14話 英雄のお話
お茶を入れてきたターニャが戻ってきた。
「はい、どうぞ」
そう言って俺の前に出されたのは昨日と同じ物だ。立ちのぼる香りを嗅ぐと落ち着いた気持ちになる。
「それじゃあ私が知っている話をするわね。私が知っているのは昔の英雄のお話。これは里長から聞いた話で、里長が子供のころからあったお話らしいの。だから三百年以上前からあったお話だと思う」
あの里長はそんなに歳をとっていたのか。
エルフは長命なのだろうか。
俺は疑問に思うもそれは聞かず、ターニャに続きを話すように促した。
それはこんな物語だった。
──
むかしむかし、それはまだ世界が魔法を知らない世界でした。人族、獣人族、精霊族、森人族、小人族、竜人族、それぞれの種族が魔物の恐怖におびえず暮らしていました。
あるとき、村の人族の青年が山にある炭鉱の中へと入っていきました。しかし、青年は村に帰ることはありませんでした。次の日、村の人々は青年が帰ってきていないことを知り、山にある炭鉱へと入っていきました。そこで村の人々が見たのは何者かに食べられたように死んでいる青年の姿でした。村の人々は怖くなり急いで村に戻りました。しかし、村に戻ったのはたったの一人。その一人は村に残っていた人に山で見たことを伝えました。村の人々は恐怖しました。その次の日、村はなくなっていました。
その日からです。世界のあちこちで同じようなことが起こり始めました。それぞれの種族は恐怖し、神様にお願いをしました。どうか私たちに力をください。神様はそれを聞き入れ、それぞれの種族に異なる力を与えました。力は異なりましたが、共通するものがありました。それは魔力でした。竜人族は火を、森人族は水を、精霊族は風を、小人族は地を、それぞれ得意としました。人族は得意なものはないが苦手なものもなく、獣人族は魔法が使えないが魔力で身体を直接強化することができます。世界は初めて魔法を知りました。
それぞれの種族はその力を使って得体のしれないモノに抗いました。そのとき、人々はそれを魔物と呼ぶようになりました。それぞれの種族は魔物と毎日戦いました。しかし魔物の勢いは止まりません。神様に与えられた魔力に慣れる暇もなく、その後もいくつもの村がなくなりました。それぞれの種族はまた神様にお願いをしました。神様はそれを聞き入れ、ギフトという特別な力を与えました。それは魔力とは違い強力であるため、それぞれの種族に数人だけ与えられました。しかし強力であるが扱いが難しくギフトを与えられた者はすぐに亡くなってしまいました。
それを見かねた神様は、異世界から一人の人族を召喚しました。その人族は、初めは頼りない見た目でした。しかし神様から与えられた魔力とギフトを使いこなし、その見た目はみるみる変わり精悍になりました。その人族は人々を救っていき、英雄と呼ばれる存在になりました。英雄のギフトはすごく、世界のあちこちを一瞬で移動していきます。どこかで魔物が出ればギフトですぐに現れます。
人々が魔力に慣れたころ、英雄が突然いなくなりました。人々は恐怖しましたが、慣れた魔力を使って自分たちで魔物を倒すことができるようになっていました。
──
「ここまでよ」
ターニャがそう締めくくった。なんだか中途半端な物語だな。
「初めに青年が入った炭鉱ってのはダンジョンだったのか?」
「確証はないけど、きっとそうね」
ダンジョンができてから魔物が現れたのだろうか。それとも魔物が先か。
「それより、あなたが聞きたかったことについてのことだけど、このお話の英雄っていうのが神様に召喚されてきたのよ。つまり転移してこの世界にやってきたわけ」
確かにこの場合の召喚っていうのは転移のことなのだろう。
「だが、転移については詳しく語られていないように思えたが」
「確かにこれだけだとそうだけど、ほらこのお話って中途半端じゃない?」
「あぁ、英雄のその後も分からないし、魔力に慣れた人々の魔物との戦いがどうなったかも分からないな」
まぁ英雄については物語の話し手が知らないからという場合もある。それに魔力に慣れた人々の魔物との戦いは現在のことがあるから語らないだけかもしれない。
「そうなんだけど、このお話をマヤにも話したことがあるのよ。ほら、ドルイドの転生者の。そのときにマヤが私の知らないことを話したのよ。英雄はメガネをかけていたとか、英雄は物をなんでも空間にしまうことができたとか、そのほかにも色々とね。大筋は同じなんだけど、細かいところはエルフとドルイドで違うみたい」
なるほど、つまりエルフとドルイドで言い伝えられている物語が違うということは、他の種族でも少し違う物語が言い伝えられている可能性があるのか。
それと英雄は瞬間移動のようなギフトと空間に物をしまうギフトの、複数のギフトを持っていたのか。
俺のようにダンジョンを攻略してギフトを手に入れたのだろうか。
まぁこれも他の種族に聞けば分かるかもしれない。もしかしたら瞬間移動のほうも転移につながるかもしれない。
「じゃあ、他の種族に聞けば転移について何か詳しく知っていると?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ」
あまり情報は得られなかったが、他の種族に会えば分かるだろう。
これから幼馴染のことだけでなく、多くの謎を解かないといけないようだ。
その後、俺とターニャは前世のことや、ターニャが転生してからのこと、ドルイドのマヤって子のこと、それと魔法のことについて話しあった。
「そういえば、英雄の物語の中でも魔法が出てきたが、火、水、風、地の四属性しか出ていなかったな。光と闇はどうやって使えるようになったんだ?」
「それはエルフの中でも色々な説が語られているわ。お話では語られなかったけど、実際には光と闇も与えられていたという説や、光と闇は人々が創り上げた力という説、他にもあるんだけど、大体このどちらかが有力な説ね。今のところ後者のほうに傾いているけど。実際、私たちエルフは数百年という時間をかけて樹精魔法という魔法を創り上げているわ」
樹精魔法か。
神様が言っていたのは火、水、風、地、光、闇の六属性。運魔法はこの六属性が使えると言っていた。樹精魔法について何も言っていなかったところを考えると、使えない可能性が高い。
「樹精魔法で何か魔法名を教えてくれないか?」
「いいけど、樹精魔法って他の魔法に比べて数が少ないのよね。とりあえず一番簡単なのがアストっていう木の枝を操る魔法ね。……もしかして使えるの?」
アストか。
サイコロに設置できるだろうか。アストとその他の魔法を設置してサイコロを創ろうとしてみるが、不発に終わった。
やはり樹精魔法は使えないようだ。
そこまで万能ではないか。
「いや、ダメなようだ」
「そう」
ターニャがやっぱりねという顔をして言った。
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