壁を見る。何か違和感はないか。音を聴いて敵はいないか。移動速度は遅くなるがこれ以上怪我はしたくない。
それから三十分ほど、大体百メートル歩いたところで地面に罠を見つけた。他の凹凸と隙間があるようで、少し色も違うような気がする。壁を見てみるが、何かが発射されるような穴もない。罠周辺の地面も見るが特に変なものは見つからない。ふと上を見ると、直径一メートルほどの黒い鉄球が見えた。
なんだよなんだよ。いきなり罠で殺しに来てるじゃねーか。あんなもんで潰されたら即死だ。さっきの矢がお遊びに見えるぞ。ここは入念に他に罠がないか調べておこう。地面のスイッチがあの鉄球の作動スイッチじゃない可能性もある。
地面と壁を入念に見た。しかし特に変わったものは見つからない。
「……ふぅ~、よし、覚悟を決めて進むぞ」
バシンと両手で頬を叩き気合を入れる。
このダンジョンの幅は三メートルくらいだ。罠の出っ張りを踏まないように壁際に沿って進めば、最悪鉄球が作動しても死ぬことはないだろう。
そして無事、鉄球の下を通り抜けた。
「ふぅ、……あーダメだ。気が緩んで一気に集中力が切れた。この辺で少し休憩しよう」
鉄球の下から距離を取って座った。
「はぁ……痛ッ!」
左足の傷が痛む。巻いているワイシャツの切れ端が血でにじんで真っ赤になっている。
もしも敵に襲われたら、こんな傷じゃまともに逃げることもできない。出会ったら戦うしかないな。
そういえば、サイコロは一度に複数個出せないのだろうか。敵が複数体出てきた場合に備えて少し調べておきたい。あぁ、前に五回振ったときに調べとけばよかった。……いや待て、また後悔する前に他にこの運魔法について知っておかなきゃいけないことを考えよう。まずは知っていることをまとめるか。
えっと、確かあの神様は、運魔法は元素魔法の上位に存在する魔法で、火、水、風、地の四大元素魔法と光、闇魔法を内包しているって言ってたな。そういえば、火、水、風、地の魔法は元素名の他にボールとアローがあるんだったか。ファイアボールとかファイアアローだろうか。
そして、どの魔法が使えるかは毎回何かしらの運要素の絡む媒体を使う必要がある。俺の場合はサイコロか。
なんか知らんが最初にサイコロ思い浮かべちったからな。
あれ? そういやなんで俺って毎回六面体のサイコロを作ってたんだ? 面を少なくして四面体とか逆に多くして八面体とかも作れるんじゃないか? ハイリスクハイリターン、ローリスクローリターンって考えるなら、四面体で威力が上がって八面体で威力が下がるはず。
あと、どれかの目に必ずデメリットを設置しないといけないって言ってたな。一つのサイコロに複数のデメリットを設置することもできるのかな。
MPは確か10だったはずだけどどうだろう。
──
名前:灰寺 巡
レベル:9
HP:75(143)
MP:10(15)
筋力:13
耐久:11
器用:20
敏捷:16
魔力:3
幸運:5
ギフト:運魔法
──
んん? HPが減っている。足の傷のせいか? でもまぁ、三十分くらいで3しか減っていないし等加速度で減るわけじゃないだろうから大丈夫だと思う。
MPは少しでも回復していると思ったけど、変わってないな。これじゃあまり試せないな。とりあえず、複数のデメリットの設置はもっと器用が高くないとただ危険が増えるだけだ。ボールとアローと複数個出せるかとサイコロの面の数を変えられるか確かめよう。
デメリットはいつも通り髪の毛一本分、八面体のほうにボールとアローをウォータで設置して、残りは使って規模が分かってる元素名でいいか。
そして四面体と八面体のサイコロを想像すると、手の中にしっかりとサイコロの感触があった。
よし! よし! 不発じゃない!
MPはどうなった。
──
名前:灰寺 巡
レベル:9
HP:75(143)
MP:8(15)
筋力:13
耐久:11
器用:20
敏捷:16
魔力:3
幸運:5
ギフト:運魔法
──
よし、2しか減ってないな。もしかしたら複数個か面の数を変えたら消費MPも変わると思ったけど問題ないようだ。いや、あまりそうは考えられないが、どちらかが消費が少なく、もう一方の消費が多いかもしれない。まぁいい、今は一度に複数個出せることと面の数が変えられる事実が大切だ。
次は規模の違いを見よう。ボールやアローもみたいけど、比較が難しいからライトを狙ってみよう。
じゃあまず、四面体から振ってみるか。
ライトが出るように狙って投げてみる。
そして四面体のサイコロが地面に着いた瞬間消えてしまった。手元の八面体まで。
クソッ! もしかして、同時に投げないといけないのか!?
もう一度作って確かめるしかない。さっきとほぼ同じ条件で、八面体のボールとアローはキュアとダークに変えておこう。
よし、今度は二つ同時に投げよう。
二つのサイコロを投げると、今度は問題なく地面に着いた。そして八面体のほうが先に止まり、マッチくらいの大きさの炎が一瞬出た。そして四面体も止まり、豆電球くらいの大きさの光が数秒出た。
予想通りだ。規模は四面体のほうが大きい。それに二つ同時に作ったサイコロは二つ同時に投げないとダメか。
確認も終わったし、そろそろ行こう。
立ち上がり足を引きずって、罠を警戒しながらゆっくり進んだ。
休憩してから二十分くらいで今度は少し開けた場所に出た。まずは床を見渡し、壁を見渡す。一応上も見るが暗くて何も見えない。最後に音を聴く。……大丈夫、敵もいない。
ゆっくり、ゆっくりと壁に沿って歩く。
数メートル歩いたところで何かの音が聴こえた。ポトッと何かが落ちる音だ。音がした方向を見るが何もない。上から落ちてきたような音だったが……。上を見ても暗くて何も見えない。
またゆっくりと進んでいく。
今度は数歩歩いたところで、またあの音が聴こえた。音がしたほうを見るがやはり何もない。するとちょうどその時、何かが落ちてくるのが見えた。上から落ちてきている。しかし上を見ても――いや、赤い目が三対! 敵だ!!
キキキキキキキキっと鳴き声を発し、ブワッと三匹の巨大な蝙蝠が急降下してきた。
身をかがめるのがどうにか間に合い、攻撃は避けられた。
蝙蝠のほうを見るがどこを飛んでいるか分かりにくい。赤い目だけが爛々(らんらん)と光っている。
あの巨体だからか、羽音がすごい。
どうする。逃げるか……いや、この足じゃ追いつかれる。戦うしかない。
攻撃系の速度のあるアローを使おう。サイコロは四面体でウォータアロー、エアアロー、アースアロー、そして威力のある中二の記憶。それを三つ。
しかしサイコロを想像するが手には何の感触もない。
クソッ! 同じ記憶はダメなのか!
相手はこちらが動かないと見たのか、キキっと鳴いた。すると何かが三つ高速で飛んできた。
ヤバイと思いとにかく前に飛び込むように跳躍したが、一つ脇腹をかすめた。じわりと血がにじむ。
「はぁはぁ……なんだあれは!?」
振り返ると、地面に石の矢が三つ突き刺さっていた。
あれはアースアローか!? あいつら魔法が使えるのかよ!!
そう思ったのも束の間、鳴き声が聞こえ、また三本飛んできた。
倒れた体を横に回転させ回避する。
またもや体をかすめる。
このままじゃなぶり殺しだ。早く反撃しないと。一発でいい、とにかくサイコロを!
掌のサイコロの感触を確かめ、すぐに蝙蝠のいる方向へ投げた。
するとヒュンっと空気が裂ける音がして蝙蝠を一匹貫き撃ち落とし、天井に突き刺さる音がした。
あれはエアアローか? あいつらのアースアローとは比べ物にならないすごい威力だ。
二匹の蝙蝠は仲間がやられて動揺したのか、上空を旋回し始めた。
あと二匹。だけど動き回っていたら当てづらいな。どうする。多少範囲の広いだろうボール系でいくか……。よし、サイコロを。
出た目は……四。
中二の記憶の目だ! ど、どうする!
蝙蝠はまだ旋回している。チャンスはある。もう一度振ろう。
今度は僕が考えた最強の能力を創作していたときの記憶をかける。次こそ!
だが、出た目は四。
「クソッ! クソッ! 連続で!! なんでだよ!!」
あまりの憤りに思わず叫んだ。
蝙蝠はこちらが諦めたと思ったのか、ピタッと旋回をやめ、その場で飛行した。
また魔法か! 早くこっちも魔法を!
キキっと蝙蝠が鳴くと、コブシ大くらいの石の塊が放物線を描いて飛んできた。
あんなのまともに当たったら死ぬ! 早くサイコロ、いや避けるほうが先だ!
しかし、体が思うように動かなかった。足の傷、脇腹の傷、無理して飛び込むように跳躍したときに右足も捻ったみたいだ。
このままじゃ……死ぬ……。葉月、ごめん……。必ず会いに行くって言ったのに、約束守れそうにない。
突然、手元にサイコロが三つ現れた。
……もう、遅いって。
石の塊が頭に直撃した。その拍子にサイコロが三つ転がる。
本当にごめん、――
お読みいただきありがとうございます。
なんか最後泣きたくなりました。